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2012年02月01日
石井徹也の「らくご聴いたまま」 2012年1月下席号
はや二月です。今年のひと月もおわりましたが、みなさんは楽しい落語、記憶に残る高座に巡り会えたでしょうか? 今回はおなじみ石井徹也さんによる私的落語レビュー「らくご聴いたまま」の2012年下席号をお送りします。稀代の落語”道落者”石井徹也さんによります、怒涛のレポートをお楽しみください。
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◆1月21日 第1851回黒門亭
しあわせ『転失気』/時松『葱鮪の殿様』/若圓歌『授業中』//~仲入り~//きく麿
『ファッジ・ネーブル』(正式題名不詳)/小里ん『お茶汲み』
★小里ん師匠『お茶汲み』
割と簡略な運びでこの噺にしては短め。後半は鸚鵡返しの可笑しさで<若い衆の泣き
出す件の「自然なわざとらしさ」が可笑しい。前半、娼妓の愁嘆話からもてて惚れ気
話に変わる辺り、もう少し色をつけても良い気がする。
★きく麿師匠『ファッジ・ネーブル』(正式題名不詳)
アイドルファンクラブの10年後の話で、喬太郎師の「憧れた先輩が万引き犯人」の
アイドル版みたいな噺。45歳になってもファンクラブ会長から抜けられない男たち
の精神構造の可笑しさは通じるんだけど、『バンチラ倶楽部』や『撤去します』のよ
うな人物の密度がまだ感じられないのは惜しい。
★若圓歌師匠『授業中』
マクラで入学式や卒業式の部分を紹介したが、確かに圓歌師が演ってたのを思い出し
て懐かしかった。本題は田舎から来た教師は可笑しいが生徒たちの調子に張りが無い
のはまだ弱味。下の世代の観客だと『石中先生行状記』みたいな世界は分かり辛いか
なァ。
★時松さん『葱鮪の殿様』
金馬師匠が原典だから、広小路や火除け地にある江戸の煮売屋の説明も理屈っぽくな
く楽しめる。殿様は大身らしくないが(煮売屋のオヤジが似合うタイプだから)、暢気
さは充分。三太夫の古ぼけた厳めしさはピッタリである。先代今輔師みたいに、寒さ
を無理に強調しないのも良い。殿様が家臣に恵まれてる分、噺の暢気さが最後まで続
くのも結構。
◆1月21日 柳家さん喬独演会vol.10(江戸深川資料館小劇場)
さん坊『子褒め』/喬四郎『御利益』(正式題名不詳)/さん喬『藪入り』//~仲入り~
//さん喬『火焔太鼓』/さん喬『鰍沢』
★さん喬師匠『藪入り』
今夜の『藪入り』と『鰍沢』は樋口一葉の世界を思わせる。怒るけれど亀を殴らない
父親、オロオロと気遣う母親、呆然とただ泣くばかりの亀。十五円の金が家族を小さ
く揺らす噺になっている。泣かせはなく、ただ、貧しいが卑しくない職人の親子像が
ある。
★さん喬師匠『火焔太鼓』
柳家的火焔太鼓の世界が更に明確になってきた。かみさんの言った「松」が一時的ト
ラウマになる甚兵衛さんの可笑しさ!「三百両」と聞いて、呆然と両腕を拡げたま
ま、侍と遣り取りをする件もステキに落語である。かみさんの「ごめんねェ」や、夫
婦して「ワォーン」と遠吠えをしちゃうのも抱腹絶倒だが、そこに「普通の人がパ
ニックしちゃった了見」があるのが柳家らしい。
★さん喬師匠『鰍沢』
伝三郎の「お熊、魔が差したな!」のひと言が物凄く印象的。魔がさして亭主を死な
せるお熊の哀れ。大川屋新助とお熊の遣り取りが、如何にも雪に閉ざされて鎮まり
返った空間で進み、その鎮まり返った空間がお熊の哀れをいやますのは凄い。その会
話の妙味に溢れた「柳家的人情噺」と、終盤の描写の連続をどう折衷させるか、とい
う課題はあるが、人物の魅力においては、歌舞伎の世話を離れた、落語独自の『鰍
沢』だろう。先代馬生師匠型の『豊志賀』や『にごりえ』を聞きたくなる。
※今夜の隠しテーマは「思いがけぬ金を巡る人生三題」かな。
◆1月22日 バーチャル落語会昼の部「バーチャル白鳥一門会~もし白鳥が一門を
作ったら」(お江戸日本橋亭)
※圓丈師が急逝して白鳥師が一門を率いたら、という趣向は冒頭だけ。
圓丈『やかん』/玉々丈『水戸黄門』(正式部位明不詳)/丈二『放送禁止用語会話教
室』(正式題名不詳)/馬桜『マキシム・ド・呑兵衛』//~仲入り~//白鳥『殿様の
海』/馬桜・白鳥・丈二・玉々丈『三題噺 三代目・ミッションインポッシブル・ブ
ラックスワン』
★白鳥師匠『殿様の海』
擬人化された釣竿の人格が更に細かく職人化して、おバカな殿様と戦うようにして大
鮪を釣り上げるまでが爆笑のうちに進む。寄席でも使えるネタになるのではないか。
★丈二師匠『放送禁止用語会話教室』(正式題名不詳)
いわゆる『トンデモ落語』系作品だが、丈二師だと雰囲気が柔らかいので尖り方が軽
く感じられる。こういうセンスは白鳥師に匹敵するものがあるし、談笑師には出せな
い可笑しさ、作り物めかない強みがある。
★『三題噺』
白鳥師匠の創作力の凄さ、桁違いの能力をまざまざと見せられた高座。三代目ヒー
ローの若旦那(笑)ブラックスワンが談志師匠のお別れ会の香典を奪い、世のため貧し
い人のためにばら蒔く義賊ぶりを発揮する、という凄まじい噺を、殆ど一人で作った
ようなもの。ワンワン沸かせながら、アレヨアレヨと展開の骨格を作り、サゲまで付
けたのには心底から感心した。「天才」である。
◆1月22日 第33回特撰落語会『市馬・白酒二人会その2』(江戸深川資料館小
劇場)
市助『間抜け泥』/白酒『甲府ぃ』/市馬『二番煎じ』//~仲入り~//市馬『厄払い』
/白酒『付き馬』
★市馬師匠『二番煎じ』
全体の印象がサラーッとしているのは、旦那衆の雰囲気が壮年的で若いためか。とは
いえ、猪鍋を食う辺りの味わいは仕種名人でもある目白の小さん師がこの噺を演じな
かったのを不思議に思わせるほどの出来。中で見回りの役人が終始憮然とした面持ち
を保って武士らしいのが今夜は目立った。
★市馬師匠『厄払い』
初席の小三治師を思わせる出来で、今までより与太郎が柔らかい。フワフワと可笑し
いのは市馬師の『厄払い』にかつてない味わい(市馬師の与太郎は今まで比較的硬い
印象があった)。「目出度くなくなく」の後に与太郎が言った「不吉なのも出来ます
よ」には受けた。「面白そうだ」と与太郎を呼んだ商家の困り方も可笑しいが、与太
郎自身が「厄払い」の文句を読めなくて困惑してしまう了見の可笑しさがサゲ間際に
よく出ていた。
★白酒師匠『甲府ぃ』
そそっかしい豆腐屋の親父と善吉の出会い、という話に集約してきたかな。余り人物
像に執着しない展開なので気楽に笑える。後に特に何も残さないコメディとして、抹
香臭さを綺麗に取ったが、さて何か雰囲気は欲しいなァ。
★白酒師匠『付き馬』
導入部では「またか」と思うのだけれど、聞けば確実に面白い、というのは凄い。こ
れも人物描写はサラサラ流して、廓廻り風俗マンガっぽさと吉原道中付けの可笑しさ
を、米朝師的なドライさを隠し味にしてコミカルに進めて行く。雲助師型だけど、若
い頃から「廓遊び」の雰囲気が漂う雲助師の『付き馬』とはベクトルを変えてあるの
は偉い。最後の早桶屋の親父も妓夫も、以前より柔らかくなって、二人がポーッと向
き合っている様子が何とも可笑しい。客と二人で15本の銚子を空けた妓夫が少し
酔ってると(今の所、全く酔ってないから銚子15本が一瞬のギャグで終わるのは惜
しいと思うのだ)、人物像が変化して、噺のベクトルが変わる気はするが。
◆1月23日 新宿末廣亭夜席
チャーリーカンパニー/南なん(遊吉代演)『胴斬り』/笑遊『片棒(中)』/うめ吉/蝠丸
『古着買い(上)』/遊三『長屋の花見』//~仲入り~//遊之介『雛鍔』/京丸京平/
夢丸『親子酒』/圓輔『欠伸指南』/ボンボンブラザース/茶楽『線香の立切り』
★茶楽師匠『線香の立切り』
聞き終えて、末廣亭を出れば雨は雪へと変わっていた。これ以上の背景は無い。客席
はたった25人ばかり。みんなの聞き入る静けさが小久の恋の哀れを彌増す。無理の
ない、サラサラと酒脱に演じられる中、色街の艶、若旦那の品とうぶさ、小久の面影
が描かれて過不足がない。雰囲気は新派か。東京では今、落語芸術協会でしか聞けな
い、哀れなるが故に至福の時が味わえた。
※下座の三味線がねェ…プツンと音の切れる凄味と、音の冴えが欲しい。
★蝠丸師匠『古着買い(上)』
先代圓遊師の軽さとはまた違う工夫があり、間抜けな買い手と癇の強そうな古着屋の
対比が馬鹿に可笑しい。甚兵衛さんのホワホワした可笑しさも独特。こういう噺が芸
術協会だと生き残るのは有り難い。
★遊三師匠『長屋の花見』
張りがあり、長屋連中が大家のお節介、というか見栄に巻き込まれる可笑しさが活き
た。俳句をして、宗匠頭巾でも被っていそうな甚兵衛さんの静けさと暗い俳句ばかり
紹介する可笑しさが妙に扇橋師の陰な部分に似ている。
★南なん師匠『胴斬り』
こんなに可笑しい『胴斬り』は聞いた事がない。素晴らしい。物凄くシュールでナン
センスの極致みたいな可笑しさがある。最後にふた通りのサゲを演じてくれたのは御
景物。
◆1月24日 池袋演芸場昼席
笑組/しん平『ラーメン道』(漫談)/藤兵衛『夢』(『浮世床』の「夢」だが設定が髪
結床ではない)//~仲入り~//一之輔(交互出演)『普段の袴』/燕路『猿後家』/夢葉/
柳朝『明烏』
★柳朝師匠『明烏』
最後にちょいと出る浦里が色っぽくて儚げで馬鹿に良いのだが、あとは噺も人物も流
れ過ぎ。
★一之輔さん『普段の袴』
お客の大半か゛一之輔さんを知らない(らしい。迎え手が殆どなかった)という、最
近では珍しい状況で、余り受けなかったけれども、八五郎の言動に呆れてる大家や茫
然としてる店の主人は悪くない。店で煙草が切れてる件など、八五郎がもう少しちゃ
んと困らないと。
★しん平師匠『ラーメン道』
映画『タンポポ』の「ラーメンの正しい食べ方作法」を聞かせてるだけなんだが、兎
に角凄く可笑しい。
◆1月24日 新春落語教育委員会(なかのZERO小ホール)
コント「無愛想な受賞者」/ぴっかり『こうもり』/喜多八『夢の酒』//~仲入り~//
喬太郎『同棲したい』/歌武蔵『壷算』
★喬太郎師匠『同棲したい』
圓丈師的な「突然、とんでもない事を言い出す人物」と「50~60年代生まれの感
傷」が交わった快作。50代半ばの父親が息子の就職が決まった日に「青春時代にや
り残した事がある。同棲したい。母さんと離婚して改めて同棲する」と言い出す様子
は、圓丈師のペシミズムとは一寸違い、能天気でポジティヴなのが世代を感じさせ
る。『神田川』『赤ちょうちん』の世界を求めて、飯田橋(バカ受け)の木造アパー
ト、四畳半ひと間で同棲を始める可笑しさは、近い世代の私にとって甘く切なく可笑
しい。『マイノリ』の世界に繋がるなァ。喬太郎師の噺では、この「自分たちだけ分
かれば良いの」世界が一番好きだ。勿論、広い世代が笑える構成になっているが、人
物像の根っこが、文七に平気で五十両くれてやっちゃう長兵衛とそんなに変わらない
とこが見事に落語なんである。
★喜多八師匠『夢の酒』
手に入ってきたが、少し凝りすぎの演出もある。とはいえ、親旦那を嫁が起こす流れ
等は素敵に巧くて面白い。
★歌武蔵師匠『壷算』
米朝師型に見事なプラスアルファを加え、シニカルさを感じさせずに爆笑させ、主任
ネタサイズで演じた。やはり、歌武蔵師は「落語」のセンスが凄い。「値切るのに幼
児体験を持ち出す方は初めて」「(六円にまけてくれたら近隣の瓶を)無差別(に壊
す)」「金と瓶を足したのが初めて※これは米朝師にあったかな」等のギャグだけで
なく、兄貴分・弟分のキャラクター、如何にも商人らしく腰の低い瀬戸物屋のキャラ
クターが立っているからステキである。勿論、歌武蔵師らしい「ガハハ笑い」も入っ
ており、繊細にして骨太な笑いを堪能した。
◆1月25日 池袋演芸場昼席
圓十郎『お花半七』/玉の輔『宗論』/笑組/しん平『天国へ行け』(漫談)/藤兵衛
『ひょっとこそば~時そば』//~仲入り~//朝也(交互出演)『短命』/燕路『だくだ
く』/夢葉/柳朝『佐々木政談』
★柳朝師匠『佐々木政談』
時々、奇声を出して受けを狙う悪癖は出るけれど、奉行との遣り取りでの四郎吉がリ
リカルなのに感心した。「阿っ母が買ってくれる饅頭より余っ程美味ェや」「二つに
分けた饅頭、どっちが美味いと思います」を派手に言わず、奉行の感服のリアクショ
ンを自然に感じさせた巧さは、この演目では初めて聞いた。誰にでも受けるが安っぽ
くなりやすい噺だが(私の聞いたベストは米朝師匠)、ちゃんと工夫して人物を出せ
ば、さかしらな嫌み等はは全く感じなくなる。親父綱五郎の年齢設定も適切に改訂さ
れている。「鶯の子は子なりけり三右衛門」である。
★朝也さん『短命』
目白型かなァ。八の分らず屋ぶりも愉しいが、八五郎とかみさんの夫婦が、単にがさ
つな割れ鍋閉じ蓋夫婦でないのは、落語の範囲における良い工夫。
◆1月25日 新春、Wホワイト5(北沢タウンホール)
白鳥・白酒「御挨拶」/白鳥『公園ラブストーリー』/白酒『明烏』//~仲入り~//白
酒『だくだく』/白鳥『火焔太鼓』
★白鳥師匠『公園ラブストーリー』
珍しく大外し。
★白鳥師匠『火焔太鼓』
終盤、テンションが「情みたいなもの」の挿入で下がるのは惜しいけれど、古今亭の
擽り全く無しで、これだけの『火焔太鼓』が出来る凄さ、テンションは下がるが志ん
生師の「この噺は夫婦噺だって事を忘れちゃいけねェ」に繋がる面を持っているのに
は感心する。『抜け雀』が聞きたい!
★白酒師匠『明烏』
前半の源兵衛・太助の遣り取りでのトチリからリズムが崩れて、人物表現や雰囲気は
持ち直せなかった。その代わり、聞いた経験の少ない、半自棄気味のギャグを後半は
連発した。「(女郎を買うと瘡をかく、とは)“金払ってんだからいいだろ”の次に
言っちゃいけない言葉」「二宮金次郎は女衒に娘を売って」「書を捨てよ、街に出よ
う」などの可笑しさは抜群。
★白酒師匠『だくだく』
寄席サイズ。自棄が続いているのかギャグがキレまくり(笑)、「(掛け軸に)小三治
万歳と書いといて」等爆笑連続だが、八五郎が起き上がったのを見て呆然と「アッ‥
お前、絵じゃなかったの!」と驚く近眼乱視眼鏡嫌いの泥棒のキャラクターは素晴ら
しい。
◆1月26日 新宿末廣亭夜席
夢丸『おかふぃ』/圓輔『豆小噺』/ボンボンブラザース/茶楽『明烏』
★茶楽師匠『明烏』
今夜は本題はやや短縮型かと思われるが、時次郎の品の良さ、源兵衛・太助の「街の
遊び人」らしさが際立って洒脱だった。時次郎の挨拶を訊いた茶屋女将の「高校野球
の選手宣誓みたいな」の可笑しさ、源兵衛が「大門で縛られる事」を説明してから時
次郎に言う「迂闊だよ」のあだな良さなどが光る。
★夢丸師匠『おかふぃ』
途中からしか聞けなかったが、この師匠の噺で初めて面白く感じた。平治師とは全
く違う味わいで、皮肉に可笑しい。
◆1月27日 池袋演芸場昼席
圓十郎『強情灸』/玉の輔『紙入れ』/夢葉/しん平『天国へ行け』(漫談)/正雀(藤兵
衛代演)『紙屑屋』//~仲入り~//朝也(交互出演)『そば清』/燕路『佐々木政談』/
笑組/柳朝『唖の釣』
★柳朝師匠『唖の釣』
いつもより可なり丁寧なトリヴァージョン。「畜生唖」という言葉は初めて聞いた。
与太郎が可愛く、七兵衛に小悪党の陰があるのは面白い。惜しむらくは唖の真似をす
る七兵衛の「鯉の所作」が相変わらず可愛くない。
★朝也さん『そば清』
細部まで丁寧にさん喬師そのままに演じたが、清さんの「どぅ~も」や山中で蟒の這
う雰囲気に違いがあり、朝也さんの噺として面白い。
◆1月27日 さん喬噺の会(六本木ストライプハウスギャラリー)
喬四郎『水道屋』(正式題名不詳)/さん喬『らくだ』//~仲入り~//さん喬『雪の
瀬川』
★さん喬師匠『らくだ』
やや、短縮版でサゲまでの通し。目白の小さん師型がベースか。屑屋の留吉がグズっ
ぽく大人しい。前半は留吉のキャラクターで割と静かだが、曇って肌寒いような一日
の出来事、という雰囲気が漂うのは独特。それでいてホノボノと可笑しい、不思議な
味わいがある。これは笑いの中心が表情でのリアクションになっているためか。その
代わり、留吉は呑みだすと一杯目から味が分かり、三杯には「それっくらいで」と止
める強気を見せる。酔って、わくだの頭を剃り乍らカンカンノウを歌う。兄貴分のど
ぶろくの政は前半は凄い大声を出したりするが、そんなに怖くない。それより、カン
カンノウでらくだ本人と操る政の二人の仕種を見せるのが面白い。酔って留吉が強気
になると、政は対照的にナヨナヨと雰囲気が変わる。サゲは願人坊主と分かり、火に
くべず、「らくだの代わりに入り込みやがって」と頭をひっぱたいて「此処は何処
だ」「火屋だ」になる。
★さん喬師匠『雪の瀬川』
小さな会場、90人の客席だからこそ味わえた至福、広い会場では味わえない至
福。圓生師匠の『雪の瀬川』のイメージに縛られて、私は勘違いをしていた。雪を踏
む瀬川の足音を華麗に描くのが圓生師版『雪の瀬川』のポイントなら、さん喬師匠の
『雪の瀬川』はただひたすら、ストーリーを徹底的に刈り込んで(初めて聞いた人は
ストーリーが分からないと思う。ストーリーを追ってはいけない噺なのだ)、抽出さ
れた恋の甘さ、ときめきだけを味わう噺なのだ。変な例えだが、白石加代子さんの
『阿部定事件調書』を聞いて「これは吉蔵との恋を甘く思い出している阿部定の惚気
話なんだ」と感じた魅力を思いだした。柳派人情噺であり、『梅暦』的な世界を描
く、という意味では雲助師の『世話噺』に近い。「待てばこそ 待つ人来り 雪まろ
げ」
◆1月28日 池袋演芸場昼席
一左(交互出演)『幇間腹』/圓十郎『ちりとてちん』笑組/しん平『塩鮭のスープ』
(漫談)/藤兵衛『短命』//~仲入り~//一之輔さん(交互出演)『茶の湯』/燕路『締込
み』/アサダⅡ世(夢葉代演)/柳朝『お見立』
★柳朝師匠『お見立』
古風な型。雲助師譲りでもいか?喜助が最初から杢兵衛大尽を「醜男の癖に色男気取
り」と馬鹿にしている。喜瀬川もサラサラと騙す狐ぶり。杢兵衛は大声を発する純情
に田舎者で「色男気取り」は余りない。喜瀬川が恋患いで入院⇒死亡という流れは無
理がない。終盤少し急いで、寺への途中から墓参りがアッサリ終ったのは惜しい(墓
は四つで談志家元の墓と戒名が入る)。
★燕路師匠『締込み』
さん喬師型。やや明るさに乏しいが、面白くて巧いのに感心した。夫婦喧嘩がトント
ン運んで職人夫婦らしく、それでいてかみさんに情があり、泥棒の軽いリアクション
の可笑しさは真に結構なもの(良い意味で小三治師に似てる)。最後に、亭主が寝込ん
だ泥棒を起こす「おい、泥棒さんよ」に感情と夜の雰囲気があるのには感心した。
★一之輔さん『茶の湯』
中抜き簡略型。段々、白酒師の『宗論』ばりに「邪教団体噺」になってきた。KKK
みたいな服装の集団が通りすがりの人を拉致して茶室に軟禁するとか、茶室の中で踊
る覆面の人々なんてギャグは池袋向け。定吉のキャラクターは余り出す時間が無かっ
た。最後の客の件を地の文ばかりでなく展開した演出は良き工夫。
◆1月28日 雲助月極十番其の玖番(日本橋劇場)
真紅『桂昌院』/雲助『垂乳根~初天神』//~仲入り~//雲助『鰍澤』
★雲助師匠『鰍澤』
最後は芝居掛かり。芝居系の『鰍澤』としては当代の第一人者だが、ツケが冴えず、
芝居掛かりが引き立たなかったのは残念。旅人と伝三郎の男二人も今夜は雲助師とし
ては普通の出来。旅人の懐にある金を見るまでのお熊の沈静した、ダルな雰囲気が独
特で、金を見る間も圓生師より長く、ある意味、新劇的に優れている(先日も書いた
が、雲助師の優れた人情噺系の出し物は杉村春子時代の文学座の芝居が一番近く感じ
る)。
★雲助師匠『初天神』
「あやめ団子」が出てきたりする、金原亭系の演出で、細部が良く聞く演出と違う
が、雲助師ならではの妙に可愛い似た者親子なのが愉しい。また、凧揚げの件の可笑
しさは壮年期の小三治師に一番近い。凧屋の悪謀りや団子屋の無愛想は先代金原亭譲
り。
★雲助師匠『垂乳根』
圓生師型に近い金原亭型。七輪を扇いでの騒ぎは無かった。八五郎の能天気はピッタ
リだが、お千代さんがやや堅いので終盤は葱屋の困惑が可笑しさの軸になる。
◆1月29日 第十三回柳噺研究会「山田洋次監督作品特集」(下谷神社社務所)
市助『道灌』/小燕枝『頓馬の使者』/小里ん『目玉』//~仲入り~//仙花/雲助
『真っ半つ』
★小里ん師匠『目玉』
原作からグロテスクな医学的描写を殆ど取っ払い、『犬の目』や『綿医者』系のナン
センスな小品に改善した。口を利かない親旦那の目玉を、眼鏡みたいな仕種で現す可
笑しさもさりながら、親旦那の目玉の登場に驚き、怯える若旦那と番頭の「エッ!」
「キャッ!」という叫び声の可笑しいこと。「旦那の目が三角になって怒ってます」
も笑った。寄席向き小品への再生だろう。
★雲助師匠『真っ半つ』
この噺の欲の深い百姓のかみさんが、目白の小さん師にはイマイチ似合わなかったが
(了見が出過ぎて落語の人物ではなくなってしまっていた)、芸系の違いで、雲助師
だと不似合いには感じない。『猫の茶碗』のやや大掛かりな噺という雰囲気。主人公
の道具屋も、嫌らしい訳ではなく、雲助師らしく暢気な百姓との会話も、焦れる可笑
しさがあり、原作のクドさがなくて良い。それだけに主人公が無闇と正直者だった
り、無理して成田に御礼参りに戻るなど、原作の作為が明確になり過ぎるが、これは
原作の問題。もう少し、手を入れれば「古今亭・金原亭の噺」にもなる。
★小燕枝師匠『頓馬の使者』
八五郎の物凄く臆病そうな様子と、使者に立った熊五郎のがさつな気質の対照が良く
出ている辺り、噺と芸風が良くマッチしている。先代小さん師、小三治師とは違う愉
しさがあるのは嬉しい。因みに話は八五郎の仮住まい兼仕事場でするが、あれは屋外
の方がより可雰囲気が照るのではあるまいか。
◆1月29日 東京マンスリー古今亭菊志ん独演会vol.48「十八番を作る1年
(1)」(らくごカフェ)
菊志ん『素人義太夫』/三木男『千早振る』/菊志ん『お花半七』//~仲入り~//菊志
ん『御慶』
★菊志ん師匠『素人義太夫』
志ん五師譲りとの事。冒頭の旦那の声試しが少し長く(志ん五師版よりカットしたと
いうが)、フワフワはしているのだが、リズムを作り損ねた印象。フワフワだけだと
年寄りっぽく、先代志ん馬師の『素人義太夫』みたいだった。可愛い我が儘者風の旦
那と、ボヤッとした茂蔵の遣り取りは面白く、耳の聞こえないお婆さんが「エッ!」
と義太夫が聞こちゃったリアクションなど凄く可笑しいだけに序盤が惜しい。
★菊志ん師匠『御慶』
非常にテンポよく、能天気な富籤狂いの八五郎のキャラクターに適ったリズムで噺が
軽快に進む(白酒師の綿密な計算による能天気より更に無計画なキャラクターになっ
ているのが独特)。富が当たって帰ってくるまでがスイスイ進み、甘酒屋で古着を買
うのをかみさんに教わってから、大家に溜まった家賃を払いに行く。ここで少しス
ピードを緩めて、大家経由で甘酒屋へ行って帰った展開に跳び、上下をかみさんに着
けて貰い、直ぐ大晦日⇒元旦となる。年始に出掛けた八五郎の賑やかさが正月の晴れ
に似合うのは持ち味。大家に教わった「御慶」を大きな声で叫ぶのも、飽くまで能天
気で晴れ晴れとして良い。前に友達が恵方詣に出掛けたのを振るのは普通だが、サゲ
は「御慶だよ!」「(そこを)どけ?ああ、お前も恵方詣りに行くのか」で、目白型の
「何処へ?嗚呼、恵方詣りよ」より分かりやすい。尺もちょうど良く、売り物にな
る。
★菊志ん師匠『お花半七』
積極的なお花が霊岸島の伯父さんと組んで半七を待ち構える、という謀略的新展開に
爆笑。先にお花が霊岸島について「伯父さん、泊めてくれるって」には受けた。更に
半七がお花の脚に手を触れながら、「今夜、追いだしてくれた阿っ母さんに感謝しな
くては」と二枚目っぽくいうと、お花が「阿っ母さん、今夜留守なの」とオチを付け
たのにも仰天した。オカチイ!
◆1月30日 第20回ぎやまん寄席湯島編 春風亭百栄・春風亭一之輔二人会(湯
島天神参集殿一階ホール)
扇『元犬』/百栄『時そば』/一之輔『蜘蛛駕籠』//~仲入り~//一之輔『普段の袴』
/百栄『バイオレンス・スコ』
★百栄師匠『時そば』
かなりギャグを入れて可笑しいが(余り演ってないのか最初のそば屋で行灯の屋号の
件が抜けた)、鯉昇師ほど徹底していない気味がある。変質者扱いされる二番目の男
の「変質者(扱いされてメゲる)キャラクター」を強めるとか、「返り討ちみたいに酷
い目に合う」という展開の方がより可笑しくならないかなァ。二番目のそば屋が客の
見た目・態度に「変質者か?」と不安になるリアクションが直ぐに消えてしまうのも
惜しい。
※ギャグで行くなら「割り箸が割れなくて一本箸で手繰るハメになる」「丼が鉄製で
矢鱈と重くて錆びてる」など、まだ余地が色々あると感じた。あと、二番目の男を
「馬鹿な侍」にするのはどうだろう?
★百栄師匠『バイオレンス・スコ』
猫同士の縄張り争いの噺で、擬人化の面白さは『ダウンタウン物語』みたいな雰囲
気。一寸中盤にダレ場はあるが、その後の猫同士が爪を立てて喧嘩する様子は物凄く
可笑しい(百栄師は下座のえりさんと同じで猫顔なんだな)。半面、ますむらひろしの
『アタゴオル物語』のヒデヨシみたいに、擬人化に積極的な可笑しさを持ったキャラ
クター性が加われば、色々なキャットフードの登場以降、笑いの薄くなる後半がより
盛り上がるかもしれない。ただ、そういう具合に、妙に「万人向け」にすると百栄師
の味が薄まるかな‥「猫マニア向けの噺」としては十分に面白い(だろう・・私は特
に猫好きではないので)。
★一之輔さん『蜘蛛駕籠』
目白系がベース。相棒がほぼ与太郎っぽいのは独自。酔っ払いと与太郎っぽい相棒の
会話で、与太郎が「お鉄っちゃん」の詳細をリプライズするのを聞いて酔っ払いが次
第に嬉しくなってくる展開は独特で面白い。半面、踊る男の件で、与太郎が「面白く
なってきた」と言いながら、仕種などからそれが余り伝わって来ないのは惜しい。最
後に出てくる親子が『初天神』の親子みたいで、ちゃんと親子に聞こえるのはとって
も偉い(大抵はサゲを言いに出てくるだけのキャラクターになっちゃう)
★一之輔さん『普段の袴』
普通に演って普通に面白い。八五郎の能天気と、それを面白がる大家、八五郎の珍侍
ぶりを笑わない道具屋の主人のキャラクターがちゃんと生きている。爆笑させなくて
も分かりやすいボケ方が出来るのは強み。
◆1月31日 横浜寄席「柳家さん喬・柳家喬太郎親子会」昼の部(関内大ホール)
さん坊『六銭小僧』/喬太郎『錦の袈裟』//~仲入り~//和楽社中/さん喬『百川』
★さん喬師匠『百川』
寄席で演じる時より、更に分かりやすくメリハリを付けての爆笑編。分かりやすい中
に、河岸の若い衆、鴨池先生といった江戸っ子のせっかちと粗忽だらけの気質と、百
兵衛の実直で暢気な田舎人らしい気質の対比が、押し付けがましくなく、ちゃんと描
かれているのが余人とは違う所。
★喬太郎師匠『錦の袈裟』
変わらず、独特の与太郎のフワフワした怪人物ぶりが噺全体を浚う。風船みたいな人
なんである。
◆1月31日 第52回浜松町かもめ亭「五周年記念特別公演」(文化放送メディアプラスホール)
こはる『平林』/馬治『片棒』/白酒『抜け雀』//~仲入り~//百栄『御血脈』/小満
ん『干物箱』
★小満ん師匠『干物箱』
最近の小満ん師にしては珍しく、テンションが低く、調子に乗り切れなかった印象。
用語の端々、洒脱さと黒門町の文楽師型の人物造型の面白さはあるのだけれ
ど・・・・。
★白酒師匠『抜け雀』
細部にいつもの演出と違いがあり、地の文が会話になっていたりして、可笑しさだけ
でなく、人物造型の的確さが良く出た好演。宿屋夫婦の妙は志ん生師に近い所がある
が、そこに芸術家らしい傲慢さのある絵師親子のシニカルな固さが対する事で、噺に
雲助師的な陰影が出るのが特に面白かった。
★百栄師匠『お血脈』
前に聞いた時よりサラーッとストーリーを語り乍ら、入れ事をした印象。最後の五右
衛門の芝居掛かりも、馬鹿馬鹿しさが軽く、トリ前の高座らしかった。言えば、もう
少し本題に可笑し味が欲しい。
★馬治さん『片棒』
一朝師の型だが、親旦那の口調や態度に、馬生師に似たインパクトがあるのは独特
で、三人兄弟より親旦那の怒りの方に可笑しさが強い。
石井徹也 (落語”道落者”)
投稿者 落語 : 2012年02月01日 03:42