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2012年04月04日

石井徹也の「らくご聴いたまま」 2012年3月下席号

<これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関>。春は巣立ちの季節・・・でもあります。皆様の周囲でもさまざまなな変化があったのではないでしょうか?寄席の世界も、ずっと眺めていると現れる人あり、旅だっていく人あり。その模様が世の中の縮図のようにも見えてくるから不思議なものです。

さて、今回はおなじみ石井徹也さんによる、ごく私的落語レビュー「らくご聴いたまま」の2012年3月下席号をお送りします。石井さんは話題の新真打、春風亭一之輔さんの披露興行にももちろん足を運んでいます。稀代の落語”道落者”石井徹也さんによります、渾身のレポートをどうぞ!

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◆3月21日 落語協会特選会第50回小里んの会(池袋演芸場)

おじさん『狸の札』/麟太郎『三方一両損』/小里ん『花見の仇討』//~仲入り~//小里ん『黄金餅』

★小里ん師匠『黄金餅』

一昨年秋のネタ卸し以来の口演か。久しぶりの再演なのと、時間が少し押していたた
めか、稍急ぎ気味。そのせいかもあって、麻布絶口までの道順の言い立てが飛び、そ
こから後のテンションを上げきれずに終わったのは残念。

★小里ん師匠『花見の仇討』

敵討になってから、三人が同じ殺陣を繰り返す辺りで一寸テンションの下がったのが
気になったくらい、で全体的には楽しい出来栄え。序盤の趣向立て~稽古から御成街
道で巡礼に扮した二人が侍と揉めるまで、江戸っ子の趣向好きな了見丸出しの能天気
さが繰り返されて実に可笑しい。中でも、稽古の場面で留さんが芝居掛かる「卒璽乍
ら」のクサ目な言い方の楽しさは聞きもの(呆れた半ちゃんの「左團次だな」には受
けた)、巡礼が侍に問われて「取り敢えず親の敵」と答えた可笑しさも忘れ難い。侍
の「武張った侍らしさ」も良く、何だか分からずに集まってくる野次馬連中の馬鹿馬
鹿しさもまた可笑しい。こういう能天気な人物の描き方では、現在、雲助師、一朝
師、小里ん師が肩を並べるね。その後を追っ掛けるのは遊雀師、甚語楼師、左龍師か
な(権太楼師の『花見の仇討』を聞いた事のないのが悔しい)。

◆3月22日 上野鈴本演芸場昼席

遊平・かほり/琴調『誉れの春駒』/白酒『平林』/和楽社中/川柳『歌は世につれ』//
~仲入り~//のいる・こいる/さん生『松山鏡』/歌武蔵『ボヤキ酒屋』/正楽(二楽代演)
/市馬『花見の仇討』

★市馬師匠『花見の仇討』

元は三代目金馬師型かな。軽快な演じ方とはいえ、この所、立て続けに聞いた『花見
の仇討』の中では、雲助師・小里ん師の世代と比較して、江戸っ子四人の趣向に賭け
る能天気さの点で、如何にもコクが足りないと感じてしまう。侍の武張った、どこか
人の良さそうなキャラクターは十分魅力的だが、江戸っ子や野次馬にキワキワした
「御府内で暢気に暮らしている暇人」らしい「馬鹿な事が好き」が感じられないの
だ。市馬師はやはり根が真面目なんだねな。「祭りで死んだら末代までの名誉だ」は
家元が噺の中で言った名セリフだが、そういう見栄、小満ん師の『百川』に出てくる
河岸の連中の祭り間際の高揚感がないと噺の芯が定まらないのでは?

★白酒師匠『平林』

 風邪気味らしいが、一寸現代的な定吉の困惑の仕方が可愛く可笑しい。

★歌武蔵師匠『ボヤキ酒屋』

 はん治師匠、種平師匠とも違うタッチで、居酒屋の亭主の方は余り出てこない、と
いう印象。あくまでも酔っ払いの噺として面白い。

★琴調先生『誉の春駒』

 最近快調続きなのだが、どうしても「くすぐり」を入れたくなるらしいのが惜し
い。「聞かせる」で持って行けると思うが。

◆3月22日 第566回三越落語会(三越劇場)

市也『牛褒め』/馬石『安兵衛狐』/菊之丞『片棒』/花緑『蜘蛛駕籠』(踊る男抜き)//~仲入り~
//馬桜『二階素見』/小三治『長屋の花見』

★小三治師匠『長屋の花見』

物凄く可笑しい佳作。大家と店子がお互いに好き勝手を言ってて、丸で段取りを感じ
ない『長屋の花見』。大家は親切のつもりなのだが全く正反対の反応に、少しずつム
カついてくる。その我儘さが小言幸兵衛より可愛く出るのが良い。店子は「世間中、
みんな貧乏なんだから“貧乏長屋”と言われても平気」って強者揃いだが、お茶けと
漬物に閉口するのが堪らなく可笑しい。花見の相談が始まって以降、貧乏長屋の長閑
に悲惨な一日の風景が面白くて堪らない。

★馬桜師匠『二階素見』

廓噺と吉原の出てくる歌舞伎のバロディ、大成駒屋・大和屋の声色などが中心の構成
で、『吉原八景』とでも言うべき内容。その割にパロディの説明ばかりで、視覚的な
面白さがなく、若旦那の「吉原が好き!」という了見も出ないので趣向倒れの気味あ
り。最後の喧嘩がとって付けたみたいである。

◆3月23日 宝塚歌劇団月組霧矢大夢サヨナラ公演『エドワードⅧ世の恋』
『MistyStation』東京公演初日(東宝劇場)

◆3月23日 上野鈴本演芸場夜席「春風亭一之輔真打昇進披露興行」

市馬『長屋の花見』/圓歌『漫談』/一朝『幇間腹』//~仲入り~//真打昇進披露口上
(圓歌・馬風・木久扇・一朝・市馬・一之輔)/仙三郎社中/木久扇(交互出演)『彦六
伝』/小菊/一之輔『藪入り』

★一之輔師匠『藪入り』

昨年大晦日に聞いて以来だが、少し変わり、三代目金馬師型に近づいた印象。親父の
テレやぶっきらぼうさは出ており、愉しく切なく、亀も卑しくない。母親が前半、妙
に醒めてるのも相変わらず。全体として良い出来なのだが、肉親の温もりがイマイチ
足りないのは、一之輔師自身のテレなのか。三代目金馬師型としてはかみさんと亭主
の間の夫婦感が稍他人行儀なのかな。長屋の阿っ母らしさがかみさんに欲しい。

◆3月24日 『圓朝に挑む』(国立演芸場)

辰じん『ひと目上り』/柳橋『両手に花』(『縁切榎』)/扇好『牡丹燈籠~お札剥が
し』//~仲入り~//圓馬『牡丹燈籠~栗橋宿』/馬石『双蝶々・定吉殺し~権九郎殺
し』

★馬石師匠『定吉殺し~権九郎殺し』

静かな芸風だから、長吉が「悪心」止まりの二枚目に見える。前半、権九郎との遣り
取りは近代劇的だが、誰かの真似でなく巧い。権九郎に「長吉を本当の悪に追いやる
大人の悪心」が感じられたのには感心した。半面、定吉が少し気味が悪い。芝居掛か
りになると、セリフや仕種がまだ近代劇のままで、歌舞伎芝居のデヤッとしたニュア
ンスにならない弱味が大分ある。特に、殺される前の権九郎が道化のようになる可笑
し味は殆ど出せていない。歌舞伎や文楽のチャリの感覚が腹に入っていないかな。殺
陣は良く動いて綺麗であるが、デヤッとした味わいは足りない。これが課題だが、前
後の世代の芝居掛かりとは質が違うのは魅力。

★圓馬師匠『栗橋宿』

落ち着いて、真っ当な人情噺・怪談噺らしい語り口なのには感心した。上手くなった
なァ。久蔵の酔い、お峰の嫉妬、伴蔵の怒りや動転とクッキリ描き分けているのは芸
術協会では珍しい。まだ少しセリフのメリハリか強過ぎるけれど、非近代的で「人情
噺らしい」のは貴重。殺し場で終わらず、帰宅して、お峰の殺害を告げて奉公人を外
に出した後、室内に入った伴蔵の前で、女中お松にお峰の霊が憑依する件を切れ場と
して持ってきたのもひと工夫である。

★扇好師匠『お札剥がし』

演じる際に首を振りすぎるので品が悪く、「人情噺らしさ」が薄くなる。『カランコロン』は
地の説明中心で幽霊が伴蔵を尋ねてきてからが軸。伴蔵お峰は文朝師匠みた
いで、軽味はあるが人情噺的な味わいがない。志丈は似合う。新三郎は気弱なだけで
魅力に乏しい。幽霊に怖さ、品がなく、幽霊が窓へ消える切れ場のパッとしないこと
は甚だしい。扇橋師の『お札剥がし』の名演を聞いていないのかな。

★柳橋師匠『両手に花』

やはり『縁切榎』だった。男の煮え切らない性格、芸者・お嬢様の女らしさは出てい
るが、全体のシニカルな可笑しさがちと物足りぬ。

◆3月23日 上野鈴本演芸場夜席「春風亭一之輔真打昇進披露興行」

一左『子褒め』(交代出演)/柳朝『六銭小僧』(交代出演)/正楽/正朝『普段の袴』/
馬風『漫談』/ロケット団/市馬『間抜け泥』/たい平(圓歌代演)『粗忽の釘(下)』/
一朝『看板のピン』//~仲入り~//真打昇進披露口上(馬風・さん喬・一朝・市馬・
たい平・一之輔)/仙三郎社中/さん喬(交代出演)『元帳』/小菊/一之輔『茶の湯』

★一之輔師匠『茶の湯』

昨夜の『藪入り』と正反対のベクトルの噺。両方持ってなきゃいかんよね(笑)。茶道
が邪教に変化して行き、その過程で定吉の人格が崩壊し、旦那が尊師に変身を遂げる
(教祖みたいな口調が似合う)一之輔師型クール&シニカルヴァージョン。アイパッチ
をした(これは私の妄想・笑)定吉が総統椅子に腰掛け、膝の上の猫を撫でている描
写の可笑しさは堪らない(私にはこの定吉、どうも立川こはるさんに見えて仕方がな
い)。「自分の外に価値観の基準を持つと、人はこうなっちゃう」という可笑しさの
展開だから、長屋の三人を呼んで試し飲みさせたり、最後に昔馴染みの客が酷い目に
あう件が不要に感じてしまう。故・文朝師の『寝床』の「これは家主の横暴だと店子
が立ち上がり、長い長い法廷闘争に入る『寝床』というお笑いで」みたいな所まで
(或る意味、白鳥師的展開)一度行った方が良いのではあるまいか。

★一朝師匠『看板のピン』

何か、「昨夜・今夜と調子が硬いな」と思ったら、緊張してるんだ。こういう一朝師は初めて見た。


◆3月25日 白酒甚語楼ふたり会(お江戸日本橋亭)

いっぽん『十徳』/白酒『平林』/甚語楼『花見の仇討』//~仲入り~//甚語楼『欠伸指南』/
白酒『五人廻し』

※今夜はこの会では珍しく、二人揃って、出来が芳しくない。

★白酒師匠『五人廻し』

以前のような「色んな演出ごちゃまぜ」の感じはしないで、ほぼ雲助師型だと思う。
言葉の古風さなどに違和感はないが、「色里のスケッチ」にしては客それぞれの色合
いがイマイチ変わらない。「口角が小さいから立て弁の入る噺はやはり無理があるの
か」という印象は以前と同じで、江戸っ子の啖呵が珍しいくらいあやふや。江戸っ
子・軍人・通人・関取でお大尽でサゲになるが、雲助師独特の不気味にシニカルな演
出を受け継いだ通人の後半が面白いのと、お大尽の江戸っ子がりが可笑しいくらい。
軍人の見た目は西郷隆盛のバッタ物みたいでピッタリなんだから、キャラクターをも
う少し丁寧に作りたい。それは関取にも言える。江戸っ子が花魁の足音かとドキドキ
して寝たり起きたりする仕種は非常に面白いが、言葉が仕種ほど「ときめき」につい
て行っていない。あと、喜助のリアクションが単調なのも客それぞれの面白さを減じ
ている。まだ白酒師らしい緻密な作りの可笑しさになっていない演目。

★白酒師匠『平林』

喉の不調で、マクラの前半がすっごく陰気だった。なるほど二ツ目の前半まで、こう
いう陰気でシニカルなマクラだったら売れないよね。マクラの途中で気付いてテン
ションを上げ、何とか本題に繋げた。本題は定吉の困り方や流れが出来ていて安心し
て楽しめる。

★甚語楼師匠『花見の仇討』

四人組のキャラクターはあるんだけれど、花見の場の景気に煽られて、みんなのテン
ションが上がって行く雰囲気や噺のリズム感に乏しいため、肝心の活気が出ないまま
に終始。可笑しさが積み上がって行かなかった。助太刀の侍にしても、「敵討」と聞
いて、もっと意気込む生真面目な端迷惑さが不足。また、稽古の場面からディテール
の演出が粗く、食い違いや思惑外れの仕掛けが余りにも足りない。この演出で通すな
ら、テンションを異常に上げないと面白くならないだろう。『宿屋の仇討』はあんな
に愉しいの残念。酔っている侍の方が先に仇討に斬り込みかけようとして、それを素
面の侍が止めながら助太刀をしようとすると可笑しさが拡がるかな、なんて噺のアラ
が見えちゃう隙が大分ある。

★甚語楼師匠『欠伸指南』

着流しで演っていたが、この噺は羽織を着て演る方が似合わないかな?。稽古に来た
男が師匠の演るのを観て、感心せず、笑ってばかりいるのはリアクションとして単調
だし、素で演って割と巧い師匠の欠伸も引き立たなくなる。師匠の困り方も引き立た
ない。また、『花見の仇討』と煙草がきっかけになる点など細部がかぶりが大分老い
のも気になった。

◆3月26日 上野鈴本演芸場昼席

アサダⅡ世/萬窓『六銭小僧』/白酒『つる』/遊平・かほり/琴調『お民の度胸』/
川柳『パフィーで甲子園』/和楽社中/菊之丞(三三代演)『元帳』//~仲入り~//
のいる・こいる/さん生『巌流島』/歌武蔵『支度部屋外伝』/二楽/市馬『蒟蒻問答』

★市馬師匠『蒟蒻問答』

短めでかなり簡略化された演出。問答の仕種が目白型と少し違う。八五郎の若くて暢
気な調子が一番。択善の硬真面目さも良い。半面、六兵衛に貫目が乏しく、権助も面
白さが足りない。

◆3月26日 上野鈴本演芸場夜席「春風亭一之輔真打昇進披露興行」

朝也(交代出演)『新聞記事』/圓太郎(交代出演)『浮世床・講釈本』/正楽/
正朝『宗論』/馬風『漫談』/ロケット団/市馬『芋俵』/小三治(圓歌代演)『二人旅』/
一朝『強情灸』//~仲入り~//真打昇進披露口上(圓歌・馬風・小三治・さん喬・一朝・
市馬・一之輔)/仙三郎社中/さん喬(交互出演)『六銭小僧』/小菊/一之輔『花見の仇討』

★一之輔師匠『花見の仇討』

甚語楼師とほぼ同じ型だった。権太楼師系かなァ。序盤の稽古まではキャラクターも
出て可笑しいが、花見当日、六部役の半ちゃんがおじさんと出会う辺りから終盤へ掛
けて、噺にリズムが無くなってしまった。敵討を始めるとみんながダラダラしだすの
は、噺の構成を分かってないというか、この尺、登場人数の噺を演じる「芸体力」が
まだ無いって事かもしれない。花見の場の雰囲気・賑わいが丸で出ていないから、雑
踏の中の野次馬や侍の高揚もなきゃ、稽古と本番の違いで、三人が浮き足立って予定
外の行動に走る面白さも出ず、言葉だけのギャグに頼る展開になってしまう。展開か
ら「緊張と緩和」の典型みたいな噺なんだけど、緊張が無くて緩和ばっかり。

★朝也さん『新聞記事』

 正蔵師と同じ演出だが、遥かに軽快で面白い。この噺本来の「軽い馬鹿馬鹿しさ」
が素直に出ている。『新聞記事』はそんなに沢山の噺家さんから聞いている演目では
ないが、これまで利いた中では朝也さんのが一番面白い。

★一朝師匠『強情灸』

 緊張感がやっと取れたのか本来の出来。若手真打時代からの十八番ネタだが、「朝
湯」のマクラ噺から他の追随を許さない(強いていえば、以前のようにもう若干軽い
と更に嬉しい)。古今亭型の「峯の灸」らしさでは当代一だね。雲助師の『強情灸』
も当代では傑出した優れ物だが、一朝師の方がより噺の展開やキャラクターがスイス
イして気持ち良いのである。

◆3月27日 上野鈴本演芸場昼席

駒松『道灌』/市楽(交互出演)『垂乳根』/アサダⅡ世/萬窓『権助魚』/白酒『笊屋』
/遊平・かほり/琴調『鼠小僧小仏峠』/川柳『歌で綴る太平洋戦記』/和楽社中/三三『湯屋番』//
~仲入り~//のいる・こいる/さん生『亀田鵬齋』/歌武蔵『支度部屋外伝』/二楽/市馬『禁酒番屋』

★市馬師匠『禁酒番屋』

真っ向からの目白型で、嫌なとこは微塵もない。酒のマクラで唄って客席を乗せてあ
るから笑いの乗りもスムーズだった。侍も立派。半面、侍の酔い方が軽くて町人じみ
るのと、酒屋側の「悔しいから仕返しを」の了見が余り伝わってこない分、『花見の
仇討』に続いてコクの不足を感じた。

★三三師匠『湯屋番』

今、跳ねている噺。ズラズラと演じている分、無意識な「能天気」とは違って見え
て、一種の自意識過剰型変わり者という雰囲気だが、噺の転がし方、客の扱いと達者
なものである。

◆3月27日 噺小屋「弥生の独り看板 柳家小満ん 雪月花 五たび(国立演芸場)

市也『ひと目上がり』/小満ん『花見小僧』/小満ん『刀屋』//~仲入り~//小満ん『汐留の蜆売り』

★小満ん師匠『花見小僧』

余り笑いを押さず、ちと地味目に最初は感じたが、おせつ徳三郎の恋模様をひと筆書
きにした印象。長命寺の謂れを語り始める旦那に、文人ではないが教養のある表店の
旦那らしさが漂うのは小満ん師ならでは。定吉の「それから」がわざとらしくないの
は先代馬生師以来の愉しさだ。

★小満ん師匠『刀屋』

こちらは、刀屋主人の意見から心中騒動になるふた幕芝居風展開だが、説教がましい
のは嫌いな小満ん師らしく、刀屋主人の言葉、徳三郎との遣り取りに洒脱な面白さが
あり、明るさを失わないから、あくまでも落語として展開する。おせつの唱える題目
の可愛らしい可笑しさ。背景として両国橋の真ん中に浮かぶおせつの白無垢姿、月明
かりに青畳のような映えを見せる川面、中天に輝く月(描写としてはなく陰にしてあ
る)が添えられる。どこか暢気に、美しく可笑しい江戸落語なんだなァ。

★小満ん師匠『汐留の蜆売り』

三遊系の人情噺のように矯めず、芝居・演劇にせず、トントンと運ぶ演出。盗賊物や
侠客物につきまといがちな陰気さがなく、蜆売りの物語る話も哀れというよりは「不
思議な御縁と、江戸町人の侠気」であって湿気が強すぎない。船頭のひょろ竹をコメ
ディリリーフに、橘屋が鼠小僧を演じれば、こういう粋なひと幕物、落語としての情
噺になる、という雰囲気。船宿伊豆屋の女将は梅幸かな秀調かな(多賀之丞じゃな
い)。六代目的なリアリズムに準じた人情噺でなく、千羽の白鷺が舞うような雪もや
いの朝を背景とした、江戸前のフィルムノアール、橘屋風のピカレスクロマンの世界
というべきだろう。だから、鼠小僧が身代わりを立てるのも、「そりゃ、二枚目なん
だからしゃあねぇや」で済んでしまうのである。こういう演出なら、「人間の業」な
んざ感じなくていいのよ。

◆3月28日 上野鈴本演芸場昼席

市楽(交互出演)『元犬』アサダⅡ世/萬窓『牛褒め』/白酒『壺算』/遊平・かほり/琴
調『名刀捨丸』/川柳『歌で綴る太平洋戦史』/和楽社中/三三『垂乳根』//~仲入り
~//のいる・こいる/さん生『親子酒』/歌武蔵『支度部屋外伝』/二楽/市馬『竹の水仙』

★市馬師匠『竹の水仙』

サラサラと軽く、甚五郎の職人気質に扇辰師の味わいは乏しい。とはいえ、寧ろ四代
目以来の江戸人の旅ネタらしい、恬淡として暢気洒脱、嫌な人物の出ない淡い味わい
が心地好い。いずれ、年齢に連れた甚五郎の人格的な成熟を待つネタか。

◆3月28日 白酒 三三 桃太郎 三人会(練馬文化センター小ホール)

吉好『英会話』/桃太郎『死神』/三三『締込み』/白酒『幾代餅』//~仲入り~
//桃太郎・白酒・三三「鼎談」

★桃太郎師匠『死神』

先代圓楽師型がベースかな。かなり尺は短めで、セリフもキチンとしてるが、時々、
妙な間が空く。とはいえ、陰気なバカボンのパパみたいなシリアスさを感じさせる死
神と、桃太郎師独特の馬鹿馬鹿しいギャグの交錯する、不思議な可笑しさがあり(そ
の点は確かに先代圓楽師っぽい)悪い出来出来はない。今夜は観客の側が意外な演目
に戸惑っている雰囲気で、寄席で演じれば、もっと受けると感じた。

★三三師匠『締込み』

今夜は、今の燕路師と噺の入り方が非常に似ていた。かみさんのキャラクターを饒舌
型におやかして行くから、後半のトーンは燕路師とは丸で違うけれどね。饒舌に喋り
まくる事で「夫婦の情」を出せないとこを上手くカバーしている。それだけに無理に
オチまで演じる必要はあるかな?

★白酒師匠『幾代餅』

安定感あり。「情」でなく馬っ鹿馬鹿しい「笑い」で通す金原亭本道の『幾代餅』と
して、更に伸びる糊代は感じるとはいえ、その愉しさに不満は無い。

◆3月29日 上野鈴本演芸場昼席

アサダⅡ世/萬窓『六銭小僧』/白酒『浮世床・講釈本』/遊平・かほり/琴調『瓢箪屋
政談』/川柳『歌で綴る太平洋戦史』/和楽社中/三三『長屋の花見』//~仲入り~//
のいる・こいる/さん生『天狗裁き』/歌武蔵『猫の皿』/二楽/喜多八(市馬代バネ)
『藥罐舐め』

★喜多八師匠『藥罐舐め』

今日は普通の爆笑型でおかみさんの色気は薄いが可笑しさは抜群。

★歌武蔵師匠『猫の皿』

茶店の親父のキャラクターで、一見、コッテリしているようで、細部の描写はアッサ
リしており、春の陽射しと田園風景がちゃんとあるのが凄い。

★三三師匠『長屋の花見』

 ストーリーの聞かせ方は抜群に巧いから、ちゃんと受けてい安定感も高い。半面、
人物と背景がどうも出難い。

◆3月29日 第54回浜松町かもめ亭 五周年記念特別公演三月(文化放送メディアプラスホール)

鯉◯『新聞記事』/きつつき『長短』/兼好『長屋の花見』//~仲入り~//宮治『幇間腹』/寿輔『龍宮』

(浜松町かもめ亭公式HPにてレポートします)


◆3月30日 上野鈴本演芸場昼席

アサダⅡ世/萬窓『締込み』/白酒『つる』/遊平・かほり/琴調『浅妻船由来』/川柳
『歌で綴る太平洋戦史』/和楽社中/三三『長屋の花見』//~仲入り~//のいる・こい
る/さん生『親子酒』/歌武蔵『強情灸』/正楽(二楽代演)/喜多八(市馬代バネ)『欠伸
指南』

★三三師匠『長屋の花見』

サゲ前に月番が言った「こうしてりゃあ、大家さんの機嫌も良いし、長屋の連中もそ
のうち陽気になるだろう」というセリフは初めて聞いた。セリフでいわずにこういう
雰囲気をだすのが「柳家」だと思うが、その過程にあるという事か。

★歌武蔵師匠『強情灸』

セリフは完全に一朝師型。セリフの呼吸にこなれていない点はあるけれど、動きが
色々と工夫されていて可笑しい。歌武蔵師の噺はセリフのギャグと仕種がシンクロし
て面白い、という意味では志ん生師系の噺の作り方なんだね。

※『強情灸』では、志ん朝師の線香をクルクル回す仕種の可笑しさがが余り的確に伝
わっていない。みんな腕から動かし過ぎる。『幇間腹』で若旦那が鍼を横に舐め乍ら
一八に迫るという、志ん朝師の爆笑演出も近年、見た記憶がない。

◆3月30日 J亭月替り独演会冬シリーズ柳家三三独演会(JTアートホール)

朝太『唖の釣』/三三『しの字嫌い』/三三『花見酒』//~仲入り~//三三『夢金』

★三三師匠『花見酒』

こんな噺だったっけ?変にシニカルな奉公へ持って行かないのは良いが、サゲの「勘
定はあってる」を聞いてもピンと来ない。『壷算』と違い、素面でない混乱なのに、
酒を二人で売り買いするディテールをちゃんと話すのが却って邪魔になる。酒に酔っ
て満足してる事が先立って、金勘定なんか分からない愉しさで良いのに、些か捏ね回
した印象。花見時の酒好き二人のしくじりにしては、酔いの愉しさが無いのも寂し
い。

★三三師匠『夢金』

今の中堅・若手真打が演じる大抵の『夢金』に共通しているが、人情噺的でもなく、
言えば「下手な講釈」っぽい。特に人物造形が硬くて、先代金馬師や先々代柳橋師の
熊のように、落語らしい「愛嬌を感じさせる欲深さ」がなく、噺が進むうちに熊が
段々二枚目風になってくるのでは、落語としては詰まらない。その硬さの一方で、船
宿の主が怪しい侍と話をしているうち、「女将」みたいな口調になったのには物凄く
驚いた(市馬師や談春師の船宿主にそんな変なとこはない)。丁寧に喋ろうとすると
「男と女の区別」がつかなくなるのでは困る。芝居で言えば「親父方」の老爺役だ
が、如何に侍相手に丁寧に口をきいていようとも、船宿の主には「船頭上り」的な骨
太さは落語でも必要だろう。今夜はまた、侍が丸で立体感のない(いくら夢の噺だっ
てさ)絵空事みたいな人物なので驚いた。天草四郎の亡霊みたいである。その他、雪
景色の雰囲気も先代馬生師、先々代柳橋師、志ん朝師、小三治師のようには出る訳で
はないし、熊が中洲から船を返す場面で志ん朝師が聞かせた見事な動きの描写もない
のだから厄介。船を返す場面に関しては、三三師の頭の中で船と中洲の位置関係が描
けていないって事になる。それじゃ観客に伝わる訳が無い。

★三三師匠『しの字嫌い』

 この噺や『のめる』はいつでも安心して聞ける。実質的な十八番。

★朝太さん『唖の釣』

与太郎が大声を出したりする件は可笑しいし、ぬいぐるみみたいな見た目も与太郎に
似合って愉しい。唖のふりをする件の仕種が余り可愛くないのは勿体無い。とはい
え、持ち味に似合った演目なのだが、普通に会話している件の口調が遅く、かといっ
て志ん橋師のようにドスが効く訳でもないため、聞いているうちにかったるくなる弱
味も感じる。また、山同心同士の挨拶のセリフが町人同士みたいだったが、あれは演
出なんだろうか(山同心の正式な喋り方は知らないが)。

◆3月31日 上野鈴本演芸場昼席

朝也『子褒め』アサダⅡ世/萬窓『紀州』/白酒『金明竹』(骨皮抜き)/遊平・かほ
り/琴調『徂徠豆腐』/川柳『歌で綴る太平洋戦史』/和楽社中/菊之丞(三三代演)『浮世床・夢』
//~仲入り~//のいる・こいる/さん生『壷算』/圓太郎(歌武蔵代演)『勘定板』/
正楽(二楽代演)/喜多八(市馬代バネ)『明烏』

★喜多八師匠『明烏』

ぐずる時次郎の袖を引いて、「泊まって行きなさいよ」と誘う太助のリアルな好色感
が馬鹿に可笑しい。時次郎はますます虚弱というか、拒食症みたいな雰囲気である。
おばさんや浦里が特に目立たない作りだけれど、よく滑る廊下をおばさんに引き摺ら
れて行く時次郎の「市中引き回し」を、各部屋を明けて見てる遊客たちの表情が感じ
られるのが愉しい。

★白酒師匠『金明竹』(骨皮抜き)

 少しクスグリを変えたかな。可笑しいんだけれど、彌一の使いが早口で語る口上の
櫓列が些か変。

◆3月31日 上野鈴本余一会 柳家さん喬独演会(上野鈴本演芸場)

さん坊『小町』/喬の字『転宅』/さん喬『厳流島』/枝光『浮かれの屑より』//
~仲入り~//さん喬『愛宕山』/さん喬『木乃伊取り』

★さん喬師匠『愛宕山』

割と短め。文楽師型を取り入れているが、矢来町的なリズムやエネルギーで華麗に押
しまくる演出ではない分、一八が谷底へ落ちてからに爽快感がないのは物足りない。
寧ろ、米朝師の演出にあるような上方版『愛宕山』の「山遊び・野遊びの雰囲気」や
「春の香り」を多彩に織り込み、一八の谷底降りも酒脱なポンチ絵として描き出した
方がさん喬師ならではの「絵画的な愛宕山」になるのではないだろうか。近年の東京
では、黒門町・矢来町のように谷底からの戻りを軸に力を入れる演出ばっかりだが、
上方原典の「良い意味でダラダラとした、贅沢な野遊びらしい鷹揚さ」を主体にし
て、一八の谷底往復もフワフワと宙を舞うようなファンタジー感覚で聞かせる演出が
あっても良いと思う。だってこの噺、一種の「旅ネタ」でしょ。「旅ネタ」的な暢気
さがあっても良いよ。東京の芸事に共通する「洗練過剰」を感じるのだ。

★さん喬師匠『木乃伊取り』

全体に静かな『木乃伊取り』で、清蔵の真面目さと意外な小心さが軸になっている。
清蔵(感じは目白の小さん師に近い)が若旦那にマジで迫る部分は兎も角、後から泣い
て謝る件が長く、中盤は噺が重く感じた。親旦那や阿っ母さんの件は柔らかい愉しさ
があり、清蔵が呑み出してからも騒ぎ過ぎずに心象が変わって行くのが面白い。かし
くもクドくなくて結構。「帰れって方が無理かもしんねえ」で、ストンと下げたのも
軽くて心地よかった(これまでのサゲはクドいと私は思っていた)。嫌な奴が出てこな
い『木乃伊取り』だから、何回か繰り返して演じて、重さを省ければ佳作となる可能
性が高い。

★さん喬師匠『厳流島』

昔演ってなかったっけな。割と古風な演出がベースで「佐々木巌流」の故事も出てく
る。とはいえ、あちこち手を入れてあり、若い侍には序盤でトッポイような面を、老
武士には現在の通常演出より端正さを加えである。全体の展開は地味めにして、その
中で老武士の智謀が立つ感じである。サゲでも若い侍がボケ気味なのが面白い。練り
上げられると独特の小品になるかも。

★枝光師匠『浮かれの屑より』

何とも賑やかな高座。踊り仕種は舞踊家的でなく、噺家さんらしい愛嬌やクセのある
巧さで愉しい。セリフは張りっ放しで聞き疲れがする。結果的に「源兵衛はん!」の
可笑しさも生きない。文枝師の演出に枝雀師の派手さを混ぜて、三枝師の口調で叫ん
でるみたいな高座である。


                      石井徹也(落語”道落者”)

投稿者 落語 : 2012年04月04日 23:03