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2012年07月03日
石井徹也の「らくご聴いたまま」 2012年6月号
お暑うございます!
今回はおなじみ石井徹也さんによる、ごく私的落語レビュー「らくご聴いたまま」の2012年6月号をお上網いたします。上席・中席・下席の合併特大号!稀代の落語”道落者”石井徹也さんによります、落語巡礼をどうぞお楽しみください!(ちょこっと宝塚寸評もありマスよ)
また、このコーナーに関する感想、ご意見をお待ちしています。twitterの落語の蔵(@rakugonokura)か、FaceBookの「落語の蔵」ページ(http://www.facebook.com/rakugonokura)にリプライ、投稿をお願いいたします。
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◆6月1日 第14回北沢落語名人会「~春風亭一之輔真打昇進記念~春風亭一朝・春風亭一之輔親子会」(北沢タウンホール)
市也『金明竹』(骨皮抜き)/しん平『御挨拶』/一之輔『普段の袴』/一朝『片棒』//~仲入り~//一朝『天災』/一之輔『粗忽の釘』
※今夜は「八五郎爆笑大会」みたいな感じ。「先代柳朝師と矢来町のミックス江戸っ子噺」は凄いなァ。
※「一朝・一之輔」の組み合わせは現在、「最強の親子会」だろう。特に「重さに傾く要素が全く無い」のが強い。
★一朝師匠『片棒』
大本格。最初の旦那と番頭の遣り取りからセリフに人物が出ていて、旦那・番頭・長
男・次男・三男と見事に了見が出ている。特に長男と次男が嬉しそうに葬祭の様子を
語る表情は無類。囃子の素晴らしさだけに頼らず、人物から風景の浮かび出る楽し
さ、良さは堪んないね。
★一朝師匠『天災』
頭の大家との遣り取りを一寸省略したが、これだけの出来の『天災』は一朝師でも珍
しい。マクラから矢来町を彷彿とさせる江戸っ子が縦横無尽に活躍するキレの良さは
トリの一之輔師の高座が心配になったほど。八五郎の素っ頓狂な能天気さ、名丸の世
話に砕けた貫禄と優しさ、八五郎が「分かった!」と叫んだ時に幸せを感じちゃった
くらい、コミュニケーションの素晴らしさ、愉しさを堪能した。
★一之輔師匠『普段の袴』
丁寧に演じて、馬鹿馬鹿しく愉しい。侍と道具屋の主人の遣り取りやキャラクターに
まだ落ち着きは足りないものの、八五郎が出てきてからの可笑しさは強烈。呆れて袴
を貸す大家さんがまた面白い。
★一之輔師匠『粗忽の釘』
『青菜』と並ぶ二大強力兵器になってきた。八五郎というより、前半から釘を壁に打
ち込むまでは甚兵衛さんに近い大工だが、前の家に行ってからは、ガラッ八も良いと
こで、新たなくすぐりも交えながらの快進撃が続く。阿弥陀様の喉から釘が出てた辺
りからサゲまで、稍テンションの下がるのは今後の課題かな。
※初めて感じた疑問。阿弥陀様の喉から出た釘の先に、何で蜘蛛が付いてなかったん
だろう。そこをもうひと押ししても良いのでは?
◆6月2日 第六回らくご・古金亭(湯島天神参集殿一階ホール)
駒松『子褒め』/龍玉『駒長』/雲助『浮世床(遠し)』//~仲入り~//馬好『猫の皿』/馬生『品川心中(遠し)』
※自分が主催する会だから評はしない。主催者としては内容に満足。『浮世床』など、「簡略されやすい噺」の通しはもっと意識したい。
◆6月3日 第六回正蔵・馬石・一之輔の会(BeeHiue)
つる子『桃太郎』正蔵『四段目』一之輔『大山詣』~仲入り~馬石『笠碁』
★正蔵師匠『四段目』
噺は綺麗にまとまって可笑しく、芝居場面でも芝居をし過ぎないようになった。定吉
のキャラクターさに比べ、旦那のキャラクターをもう少し明確にしたい。
★馬石師匠『笠碁』
一寸変えた。序盤の遣り取りでは二人の碁を打つ指先の綺麗さ、「待った」を言った
側の膝に置いた手と指の動きが苛立ち方を可笑しく可愛く、微妙に描き出したのが愉
しい。被り笠の方が首を振らず、特に相手の店先に場面が移ってからは全く姿を見せ
ない。待っている側が「自分が悪かった」と反省した後、笠の男の登場に嬉しく慌て
て、「いつものようにしてろ!」と命令する事で店中を異様な緊張状況に追い込む可
笑しさも先代馬生師とも違い、「碁に淫した二人の噺」の面白さで友情は余り大きな
要素ではない。反面、菅笠の男が笠を被って一寸背伸びした形が(長身で腰の浮くの
が素晴らしい)素敵に可笑しいだけに、店先の場面で最後の最後まで登場しないのは
演出として惜しい。待つ側の一人芝居になるのでリズムは高揚するが、周囲でオタオ
タする定吉のリアクションなどを一人芝居で浮かび上がらせるには、まだ引き画が描
き出せていない。ならば切り返しで、菅笠の男も一寸出すべきではないだろうか。サ
ゲ前に待つ側の旦那がチラッと前上を見たのはミスだろう。目白型以上に盤面だけ見
てしまう筈の二人だからね。また、菅笠のかみさんが「碁を打つ事になったら長くな
るんだから(笠は貸せない)」と言ったセリフは明らかに蛇足。そんな伏線は必要ない。
※先代馬生師の演出に先代小圓朝師の演出を取り入れた感じだけれど、三遊派の写実
重視リアリズムと先代馬生師の雰囲気重視リアリズムの不整合さを感じた点がある。
店先の人物の動揺を感じさせるには、バストショット連発の写実だけではリアクショ
ンが物凄く難しい噺になってしまうのではあるまいか(バストショット連発は志ん朝
師的な、派手な芝居演技にこそ似合うのではあるまいかね)。
★一之輔師匠『大山詣』
ギャグを減らして、熊さんや長屋連中のキャラクターで進める展開。先達さんの冷静
さが良く、店子連中の跳ねっ返りとの対照が効果的で、連中の能天気さを際立たせ
る。わざとらしくなりがちなかみさん連中の嘆き悲しみぶりが可愛くて良いのもプラ
ス。劇中劇の熊さんの「物語」は調子を締めてなかなか上手い。帰ってきた亭主連中
が障子に穴を開けて中を見る演出のみ、「夏の噺だろ」と気になる。
◆6月3日 立川こはる・春太改め立川春吾二ツ目昇進記念落語会(国立演芸場)
春樹『平林』/春吾『粗忽長屋』/こはる『三方一両損』//~仲入り~//二ツ目昇進披露御挨拶(談春・こはる・春吾)/談春『棒鱈』
★こはるさん『三方一両損』
声が下に響くのが特色で、それを活かすにはもっとドスを利かせた演出がよいので
は?。あと、肺活量の関係か声量がまだまだ足りない。
★春吾さん『粗忽長屋』
器用なのは分るが、テクニックはまだ「巧い素天狗連」っぽい。一方、部分部分、
「変な可笑しさ(フラに近いか)」があるので、先代馬生師型の『ざる屋』や『臆病
源兵衛』が似合うんじゃないだろうか。
★談春師匠『棒鱈』
前半、田舎侍の「となぁ」などが加味され、可笑しさが増した。「十二ヶ月」を一年
分唄うのも可笑しい。酔っぱらいの憤懣に兄貴分が共感するのも尤な可笑しさがあ
る。半面、侍と酔っ払いの喧嘩になって以降、動きのキレが乏しく、胡椒掛けで受け
はしていたものの、噺のテンションとしては些か尻すぼみ。
◆6月4日 池袋演芸場昼席
うん平(交互出演)『七段目』/白酒『元帳』/きく姫(代演)『動物園』/のだゆき(交互出演)/種平『笠碁』//~仲入り~//馬石『堀の内』/小朝(交互出演)『紀州』/正蔵(交互出演)『ハンカチ』/勝丸/木久蔵『そば清』
★種平師匠『笠碁』
目白型。二人ともやや性急なキュラクター。待つ側が煙管を右手に座っている形の面
白さ、雰囲気など見ていると旦那同士というより職人同士にした方が良いのではある
まいか。せっかちにも職人の方が似合うだろう。待つ側が田原町の早桶屋の親方、菅
笠を被る側が三軒町の髪結床の隠居、みたいな雰囲気だとドンピシャリである。
★木久蔵師匠『そば清』
誰の型がベースだろう?そばを手繰る形が妙に可笑しいし、若い衆がそば屋の親方に
掛ける声の明るさがよく、中っ腹になる様子がリアル。但し、それぞれの要素がまだ
バラバラなんで上手さや面白さに結びつかぬ、とはいえ矢張り素質は感じる。『百
川』を聞いてみたくなった。
◆6月4日 新宿末廣亭夜席
ホームラン/菊丸『宗論』/〆治『ちりとてちん』/美智美都/さん八『紙入れ』/一朝『蛙茶番』//~仲入り~//甚語楼『黄金の大黒(上)』/のいるこいる/扇遊『お菊の皿』/馬の助『手紙無筆(上)』/仙三郎社中/権太楼『青菜』
★権太楼師匠『青菜』
「噺家の時知らず」と振り、「今年の浚い初め」と入ったがこの温気に違和感はな
い。奥様がセリフ、物腰、見事に品の良いのには感心。また、植木屋のかみさんと物
凄い好対照である(植木屋のかみさんは目白のおかみさんみたい・笑。ちゃんと夫婦
になってる)。旦那も奥様相手だと実に柔らかく品がよい。植木屋相手だとざっかけ
なさ過ぎるとこもあるが、浮世の苦労を知った洒脱な人、という印象。植木屋は屋敷
中ではちゃんと緊張してるから馬鹿でなく、帰り道、旦那と奥様の遣り取りに憧れる
辺りからテンションが上がる。お見合いの件で「稲葉の旦那に騙された」は受けた
が、「河馬の檻の前」を「猿の檻の前」と言い間違えたのは残念。「河馬の檻」と
「甘食を食いながら」は目白型『青菜』の絶妙な馬鹿馬鹿しさだから。かみさんは品
は良くないけれど怪物ではない。従って、かみさんに屋敷の礼儀を教えようとマジに
なる植木屋との遣り取りは無茶でなく、非常に可笑しい。友達相手に旦那の真似をし
て上手く行き、嬉しくて矢鱈と舞い上がる表情の可愛さ、「(菜っ葉は)嫌いだよ」と
言われて途方に暮れる大愕然表情の可笑しさには、枝雀師の植木屋と共通するものが
ある。友達の建具屋が職人らしくぶっきらぼうなとこのあるのもバランスが良く笑い
を増幅する。サゲは「弁慶ーッ!」と言い放つ方が似合うと権太楼師には思う。
★甚語楼師匠『黄金の大黒(上)』
気が弱く、貧乏で三日間水しか飲んでない金さんのキャラクターが抜群。「誰か?」
と言われると頓狂な大声を上げる長屋連中は一朝師風の可笑しさで、その辺りは「権
太楼師そのまんま」にならない良き工夫。
★一朝師匠『蛙茶番』
前半省略、芝居景抜きの短縮版だけれど、その分、半ちゃんの跳ね上がりぶりの可笑
しいのなんの。
※仲入り・一朝師、食い付き・甚語楼師、主任・権太楼師と三人、能天気の名手が揃うとひたすら愉しいなァ。
◆6月5日 池袋演芸場昼席
うん平(交互出演)『七段目』/白酒『浮世床・講釈本』/勢朝(彦いち代演)『漫談』/のだゆき(交互出演)/種平『笠碁』//~仲入り~//馬石『粗忽の釘(下)』/木久扇(交互出演)『家元彦六』漫談/川柳(正蔵・三平代演)『ガーコン』/勝丸/木久蔵『そば清』
★種平師匠『笠碁』
昨日より良くなっているのに感心。演劇・お芝居的な心理的伏線を作らず、場面と
キャラクターに沿って、其々の人物が喜怒哀楽を素直に出しているのが一番良い。
ざっかけない、幼馴染みの老人同士の軽い意地の張り合いがサラッと愉しい。煙管を
構えた姿の様になる事にも変わらず感心。
★馬石師匠『粗忽の釘(下)』
主人公の「客観性ゼロの健忘症」というキャラクターの可笑しさに加え、かみさんや
引っ越した長屋の隣人たちが「落ち着いて落ち着いて」(両手で抑える仕種を必ず伴
うのがまた可笑しい)と、丁寧に諌め出す面白さ、主人公に周囲が巻き込まれる面白
さが独特である。かみさんとの馴れ初め話で八ツ口から手を入れられて擽られたかみ
さんが身悶えする仕種の可笑しさをはじめ、随所・各人の仕種に卓抜した面白さが散
りばめられている。
◆6月5日 上野鈴本演芸場夜席
小駒(交互出演)『近日息子』/仙三郎社中/三三『釜泥』/小円歌/藤兵衛(扇遊代演)『浮世床・夢』/白酒(交互出演)『壺算』/小燕枝(南喬代演)『長短』//~仲入り~//ホームラン/龍玉『子褒め』/夢葉/雲助『火事息子』
★雲助師匠『火事息子』
全体に落語色の強い高座。若旦那・藤三郎は正しく先代馬生師譲り、今は雲助師しか
出来ない「切ない若旦那」で、一寸真似手がない。声の出し方が他の噺家さんとは違
う。親旦那は冒頭から今まで聞いた中では柔らか味の強い、商人らしさが火事見舞い
との応対等に出ており、落語らしいキャラクターになっている。番頭に諌められて若
旦那との面会を承知する前の無言の表情の良さが「お前さんはそういって主人を」の
セリフを意地づくにせず、嬉しさと世間体の相反する気持ちを感じさせる。若旦那と
の邂逅で一度調子が硬く、世話味の強まる慇懃な挨拶となり、そこから高揚して説教
になる辺りの面白さ。「着物に小遣いを付けてうっちゃってやれば」と顔はかみさん
に向けながら言って、若旦那を指して本意を告げる右手の良さ。母親はひたすら溺愛
する優しく、愚かに可愛らしい母親で、『唐茄子屋』の叔母さんと並び、初代圓右師
からの江戸世話落語の良き人物である。親旦那に縋るようにして若旦那との面会を願
い、母親に会わせんと願う番頭がまた好脇役。世話味を落語味に加味した情ある佳品
だ(言えば、先代馬生師や一朝師の方が全体の柔らかみが強い)。
※母親が藤三郎の彫物を「九紋龍」を「くもんりゅう」と呼ぶのは、師匠譲りで馬石
師も同じだが、江戸訛りなのかな?(ウィキペディアにも「くもんりゅうししん」に
なっている文書がある)。漢学の本家とも言うべき大東文化出身の米朝師匠の著書に
は「“くもんりゅう”と振り仮名のある文書があったが、それは読み間違い。本当は
“きゅうもんりゅう”」という内容の文書があったけれど。そういえば、中国の名所
「九寨溝」も「きゅうさいこう」と読むなあ。ウィキペディアは信用しづらいサイト
であるが(テレビ番組の構成では必ず「鵜呑みにしないで、専門家に当たるように」
と注意される)、江戸時代の『当盛水滸伝』について書かれたサイトでは「九紋龍の
呼び方が「くもんりゅう」か「きゅうもんりゅう」で意見が分かれていたが、この図
ではルビが振ってあり「きゅうもんりゅう」が正しいようだ。」という文書もある。
どっちが本当なのかな?『水滸伝』の専門家を探して訊いてみるしかあるまい。
★小燕枝師匠『長短』
淡々と本格だが、短七が煙管を噴かしている表情が、さながら福禄寿が煙草を喫って
いるような、得難い長閑さで非常に面白かった。
◆6月6日 池袋演芸場昼席
久蔵(交互出演)『から抜け』/白酒『平林』/勢朝(彦いち代演)『噺家親子』/のだゆき(交互出演)/種平『笠碁』//~仲入り~//馬石『鮑熨斗』/木久扇(交互出演)『三木助臨終と彦六』漫談/正蔵『小粒』/勝丸/木久蔵『品川心中(上)』
★種平師匠『笠碁』
訛るのは惜しいけれど、せっかちな気質の老人二人の表現が的確。だから、毎日ちゃ
んと受けているのは当然。
★馬石師匠『鮑熨斗』
寄席用か、山田さんからの五十銭はかみさんが借りてあり、まず魚屋へ。魚屋が「縁
起物だから」と鮑を売り、それから戻って口上を教わる。かみさんから口上を教わる
件で、かみさんが子供に教えるように「ここ難しいから」「ワーッと言っちゃえば相
手が察してくれるよ」と優しく教える様子、丁寧に啖呵を教えてくれる魚屋の親方、
甚兵衛相手では強く叱れず、「察して上げよう」と言いながら困ってる地主さんと、
心優しき人に囲まれ乍ら、何も分からない甚兵衛さんは「腹が減ってる」という一念
だけで只管こんがらがってる。その演出も表現も凄く愉しい。「かみさんは知ってる
のか?」を地主が言わなかったんじゃないかな。それは必要。
※かみさんが山田さんから五十銭を既に借りてあるのは「そのまま、かみさんが地主
のとこへ行けばいいじゃねえか」と思ってしまうので一考必要かな。
★木久蔵師匠『品川心中(上)』
誰に教わったんだろう?蛇足なくらい、説明が沢山付いている。地の喋りの弱い人だ
から、説明や地の多い演出は刈り込まないと。
◆6月6日 談春アナザーワールド15三日目(成城ホール)
はるか『転失気』/談春『たが屋』//~仲入り~//談春『文違い』(エピローグゲスト・春風亭一之輔)
★談春師匠『たが屋』
家元型ベースに思い付くまま、といった展開。たが屋を半端者上がりにしたけれど、
「何年も(仕事をしている)」というセリフがあったりしてアンバランス。最初に橋
の真ん中に一本線をクッキリ描いたのが却って邪魔になり、血刀下げた箍屋が花火の
光に浮かぶような凄さはない。野次馬に煽られ、みんな変になる気持ちは良く分か
る。
★談春師匠『文違い』
何か乙女チック。「新宿の廓のある夜のスケッチ」にはなっているけれど、お杉が凄
くわざとらしい泣きで半七や角蔵をだます辺りが、家元系で可愛くなっちゃう。宿場
女郎の、花魁とは違う感傷は感じられない。その意味では半七も角蔵も芳次郎もみん
な妙に可愛いのが、噺の面白さと溶け合っていない。古今亭・金原亭の噺なんだな。
女性にとって男はみんな所詮間夫止まりでしょう。女性が一番大切なのは「自分の気
持ち」じゃないかな。角蔵を見てると「廓の客は甘いくらいが幸せ」と感じる。
※お杉の泣き落としを聞き乍ら、「男はなんで色街の女なら誰でも知ってる手管が分
らないんだろう」と知人女性の言った言葉を思い出していた。
◆6月7日 池袋演芸場昼席
文雀『伽羅の下駄』/ホンキートンク/一之輔(交互出演)『浮世床・講釈本』/白酒『粗忽長屋』/きく姫(彦いち代演)『芋俵』/ストレート松浦(交互出演)/種平『笠碁』//~仲入り~//馬石『王子の狐』/小朝(交互出演)『親子酒』/三平『四段目』/勝丸/木久蔵『品川心中(上)』
★種平師匠『笠碁』
「この音を聞けば」とばかりに、碁石をジャラジャラと笥に触り落とす無言の動きに実感がある。
★馬石師匠『王子の狐』
寄席型短縮版。変化物は十八番だけに眉に唾を附ける仕種の面白さは出色。
★三平師匠『四段目』
強弱高低の無い力み声だから、聞いていて疲れる。誰が稽古して、更に上げたんだろ
う。判官の仕種やセリフが随分変わっている。正面から両手で柄を力一杯握る判官
や、刀身を生手で掴む定吉は初めて見た。
★小朝師匠『親子酒』
巧い下手ではなく、何故こんなに嫌味に聞こえる芸になったんだろう。
★一之輔師匠『浮世床・講釈本』
サゲを変えた演出。ユッタリではなく、何かダラダラして聞こえたのは摩訶不思
議。次の白酒師が見事に「寄席の芸」を見せたのとは比較にならず。
◆6月6日 春風亭一之輔真打昇進披露興行(よみうりホール)
朝呂久『間抜け泥』/三三『垂乳根』/談春『黄金の大黒』/一朝『芝居の喧嘩』//~仲入り~//一之輔真打昇進披露口上(一朝・市馬・談春・三三・一之輔)/市馬『山号寺号』踊り・深川/一之輔『青菜』
★一之輔師匠『青菜』
酢味噌の好きな植木屋の可愛さは変わらない。たがめのかみさんが今夜は凄みに乏し
く、夫婦の会話がいつもほどの面白さではなかった。下座がえりさんと市馬師が言っ
たら、ざんばら髪のかみさんにえりさんがオーバーラップしてしまい、可笑しさが混
乱しちゃった。
★一朝師匠『芝居の喧嘩』
「一朝懸命」を言い忘れたからか(笑)、マクラが『芝居の喧嘩』から『七段目』『た
が屋』方向へ揺れて『芝居の喧嘩』に戻ったように感じた。そのため、リズムが少し変。
★市馬師匠『山号寺号』
会場の大きさのせいか、拡散気味の高座が多い中で、アドリヴ沢山の「一之輔師昇進
祝賀用噺」みたいなのにも関わらず、そのいやらしさが微塵も無くて愉しいのは凄い
ね。市馬師の踊りも初めて見た。武骨だけど大きい。
★談春師匠『黄金の大黒』
御祝いの気持ちは分かるけれど、家元の雛型のある噺だと『不動坊』『粗忽の使者』
みたいには、噺と談春師が一致しないねェ。『牛褒め』、聞きたいなァ。
★三三師匠『垂乳根』
千代の色気が「お局好み」で、市馬師と正反対に噺をいやらしくしてる。大体、嫁さ
んが来るのに八が全く嬉しそうに見えない。
◆6月8日 春風亭一之輔真打昇進披露六月特別興行(日本橋劇場)
朝也『新聞記事』/柳朝『権助魚』/白酒『だくだく』/権太楼『肥瓶』//~仲入り~//一之輔真打昇進披露口上(一朝・権太楼・白酒・柳朝・一之輔)/一朝『たが屋』/一之輔『らくだ(上)』
★一之輔師匠『らくだ(上)』
一朝師が侍の首が飛ぶ『たが屋』を演じた辺りから「トリは『らくだ』かな?」とい
う、余り嬉しくない予感があった。「(鮪のブツを)持ってこないと言ったカンカン
ノウを踊らせろ」まで。最後でテンションが下がって終わるという、現在のサゲ方で
は噺として尻窄みで詰まらない。哲学的で涙もろい半次の面白さは兎も角、屑屋の
酔って変化する展開の仕方がまだるっこしい。酔って、態度が明らかに変わってから
丼や蛙を買わされた話を持ち出すのは行きつ戻りつでダレる。ダレてしまうくらい、
まだ緊張感が保てないとも言える。長屋連中の面白さはあるが、大家と屑屋の遣り取
りもクドい。一之輔師の『らくだ』に関しては、聞く度に「ギャグを抜いて、一度、
全体の構成を考えた方が良くないか」と感じる。芸体力的にもまだキツいと思う。
★一朝師匠『たが屋』
今年の一朝師『たが屋』の聞き初め。かなり丁寧に演出して、馬桜師型の解説や「た
が屋コール」まで入るのは珍しい。それがダレずに小気味良く聞こえるのが一朝師ならでは。
★権太楼師匠『肥瓶』
豆腐を食べたのち、最初の男が酒で嗽するのは初めて見た。序盤カットして最初の道
具屋からだが、段取りがいつもとは違い非常に丁寧で可笑しい。また、小屋の大きさ
に対するリアクションの取り方が出演者中で一人だけ違う。ちゃんと観客の笑いを取
り込んで進めているから、大味にならない。
★白酒師匠『だくだく』
泥棒の入りを忘れたみたいだが、何とかしのいで後半のドタバタで爆笑へ。
★柳朝師匠『権助魚』
序盤から権助が手を振って旦那の後を付いてくる辺り、巧さから来る面白さがあって
感心していたが、権助が魚屋へ来た件から噺が走り始めて、同時にテンションが下
がってしまったのは残念。
◆6月9日 池袋演芸場昼席
彦いち『初天神・団子』/ホンキートンク/久蔵(交互出演)『勘定板』/勢朝(白酒代演)『半分垢』/文雀『探偵うどん』/のだゆき(交互出演)/種平『笠碁』//~仲入り~//馬石『狸の札』/川柳(小朝・木久扇代演)『ガーコン』/喬太郎(正蔵・三平代演)『垂乳根』:歌「ブルーライト芝浜」/アサダⅡ世(抜き・勝丸代演)/木久蔵『薬罐舐め』
★種平師匠『笠碁』
待つ側が退屈そうに煙草を喫うだけで受けるほど、観客を引き付けていた。最後、嬉
しそうに待つ側が美濃屋を呼び寄せる形が正しく派手になったので、サゲ前でテン
ションが下がらなくなったのは重畳。
★馬石師匠『狸の札』
狸の可愛さ、仕種全体の可笑しさに優れている。「タヌキです」を省いたのは?マー
ク。一ヶ所だけ一寸苦味を感じた所があった。
※アサダ先生が来れなかった?ので、喬太郎師が二度上がりして「ブルーライト芝
浜」を立ちで唄ったのがヒザ代りになった。
◆6月9日 池袋演芸場夜席
半輔『牛褒め』/美るく(交互出演)『堀の内』/朝馬『蜘蛛駕籠』/夢葉/菊輔『千早振る評釈』/歌之介『お父さんのハンディキャップ』/ゆめじうたじ(のいるこいる代演)「ナツメロ楽屋話」/志ん輔『野晒し(上)』//~仲入り~///三三『雛鍔』/小満ん『よかちょろ』/小菊(小円歌代演)/歌る多『廐火事』
★歌る多師匠『廐火事』
女性でないと言えないセリフの面白さがある半面、お崎さんの帰宅がズンと重いのは
落語としては辛い。最後、お崎さんが嬉しくて旦那のとこへ報告に走って行く後ろ姿
を見ながら亭主がサゲを言うのは、女性としてはその方が嬉しいのだろうな。シニカ
ルにもなるんだけど。
★歌之介師匠『お父さんのハンディ』
この馬鹿馬鹿しさが「執着心」を笑う典型。スポーツマクラがまた可笑しい。
★ゆめじうたじ先生「ナツメロ楽屋話」
後ろが遅れて繋ぎに掛かったので、これはネタでなく昔話なんだけど、とても内容は
書けない(笑)、寄席ならではのハプニングの面白さ。
★小満ん師匠『よかちょろ』
「これは親父への聞かせだよ」のひと言に笑った。息子の粋と親父の野暮の対照が愉
しい。その辺りの人物配置が的確なのである。
★菊輔師匠『千早振る評釈』
落語ではなく、「千早振る」の本当の意味の評癪を取り出して読んだり、現代語訳
したり、ギャル語訳したり、という高座。
◆6月10日 特撰花形落語会 喬太郎・三三 二人会 昼の部(Theatear10
10)
きょう介『子褒め』/喬太郎『ほんとのこというと』/三三『五貫裁き』//~仲間入り~//三三『雛鍔』/喬太郎『竹の水仙』
★喬太郎師匠『ほんとのこというと』
相変わらずスッゲェ可笑しいんだけれど、それにしてはサゲのインパクトが弱い。花
總まりがジャンヌ・ダルクを演じて「本当の魔女は自分から魔女とは申しませんこと
よ」といった時の凄さを思うと、「優し過ぎて物足りない」では食い足りない。母親
が見抜いて彼女と遣り取りしてサゲになる噺なんじゃないかな。
★喬太郎師匠『竹の水仙』
少し重いとこもあったけれど、甚五郎の風格、サゲの言葉のまとまりはやはり安心し
て楽しめる。
★三三師匠『五貫裁き』
基本的には面白い。大家が啖呵で怒鳴らなくなったのは重畳。
★三三師匠『雛鍔』
「固い御屋敷に勤めていたおかみさんが羊羮の蓋を舐めるか」「一点の曇りもない澄
んだ瞳」のシニカルさが身上。植木屋の独白も重くないし、三三師らしいから、別に
『雛鍔』らしくなくても、別の噺だと追えばいいか。
◆6月10日 特撰花形落語会 喬太郎・三三 二人会夜の部(Theatear1010)
きょう介『垂乳根』/三三『看板のピン』/喬太郎『牡丹燈籠・カランコロン~お札剥がし』//~仲間入り~//喬太郎『転失気』/三三『山崎屋』
★喬太郎師匠『カランコロン~お札剥がし』
マクラ無し。「カランコロン」から「お札剥がし」まで30分前後(きょう介さんか
ら仲入りまで62分)。新三郎の「死霊の体があのように温かいものか、肌が柔らか
いものか」といった生なセリフを巧く折り込む工夫、お米に色気があり、苦手な新三
郎、お露を陰にしてある具合など演出構成の巧みさには舌を巻く。人情噺を自分の物
にする演出力では雲助師、さん喬師と肩を並べる。
★喬太郎師匠『転失気』
珍念の「悪魔に憑依かれた」を後半は余り強調しなかったので笑い疲れせずに楽な爆
笑。前半、丁寧に花屋と石屋に行った分、時間が押して省いたのかも。
★三三師匠『看板のピン』
「褌の中に仕舞ってある」は兎も角、「金が守ってる」まで『浮世床』から取り込ん
でいたけれど普通に受けていたのに、何か不安なのかね?
★三三師匠『山崎屋』
刈り込んだ割には35分以上は掛かったか。小三治師の呪縛か、どうしてもラストの
隠居した親旦那と嫁の場面をしたいらしいが、それには前半がドタバタとメリハリを
付け過ぎる。フンワリフンワリ運んでこその終景で、そこまでは受けよう、ここは
ホッコリは「取らぬ狸の皮算用」もいいとこ。頭が十両も受け取ってしまう件を省い
たのは良いと思うが、若旦那が帰って来た場面の小里ん師の親旦那の顔、親バカぶり
が出ていない。若旦那が計略の最中にバカ笑いしてる、なんて演出は蛇足も良い所だ
ろう。似合うのは悪知恵の働く番頭が一番。「三三に狸が付きんした」とでも称するべし。
---------------------以上、上席-----------------------
◆6月11日 上野鈴本演芸場昼席
新治『鹿政談』//~仲入り~//夢葉/一之輔(代演)『欠伸指南』/半蔵『桃太郎』/遊平かほり/さん喬『井戸の茶碗』
★さん喬師匠『井戸の茶碗』
かなり短縮気味。珍しく言い間違いが多かったけれど、サラッと演じて気楽に愉し
い。終盤の屑屋清兵衛の「屑屋のあたしがお侍の婚礼の仲立ちが出来るなんて」の涙
もクドくない。清兵衛が銭を出す際、手拭いを縦に長く使って、胴巻き風の財布に見
せる工夫に初めて気が付いた。
※新治師匠の『鹿政談』は途中からだったが、五郎兵衛師匠の十八番だったし、頭から聞きたかったな。
◆6月11日 「灰色のカナリア」ソアレ(グローブ座)
コメディなのか、シリアスなのか、センティメンタルラブロマンスなのか、良く分か
らない作品。『Wait Until The Dark』と『Ghost』を混ぜた
みたいな話で無駄と説明が多すぎる。奥菜恵は幾ら小柄でも「5年前に突如失踪した
伝説のロックバンドのリーヴァ兼作詞家」には見えない。
◆6月12日 第127回談笑月例独演会(国立演芸場)
談笑『寿限無』/談笑『薄型テレビ算』//~仲入り~//談笑『火事娘(序)』
★談笑師匠『火事娘(序)』
母親は火事で以前死亡。火消しに助けられた倅・藤三郎は火消しに憧れて育つ。勘当
されて、無宿人乍ら「お組」の町火消しになるが(ほんまかいな)、火事場で仲間を
助けようとして死亡。戸板に乗せられ運ばれた遺体を見て、兄の影響で火事好きだっ
た妹お里が女火消しになると決意する。「後に弁天お里と呼ばれたという、『火事息
子』改め『火事娘』の序でございます」がサゲ。藤三郎が死ぬまでは推察出来たが
(セリフと動きが矢鱈と格好良い)、それでは「落語の悲劇化」という家元のマイナス
面の継承だが、妹が火消しになる、という馬鹿馬鹿しさが打ち消す。巧く逃げた頭の
良さ。『芝居の喧嘩』と同じで、別に『弁天お里』の続編は必要ないから。
★談笑師匠『薄型テレビ算』
伸ばし気味でダレた。
※『薄型テレビ算』のマクラの「出来なくなりそうな噺」(テレビの生産が終わる)か
ら改めて感じたが、家元の脱会後のお弟子や、他の売れている中堅が売れるために作
り出した「落語の現状メディア適合化」は落語の家電化、つまり消耗品化に繋がるの
ではあるまいか。テレビで散々、「お笑い」の消耗品化に荷担した上で言うのも何だ
が、消耗品化を避けるに、落語は情報メディアから遠ざかるしかないのかもしれない。
◆6月13日 上野鈴本演芸場昼席
小円歌/琴調『小政の生立ち』/たい平『粗忽の釘』/ホームラン/新治『狼講釈』//~仲間入り~//夢葉/圓太郎(一之輔代演)『六銭小僧』/半蔵『反対俥』/遊平かほり/さん喬『妾馬』
★さん喬師匠『妾馬』
刈込んでいるが、八五郎が出掛ける前にオフクロに晴れ姿を見せる件、御屋敷の中で
菖蒲の咲く庭を見て驚く件、殿様の「三太夫、良き友が出来たのう」など、要は押さ
えてある。特に八五郎が明るさを増したようで、赤ん坊の可愛さに顔を綻ばせる笑顔
から「嬉しくなってきちゃった。歌でも歌いましょうか」と都々逸に繋げるのは辛気
臭さを払う名工夫だと思う。
★新治師匠『狼講釈』
生では随分久し振りに聴いた演目(誰で聞いたか失念)。前半が『渋酒』『深山隠
れ』系の流浪旅なのは上方噺らしい半面、ちとダレる。狼に囲まれて五目講釈の展開
になってから左右を不安そうに見る演出が面白い。
◆6月13日 第18回四人廻しの会(サニーホール)
朝呂久『のめる』/三三『萬病圓』/扇好『佃祭』//~仲入り~//萬窓『猫の皿』/白酒『木乃伊取り』
★三三師匠『萬病圓』
紙屋兼薬屋の旦那を臆病な設定にしてサゲに使ってているが、何かわざとらしい。侍
はまずまず。それよりも『棒屋』を足してはどうだろう?
★扇好師匠『佃祭』
顔が動き過ぎて噺の邪魔になっているのは気になる。また、この噺に必要だと思う
「祭り自分の人物の高揚感」が丸でない。「ハレ」の乗りが分からないのかな。
★萬窓師匠『猫の皿』
設定が夕暮れなので皿を手に取って見る、猫は餌を食べた後、など三遊的に無駄な、
説明的リアリズム演出が多く、肝心の雰囲気、風景が浮かんで来ない。下手じゃない
のに面白くならないのは惜しい。
★白酒師匠『木乃伊取り』
吉原に現れた清蔵を「堅真面目な」と番頭が言っているけれど、「短気な田舎者」と
言わないと、この怒りっぽい清蔵と合わないのではあるまいか。清蔵は妓夫相手か
ら、ずっと自分の正論を言ってりゃよくて、怒るのは若旦那に「クビだ」と言われた
直後だけで良いのではあるまいか。厄介な自負心のある正義漢だよね。一番近いキャ
ラクターは『お見立て』の杢兵衛大尽じゃない?怒りが解けてからの清蔵の酒好き、
女好きが現れてくる流れは素敵に面白いのに、前半が圓生師の演出に縛られており、
笑いが炸裂する感じにならない。なるほど、『らくだ』と同じで酒故に立場の逆転す
る噺なんだな。幇間が頭に絡む件は逆にしても、圓生師みたいに二枚目意識が強い演
者でなければ必要がないのではあるまいか。品川の圓蔵師の演目だから、元々は全体
にもっと展開の速い噺なのかもしれない。
※かしくが『伊勢音頭』のお鹿や『西郷と豚姫』のお玉みたいに、清蔵と見た目に釣
り合いの取れた(『徳ちゃん』の女郎とか)田舎っぽい女だと、終盤はどう変わるんだ
ろう。「田舎雛」カップルに蹂躙されるというか。
◆6月14日 上野鈴本演芸場昼席
ストレート松浦/三三『垂乳根』/喬太郎『極道のつる』/小円歌/琴調『匙加減』/たい平『湯屋番』/のいるこいる(ホームラン代演)/新治『ちりとてちん』//~仲間入り~//夢葉/一之輔『初天神(飴と団子)』/半蔵『反対俥』/遊平かほり/さん喬『笠碁』
★さん喬師匠『笠碁』
満員でザワザワしていた客席を鎮める演目選択だろう。中盤以降、笠を被る三河屋
(目白型だと美濃屋)、待つ美濃屋(目白型に名前は無い)のカットバックが増えて、細
かいコマ割にしてあり、相手の様子を美濃屋が語る地を減らした。目白の小さん師よ
り持ち味で寂しくなる分、猫を抱いている美濃屋のかみさんの柔らかいセリフが寂し
さを薄める効果を果たしている。美濃屋の店先の方が時雨に閉ざされた寂しさは強ま
る(こちらにかみさんがいないのは従来通り)。三河屋が首を振るのを美濃屋が真似し
てしまう可笑しさに、三河屋の「あっち行け、みたいに顎を振りやがって」という誤
解が加わるのは「かまかい面」の理としては面白い。最後、「待つよ、いくらでも」
は良いセリフだが、やや心情を説明し過ぎるのと、笑顔までは要らないと思う。苦笑
で良いのでは。
★新治師匠『ちりとてちん』
三代目染丸型。久し振りに上方版を聞いたが、さいきんの東京演出よりも食べてから
が悪クドくないのが面白い。ビール、庭の景色と夏の噺らしい。この芝居で『鹿政
談』『七段目』(未聞)『狼講釈』『ちりとてちん』と出している。上方落語としては
「クドさ」の無いとこが東京向きかも。
※開演時から6列目以降が団体席だったというが、高座に声を掛けたり、大きな声
で私語をしたりと、かなり環境の悪い客席だった。喬太郎師の『極道のつる』は「普
通の噺は無理」という感じの演目っぽく感じた。その中で、新治師の『ちりとてち
ん』がこの演目としては優れた軽妙さで客席を悪ノリさせず、さん喬師が『笠碁』で
見事に客席を抑えて、邪魔な笑いをさせなかった。環境は悪かったんだけれど、琴調
先生の『匙加減』もちゃんと聞いていたから、『極道のつる』『湯屋番』や『反対
俥』は逆効果だったかな。『初天神』も受け所が妙に滑っていたしね。
※ヒザが漫才だと、どうも息の抜き場が無くて鬱陶しく感じる。これは遊平かほり
先生だけの感想ではなく、他の漫才でも同じ。今の落語協会だとヒザで違和感を感じ
ない漫才はホームランくらいかな。ホームランは東京ボーイズと同じで軽さが良いから。
◆6月15日 上野鈴本演芸場昼席
ストレート松浦/三三『道灌』/喬太郎『家見舞』/ぺぺ桜井(小円歌代演)/琴調『笹川の花会』/正朝(たい平代演)『蔵前駕籠』/わたる(ホームラン代演)/新治『蛸坊主』//~仲間入り~//夢葉/一之輔『桃太郎』/半蔵『代書屋』/遊平かほり/さん喬『船徳』
★さん喬師匠『船徳』
さん喬師本人の着付けと扇子の使い方が炎天の眩しさを感じさせる。目白型と古今亭
型のミックス。親方が立派で格好良く、徳はひたすら見栄坊。船頭連中の能天気さも
愉しい。女将がコソコソ徳と小声で話す件も妙に可笑しい。蝙蝠傘の客は直ぐに船酔
いを起こす。船に客が乗り込む時の体の揺らぎの見事さには驚いた。徳はまず矢鱈と
唄い(市馬師みたいである)、棹を流してしまう。櫓の扱いは最初だけ丁寧。吾妻橋上
の芸者に見栄を張る左右の視線の動きも可笑しい。石垣で客が横に手を動かすのは馬
石師に似た演出。蝙蝠傘紛失から、蝙蝠の客に徳が汗を拭かせ、煙草盆の件を経て船
が流され、中州に乗り上げる。終盤、徳の形容が悲惨に流れて少しテンションが下
がったかな。
★新治師匠『蛸坊主』
先代正蔵師から五郎兵衛師に逆輸入された噺。新治師は池に張り出した料理屋の床や
風景の彩りを添えて、優雅な風景から強請への変化、老僧の活躍と場面のメリハリを
つけて、クドくなく楽しませた。季節感など、さん喬師に通じるものがある。
★正朝師匠『蔵前駕籠』
途中で携帯を三度鳴らし、留守電まで聞こうとした痴れ者客(同一人物)がいたが、全
く動ぜず、軽妙に演じてリズムが狂わなかったのは流石。
◆6月15日 第34回新文芸坐落語会「春風亭一之輔真打昇進記念 一朝・一之輔親子会」(新文芸坐)
朝呂久『幇間腹』/朝也『藥罐舐め』/一朝『妾馬』//~仲入り~//鼎談(一朝・一之輔・吉川潮)//一之輔『子は鎹』
★一朝師匠『妾馬』
久し振りの演目で少し言葉抜けはあったが快調。前半から中盤の「気分」でトントン
進む展開の良さは矢来町を部分、部分で感じさせる。終盤、酔った八五郎の言葉から
感情が過度にならず出てくる良さ。矢張り傑出した演目。
★之輔師匠『子は鎹』
鼻風邪気味の声だが、一之輔師の『子は鎹』では初めて「会話」を感じた。亀と熊、
亀とお徳、亀と熊とお徳、部分的に用意された台詞になる所もあるが、落語ならでは
の了見から出る会話になっていた。この噺は芝居にして台詞で演じると割合簡単だ
が、会話で演じると非常に難しいんだな。
★朝也さん『藥罐舐め』
喜多八師型だと思うが、強弱のアクセント、マンガ的なキャラクター、無駄な感情の
無さと、上手く受け継いでいる。一之輔師の『欠伸指南』『鈴ヶ森』と同じパターン
で、良い栄養を貰って成長している印象。
◆6月16日 上野鈴本演芸場昼席
小円歌:踊り・かっぽれ/琴調『徂徠豆腐』/正朝(たい平代演)『ん廻し』/ロケット団(ホームラン代演目)/新治『ちりとてちん』//~仲間入り~//正楽(夢葉代演)/一之輔『浮世床・講釈本』/歌武蔵(半蔵代演)『相撲部屋外伝』/遊平かほり/さん喬『幾代餅』
★さん喬師匠『幾代餅』
久し振りの人情噺ヴァージョン、というより、清蔵の「会ってくれませんか」のリフ
レインが作る「恋の世界」に浸る噺。ちゃんと笑わせ所、情所は押さえた演出で超満
員でザワつく客席をピタリと鎮めて堪能させてくれた。
◆6月16日 柳家さん喬独演会vol.11(深川江戸資料館小劇場)
さん坊『小町』/喬之進『のめる』/さん喬『船徳』//新治『兵庫舟』//~仲入り~//さん喬『お直し』
★さん喬師匠『お直し』
蹴転に落ちた(落ちたというのかな?)かみさんが終盤で嫉妬する亭主に言う「商売
なんだ、商いなんだよ!」の強調された印象が強い半面、そこから先の夫婦の遣り取
りは如何にも泣きすぎてクドい。うどんを汁粉に変えたのは「中籬の上か大籬の下」
くらいの店らしいとはいえ(うどんは陰気過ぎる)、亭主は優しさばかりが強調され
て、「男の馬鹿さ加減」が「女の無意識なあざとさ」と対照になっていない。最後に
再登場する酔っ払いの暢気な可笑しさは出色で(その分、泣き過ぎとの違和感はあ
る)、こちらの雰囲気で「情を味付けにした廓スケッチの落語」にした方が良くない
だろうか。
★さん喬師匠『船徳』
船頭の騒ぎをカットして客二人の登場から。上野昼主任程では無いが、暑さの気分は
見事に出る。徳の能天気さは前半の目白型から中盤の古今亭型までハイテンションで
可笑しいが、最後にヘタレてからが少しリアル過ぎて噺のテンションまで落ちるのは
弱味。仕種が多くて疲れるのかな。
★新治師匠『兵庫舟』
旅ネタらしい長閑さは東西共に換わらないものだね。鱶は一匹。蒲鉾屋のおやっさん
が煙草で鱶を退治するのは小南師の演っていた演出と同じ。息を詰めない遣り取りの
中で、何かというと直ぐに手を挙げる喜六の可笑しさが際立っている。蒲鉾屋の親方
はもう少し線の太さが欲しい。
◆6月17日 雲助蔵出し再び 十二(浅草三業会館二階座敷)
きょう介『垂乳根』/遊一『たが屋』/雲助『夏泥』/雲助『汲み立て』//~仲入り~//雲助『白ざつま』
★雲助師匠『白ざつま』
前半の若旦那のデカダンな切なさは先代馬生師譲りで他に演じられる人がいるとは思
えない。特に今日は仕種、フォルムが先代馬生師ソックリなのにも驚かされた。会話
では若旦那と番頭の遣り取りの良さも忘れ難い。この後の騒ぎは余りにも『味噌蔵』
等と同じで些か興を削ぐ部分もある。そんなに可笑しくすると却って若旦那への反感
を感じさせはしないだろうか(私はこの若旦那を所謂ロクデナシだとは全く思わな
い。大体、落語はロクデナシを描く芸であろう。今の若手の演出が「お局好み」過ぎ
るから、それに慣れているとこの噺の自虐的な辛い切なさなど、より一層分り難いの
かもしれないが)。菊江が現れてからは、菊江の美しさは感じるが、最後に仏壇の中
にいる菊江の姿、菊江のセリフを含め、シニカルな滑稽のエネルギーこそあるものの
(そういうとこは志ん生師的に骨太で精神的に強いとこ)、切なさや「生きることの哀
れ」(聞くと人恋しくなってしまうというのは先代馬生師ならではの感覚)には些か乏
しい。この違いに対する感覚は完全に好みの問題であるけれどね。柳橋芸者の菊江と
嫁のお花が瓜二つという設定は先代馬生師は演じていたかな?人格の違い、「優等生
過ぎる人間の鬱陶しさ、普通の人間に与える無自覚なプレッシャーのいやらしさ」は
強調されるが、それには菊江の出番が些か少ない。『エデンの東』のキャルの親父を
女にすると「お花」になる、という感覚の役だから。
※上方の『菊江の仏壇』では先代馬生師的な、デカダンな切なさは感じた事がない。
あやめ師の女性視点の『立切れ』に相当する、深層的な男性視点の『菊江の仏壇』と
いうべきだうか。
★雲助師匠『夏泥』
この噺は現在、雲助師が一番可笑しい。泥棒相手に、大工が抜け抜けと繰り広げる
図々しさ、その面白さを聞いていると『言訳座頭』が聞きたくなる。元が無記名の速
記からとは知らなかった。それで目白型や先代小圓朝師型の『夏泥』と設定が色々違
うのか。でも、志ん生師型の人物造型なのである。
★雲助師匠『汲立て』
文朝師とほぼ同じ演出だが、屋根船での唄入りは珍しい。「有象無象」の言い方は違
うが、与太郎のボワッとした可笑しさは独特。弟子連中の能天気さ、船上での馬鹿囃
子を奏でる暑苦しさは抜群。「蚊帳の中で取っ組み合いしてた」の危な絵的な面白さ
も他の人では出しにくい(このセリフが耳に強く残った上に、昨日のさん喬師の『幾
代餅』『お直し』、更に『白ざつま』と聞いたら、胸に迫る物が積み重なり池袋演芸
場へ行くのを止めてしまった)。半ちゃんと師匠が人情噺中の人物で、屋根船の中で
なかなか乙を気取っているのにも影響されたかな(この場合、乙を気取るは全面的な
褒め言葉ではない。唄もかなりキザといえばキザ)。
◆6月18日 宝塚歌劇団星組公演『ダンサ・セレナーテ』『セレブリティ』千秋楽(宝塚大劇場)
※涼紫央さんの退団公演なので千秋楽へ。彼女が退団すると「私の見たいと思う
“燕尾服姿の似合う男役”」は皆無になってしまうから、少なくとも宝塚大劇場へ行
くのは今日が最後かな。
◆6月19日 池袋演芸場昼席
柳之助『青菜』/東京ボーイズ/米助『長島裁き』(『天狗裁き』の天狗を長島茂雄氏
に変えた部分改作)/桃太郎『唄入り結婚相談所』//~仲入り~//芝楽・愛橋真打昇
進披露口上(桃太郎・米助・歌春・芝楽・愛橋)/愛橋『動物園』踊り・奴さん/歌春
『桃太郎(上)』/ボンボンブラザース/芝楽『蒟蒻問答』(交互主任)
◆6月19日 池袋演芸場夜席
吉好『英会話』/羽光(鯉八・笑好代演)『鼓ヶ瀧』/ぴろき/鯉朝『夜のてんやもの』/
柳好『壺算』/Wモアモア/鯉昇『鰻屋』/小遊三『船徳』//~仲入り~//鯉橋・里光
真打昇進披露口上(小遊三・鶴光・鯉昇・鯉橋・里光)/里光『軽業』/鶴光『試し酒』
/マキ/鯉橋『佃祭』(交互主任)
★小遊三師匠『船徳』
最後の客による川歩きが深くなく、「気持ち良いねェ。こんなら柳橋から川の中、歩
いた方が良かった」には笑った。船頭騒ぎカットの短縮版だが徳も客も可笑しく、
タップリ聞きたいな。
★鯉昇師匠『鰻屋』
電気鰻の「秋葉原で仕入れた」でサゲた。この型になったのかしら?
★鶴光師匠『試し酒』
歌丸師系かな。盃の持ち方が目白型ではない。割と近代の設定で酒を呑むのは「井上
さん」。『馬のす』みたいに、最近の話題を呑み乍ら言ったりする。鶴光師の柄だと
気楽に楽しめて面白い。それでいて、酒を呑む様子が六代目に似てるのが一寸嬉し
い。
★鯉橋師匠『佃祭』
鯉昇師匠型。船頭は鯔背というより職人っぽい。鯉昇師のフンワリした「引きの笑
い」が効果的に嵌まり、的確な人物造型と相俟って面白い(やや、威勢や声量に乏し
い辺り、“柔らかい龍玉師”風)。たっぱがあり、硬めにスッキリした二枚目で芸は
ちゃんとしているし、面白味もある。落語協会にいたら超本格派だ。
◆6月20日 宝塚歌劇団星組涼紫央ディナーショー(宝塚ホテル)
-------------------------------以上、中席-----------------------
◆6月21日 落語協会特選会第51回柳家小里んの会(池袋演芸場)
一力『垂乳根』/麟太郎『百川』/小里ん『青菜』//~仲入り~//小里ん『盃の殿様』
★小里ん師匠『青菜』
この演目では珍しく(今年初めて聞くのかな?)、前半がかなり緊張気味。植木屋の職
人態はピッタリで明るく、変な卑しさなど全くない。帰ってきて、「おう!」と隣の
婆さんに声を掛ける意気が見事で、ここから本来の出来に戻る。かみさんとの遣り取
り、建具屋の友達相手の遣り取りはトントン進んで面白い。かみさんが下品になり過
ぎないのは当然とはいえ流石。
★小里ん師匠『盃の殿様』
植村弥十郎の「お惚気で畏れ入ります」や殿様の能天気な「つむりが痛い」は充分面
白いのだが、前後の「地」の部分が圓生師匠以来の説明沢山で、まだ腹に入っていな
いか、言い澱み、言い間違いが多く、リズムを作りきれなかったのは残念。弥十郎と
珍斎の調子が余り変わらないのも混乱したのか(場面場面の表情は的確に可笑しい
が、言葉がまだ付いて来ない)。「地」を思いきって省略して、構成をしなおせば得
意な廓噺に新たな演目が増えると思うが。
★麟太郎さん『百川』
独自の工夫だろうか。一寸演出が圓生師、先代正蔵師、先代馬生師、小満ん師のどれ
とも違う。百兵衛の素朴さと河岸の若い連中の軽~い能天気さは似合う。特に、視線
による距離感、切り返しのキレはこれまでの麟太郎さんでは感じた事の無い優れも
の。「長谷川町の三光新道」を「さんこうしんみち」と発音していたが、これも他の
『百川』では聞いた事がない。速記で覚えた噺なのかしらん?
◆6月22日 人形町市馬落語集(日本橋社会教育会館ホール)
市助『狸の札』/市馬『青菜』//~仲入り~//市馬『大山詣』
★市馬師匠『青菜』
旦那が品が良くて動きが特に綺麗。植木屋はもう少しコアに職人でありたい。植木屋
の「元は華族だと思うかも知れねえ」を受けてかみさんが「あら、そうなの」と素で
言ったのが如何にも破れ鍋に閉じ蓋の長屋の夫婦で良かった。
★市馬師匠『大山詣』
梅屋敷で決めしきをして、障子に覗き孔を開けない目白型。全体に人物の喜怒哀楽が
淡彩な分、稍笑いは少な目だが、先達さんの長閑さが良く、かみさんの一人が亭主が
生きて帰ったと分かり、「嘘をつかれて、こんなに嬉しい事はない」というセリフが
如何にも可愛らしいのは結構。熊さんの「物語」がシリアスになり過ぎないのも落語
らしい「明るい嘘」。
◆6月23日 第20回三田落語会昼席
一力『垂乳根』/一之輔『麻暖簾』/鯉昇『佃祭』//~仲入り~//鯉昇『持参金』/一之輔『らくだ』
★鯉昇師匠『佃祭』
従来通りのサゲの詰まらなさは兎も角として(鯉昇師の与太郎は可笑しい)、次郎兵衛
さん・町内の連中・かみさん・金五郎などキャラクターが揃ってノホホンとしてい
て、渡し船が沈んだ重さを感じさせないのが良い。「旦那さえ無事なら他はどうなろ
うと」のセリフが軽く、落語らしいのである。次郎兵衛さんの若くないかみさんは
とってもかわいいのに、助けた佃島の若いかみさんが可愛く見えないのが惜しい。
★鯉昇師匠『持参金』
甚兵衛さんが物凄く困り乍ら、お鍋の風体・懐妊を亭主になる男に説明する様子が馬
鹿馬鹿しく、女性客の不快さを高めない可笑しさになっている。従って、お鍋の怪物
的な容貌が吹っ飛ぶ。こんなに可笑しい『持参金』は初めて。シニカルさが微塵もな
いのが偉い。
★一之輔師匠『麻暖簾』
冒頭に夜の静けさがある。全く無駄を言わず、過不足の無い出来。惜しむらくは旦那
が「お前さんが悪い」と杢市に言う時、叱り調子になり過ぎる。
★一之輔師匠『らくだ』
サゲまでは3年ぶりか。担ぎ出してからは時間的にかなり短いが、火屋の安が久六を
「心の友よ」と迎える可笑しさ、「らくだの葬礼だ」の明るい声の大きさ、久六と願
人坊主の酔いどれ会話、それを半次が「あんまり死人と話をするな」と叱る様子な
ど、ステキに面白い(権太楼師系統の演出かな)。それだけに、何故、前半を落語と
しては野暮で鬱陶しい、久六が愚痴を言い続ける家元型で50分も演るのか理解に苦
しむ。半次の醒めた可笑しさは家元型から離れる工夫になっているが、大家がカンカ
ンノウに本当に驚いているように見えないのも甚だ物足りない。「らくだが死んだ」
「死体がカンカンノウを踊っている」という非現実が顕在して、普通の暮らしを吹っ
飛ばしちゃう落語らしさに乏しいのである。
◆6月23日 第20回三田落語会夜席
さん坊『六銭小僧』/志ん輔『稽古屋』/さん喬『船徳』//~仲入り~//さん喬『お菊の皿』/志ん輔『妾馬』
★さん喬師匠『船徳』
若旦那だけでなく、女中のお民、女将、船頭の白、熊、八に二人の客とキャラクター
は揃って面白い。親方が船頭を叱る様子は丸で先代小さん師匠である。そういう好き
勝手な楽しさと、サゲ間際のトーンダウンの繋がりがまだ上手く構成出来ていないの
が惜しい。
★さん喬師匠『お菊の皿』
鳴り物入り。前半がズーッと怪談的で締めた、静かな展開。お菊の姿は応挙の幽霊の
如しで見事なもの。出掛ける人数が三人は良い工夫で、荒れ果てた屋敷の様子も明
確。それが終盤、お菊の態度が豹変して、屋敷もリフォームされてる(笑)ってのが好
対照になる。お菊が最後で啖呵を切ったりしないのも結構。
★志ん輔師匠『稽古屋』
主人公の「女にもてたい」という無分別な願望が一人歩きして、みんなを困らせるの
が酷く可笑しい。無理にギャグにしてないのがステキなのである。
★志ん輔師匠『妾馬』
淡彩になったなァ。しつこさ、クドさ、騒がしさが丸でない。それでいて八五郎が
「おたくの大将のレコがあっちの妹なんでィ」の辺りの仕種と動き、そして軽さは雲
助師より可笑しい。情に流れず、軽くて愉しい展開になっている。酒になって、最後
にオフクロで泣くが、ここで三大夫がほだされて号泣するのが馬鹿に可笑しく、真に
品の良い殿様が「なんとかしよう」と言って下さるのが何ともほっとさせてくれる。
そういう気持ちの良さがあるのがいいね。
※『稽古屋』も『妾馬』も、真似ている訳ではないのに、フッ、フッと志ん朝師匠が
顔を出すのが心地よかった。そういう師弟の歴史・芸の時節に志ん輔師が入った、と
いうべきだろうか。
※八五郎が言うオフクロの話に八五郎でなく、お鶴が泣いて八五郎や殿様もつられ
る、という演出はどうだろう。
※八五郎を聞いていて、古今亭・金原亭の「基本的キャラクター」は侍・若旦那・遊
び人・夫婦にあり、町人でも柳家みたいに職人ではないのだな、という違いを感じ
た。雲助師や志ん輔師、志ん橋師、馬生師には、そうした「家の芸」がクッキリと出
ているのか。
◆6月24日 白酒・甚語楼閣ふたり会(お江戸日本橋亭)
いっぽん『ラプレター』/甚語楼『不精床』/白酒『厩火事』//~仲間入り~//白酒『萬病圓』/甚語楼『船徳』
★白酒師匠『厩火事』
後半、珍しく言い間違い、呂律の回らなさあり。また、冒頭のお崎さんがキツ目。一
寸演り過ぎて落語国の人物をはみ出ている。その代わり、終盤、帰宅してきた辺りは
可愛らしくて結構なもの。亭主はある種の醒め方が似合う。歌る多師の駆け去るお崎
さんと残ってサゲを言う亭主の演出が案外と白酒師には似合うんじゃないだろうか?
★白酒師匠『萬病圓』
憎体な侍に独特の愛嬌があり、小僧以外の商人たちがひと癖有って侍と対峙する可笑
しさが爽快なのは稀有な点。
★甚語楼師匠『船徳』
徳が『湯屋番』系の能天気だという、目白の小さん師⇒権太楼師系&さん喬師系の
『船徳』は古今亭系、黒門町系と並んで大きな潮流となりつつあるね。船頭たちに関
しては、「肉代労働」をしている人間を活き活きと描ける強みがある。無駄を見事に
省いて、前半の船頭騒ぎを刈込み、四万六千日へ。「徳が客の方を店の奥からチラチ
ラ見てる」ってとこから既に可笑しく、虚勢と二重人格の間くらいの「船頭の役作
り」を途中まで必死にしている徳の能天気さが嬉しい。体中に力を入れ、貼り付いた
ような笑顔をしてるのも面白い。船嫌いの客が見つけた「あの船頭、さっき船に乗る
とき女将に手を取って貰ってたよ!」は様付の居候上がりの船頭らしくて良い。「偉
いね。真ん中は流れが速くて揺れるから、お前が怖がらないよう、石垣に沿って走ら
せてるよ」「かなりの腕前だよ」と船好きの客が勝手に勘違いする半可通の自業自得
もシニカルになり過ぎず、間抜けで愉しい。徳が我が儘を言い出してからは遊雀師ほ
どには跳ねないため、サゲ間際でテンションは下がるものの、仲間を背負って水に
入った客が振り替えって徳に話しかける視線の的確さ、船底に這いつくばった形から
頭を上げてサゲを言う徳の形と見るべきもの多数。基本的な落語話術が違うのだ。
★甚語楼師匠『不精床』
可笑しい。客の困り方が何たって似合うし、親方の平然としてるのも面白い。職人の
日常性を感じるのだ。子供が客の耳を切り落とした、という設定も無茶でなく面白い。
◆6月25日 池袋演芸場昼席
緑太『垂乳根』/正太郎『狸の扎』/百栄『誘拐家族』/柳朝『牛褒め』/ロケット団/圓太郎『浮世床・講釈本』/市馬『天災(下)』//~仲入り~//一之輔『黄金の大黒』/菊之丞『元帳』/和楽社中/玉の輔『子は鎹』
★玉の輔師匠『子は鎹』
小朝師譲りかなと思ったら目白系かな。鰻屋に番頭さんもいて、よりを戻す仲介をし
て、「子は鎹というが」も番頭さんが言うのでわざとらしくない。母お光つが何かと
言うと亀を叱るのに「父の形見」に亀が持ってきた玄能を使う、と亀に言わせて、お
光が玄能を持ち出すのに違和感を与えないよう配慮してある。光が「この仕事でおあ
しが入ったら、お前の好きな鰻食べようか?」に亀が「そんなに毎日は食べられな
い」も面白い。演技的には番頭さんに言われて「亀、亀ェ」と呼び掛ける声が戸惑
い、テレ、嬉しさが交錯して物凄く良かった。
※最近、「父の形見に亀が持ってきた玄能」のような工夫を「無駄な説明」というお
客もいるが、「無駄」と「説明」は違う。「無駄」を考えなければ、先輩が作った
「型」から抜け出せない。「説明」は学研的な勘違いだが、「無駄」は「新たな創造
の母」ではあるまいか。
★一之輔師匠『黄金の大黒』
進化中。「大家のとこの猫だけじゃなくと犬も食ったの!?」、「羽織の紐は?」
「スルメ」「スルメ結んだの初めてだ」、「猫、犬の次にお前食うぞ!」などギャグ
増加。但し、噺のリズムが前半重いのは大きな課題。あと、『牛褒め』『浮世床・講
釈本』の後に出しては被り過ぎる。
◆6月25日 第56回浜松町かもめ亭「落語東京切絵図」(文化放送メディアプラ
スホール)
鯉◯『饅頭怖い』/こはる『湯屋番』/圓橘『百川』//~仲入り~//龍志『義眼』/菊志ん『小言幸兵衛』
★★かもめ亭公式サイトにレポートいたします★★
◆6月26日 池袋演芸場昼席
けい木『つる』/正太郎(交互出演)『垂乳根』/百栄『桃太郎後日』/柳朝『転失気』/ホームラン(ロケット団代演)/圓太郎『権助芝居』/藤兵衛(市馬代演)『浮世床・夢』//~仲入り~//一之輔『南瓜屋』/菊之丞『町内の若い衆』/和楽社中/玉の輔『柳田格之進』
★玉の輔師匠『柳田格之進』
馬石師匠型。まだ大分危なっかしい所はあるが、来圀俊を売って五十両を作った柳田
と徳兵衛の遣り取りが一番良かった。地の説明に慣れないためか、無駄な「まァ~」
が矢鱈と耳につく。人情噺の口調にはまだなっていない上、侍にしては姿勢、口調も
長屋的に砕けすぎる。柳田だけでなく、娘・絹にしても顔が動き過ぎる。『巌流島』
でも演じて試した方が良いのでは。徳兵衛は口調、物腰に嫌味が無くて良いが、番頭
というより手代の若さである(フィクションなんだから、手代でもまァ構わないが)。
そう言えば、柳田や萬屋にも貫禄は無いが、嫌味はない。ストーリーを喋るのに手一
杯な段階だけれども、落ち着いて、口調から腹を作ってみてはどうか。
★一之輔師匠『南瓜屋』
ダルな与太郎。二度目も計画的に同じ路地に入ってきて戸に天秤棒ををガタガタぶつ
ける辺り、なかなか性質が悪い。
★菊之丞師匠『町内の若い衆』
少し感じが変わって、かみさんのシナシナした印象が薄まり、亭主連中の馬鹿馬鹿し
さが前に出てきた。
◆6月26日 立川生志らくごLIVE「ひとりブタ」(内幸町ホール)
昇也『子褒め』/生志『悋気の火の玉』/生志『禁酒番屋』//~仲入り~//生志『唐茄子屋政談』
★生志師匠『悋気の火の玉』
ネタ卸しかな。火の玉が戦い合う前半のナンセンスな可笑しさと、サゲの心情的なリ
アルさが面白い対照になっている。サゲをもう少し強く言った方が、正妻の可愛さは
却って出るのではないか。
★生志師匠『禁酒番屋』
何となく全体が弛緩していたのは残念だけれど、最後に呑んで、「小便を小便と言い
おって、この正直者!」はおかしくない流れ。
★生志師匠『唐茄子屋政談』
この夏、初物とのこと。現役では「私の一番好きな『唐茄子屋政談』」である。厳し
く、温かく、可笑しく、悲しく、切ない。この演出・了見の素晴らしさは何度聞いて
も「目白の小さん師匠に聞いて欲しかった」と思う。初代圓右師の『唐茄子屋政談』
に寄せた四代目小さん師の『南瓜屋』に繋がり、五代目小さん師の「『南瓜屋』は与
太郎を通じて江戸の人情を描く噺だ」を産んだ。それが五代目の孫弟子らしく「落語
人を追い詰める物ではないと僕は思います」という生志師匠によって『唐茄子屋政
談』に立ち返った。基本的演出は真打披露の「浜松町かもめ亭」で聞いて以来変わら
ないが、今回初めて聞いた、伯父さんが徳に言うセリフ「玄人に掘れたら金が要るの
は当たり前だ」には唸った。伯父さんもだが、唐茄子を売ってくれる町の人、伯母さ
ん、糊屋の婆さんの良さは随一。徳が田圃で唄う「鬢解」も稍向上した(苦笑)。「江
戸前の人情落語」として、雲助師・一朝師と並ぶ三幅対の『唐茄子屋政談』。
※勝手な希望だが、博多を舞台に置き換えた『唐茄子屋政談』を八月の博多で、生志
師で聞きたい。あの博多の猛暑の中、那珂川の川っぺりを唐茄子を担いで歩く徳の姿
が、唐茄子を売ってくれる博多っ子が聞きたいのである。
◆6月27日 池袋演芸場昼席
柳朝『猫の皿』/ホームラン(ロケット団代演)/圓太郎『粗忽の釘(上)』/市馬『野晒し(上)』//~仲入り~//百栄『生徒の作文』/菊之丞『紙入れ』/和楽社中/玉の輔『星野屋』
★玉の輔師匠『星野屋』
シリアスな場面になるほど口調が立つ。というか、普段口慣れているマクラや『宗
論』『お花半七』などのノベーッとした口調が全体を覆い過ぎている。結果、スラス
ラ演じてはいるが、演目による違いが、シリアスになる後半、重吉の狂言怪談噺辺り
まで「今回の演目」らしい面白さを塗りつぶしているのは惜しい。悪い方の「マンネ
リ」の悪影響だな。
★圓太郎師匠『粗忽の釘(上)』
連日来ている上に夜の独演会まで来る客がいるもので(私だけでなく複数いた)、
夜演じる噺の稽古が出来ず気の毒ではあるけれど、エネルギー一杯で図抜けて面白
い。後ろの市馬師匠の『野晒し』が如何に唄で笑わせようと、圓太郎師のテンション
が耳に残って、応えなかったのには驚く(市馬師の『野晒し』は流れが綺麗過ぎて、
パワー、または洒脱さに乏しいせいもある)。
◆6月27日 落語協会特選会「圓太郎商店その十三」(池袋演芸場)
まめ緑『狸の札』/圓太郎『紀州』/圓太郎『欠伸指南』//~仲入り~//圓太郎『大山詣』
★圓太郎師匠『大山詣』
同世代に巧い人は幾らもあるが、巧さにバワーを伴う噺家さんは少ない。圓太郎師の
パワーがこの噺の展開と「夏の暑さ」にピッタリで、とてもネタ卸しとは思えない快
演。圓生師型かと思うけれど、理を解いていながら理や説明に堕ちない。嫌がる先達
さん(穏やかなキャラクターが素晴らしい)を長屋の連中が「喧嘩したら二分支払い」
「喧嘩の軸の熊は坊主にする」と決めて大山に向い、カットバックして喧嘩した連中
の訴えから(喧嘩に弱すぎるのがまた可笑しい)バワフルに突っ走った。肩すかしの
笑いなど一切無く、喧嘩っ早いのが揃った長屋連中のキャラクターと了見、人一人を
坊主にする秘め事の雰囲気、ワサワサした旅立ちの朝の雰囲気と見事に展開して行
く。坊主頭の熊を女中が拝むってのも馬鹿に可笑しい。熊がかみさん連中を坊主に誘
い込む言葉の巧みさ、小朝師匠譲りのかみさんたちの表情の可愛さも印象に残る。
「百万遍を唱えてるうちに段々愉しくなってきた!」という熊の気持ちが実に良く分
かるのも嬉しい。最後に人の好い先達さんが笑ってしめるまで、些細な傷は幾つかあ
るが、真っ向勝負の可笑しさである。このテンションが落とし噺には大切。会話のリ
アクションにある無駄が省かれたら一級品になるだろう。「線の太い芸」「テンショ
ンの高い芸」の強さを十二分に発揮した。
★圓太郎師匠『紀州』
この芝居の代バネで一度演じたそうである。徳川家縁の人から資料を貰ったとかで、
二代~七代の将軍継承の顛末を「徳川実記」風に語りながら、地噺としてはトリネタ
級のヴォリュ―ムで展開。聞き間違いの例えに引用した「浅野忠信」と「明日も昼の
部」の勘違いも抜群の可笑しさで噺をリフレッシュした。『紀州』でハネたのは聞い
た事はないが、これならトリネタにもなる。
★圓太郎師匠『欠伸指南』
欠伸の師匠がカマッぽいのが妙に、今のカルチャーセンターの講師を感じさせるリア
ルさで可笑しい。『紀州』が長かったので序盤、友達同士の会話は短めだが、短気な
街っ子は本当に似合うなァ。
◆6月28日 池袋演芸場昼席
柳朝『ひと目上り』/ロケット団/圓太郎『勘定板』(上)/市馬『お化け長屋(上)』//~仲入り~//一之輔『眼鏡泥』/菊之丞『棒鱈』/和楽社中/玉の輔『船徳』
★玉の輔師匠『船徳』
妙にニコニコと屈託無く「勘当されて、道楽で船漕いでいるんです」と笑う徳に若い
頃の小朝師『船徳』の面影がある。客、船頭、女将とキャラクターがちゃんと別れて
描かれ、漫談口調でダラダラせず、今回の主任では一番良い出来。
◆6月28日 桂平治独演会“練る!”第12回(道楽亭)
平治『隠居の無筆』/夢吉『くしゃみ講釈』/平治『湯屋番』//~仲入り~//平治『もう半分』
★平治師匠『隠居の無筆』
南なん師譲りとのこと(多分、遡れば南喬師だろう)。隠居が最初は「暇で困ってる」
と言っていたのが手紙と聞いて急に態度の変わるが可笑しい。
★平治師匠『湯屋番』
序盤カットして桜湯へ行く件から。手紙の飯粒や道中の夢想が入っていて細かい。先
代文治師から道中の夢想は聞いた事があるかな?番台の夢想はバアパアと明るく馬鹿
馬鹿しく、本当に小さな高座から落ちそうになった程のエネルギー。小唄の師匠の色
気や芝居掛かりの誇張した本格さは独特。一方で、途中で釣り銭を取りに来る男の豪
快さも平治師ならでは。
★平治師匠『もう半分』
先代今輔師⇒扇枝師⇒金太郎師経由とのこと。意識的に前半は明るく「もう半分」の
繰り返しで受けさせてから、一転、爺さんが戻っての嘆きでガラリと雰囲気が変わり
(爺さんが酔って戻り、娘の名を呼んでハッと五十両の事を思い出す辺り、酒にだら
しない雰囲気が良く出ている)以降の変化と好対照。爺さんが橋から飛び込むキレ、
かみさんを見て笑う赤ん坊の怖さ、かみさんの恐怖のリアクション(赤ん坊の顔付き
は地でなく、かみさんのセリフで告げ、それに赤ん坊がカッと目を開いてリアクショ
ンする)、更にサゲで赤ん坊が妖怪のように叫びながら湯飲みを差し出す動きに迫力
と怖さの相俟った凄みがある。ハッキリと落語と怪談をし分けている面白さ。それで
いて亭主の「このままでいいんだ」「あのままで良かったのに」の切なさ、さん喬師
が『鰍沢』で語ったのと同様、最初から悪人ではなかったのに「魔が差してしまった
夫婦」の噺として面白い。つまり、『マクベス』なのである。パワーとエネルギーに
溢れた怪談。
★夢吉さん『くしゃみ講釈』
権太楼師型だとは思うが、違うかな。講釈が始まってからが短く、講釈師にリアク
ションというほどのリアクションが無い。
◆6月28日 池袋演芸場昼席
けい木『動物園』/朝也(交互出演)『幇間腹』/百栄『手水廻し』/柳朝『後生鰻』/ロケット団/圓太郎『祇園祭』/市馬『禁酒番屋』//~仲入り~//一之輔『粗忽の釘(下)』/馬石(菊之丞代演)『強情灸』/和楽社中/玉の輔『蛙茶番』
★市馬師匠『禁酒番屋』
力の入った、侍に怖さのある佳演だが、圓太郎師のエネルギーに比べると、何か手応
えがない。声の綺麗過ぎる弱さが出ている。
★玉の輔師匠『蛙茶番』
独自の工夫もあり、定吉も似合うが、半ちゃんのリアクションが中途半端。
★百栄師匠『手水廻し』
「手水でなく目を廻しよった」でサゲたが、上方客の納まり方、長頭の男の仕種の可
笑しさと愉しみの多い佳作。
★馬石師匠『強情灸』
埼玉産まれなのに矢鱈と江戸っ子がる二人の噺になっている。その意気がりと熱さを
我慢する意気がりのバランスがまだ巧く取れていない。
◆6月29日 三遊亭圓丈「十番勝負~伝説を見逃すな~第一回怪談噺対決」(日本橋社会教育会館ホール)
市助『垂乳根』/圓丈・大友浩「御挨拶」/圓丈『なんばん』雲助『もう半分』//~仲入り~//圓丈『返事』
★圓丈師匠『返事』
長い。詰まらない。会話になっていない。怪談ではない。圓丈師が明らかに噺から逃
げよう逃げようとしている。イベント型落語会用に、無理矢理新作を作らなくっても
良いのではあるまいか。さもなくば、原作付の新作に会のパターンを絞るとかね。
※悪いけど、この「伝説」は見逃しても良いみたい。特に、プロデューシングの方針
が定まっているとは全く思えない。
★雲助師匠『もう半分』
ゲストてはいえ、桁違いの出来で圓丈師を歯牙にもかけなかった。古風な芝居掛かり
で爺さんを殺す型だけれども、最後の赤ん坊の哄笑の不気味さは雲助師ならでは。先
代今輔師に近い型で雲助師独特の不気味さなのだ。
◆6月30日 いわと寄席番外 古今亭志ん輔独演会 全段 圓朝作「真景累ケ淵」その弐(スタジオイワト)
志ん輔『松倉町の捕物』//~仲間入り//~福原寛/志ん輔『豊志賀』
★志ん輔師匠『松倉町の捕物』『豊志賀』
素噺で十分行ける出来で、人物表現(『豊志賀』が怖くなり過ぎないのも良い)も優れ
ているのに、福原寛氏の笛に活け殺しの緩急がないので(この人の笛はドレミファ音
階である)会話の邪魔になるのは惜しい。また、「笛のために噺を摘まんでいるので
はないか?」という省略への疑問も感じる。新五郎がお園に迫る所から召しとりま
で、新五郎が単なるストーカーにならないのも良いだけに惜しい。『豊志賀』も誰に
も偏っていないんのが良いんだ(嫌な奴は一人も出てこない。噺家さんの人情噺はこ
うでなきゃ)。
※スタジオイワトでは音楽跛入り、国立演芸場では素噺と分けるべきではないか。
※「怖い場面で怖いメロディを使う」という伴奏音楽としての作曲センスの無さが
最大の欠点。「露に尾花」を見習う気持ちがないのでは、伝統的邦楽の作曲・演奏者
として、何の伝統性も見られない。
◆6月30日 第14回柳家権太楼一門会夜の部(日本橋劇場)
おじさん『牛褒め』/小権太『鹿政談』/右太楼『だくだく』/我太楼『火焔太鼓』/謎掛け/甚語楼『犬の目』//~仲入り~//権太楼『らくだ』
★権太楼師匠『らくだ』
客席で倒れた人の救出などのため時間が押したので、序盤と屑屋の愚痴を端折ってサ
ゲまで。大家が屑屋にキツく当たり乍らも、ありがちな(家元型の)嫌な奴にならな
いのが凄く愉しい。カンカンノウでらくだの死骸が大家に「まとわりつく」「ペタペ
タ」の抱腹絶倒の可笑しさ、屑屋が酔って兄貴分に言う「友達になるなら貴方だ」の
可笑しさ、兄貴分がらくだの髪を剃る屑屋にいう「剃ってんじゃないよ。削ってる
よ」が陰惨にならない愉しさ。屑屋が隠亡に兄貴分を紹介する時の「俺の舎弟だ」の
豪快な可笑しさと、抜群に愉しい遣り取りが中盤以降連続する。担ぎ出してからの
「葬礼だ葬礼だ!」の明るい愉しさも傑出している。ズブズブの酔っぱらい噺になっ
てから、願人坊主と屑屋の遣り取りのナンセンスな愉しさ、酔った隠亡の馬鹿馬鹿し
さと、これだけ後半の愉しい『らくだ』は近年無いなァ。
★甚語楼師匠『犬の目』
わざとらしいくらいにクサめに演じているシャボン先生(水野晴男氏を彷彿とさせ
る)の納まった可笑しさが抜群。こういう「濃い愉しさ」が東京の若手噺家さんには
足りないのである。
★我太楼師匠『火焔太鼓』
客席でお客が倒れて一度中断して以降、吹っ切れたように面白くなった。演出は権太
楼師そのまんだが、それを活かす骨太なパワーが出てきた。
-------------------------------以上、下席------------------
石井徹也 (落語道落者)
投稿者 落語 : 2012年07月03日 02:36