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2012年12月03日
石井徹也の「らくご聴いたまま」 2012年11月下席号
今年の暮れは、歳末のあわただしさに加え、政局のうごきもありで、なにやらザワザワしていますね。こんな時には落語でひといきつきたいものです。
今回はおなじみ石井徹也さんによる、ごく私的落語レビュー「らくご聴いたまま」の2012年11月中席号をUPいたします。(※おまけに宝塚OG公演「エリザベート」ガラコン評もどうぞ!大阪公演までお出かけです)
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◆11月21日 新宿末廣亭昼席
米丸『漫談』//~仲入り~//可龍(春馬代演技)『弥次郎』/京太ゆめ子/笑三『てれすこ』/圓『反対夫婦(上)』/正二郎/圓馬『小言幸兵衛』
★圓馬師匠『小言幸兵衛』
流れがスラスラ行くようになり、割と妍かいな幸兵衛のキャラクターが前に出てきた。
◆11月12日 第26回ぎやまん寄席湯島編「遊雀・白酒ふたり会」(湯島天神参集殿一階ホール)
吉好『動物園』/遊雀『湯屋番』/白酒『錦の袈裟』//~仲入り~//白酒『短命』/遊雀『御神酒徳利』
★白酒師の二席は普通通りの出来で面白い。遊雀師の二席のうち『湯屋番』は若旦那
の妄想二呆れている客の可笑しさ、『御神酒徳利』では二羽屋の女中が鳴いて謝って
いる件の哀しさが印象的だけれども、それ以上に遊雀師が痩せて陰気になっていたの
に驚いた。何があったんだ?『湯屋番』のマクラから、妙に品がなかったのも気になる。
◆11月22日 芸協会若手特選落語会平治改め十一代目桂文治襲名披露興行(お江戸日本橋亭)
たか治『子褒め』小蝠『豊竹屋』/文月『転失気』/伸治『禁酒番屋』/鶴光『五貫裁き』//~仲入り~//十一代目桂文治襲名披露口上鶴光・伸治・小文治・文月・小蝠/小文治『虱茶屋』/正二郎/文治『うどん屋』
★文治師匠『うどん屋』
風邪声だったけれど、表情のにこやかさが活きて、次第に客席が温まる。「高砂」
「松尽くし」「山姥」の愚痴も酔い故と、がたいの良い酔っ払いが御機嫌で帰る姿の
良さ(泣きが強めなのをドスの利いた口調が引き締める)。寒風がうどん屋の顔に吹き
付ける凍てつくような感覚の表現も良い。晴れた夜空の抜けるような高さなど背景も
十分。うどんを食べる間の男があくまでも風景である長閑さも良い。
★鶴光師匠『五貫裁き』
大阪を舞台にした方がこの噺の「金にいじましい雰囲気」は合うみたいである。御奉
行はヒントを与えただけで、後は家主が作治郎を動かして行く。処々に六代目松鶴師
譲りのダミ声の混じる所が噺の謀り事を陰気にしない。奉行物は上方の方が良いのかな。
★文月師匠『転失気』
何となく「老けた感じ」を受けていたけれど、今日はそれが無く若々しい。高座もテ
キパキと人物表現にメリハリがあり非常に面白い。見直しちゃった。
★伸治師匠『禁酒番屋』
咳き込みが混じったのは惜しいけれど、計略に明るさだけでなく、飄々としたブラッ
クユーモアが混じるような所は独特。
★小文治師匠『虱茶屋』
こちらも風邪声気味だけれど、動きの軽やかさは増した。もう少し動き過ぎない方が
私は好きではあるけれど。
◆11月23日 正蔵、正蔵を語る4(国立演芸場)
たけ平『らすとそんぐ』/笑組/正蔵『稽古屋』//~仲入り~//市馬『普段の袴』/小円歌/正蔵『薬罐舐め』
★正蔵師匠『稽古屋』
ネタ卸し。『色事根問』は殆ど無しで『歌火事』へ。「喜撰」の稽古から「道成寺」
の鞠唄の稽古が入る。主人公の「女にもてたい」が強烈でない分、笑いがまだ膨らん
でいない。お師匠さんの振り事はまずまず。下座の「鞠唄」が地味過ぎるのは高座に
華やかさを添える上でマイナスした。
★正蔵師匠『薬罐舐め』
ネタ卸し。喜多八師型。演出は同じだけれど、持ち味の違いで、侍が「大声で叫ぶけ
れど良い人」であり、それがまた似合う。「少しだけ」の頭を向ける仕種は小三治師
並で抜群に上手くて面白いのに感心。癪から覚めたおかみさんも作らずに色気がある
のは強みだ。舐められた後、侍がブツブツボヤキ乍ら、伴内を共に小春日和の草原を
歩く雰囲気が出ていたのは偉い。
◆11月24日 第359回国立名人会(国立演芸場)
夢七『二人旅』/玉の輔『代脈』/菊丸『天狗裁き』/雲助『付き馬』//~仲入り~//右紋『五人男』/今丸/笑三『火事息子』
★笑三師匠『火事息子』
この演目を目当てにして行ったのだけれど期待外れ。稲荷町型がベースらしいが、記
憶的に途切れている部分があるらしく、「臥煙」の言葉が出てこないままで、若旦那
の現在の境遇や勘当になった経緯などの部分がサッパリ分からないままに終始した。
ちゃんと浚ってなかったみたい。
★雲助師匠『付き馬』
二ツ目時代からの十八番だが、聞くのは久しぶりかな?割とスイスイ行く演出ではあ
るけれど、テンションは低め。「目をご覧なさい」は大門を出てから初めて言う。早
桶屋が弔いの件を聞くのにしめやかで気を使っているのが妓夫の陽気さと対照になっ
て今回は一番面白かった。
★菊丸師匠『天狗裁き』
稍クサめの演出だが、各キャラクターの口のきき方などが分かりやすく面白い。
★右紋師匠『五人男』
先代今輔師が戦前に始めた芝居入り新作だから(鈴木みちお氏の作だったかな?)、噺
にもっと手を入れ、長屋の素人芝居騒動に造り直しをすれば良いのでは…今のままで
は噺に締まりがなさ過ぎて、『青い鳥』みたいである。
◆11月24日 第六回柳家甚語楼の会~冬の甚~(お江戸日本橋亭)
いっぽん『平林』/甚語楼『時そば』/ほたる『臆病源兵衛』/甚語楼『二番煎じ』//~仲入り//~甚語楼『芝浜』
★甚語楼師匠『芝浜』
三代目三木助師型での試演に近い。勿論、浜の描写もある。金は48両。魚勝は終始
一貫して落語国の人物で、職人気質こそ余り強くないけれど、「単に良い人」なので
はなく、落語国的に積極的な暢気さがあって、好感の持てる人物像。それだけに三代
目三木助師型後期演出の「アンツルさん風文芸人情噺的修辞過剰」とは相容れない部
分がある(権太楼師の『芝浜』より遥かに落語っぽい)。浜の描写も要らないと私は感
じた。かみさんは比較的手強いけれど、長屋の阿っ母ァの強気型かな。告白前の丁寧
さは独特。三代目三木助型から、自分の持ち味に合わせた「落語の『芝浜』」へ、今
後どうシフトして行くか、その過程がこれからの楽しみ。
※今夜強く感じたが、甚語楼師は一朝師みたいな「全方向スタンダード本寸法噺家」
のタイプなんじゃないかな。小ネタから主任ネタまで、寄席の落語には欠かせない存
在になりうる。その代り、三遊系のメリハリ人情噺向きではないな。
★甚語楼師匠『二番煎じ』
人物の描き分けが実に的確。矢来町型だけれど、噺の雰囲気は目白的。ネッチリ語り
乍ら、見回りの侍まで嫌な奴が一人も出て来ないのは得難い資質だ。これだけ明確な
人物の描き分けがあれば、それをベースにして、まだ色合いの薄い「老人親睦秘密宴
会」の愉しさがいずれ出てくるだろう(「騒ぐ烏に」の都々逸は調子が外れてた)。
★甚語楼『時そば』
二番目の男のトッポイ感じが似合う。最初のそば屋の塩辛声が冬の雰囲気を醸し出す。
★ほたるさん『臆病源兵衛』
まだ無駄を感じる所はあるけれど、落語らしい軽い可笑しさが出てきたんじゃないかな。
◆11月25日 演芸場昼席
花どん『金明竹』/八ゑ馬(交互出演)『画割盗人』/柳朝『持参金』/白酒『宗論』/世津子(アサダⅡ世代演)圓太郎『粗忽の釘』/小満ん『萬金丹』//~仲入り~//朝也『黄金の大黒(上)』/一朝『壺算』べぺ桜井/一之輔『百川』
★八ゑ馬さん『画割盗人』
色々手を入れて工夫をしている上に屈託がなく、イケシャアシャアと盗人も主人公も面白い。
★小満ん師匠『萬金丹』
やや陰な運びだけれど、旅ネタらしい軽快さが先日の会より出ていた。
◆11月25日 新宿末廣亭夜席
左遊『六十銭小僧』/蝠丸『お花半七』/京丸京平/紫『寛永宮本武蔵~熱湯風呂(上)』/夢太朗『錦の袈裟(上)』//~仲入り~//遊之介『浮世床:芸・碁・将棋』/小天華(マキ代演)/右紋『』/鶴光(助六代演)『武助の刀(正式題名不詳)』/健二郎/松鯉『大石東下り』
★松鯉先生『義士傳本傳~大石東下り』
前半の人足・弥十の嘘を見破る件は落語の小品にもなりうる。垣見左内と大石の対峙
は、本物の垣見により品格のあるのが尤もと感じる。主税に「本物の垣見左内を斬
り、切腹せよ」と命ずる件にもう少し山が掛かっても良いのでは?
★鶴光師匠『武助の刀』
全く初めて聞いた噺。桐生から信濃を目指す旅人武助が山賊の計略で百両の金を奪わ
れるが、狼避けにと与えられた錆刀が五郎正宗の名刀で却って得をする。鳴り物が入
る。『深山隠れ』みたいな民話種か講釈種の旅ネタったぽい。最初は『狼退治』かと思っていた。
★左遊師匠『六十銭小僧』
帰ってきたかみさんに亭主が『真田三代記』の話を始めたので(下)まで演るかと思っ
たら、かみさんの「本当に知恵のある子供、面白そうな話ね」「聞きたきゃ、まず十
銭出しな」とサゲた。この方がわざとらしくない演出になるし、笑いもちゃんと取れるな。
◆11月26日 演芸場昼席
/小満ん『締込み』//~仲入り~//朝也『代書』/一朝『蛙茶番』べぺ桜井/一之輔『藪入り』
★小満ん師匠『締込み』
途中からだったが、サゲを少しいじったかな?
◆11月26日 落語教育委員会・秋スペシャル(東京芸術劇場プレイハウス)
コント『立て籠り』/志ん吉『権助芝居』/喬太郎『具人化(漫談)~時そば』//~仲入り~//歌武蔵『死神』/喜多八『火事息子』
★喜多八師匠『火事息子』
「最後に出てきて総取りしちゃった」の典型。落語の人情噺の『火事息子』として
優れている。久しぶりに『火事息子』で沢山の涙が滲んだ。特に阿っ母さんをあれだ
け泣かせていながら、ウジウジした噺に感じないのは、親旦那が終始毅然として一切
泣かないからである。その親旦那が番頭の「御他人様なればこそ、会って御礼を仰有
るのが」を受けて、「良く、言っておくんなさった」を素直に言った、変に表情に出
したりしない「落語らしい情の深さ」が抜群の良さだった。あのひと言がズーッと噺
を通じてブレなかったのがに唸る。
★歌武蔵師匠『死神』
現代に直してあるが会話は落語国。ダジャレの遣り取りを死神と主人公がして、それ
がサゲに繋がる。面白い工夫だけれど、噺としての締まりに乏しいのも演出意図か。
現代に直してあると、主人公が「医者」はやはり変で「霊能者」とかだろう。
★喬太郎師匠『具人化~時そば』
立ち食いそばのコロッケとウィンナの天麩羅の気持ちを代弁したマクラ、という
か、漫談本編というかは、すこぶる面白かったし、こういう視点は喬太郎師でないと
えられない。「スケッチが巧い」というのはやきり「落語のセンスに優れている」と
いう事である。『時そば』もちゃんとまともで良いんだけど、笑いの落差がおおきすぎた。
◆11月27日 『エリザベート・スペシャル・ガラ・コンサート』(梅田芸術劇場)
出演:紫苑ゆう・大鳥れい・高値ふぶき・湖月わたる・涼紫央・出雲綾etc.
★東京の時より、大鳥がカツカツせず、また出雲も下品にならないように抑えたの
で、全体の出来はかなりアップして、紫苑版の『宝塚グランド・ロマン』の部分はか
なり出ていた。ただ、どうしても、大鳥が手一杯には紫苑に対してぶつかって行けな
いきらい(というか資質というか)があるため、舞台全体が宝塚的な「愛と革命のロ
マン」にならないもどかしさがある。
◆11月28日 『エリザベート・スペシャル・ガラ・コンサート』(梅田芸術劇場) 13時半開演
出演:紫苑ゆう・高嶺ふぶき・湖月わたる・花總まり・涼紫央・初風詢tc.
★本日の主要キャストが私の知る『エリザベート』のベストキャストであろうか。素
晴らしい出来である事に違いはないが、紫苑ゆうは18日東京公演の頂点を踏まえ
て、自分なりに手直ししたり、試したりする余裕を感じさせていた。その紫苑に対し
て、花総も高嶺も湖月も涼も手一杯にぶつかりあい、感情の高まりを見せた面白さは
「宝塚ならでは」りものだろう。花総は「稀代の娘役」であると同時に「女優として
の可能性の凄さ」を見せた「復活の舞台」と呼ばれてしかるべきである。東宝帝劇版
の『エリザベート』のタイトルロール起用を期待する。演じれば「50歳まで出来る
持ち役」になるだろう。高嶺のハイテンションは驚くばかりで、特に老後のフランツ
の「毅然たる老人皇帝」ぶりには圧された。そこに「エリザベートを待ち続けただけ
のトート」と「エリザベートを待ち続けながら、理解されることを求め、理解しよう
としてしまったフランツ」という「二つの愛の相違」が見事に描き出されている。一
幕最後の場面はトートとフランツという「待ち続ける二人の慟哭の場面なのだ」とい
う事を初めて知った。昇天」で叫ぶ「ウン・グランド・アモーレ!」も湖月としては
過去最高の出来だろう。『エリザベート』原作のゾフィーを踏まえた嫉妬しない皇太
后・初風の品格、芸容も目に残る。涼のルドルフも過去の優れた、絵麻緒ゆう・香寿
たつき・遼河はるひのルドルフと並ぶ出来栄え。その他、マダム・ヴォルフの嘉月絵
理、リヒテンシュタンの秋園、幼ルドルフの初嶺、ヴィンディッシュの彩星などが優
れた演技を見せて、正しく全員一丸となって紫苑の意図の下、舞台を盛り上げる面白
さを堪能した。東宝・劇団四季のミュージカルがどうしても持てない「出演者の一体
感」は、どんな種類のステージ・パフォーマンスにも必要欠くべからざるものだろう。
◆11月29日 演芸場昼席
多ぼう『垂乳根』/一左(交互出演)『だくだく』/柳朝『道灌』/白酒『紙入れ』/アサダⅡ世/圓太郎『浮世床・講釈本』/小満ん『粗忽の使者』//~仲入り~//朝也『短命』/一朝『一分茶番』べぺ桜井/一之輔『五人廻し』
★一之輔師匠『五人廻し』
江戸っ子から意気がり過ぎが消えて、「知識自慢馬鹿」の要素が前に出て面白くなっ
た。通人の変態がり、官員の居丈高な情けなさ、田舎者の間抜けさと人物像が高って
おり、それの相手をする喜助のリアクションの確かさと、かなりのレベルアップを感
じた。最後の相撲取りのみ、野暮天ぶりが曖昧なのは惜しい。
★柳朝師匠『道灌』
全体に八五郎のテンションが『天災』並に高く、単に巧さと流暢さから(洒落じゃな
いよ)スイスイ運ぶばかりで噺の流れる欠陥が薄まり、明るく元気に面白い落語に変
わったなら嬉しい。
★白酒師匠『紙入れ』
白酒師で聞いた事のないネタじゃないかな。マクラの豆腐屋の間男小噺から本題ま
で、感心するほど無駄なセリフがなく、新吉の妙な勘の良さ(色気は無い)、かみさん
の図太さ(クドくないけど色気はある)、亭主が貫禄は見せるけれど実は色好みの大間
抜けだ、という人物像を浮き彫りにする方向へ集約して、サゲの間抜けさを際立たせ
る。これだけ見事に組み立てられて、巧さが目立たず面白い『紙入れ』は一寸聞いた
記憶が無い(夜の『セゾン・ド・白酒』で演ったのかな?)。
★一朝師匠『一分茶番』
『村芝居』の部分を全カットして番頭と権助の遣り取りから。先代馬の助師没後、二
ツ目時代から一朝師の独壇場だけれど、権助のリアクションの無邪気さ・的確さ・面
白さに瞠目するばかり。芝居の件の所作・セリフの決まりは勿論乍ら、一朝師以降、
この噺をこんなに愉しく、下品でなく出来る噺家さんってのは出るかしら。
◆11月29日 落語協会特選会第二回左龍甚語楼の会(池袋演芸場)
いっぽん『道灌』/左龍『質屋蔵』//~仲入り~//アサダⅡ世/甚語楼『宿屋の富』
★左龍師匠『質屋蔵』
随分と簡略化された構成。旦那の「質物の気の話」と定吉の「立ち聞きの嘘」は短
く、熊五郎の「樽ごと戴きの件」と化物の数は少ない。その割に三蟠蔵の前座敷に番
頭と熊五郎が来てからは割と普通サイズ。この演出の方が噺が尻すぼみにはならない
ね。但し、熊五郎も番頭もニンにあるだけにもう少し活躍させたいな。
★甚語楼師匠『宿屋の富』
古今亭型で噺の流れは遊雀師と似ているけれど、人物の設定はかなり独特。一文無し
は洒落半分で駄法螺を吹いていたが(後に「洒落で言ったのに」というセリフがあ
る)、宿屋の主人が真に受けたと困っている所へ「富札を買って欲しい」と言われて
周章てる様子が一番可笑しい。但し、聞いている限り、宿屋の主人は駄法螺を逆手に
取って、余った富札を売り付けたという印象があった。それだから、湯島の富が客に
当たったと分かり、慌てて帰宅した主人が、客が戻ったときいた際の「逃げられたか
と思った」というセリフに納得が行ったのである。洒落と商売の人間関係が、千両富
という行幸で運に繋がる面白さは、この演目で初めて聞いた。演出力と表現力が明ら
かにグレードアップして、芸の上昇感を増している。湯島の二番富の男も色気は無い
けれど十分に間抜けな脇役として愉しい。
◆11月30日 池袋演芸場昼席
一力『牛褒め』/一左(交互出演)『六銭小僧』/柳朝『黄金の大黒(上)』/白酒『新版三十石』/世津子(アサダⅡ世代演)/圓太郎『短命』/小満ん『時そば』//~仲入り~//朝也『干物箱』/一朝『尻餅』/べぺ桜井/一之輔『富久』
★一之輔師匠『富久』
真打になってからは初めて聞く『富久』。古今亭型だから久蔵の人間はしだらのない
方であるが、その浮草加減がまだ半場に感じる。ただ、ドラマになり過ぎず、千両富
を貰えない憤りもくどくなく、全体に「落語らしい可笑しさを意識したキャラクター
の久蔵」である事はかなり分かりやすくなった。また、久保町の旦那のとこで酒を呑
む件、富札をなくしたと思って嘆く件と、二つの場面で周りから敬遠されたり、冷笑
されている久蔵の孤独が以前とは比べ物にならないくらい浮かび出ていたのも印象的。
★小満ん師匠『時そば』
二番目の男が柳の古木の陰で腕組みして立ってる形は、正しく喜の字屋だね。与太郎
的な間抜けでなく、飽くまでも「乙な洒落の真似をしようとしたしくじり」になって
いるのが小満ん師らしい。また、二番目のそば屋の「儲かって笑いが止まりません」
の言い方には受けた受けた。
★一朝師匠『尻餅』
膝前の出番だから軽めではあるが、二ツ目時代からの十八番で、可愛らしい夫婦の餅
つきごっこの愛しさ、馬鹿馬鹿しい愉しさは変わらないなァ。
◆11月30日 第六回夢一夜(人形町社会教育会館ホール)
吉好『動物園』/夢吉『殿様団子』/一之輔『夢金』/~仲入り~//一之輔『河豚鍋』/
夢吉『睨み返し』
★一之輔師匠『夢金』
熊は普通に欲深い奴の面白さや愛嬌はあるのだけれど、「嫌な奴で欲深い奴の面白
さ」までは行ってないから、どうしても噺にコクを感じない。描写のための無駄な描
写セリフの殆どないのが却って情景を感じさせる。熊に開き直られて周章てる侍の素
人悪ぶりはなかなか面白い。この人物像が一番の出来。
★一之輔師匠『河豚鍋』
一之輔師でこの演目は聞いた事があったかな?旦那が旦那らしくないのは弱みで、噺
の世界が曖昧になるとはいえ、一八のフワフワしたキャラクターが軽いし、河豚を食
べる際の遣り取りもクドくなくて面白い。気軽な皮肉さが持ち味に適う。彦六師に柳
昇師の憑依したみたいな乞食の可笑しさも独特。持ちネタになる噺だと感じた。
★夢吉さん『殿様団子』
前半の殿様の商売選びの件をカットして、客二人の来店から、という演出。殿様が変
にナヨナヨした泣き虫で、三太夫が矢鱈と厳めしい、という対象が可笑しく、先代圓
馬師⇒圓師と伝わる演出より分かりやすく可笑しい改善になっている。
★夢吉さん『睨み返し』
薪屋を追い返してから睨み屋を呼びこんで雇う、という流れは普通。睨み屋のキャラ
クターが独特で、やたらと愛想よくて腰が低いのに、仕事となると豹変して奇怪な下
から睨みの表情と(「耳が大きいからヨーダみたい」という声に納得)、カシモドみた
いな姿勢が物凄く可笑しい。掛取り側のリアクションがが最後の壮士崩れを含めて慌
ただしいのは惜しい。最後に睨み屋に払う金もないと分かり、睨み屋が亭主を睨みだ
したのを鏡を出して追い返す演出は初めて聞いた。先代可楽師とも全く違う展開であ
る。もう、ひと工夫要ると思うが、借金取りのいる自宅へ睨みに戻る従来のサゲにも
無理があるから、これはこれなりに一つのアイディアである。
石井徹也 (落語”道落者”)
投稿者 落語 : 2012年12月03日 22:11