沖縄県知事選挙の結果を沖縄の歴史も踏まえて振り返る

沖縄県知事選挙の結果を沖縄の歴史も踏まえて振り返る

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ニュースキャスターの長野智子がパーソナリティを務める「長野智子アップデート」(文化放送・月曜日15時~17時、火~金曜日15時~17時35分)、9月17日の放送にノンフィクション作家の常井健一が出演した。沖縄国際大学の特別研究員だった経歴を持ち、現地取材も重ねてきた常井が、今月13日に行われた沖縄県知事選挙の裏側を語った(長野智子は今週、お休み)。

常井健一「(沖縄県知事選挙の)今回の結果は本土から見ると『基地より経済』や『辺野古容認派が勝った』という話になるんです。ただ実際に沖縄へ飛んで地元の重鎮たちと対話を重ねて、だいぶ違う景色が見えてきたんですね」

鈴木敏夫(文化放送解説委員)「そうなんですか」

常井「基本のキですが、沖縄県政というのは8年ごとに保守と革新の間で大きく振り子が振れます。そこで示される民意は『基地か経済か』という二者択一ではないんですね。非常にアンビバレントなんですよ。今回に限らず、常に政治の変わり目には地元経済界の主導権争いも起きているんです。きょうはその辺りを解説します」

鈴木「財界。はい」

常井「まず沖縄選挙というのは、保守と革新が有権者を二分してきました。保守は自民党、革新は共産党、社民党、連合沖縄。そして地域政党の沖縄社会大衆党。知事選や参院選のような全県選挙になると昔から票読みがあるんです。投票する有権者はざっくり70万人。保守が20万、革新が25万。公明が5万で、それが保守に乗ると25万対25万になります」

鈴木「並ぶ」

常井「勝負を左右するのは20万といわれる無党派層なんです。今回、当選ラインは35万といわれていましたが、古謝玄太さんは42万票、玉城デニーさんは27万票をとりました。分析すると無党派層はほぼ互角です。何が起きたか。革新の基礎票が地盤沈下したこと、さらに革新が分裂したこと。こうして玉城陣営からこぼれた7万票を古謝陣営が強かに取り込んだ、というのが勝因だと思います。背景は、沖縄の右傾化という話よりも、経済界が一枚岩になったことが大きいんですね」

鈴木「なんで今回、財界がまとまったんですか?」

常井「そこを考えるにはオール沖縄の歴史を振り返る必要がありまして。沖縄は保守陣営が全県選挙で勝てない期間が16年も続きました。大きな理由が保守分裂です。2000年代には下地幹郎さんが自民党を離れて独自の勢力を築きます。2010年代に登場したのがオール沖縄です。これを仕掛けたのが翁長雄志さん、選挙の天才です。翁長さんは那覇市長から県知事を狙ったんですね。自ら支えてきた仲井真弘多さんに挑みます」

鈴木「そうでしたね」

常井「当時は稲嶺(惠一)、仲井真と、保守県政が4期も続いた。次は革新側に振り子が振れる番でした。そこで翁長さんは自分がなりたいので、自民党を真っ二つに割って、宿敵だった革新勢力と組んだと。そこで掲げたのが『イデオロギーよりアイデンティティ』という言葉です。ただ翁長さんは政界だけでなく経済界も二分させたんですね」

鈴木「どういうことですか?」

常井「沖縄経済界には沖縄電力、琉球石油(現:りゅうせき)、國場組という3大企業があって。3社の下請けも含めて一枚岩になって保守陣営を支えてきたんです。中でも國場組は戦後復興期から大規模な公共事業をすべて引き受けてきた最大のゼネコンです。自民党にとっては最強の集票マシンでした。ところが翁長さんは國場組と競合する金秀グループと組んだと。金秀はもともと國場組の下請けから急成長を遂げた企業で。経済界でも主流派に対する下克上を仕掛けたわけです」

このあとも常井が、沖縄県知事選挙について解説を続けた。詳しくはradikoのタイムフリー機能で確認してほしい。

「長野智子アップデート」は毎週月曜午後3時~5時、火曜~金曜午後3時~5時35分、文化放送(FM91.6MHz、AM1134kHz、radiko)で放送中。radikoのタイムフリー機能では、1週間後まで聴取できます。

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