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2012年01月14日
石井徹也の「らくご聴いたまま」 2012年初席号
みなさま、今年の寄席通い、落語会通いはどのような感じでしょうか?たのしい高座にはもう当たりましたか?(こればっかりは巡り会い、運も関係しますので人それぞれだと思います。人と人との出会いと一緒でしょう)。今年も、一席でも多くのよい高座にめぐりあいたいものですね。
今回は石井徹也さんによる私的落語レビュー「らくご聴いたまま」の2012年初席号をお送りします。稀代の落語”道落者”石井徹也さんによります、渾身のレポートをお楽しみください。
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◆01月3日 上野鈴本演芸場初席第二部
美智・美都「松尽し」/玉の輔(三人交代出演)『漫談』/正雀(三人交代出演)『紀州』
/ロケット団(交互出演)/馬風『御挨拶』/正朝(交互出演)『酒の粕』/川柳(交互出演)
『ガーコン』/カンジヤママイム/琴調(交互出演)『安兵衛御目見得』/喜多八(交互出
演)『小言念仏』//~仲入り~//猫八/たい平(交互出演)『漫談』/二楽/正蔵『悋気の
独楽』
★正蔵師匠『悋気の独楽』
定吉の肩叩きは前から外していたが、今回は逆に妾を初めて見て綺麗なのに驚く表
情、店に戻ってからおかみさんを前に独楽を回す件などで呟くひと言が定吉に加えら
れ、可笑し味と定吉のキャラクターを膨らませている。
★喜多八師匠『小言念仏』
クサいくらいに濃いキャラクター作りだが、小三治師演とは明らかに見えてくる生
活ぶりが違う感じを受ける。
★正朝師匠『酒の粕』
他愛ないんだけれど、落語の基本がちゃんとしてるから面白い。この師匠の与太郎
は独特だな。
◆1月4日 上野鈴本演芸場初席第二部
美智・美都「松尽し」/圓太郎(三人交代出演)『汚い小噺』/小燕枝(三人交代出演)
『大黒小噺』/ホームラン(勘太郎が唄った。交互出演)/馬風『御挨拶』/川柳(交互出
演)『歌は世に連れ』/菊丸(交互出演)『親子酒』/カンジヤママイム/琴調(交互出演)
『出世の馬揃え』/志ん輔(交互出演)『夕立勘五郎』//~仲入り~//猫八/たい平(交
互出演)『漫談』/二楽/正蔵『皷ケ瀧』
★正蔵師匠『皷ケ瀧』
木樵の声に皷ケ瀧辺りの静寂が現れる点、三度繰り返される「旅のお方」の妖しい可
笑しさ、前半で無理に受けを取らずに我慢出来る点など、久し振りに聞いた演目だ
が、さん喬師の稽古を受けるようになってから、各部分の研ぎ上げは進んでいる。
◆1月4日 上野鈴本演芸場初席第三部
紋之助/馬生(交代出演)『元帳』踊り:「初出見よとて」/のいるこいる/圓蔵『漫談』
/世津子(交互出演)/一朝(交互出演)『芝居の喧嘩』/文左衛門(交代出演)『小噺』/
紫文(交互出演)/さん喬『抜け雀』//~仲入り~//壽獅子/はん治(交代出演)『ボヤキ
酒屋』/権太楼『町内の若い衆』/扇遊(交互出演)『垂乳根』/正楽小/三治『初天神』
★さん喬師匠『抜け雀』
見事な短縮版で、さん喬師にしか出来ない高座。それでいて、要になるキャラク
ター、セリフ、描写(絵師親子が二人共に筆巻きを持っている描写など)は全て入って
いる。柳派の落とし噺に人情噺の味付けを加味しているのが憎い。
★権太楼師匠『町内の若い衆』
普通のテンポなのに、勢いで笑わさず、キャラクターで爆笑を生む。昨年の退院後、
権太楼師の真髄を楽しめる高座は今年も続いている。
★小三治師匠『初天神』
団子と凧で、凧に酔っ払いは絡まない。ショートカットといえばそうなんだが、一寸
クサ目なのに軽いのが堪らなく良い親子、殆ど喋らない団子屋、先代馬生師風に金坊
に悪知恵を授ける凧屋、亭主も子供も家にいない方が気楽なかみさんと、唸るような
可笑しさ愉しさを堪能した。落語の「演者を楽しむ」という点では、やはり『初天
神』が柳家小三治という人間の魅力を楽しむには最高の噺だと再認識した(『藪入
り』だと親子関係が屈折しちゃうんだよな)。
※馬生師の『元帳』から小三治師の『初天神』まで、調子が乗らずに空回りしている
圓蔵師を除いて、これだけひと晩の師匠方のレベルが高く揃った寄席は一年のうちで
も珍しい。馬生師『元帳』の夫婦の可愛さ、一朝師『芝居の喧嘩』の張り(一ヶ所噺
が飛んだが)、はん治師『ボヤキ酒屋』の巧さ、扇遊師『垂乳根』のヒザへ繋ぐ軽さ
と、トリまで誰も力まず、手を抜かず、スイスイ聞けて無上に心地よい。
◆1月5日 上野鈴本演芸場初席第三部
紋之助/志ん橋(交代出演)『から抜け』/のいるこいる/圓蔵『漫談』/世津子(交互出
演)/一朝(交互出演)『幇間腹』/白酒(交代出演)『笊屋』/ 小菊(交互出演)/さん喬
『長短』//~仲入り~//壽獅子/扇辰(交代出演)『御血脈』(善光寺由来カット)/権太
楼『町内の若い衆』/市馬(交互出演)『雑俳』/正楽/喜多八『藥罐舐め』(小三治代バ
ネ)
★喜多八師匠『藥罐舐め』
呵々大笑。
★市馬師匠『雑俳』
『りん廻し』まで行かぬが恬淡として心地よい、目白系らしい愉しさ。
★扇辰師匠『御血脈』(「義光寺由来」抜き)
五右衛門の下らなさ、馬鹿馬鹿しさが大真面目なのは扇辰師ならでは。
◆1月6日 上野鈴本演芸場初席第三部
紋之助/馬楽(交代出演)『ケチ小噺』踊り「せつほんかいな」/のいるこいる/さん喬
『六銭小僧』/夢葉(交互出演)/藤兵衛(交互出演)『色事根問(上)』/三三(交代出演)
『釜泥』/ 小菊(交互出演)/一朝『芝居の喧嘩』//~仲入り~//壽獅子/燕路(交代出
演)『辰巳の辻占』/権太楼『代書屋』/扇遊(交互出演)『酒小噺』/正楽/喜多八『三
人廻し』(小三治代バネ)
★喜多八師匠『三人廻し』
『五人廻し』の江戸っ子・官員・通人まで演じて「廓風景で」とサゲた。入りは薄い
が、ヒザまでそんなに弾まない客席ではなかったから、ネタの選び間違いとは思えな
い。妙にマクラから湿ったトーンになり、結果、江戸っ子の啖呵はただの早口言葉の
流れた物になり、官員も通人もパッとせずじまい。官員が最後にニカッと笑って妓夫
太郎に言う「だから君、女を回してくれたまえ」も外れて、ちと生々しくなったのも
痛い。全体に「受けない」というより、「聞かせる気が余りない」みたいな雰囲気、
『陰気な五人廻し』に陥ったのは残念である。昨夜の『薬罐舐め』が嘘みたいで、こ
こ数年の喜多八師では珍しい高座。体調がまだ定まらないのかなァ…
★一朝師匠『芝居の喧嘩』~★権太楼師匠『代書屋』
二人とも、入りの薄さを全くものともせず、何時も通りにマクラからキッチリ演っ
て、ちゃんと客席を盛り上げたのは流石。
◆1月7日 上野鈴本演芸場初席第二部
美智・美都「松尽くし」/圓太郎(交代出演)『睨み』/小燕枝(交代出演)『手紙無筆
(上)』/ホームラン(交互出演)/正朝(交互出演)『紀州』/川柳(馬風代演)『パフィ
-』/白鳥(交互出演)『シンデレラ(上)』/ストレート松浦(カンジヤママイム代演)
/雲助(交互出演『子だけ褒め』)/喜多八(交互出演)『小言念仏』//~仲入り~//猫
八・小猫/喬太郎(交互出演)『家見舞』/二楽/正蔵『読書の時間』
★喜多八師匠『小言念仏』
積極的に粗探しをする視線や肩を叩く動き、「ヤッ」と前を打つ腕の動きなど、加味
された仕種と念仏の連動が馬鹿に可笑しかった。
★圓太郎師匠『睨み』
時間が無いので市川海老増の真似をして「睨み」を演った。私は大笑い。
◆1月7日 上野鈴本演芸場初席第三部
紋之助/志ん橋(交代出演)『から抜け』/のいるこいる/圓蔵『漫談』/夢葉(交互出演)
/藤兵衛(交互出演)『相撲風景』/文左衛門(交代出演)『道灌』/ 紫文(交互出演)/は
ん治『ボヤキ酒屋』//~仲入り~//壽獅子/さん喬(交代出演)『時そば』/権太楼『代
書屋』/市馬(交互出演)『唄入り山号寺号』/正楽/小三治『厄払い』
★文左衛門師匠『道灌』
基本が確かだから、多少の遊びが入っても、初席の賑やかさの中で格調を感じさせる
のが偉い。
★はん治師匠『ボヤキ酒屋』
ここまで間がキッチリ決まって、言葉の上辺でなく、リアクションの人物表現で笑い
が取れるのは目白一門でもそうはいない。この自信を古典でもっと発揮して欲しい
なァ。
★さん喬師匠『時そば』
急ぎ加減で、常よりかなりハイテンポの高座なのだがだったが、そのテンポの生み出
す一種のクサさが、最初の男のお世辞から二番目の男の落胆までをより可笑しくして
いるのだから落語とは不思議なもの。
★市馬師匠『唄入り山号寺号』
権太楼師匠が高座から「市馬に歌わせましょうか?正月だから良いよね」と客席に問
いかけてから、袖の前座さんを呼んで「おたくの師匠に、次、歌唄うように言って」
と伝えたのを受けて、「太郎さん、東海林」から『国境の町』をワンコーラス入れる
という正月特別版(笑)。
★小三治師匠『厄払い』
扇橋師が憑依したような、フ~ワフワとした不思議な与太郎が現れて、陰気になった
り、高っ調子になったりと、したい放題を尽くして、凄く良いい加減で可笑しい『厄
払い』。完全に小三治師のフラで、思い出し思い出し演ってるみたいなんだけど、な
まじな大ネタを聞くより愉しい。フ~ワフワした中にフッと目白の小さん師の与太郎
が顔を出すのもまた一興。「いいんだよ、年忘れだから、ああいう変な奴で」と与太
郎を呼び込んで困らされる商店の主だか番頭だかのセリフも実に可笑しい。
★権太楼師匠『代書屋』
短く演ろうとして途中で気が変わり、市馬師への注文を出してから中盤まで演った。
結構な出来である。
※文左衛門師⇒はん治師⇒さん喬師⇒権太楼師⇒市馬師⇒小三治師と、三代目小さん
師から繋がる師匠方による「寄席気分満喫」のひと晩となった。
◆1月8日 新宿末廣亭第三部
鹿の子(交代出演)『半分垢』/昇之進(交代出演)『御血脈』/チャーリーカンパニー
(交互出演)/圓馬(交代出演)『つる』/右左喜(交代出演)『英会話』/桃太郎『結婚相
談所』/Wモアモア(昼夜代り)/小柳枝『粗忽長屋』/圓輔(交互出演)『親子酒』//
~仲入り~//とん馬(交代出演)『雑俳』/富丸(交代出演)『漫談』/陽昇(昼夜代り)
/栄馬(交互出演)『かつぎ屋』/茶楽(交互出演)『紙入れ』/北見マキ/遊三『子は鎹』
★遊三師匠『子は鎹』
序盤は急いでしまい、ちとあぶなっかしかったが、かみさんが亀から「五十銭はお
父っつぁんから貰ったんだ」と聞いて、急にアタフタと身を踊らせる仕種(面白い)辺
りから調子を取り戻した。かみさんは鰻屋で熊と会っても、腰の浮く惚れ方が愉しく
(こういう『子は鎹』のかみさんは珍しい)、熊は鰻屋でかみさんにまず亀を立派に育
ててくれた事の礼を言い、酒を飲んで困らせた事を詫び、最後にまた一緒になってく
れという流れがキッパリと職人らしくて良かった。職人人情落語(人情噺ほど重くは
ならない)としての終盤は佳作。
★栄馬師匠『かつぎ屋』
落語協会では聞かなくなったネタだなぁ。若水と帳付けだけで、相変わらず「トム・
クルーズ来日」のナンセンスサゲだが、旦那が如何にも御幣担ぎらしくて良い。
★茶楽師匠『紙入れ』
短めでトントン運んだから、笑いは何時もより少なかったが、サゲでドッと来させた
のは流石。
★陽・昇師匠
今年も陽さんのこんがらがるキレ方は健在。東京中堅漫才のピカイチ。
◆1月9日 新宿末廣亭第三部
慎太郎(交代出演)『子供の日記』(正式題名不詳)/柳之助(交代出演)『ぞろぞろ』/
チャーリーカンパニー(交互出演)/柳橋(交代出演)『狸の札』/右左喜(交代出演)『漫
談』/桃太郎『結婚相談所』/京丸京平(交代出演)/小柳枝『蟇の油』/圓輔(交互出演)
『夕立屋』//~仲入り~//とん馬(交代出演)『九官鳥・猿の目撃』踊り・かっぽれ/
金遊(交代出演)『魚の骨』(雑話)/東京ボーイズ(交互出演)/栄馬(交互出演)『かつ
ぎ屋』/茶楽(交互出演)『紙入れ』/北見マキ/遊三『長屋の花見』
★遊三師匠『長屋の花見』
入りは30人程度と非常に薄かったが、丁寧で明るくテンポも良かったのが幸いし
た。心理描写ではなく、トントン運ぶ中で大家さん・今月と来月の月番・風流人の甚
兵衛さんといったキャラクターの違いがちゃんと出て、花見になってから笑いも増え
た(やはり落し噺はテンポの中での人物表現だな)。
◆1月10日 上野鈴本演芸場初席第二部
美智・美都/圓太郎(交代出演)『象の金玉(小噺。とん馬師の『牛の乳』の動物園
版)』/小燕枝(交代出演)『小言念仏』/ロケット団(交互出演)/馬風『漫談』/菊丸(交
互出演)『時そば』/白鳥(交互出演)『シンデレラ(上)』/カンジヤママイム(但し一
人だけ)/雲助(交互出演)『子だけ褒め』/喜多八(交互出演)『竹の子』//~仲入り~
//猫八・小猫/たい平(交互出演)『禁酒番屋』/二楽/正蔵『悋気の独楽』
★たい平師匠『禁酒番屋』
侍の訪れをカットした短縮版。水カステラは七代目可楽師匠同様、徳利を隠すため、
上にカステラが薄く掛けてある古い演出。二人目は油屋でなく「伊達直人です。ラン
ドセルの御注文で」「(徳利の中身は)飲んで覚える漢字ドリルです」と変えて爆笑。
番屋の侍の酔い方も含めて、全体に可愛らしい『禁酒番屋』だな。
◆1月10日 立川生志独演会第19回「生志のにぎわい日和」(にぎわい座芸能
ホール)
春樹『道灌』志らら『壷算』/生志『家元追悼~初天神(上)』//~仲入り~//シル
ブプレ/生志『鼠穴』
★生志師匠『初天神(上)』
飴と団子。金坊の「この人が拐かすゥ!」「阿父っつぁんをロンメル将軍の次に尊敬
してる」「団子を買ってくれないとナチスに入る」は笑った。終盤、団子を舐める段
取りを間違えてグズグズになったのは残念(笑)。
★生志師匠『鼠穴』
持ち味は違うが、談志師匠の『鼠穴』に漂っていた「甘やかさ」のような物が噺にあ
る点は共通している(談志師匠のロマンティシズムや優しさから来る甘やかさは
「業」や「イリュージョン」より大切な要素だと私は思う)。序盤、兄弟の会話では
まだ竹次郎の甘え方が弱い。兄貴が本質的に弟に優しい、というか親みたいな愛情を
感じているのが分かるのは嬉しい(松太郎とでも付けるか。竹の娘は花だし)。兄から
与えられた元手の金が三文と分かって竹次郎が怒り、仕事に精を出して行く件は地の
部分にリズムがまだ足りない。また「金ちゃ~ん甘いよ」などの売り声も良くはない
ので効果的になっていまいのが惜しまれる。十年後、兄の店を訪れた竹次郎が見返す
気概を持った怒り顔なのは良い。対する兄も詫びる中に先程同様の「甘やかさ」があ
る(圓生師匠の『鼠穴』にはこれがないんだ)。兄弟が仲を直して呑む件は良いが、火
事になってから、紅蓮の炎の中に三つの蔵のシルエットが浮かび上がる場面は描写の
言葉の選択、火事場の緊張感共に、まだまだである。ここで鼠穴を塞ぎ忘れた店の者
を余り叱らない演出は賛成。火事に遇ったのが不運で良い噺だからね。竹次郎の落魄
して行く様子はもっと簡潔かつ効果的でありたい。「落ちぶれて袖に涙の掛かる時、
人の心の奥ぞ知らるる」を抜いたのは?春の商売の元手の無心に訪れた竹に対する兄
貴の態度は、夢だからもっと冷淡でもよいが、二人の遣り取りに兄弟喧嘩の雰囲気が
あるのは結構だ。娘・花が「時分を吉原へ売ってお金を作って」と語る言葉はもう少
し可憐でありたい(花は家元の傑作だな)。娘を売った金を掏られて首を括るまで
も、もっと噺を締めて良いだろう。兄が竹を起こしてからの遣り取りで、兄の「嫌な
役回りだな」でちゃんと受けたのが良かったから、前をもう少し締めても落語らしく
受けられると思う。「五臓の疲れ」を仕込まなかったので、サゲはどうするか?と
思ったが、「兄さんのおかげだ」「お前の力でねェか」「兄さんがおらの目を覚まし
てくれた」とサゲた。前に書いたように、火事にあった不運だけで夢中は良いのだか
ら、兄弟・親子の絆に焦点を当てた噺として、これは良いサゲだと私は思う。
石井徹也 (落語”道落者”)
投稿者 落語 : 2012年01月14日 09:51