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2012年01月05日

石井徹也の「極私的落語評判記2011」


今回は石井徹也さんによる「極私的落語評判記2011」をお送りします。石井さんが昨年(2011年)一年間に聴いた落語の中から、とくによかったもの、心に残った高座をピックアップしたものです。映画ファンがよくやる「私の本年度ベスト10」みたいなものだとご理解下さい。みなさまの「評判記」とリンクしますか、どうか?。どうぞ鷹揚の御高覧をお願い申し上げます。

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【極上々吉】                                 
             

◆10月31日 新宿余一会夜の部「柳家小満ん独演会」(新宿末廣亭)

★小満ん師匠『笠碁』

絶妙な面白さ。黒門町の文楽師が目白型の『笠碁』を演ればこうなる…という印象。
メリハリを前に出した演出で、碁敵二人の癇癖の強さが物凄く面白い。友情だけでな
く、人間の弱さの持つ可愛さが一気に出る。過去に聞いた小満ん師の高座の中でも屈
指の面白さ、可笑しさで。黒門町と目白を心身に併せ持っている小満ん師でなきゃ出
来ない、現代落語界の宝物的逸品。

◆12月17日 第17回三田落語会夜席(仏教伝導会館ホール)

★権太楼師匠『芝浜』

唸る名作。装飾の増えすぎた『芝浜』を職人噺・夫婦噺として見事に組立て直した。
「権太楼師は目白の小さん師譲りらしく、職人の気持ちを表現してくれているのに感
心した。ラスト、かみさんに泣いて薦められ、「お前も呑むなら呑む」と言って、か
みさんに先に酒を注ぐのが凄く良い(夫婦は共犯関係なんだなァ。まだ人情噺の尻尾
は引きずっているが、夫婦噺・職人落語の『芝浜』として、現在以降、御手本となる
べき演出だと思う。

◆7月18日 第6回プチ銀座落語祭銀座山野亭落語会三日目第二部『一朝・一之輔
親子会』(銀座山野楽器本店7階ホール)

★一朝師匠『小言幸兵衛』

 絶妙。小言に煽られてお茶を淹れられない幸兵衛のかみさんの可笑しかったこと。
小言の切れ味抜群。「いけませんか!」の仕立屋の逆襲も愉しく、かつて聞いた『幸
兵衛』の最高峰。

◆11月2日 鶴瓶・市馬二人会(なかのZERO小ホール)

★鶴瓶師匠『癇癪』

 鶴瓶師ならではの「私落語」として最高傑作ではないか。「落語は演者が登場人
物、特に主人公に如何に愛情を持つかで噺の魅力が全く違う」を示す一席でもある。
『癇癪』の根本とはかくあるべきだとも思えるセリフが幾つもある。オチの「お前も
あいつもワシの事、分かってへん。キッチリされたら、ワシのステレス(ストレス)が
溜まってしまうがな」が、師弟の絆を感じてホロリと流れた涙に、ピシリと苦笑の終
止符を打ってくれるのも鮮やか。

◆12月1日 日本橋落語会「通好み」(日本橋劇場)

★一朝師匠『二番煎じ』

普段演じない所までタップリ演じたが、それでいて軽快で全くクドくない見事に愉し
い高座。志ん朝師の演出からエネルギッシュな重さを抜いて、老人たちの洒落た面白
さを足した世界に仕上がっている。口喧しい月番を軸に、一人一人の人物像が寒夜に
クッキリと描かれて、旦那衆が一寸愉しい悪さをしている楽しさ、人間のだらしなさ
の魅力が満ちている。何回も聞いてきた一朝師匠の『二番煎じ』の中でも傑出した高
座である。

◆6月20日 浅草演芸ホール夜席主任

★小里ん師匠『笠碁』

序盤の遣り取りから仲の良い同士がじゃれるように「待って」「待たない」をしてる
うちに喧嘩が始まる。「友情あっての食い違い」が目白の小さん師匠より明確。美濃
屋が出て来た時、一方が碁石を手にしながら、「ウンッ」「オイッ」と気合いを掛
け、逸らされるのも友情の濃さが募る。オチは家元型を基礎に「待った!」「待った
にはまだ早い」「いや(お前さん)、まだ笠を取ってない」とサゲ、「もう一つ、サゲ
としては納得出来ない」と仰っていた目白の小さん師の悩みに解答の方向を見出だし
た。小里ん師から30年来聞いているネタだが、これだけ良い出来は初めて。

◆6月8日 新宿末廣亭昼席主任

★小里ん師匠『五人廻し』

 妓夫の「え~花魁へ、え~喜瀬川さんへ」の調子が全く他の噺家さんと違い、低
く、夜更けの廊下を騒がせない調子になっているから、サッと雰囲気が出る。江戸っ
子の啖呵も『大工調べ』同様、意味・感情中心だから「水道尻にしてある犬の糞」で
ワッと受ける面白さ。官員の泣く件、似非江戸っ子がりの変な唄、通人の気味悪過ぎ
ずに気障なとこ、御大尽の風格、花魁のつれなさと揃って、これだけ優れた、啖呵だ
けに頼らない『五人廻し』は珍しい。

◆11月9日 国立演芸場上席主任

★小満ん師匠『居残り佐平次』

洒落っ気と悪心がお対になった粋な佐平次。二階を稼ぎだしてから、「火事だ火事
だ」と客の頭に杯洗の水を振り掛けておき、自ら杯洗の水を被って「火事かと思った
ら大水だった。義援金を」と祝儀を貰ったり、霞花魁の客、勝太郎を持ち上げる際の
「楊枝を前歯でポキッと折って、歯が丈夫(笑)」の愉しさも嬉しい。最後は旦那に呼
ばれて忠信利兵衛のセリフをキッパリ言った後、着物・足袋・羽織と頂戴して「鳥も
羽が無きゃあ飛べませんからお足を」とサゲる。「居残りは商売でなく、転地療養を
兼ねた洒落」である。

◆7月13日 第249回柳家小満んの会(お江戸日本橋亭)

★小満ん師匠『稲荷堀』

お富が悪婆でなく、侠気のあるシャダレ上の年増で、銭湯帰りの姿、特に肩の辺り、
また富八坊主の喉元に止めを射すお富の姿にも泥臭くない色気があるのが魅力的。相
合傘で体をぴったりとくっつけた二人が雨の中を稲荷濠に急ぐ姿も印象的である。
「びったりと」が耳に残るのだ。そのお富の「お前さんも悪になったねェ」で客席が
ドッと受けるのは与三郎が如何にも初で、悪党になり過ぎていないため。圓朝以前の
人情噺の軽さ、粋さを感じた。

◆7月17日 第117回大和田落語会(京成大和田・丸花亭)

★小里ん師匠『磯の鮑』

物凄く可笑しい。盲の小せん型がベース。与太郎が活きていて、鶴本勝太郎隠居の
言った通りをペラペラ喋るのが何とも剽軽で洒落ている。

◆7月17日 第117回大和田落語会(京成大和田・丸花亭)

★小里ん師匠『明烏』

これも盲の小せん型。源兵衛多助が正に遊び人で「町内の札付き、白無垢鉄火の巾着
切り」と親旦那に言われるのが馬鹿に可笑しい。時次郎がまた芯から野暮で、「何か
お話を」と茶屋の座敷で振られて、「二宮尊徳という方は幼名を金次郎と」と収まる
のが如何にも学問バカらしい。全編洒脱で「廓噺の小里ん」の通り名を広めたくなり
やす。

【極上々】                                 
            

◆7月19日 第16回ぎやまん寄席番外編『柳亭市馬・柳家喬太郎ふたり会』(湯
島天神参集殿一階ホール)

★市馬師匠『鰻の幇間』

市馬師には珍しいギャグ沢山。特に一八の口から語られる女中のリアクション(「い
わしがあるか訊いてきます」や「それほどでもありません」など馬鹿受け)の言葉
や、散りばめられた地口みたいな洒落の可笑しく、各場面にピタリと嵌まる演出の妙
は見事というしかない。一八もかなり芸人らしい軽さが増して、はばかりの戸を叩き
乍ら「トントンストトン」などの明るい軽妙さは素晴らしい。

◆7月8日 rakugoオルタナティヴvol.3.「キョンちば」昼の部(紀伊
國屋サザンシアター)

★喬太郎師匠『マイノリ』

 日大落語研究会と國學院大演劇研究会の男女が出会い、惚れていながら告白出来な
い三十年を描いた作品。落語版『ラヴ・レターズ』の体裁だが、切なさと時代の共感
を感じさせな乍ら、落語的トンチンカンで悲しい結末に至らないのは佳く、喬太郎師
の根っこにも通じる佳さがある。こんなに喬太郎師に似合う噺も珍しい。

◆7月10日 圓丈一門会夜の部「圓丈一門古典噺くらべ」(お江戸日本橋亭。)

★白鳥師匠『唐茄子屋政談』

勘当以前の若旦那は正に、金に驕る人非人だが、その若旦那が空きっ腹に泣く表情に
は人非人がマジに変わる実感がある。同様に、貧乏長屋で浪人の飢えた子供が鰻の味
と匂いのついた竹皮を嘗めて飢えに耐える表情にも堪らない実感がある。若旦那は天
秤棒で大家を殴るのもヤカンより良い。白鳥師と歌之介師の貧しい人間の表情には、
演技とは違う実感、生きる切なさがあるのは現代落語界における絶対的な強みだ。

◆8月3日 池袋演芸場昼席主任

★さん喬師匠『柳田格之進』

何時もより短いのは息の詰み方。萬屋の「馬鹿ァッ!」と「番頭ォッ!」の怒気の凄
さ。噺の怒気で震えたのは30年暗い前に米朝師の『鹿政談』を訊いて以来。柳田が
萬屋との交遊を通じて明るくなる様子、無言の中に碁石の音だけで友情の深まる良
さ、娘・綾乃に切腹を止められる遣り取り、番頭・長兵衛の嫉妬を敢えて語らない良
さ、侍なればこそ、主従三世の情に柳田が負ける良さは「黙れ、黙れ、黙れ、黙まっ
てくれい」に現された。

◆8月3日 池袋演芸場昼席

★はん治師匠『ろくろ首』

与太郎の「それじゃあ・・・僕」が無茶苦茶に可愛らしく可笑しかった。こ

れだけ良い与太郎は珍しい。地力も含めて、次世代の小燕枝師・小里ん師へ

の道を感じさせる「柳家の本道」の愉しさだった。

◆8月10日 池袋演芸場昼席主任

★さん喬師匠『中村仲蔵』

 芝居国の若者成功譚としての余韻が残る。芸質の良い若者と、運にヒントに応用力
の組み合わせが巡りあって、定九郎が変わる展開。舞台の様子も一応丁寧だが「演り
過ぎ」の印象はない。役者の日常性が噺全体に流れているのが面白い。当てたと分
かっても仲蔵が泣いたり大感謝せず、急いで自宅に帰ってからも、まだ呆然として
「夢見心地」でいるのが却って落語らしい。近年の流行の演出のように、かみさんを
矢鱈と貞女にせず、夫婦愛よりも役者世界を前に出しているのも納得。男の世界の落
語『仲蔵』である。

◆6月22日 第273回『県民ホール寄席立川生志独演会』(神奈川県民ホール)

★生志師匠『唐茄子屋政談』

伯母さんの良さは相変わらず随一。やはり、田原町で唐茄子を打ってくれる男の言
葉、仕種が図抜けて優れている。若旦那はひ弱な感じが「らしく」なってきた。徳が
まだ花魁に惚れ切っている初さも佳い。誓願寺店からは若旦那、貧しい母、飯を貪る
子供と揃って名品。特に若旦那のセリフの佳いこと。伯父さんの家に済まなそうに
戻ってくる様子は他の追随を許さず。伯父さんが話を聞く件からサゲまでの演出も当
代一番だろう。「江戸、東京人の憧れ」が詰まっている。何とも温かな気持ちで家路
につけた。

◆6月25日 第14回三田落語会夜席(仏教伝導会館ホール)

★一朝師匠『たが屋』

マクラから言葉の気合いが違った。啖呵も勢いだけでなく、ちゃんと意味の伝達に
なっているし、供侍三人それぞれの描き分けの可笑しいこと。これだけの出来の『た
が屋』は一朝師匠でも初めて聞いた。

◆6月25日 第14回三田落語会夜席(仏教伝導会館ホール)

★一朝師匠『宿屋の仇討』

 ほぼ30年ぶりの口演!?とは思えない大お手本。侍が立派で、江戸っ子三人組が
能天気で喜助がひょうきん律義。特に喜助が武士の刀の鐺を掴んで「主に代わってお
願い申し上げます」の真摯さは稲荷町を思わせる。一転して「宿外れで敵討があるっ
て評判で、縁日の商店が西の外れか、東の外れかと荷物を持って待ち受けている」の
可笑しさは素晴らしい。隣にいるのが三浦忠太夫と聞いて、源兵衛が「にゃに
おォー」と驚くのも絶妙。

◆8月17日 “通ごのみ”第五回「扇辰・白酒の会」(日本橋社会教育会館ホール)

★扇辰師匠『三井の大黒』

扇辰師の口演を初めて聞き「職人物落語」として『三井の大黒』が受け継がれる安心
感を抱いた。甚五郎は「職人らしい含羞と屈折」を持った優れた表現。棟梁・政五郎
がまた、江戸の職人気質を体現した結構なもので、口は悪いが腹の綺麗な、目の聞く
苦労人の雰囲気がある。特にラストで「ポンシュー!」と怒鳴り付けておいて「これ
が言い納めだい」と呟いた愉しさ、大黒の出来の良さに思わず涙を流す演出は、職人
気質を代表する好演出として後世に伝えられるべきものだろう。

◆10月21日 池袋演芸場昼席

★馬石師匠『時そば』

抜群。二番目のそば屋が景気の悪い陰気な奴で、火を起こしてる間、客の男が袖をヒ
ラヒラさせて待ってる様子がむちゃくちゃ可笑しく、不味そうなそばの食い方、表情
も素晴らしい。こんな『時そば』、聞いた事がない。

◆8月26日 J亭落語会桃月庵白酒独演会(JTアートホール)

★雲助師匠『もう半分』

中盤、老爺殺しが芝居掛かりになるが、何とも言えず無気味な雰囲気が漂う、雲助師
ならではの怖さ。老爺殺しを決める前後から芝居掛かりの件まで、その前後とは亭主
の人格が稍変るが、それが「破綻」というより「噺の妙」として受け取れるのが「古
風な趣向」の面白さで、ある意味、南北~小團次的な人間観察のリアリズムになる。
単なる近代人だと、理屈を付けないと納得出゛来ないキャラクターを理屈抜きに演じ
られるのは、先代馬生師直系の芸ならではだ。

◆8月30日 池袋演芸場昼席

★馬石師匠『松曳き』

殿様の小笠原某の「高瀬実乗」みたいなトッポさが物凄く可笑しい。三大夫さんの歪
み方も強烈で、特に仕種に独特の動きが多く、古今亭の笑いとしては本道であり、ま
た白酒師とは違う可笑しさがある。

◆8月31日 柳家喬太郎プロデュース公演『双蝶々リレー』(本多劇場)

★白鳥師匠『長吉とメルヘンの森』

黒白二頭の蝶々に誘われ、長吉が森の中のメルヘンの屋敷に迷い込み、『マッチ売り
の少女』『ヘンゼルとグレーテル』から「悪」に生きる道を選ぶという場面に寺山修
司的な燦きがあるのには感心した。黒白二頭の蝶から黒白二棟の蔵に至る発想の鮮や
かさも去りながら、森の中に長吉が入り込む件は『無法松の一生』で森を通る場面を
思わせ、それが母を恋うる彷徨だけに野

田秀樹の『ゼンダ城の虜』の赤頭巾少年同様の胎内回帰さえ思わせる。圓朝から寺山
的な前衛をも引き出すバタ臭い資質には驚くしかない。

◆10月19日 ぎやまん寄席番外編白鳥・白酒ふたり会(湯島天神参集殿一階ホー
ル)

★白鳥師匠『もし寄席の席亭がドラッカーのマネージメントを読んだら』

2011年一番笑った高座。ドラッカーの理論と現在の世界的な新自由主義的経済の
破綻や、白鳥師らしい諧謔や、下から視線の喜怒哀楽がベースにあるから強烈に可笑
しい。それは「某師匠へのマネージャー転向の勧め」みたいに、みんなが思っている
真実を暴露したエネルギーがあるからだろう。

◆雲助月極十番之内漆番(日本橋劇場)

★雲助師匠『干物箱』

多分、鼻の圓遊師匠が元だと思う。明治の開化色がふんだんに盛り込まれ、それがま
た雲助師に似合う。善公が二階に上がってからは人力俥の騒ぎや都々逸の騒ぎで相方
の手紙はない。若旦那のフワフワした可笑しさも特に『学問ノススメ』を読んでるっ
てのが可笑しい。貸本屋なのに平仮名しか読めない(笑)善公の狂騒に近い能天気ぶ
り、腕力のやたらある親旦那、この三人の遣り取りが実に軽妙で愉しい。『月極十
番』屈指の出来。

◆12月25日 第回文左衛門倉庫「X‘masスペシャル」(ことぶ季)

★文左衛門師匠『居残り(上)』

ネタ卸し。居残りが如何にもいけしゃあしゃあとして自信満々なのに、何とも言えな
い色気と可愛らしさがあって、傲慢な感じにならない。だから、紅梅さんとこの勝っ
つぁんを乗せるお世辞も嫌らしくないし、「矢鱈と熱弁を奮う詐欺師の卑しさ」や
「無理をして意気がっている感じ」が全くしないのはステキに愉しい。全体に明るい
のも結構だ。帳場の声を聞いた居残りが部屋からヌッと出てきて、襷を掛けて働き出
す短い場面があり、ここのヴァイタリティが素晴らしい。

◆6月2日 新宿末廣亭夜席

★馬好師匠『猫の茶碗』

唸った。先代馬の助師匠型か、志ん生師匠型とも少し違う。第一、茶店の主がお婆さ
んである。モッサリしているようでコクのある稍芝居っぽい口調でいながら、全く当
てこんでセリフを言わないからクサくない、茶店周辺の雰囲気がちゃんと出る。機師
り言葉使いや雰囲気がピタリ。オチまでちゃんと聞かせているから、最後にクスク
スッときた。その運びは如何にも近代的でないが、巧いし、面白い。声質が今は滅多
にいない前近代の声なんだなァ。

◆6月3日 新宿末廣亭昼席主任

★小里ん師匠『提燈屋』

序盤から若い連中の会話や、提燈屋主人との遣り取りにメリハリがあり、一見、分り
難いままのようなこの噺でも、困惑や見栄、意地といったの裏付けが的確にあり、目
白の小さん師匠が作り上げた「ワイワイガヤガヤ」落語本来の可笑しさが出せると、
こう愉しい噺になるのか!?という見本。

◆12月24日 第7回銀座山野亭落語会(銀座山野楽器本店7階ホール)

★一朝師匠『妾馬』

全体の面白さが図抜けているは勿論だけれど、八五郎がお鶴の方へ向かいかける袖を
三太夫が「無礼者」と掴んで止める。八五郎が「何をすんでぇ」と払う。この一瞬で
身分の隔たりがクッキリと出る。それが八五郎の酔っての涙に繋がるが説明はせず、
涙の後に八五郎らしい笑いをちゃんと入れるから、場面がウジウジしない。誰も及ば
ない『妾馬』のスタンダード

◆12月18日 第回雲助一門会(浅草三業会館二階稽古場)

★馬石師匠『笠碁』

今松師譲りとのこと。先代馬生師の『碁に淫した変な人たちの笠碁』として、かなり
のレベル。最初に碁を打つ場面から、明らかに二人とも目付きがおかしく、その淫し
方、入っちゃった二人を引き画でみる愉しさが堪能出来る。後半、菅笠を被って現れ
た碁敵を見て、待つ側の旦那が店の者に「普段の通りに(相手を)見ろ」と命令するセ
リフや、番頭が「あたくしが(相手を)呼んで来ましょうか?」と申し出る辺り、旦那
の我が儘から、店中に異常な緊張感が漲っているのが如実に分かり、可笑しくて堪ら
なかった。

◆12月18日 第回雲助一門会(浅草三業会館二階稽古場)

★龍玉師匠『親子酒』

親旦那が呑み始めてから、間を溜めに溜めてボソッと呟く、「……うまい」など、ひ
と言ひと言の呟きが非常に可笑しい、独特の『親子酒』。こんなに可笑しい龍玉師は
初めて聞いた。親旦那も若旦那も、簡素な表現の酔っ払い方なのだが、如何にも酒呑
みらしい「可愛らしい意地の汚さ」が一杯(笑)。

◆4月30日 新宿末廣亭夜席主任

★一朝師匠『唐茄子屋政談(上)』

『抜け雀』『妾馬』『大工調べ』『火事息子』『井戸の茶碗』『二番煎じ』『淀五
郎』等と並び、志ん朝師匠没後の「東京落語のスタンダード」と言ってしかるべき高
座。若旦那の初さ、青さ、可愛さ。叔父さんや唐茄子を売ってくれる「意気がらない
江戸っ子らしさ」の愉しさ。叔母さんの下町女らしい温かさ。花魁の意気地と、「東
京落語の人情噺」の魅力に溢れている。

◆4月30日 新宿末廣亭夜席

★小里ん師匠『垂乳根』

終盤、葱屋が「ね~ぎ~、岩槻ねぎ~」をユックリ二度繰り返したが、長屋を流す葱
売りの風景が浮かぶのに驚いた。一方、千代の「のうのう、門前に市なす・・・」以
降のメリハリの馬鹿馬鹿しい可笑しさがその風景と見事に対照をなす。目白系の基本
力の凄さを実感。

◆4月3日 池袋演芸場昼席

★しん平師匠『逆天神』(勝手にこんな題名ほつけてしまって申し訳ない)

何でも買ってやりたがる親父と、何か買って貰うのが嫌いな節約家(?)金坊の親子逆
転爆笑落語。挙げ句に親父は前以て注文しておいた特製大凧に乗って大空に消えると
いう、『島の為朝』みたいな展開が無茶苦茶に可笑しい。

◆3月28日 第33回讀賣GINZA落語会(ル・テアトル銀座)

★市馬師匠『猫忠』

メリハリがあり、常兄ィの貫禄、カミサンの年増嫉妬、六と次郎の嫉妬から来る悪戯
者ぶりと揃って結構な、大看板を感じさせる高座。特に本物の常が座敷に現れてから
の遣り取りで、怪異な雰囲気がちゃんと漂うのは、市馬師匠の演目では珍しいだけで
なく、現在の噺家さんの中でも優れたもの。

◆3月29日 シブヤ落語会「平治 東風吹く会」(渋谷区総合文化センター伝承
ホール)

★平治師匠『二番煎じ』

細部の手配りがちゃんと落語で、月番と旦那方に身分差の感じられる台詞や口調の違
え方。夜回りに出る際の寒さの強調。宗助の猪鍋の仕立て方の細かさ(「肉の紅に葱
の白と緑、丸で花が咲いたみたいだ」は佳い科白。黒川先生の「世間に隠れて呑む酒
は美味しうございますなァ」も実感あり。

◆3月15日 池袋演芸場昼席主任

★一朝師匠『淀五郎』

これまで聴いた一朝師のどの『淀五郎』よりメリハリの効いた巧演。團蔵が単に厳し
いだけに終わらず、仲蔵の言葉通り、治った淀五郎の判官を見た時の嬉しそうな「プ
ロの笑顔」を見せる佳さ。仲蔵も単に優しいだけでなく、詰める所は詰めて、厳しく
指導し、強く励ます見事な先輩ぶりを見せる。淀五郎が團蔵に話し掛けてシクジする
若さ、一種の軽薄さ。若さ故に考えの足りなくなる悲しさと孤独感。それが仲蔵に教
えられた後、自分を取り戻して、喧嘩場の迫力に変化する。初日、團蔵の花道の出の
大きく迫力のあること!

【極上】                                
             

◆2月27日 三遊亭遊雀独演会「遊雀玉手箱“オハコの巻”」(内幸町ホール)

★遊雀師匠『紺屋高尾』

前半と後半の可笑しさは恋煩いした久蔵の泣きっちゃべりと、それに困らされる親方
夫婦の困惑にある。併し、高尾太夫に会えた後朝の久蔵の告白と高尾の受けの言葉は
完全に人情噺の世界になる。稍芝居臭くもあり、野暮と言えば野暮でもあるが、芝居
離れした、野暮離れした真摯さ、血の通った心情を感じさせてくれる。ロマンティシ
ズムの点では談志家元、生志師匠と三幅対。

◆3月19日 新宿末廣亭夜席主任

★さん喬師匠『井戸の茶碗』

震災後の状況下、飽くまでも明るく明るく演じきったのが嬉しい。寄席用に簡略化さ
れた展開の中で、高木作左衛門が「仏像の首が落ちた?其処にあるではないか」と言
い乍ら首を上手に向けた形から、「この顛末を仏像が床の間からジッと見ているのだ
な」と感じられる辺りが他の演者の『井戸の茶碗』とは違う奥行を噺に与える。

◆3月1日 「噺小屋in池袋 弥生の独り看板~小満ん雪月花(東京芸術劇場ホー
ル1)

★小満ん師匠『景清』

珍しく、随分派手な演じ方に終始した。定次郎は職人気質の強い江戸っ子。あくまで
も陽気で、泣き言は最後の着物の縞目の件くらいと、それでいて、清水の石段を登る
杖の音で『奇蹟の丘』に共通する「生きる重さ」を一瞬だけ感じさせるなど、細部の
目配りは行き届いている。ラストシーン、月明かりで着物の縞目が見えた件で、ひと
言も「月」と言わず、月の光を感じさせる演出は小満ん師ならでは。

◆3月20日 池袋演芸場昼席主任

★一朝師匠『転宅』

1982年五月に聞いて以来の演目。泥棒が実に可愛らしく、「おれァ、今夜泊まっ
てこ」と嬉しそうに言う声音と表情の愉しさは格別。「あのうちは平屋ですよ」と聞
いて、振り向き乍ら驚く姿の可笑しさ、動きのキレの素晴らしさ。泥棒が一杯さす様
子でお菊の動きや姿が分かる面白さも類が無い。

◆3月20日 新宿末廣亭夜席主任

★さん喬師匠『妾馬』

稍簡略演出だが、見事に泣かせ笑わせる。お鶴が目の前に居ると分かってから八五郎
にオフクロの愁嘆を余り言わせず、メソメソさせない演出なのに泣ける。今夜は三太
夫にも貰い泣きはさせない。それでいて、見ていて涙が出るのは八五郎の表情にに妹
の産んだ赤ん坊を目にした喜びが溢れているから。

◆2月11日 心技体vol.12(なかの芸能小劇場)

★扇辰師匠『鰍澤』

「オーイ、オーイ」と旅人・新助を呼ぶお熊の声が、雪がやんで冴え渡った月夜の淑
気と漂う面妖な色の魅力的なこと。お熊の伝三郎への愛しさを描いて素晴らしい。特
に、伝三郎にこれ程惚れているお熊は聞いた事が無い。「お前の敵はあの旅人」と叫
ぶ声の良さ切なさには参った。

◆2月15日 上野鈴本演芸場昼席主任

★一朝師匠『天災』

素晴らしい出来。無茶苦茶に面白い。八五郎の跳ね上りぶり、名丸の人間味と人を見
る目の平らさ、そこで生じる二人の人間関係の可笑しさと、呆れるほどの落語らしさ
を堪能。問い詰められた八五郎の「そんな原、作った奴ァ誰だい!?」には笑った笑っ
た。何かッてェと鼻先を強くこする八五郎に名丸が「鼻がなくならないかい?」と
言ったのも無闇矢鱈と愉しい。

◆1月20日 第32回人形町らくだ亭(日本橋劇場)

★小満ん師匠『厄払い』

マクラから実に年頭らしい華やぎや目出度さがあり、特に冒頭、伯父さんのうちに来
た途端、与太郎が耳を片方ずつ摘まみ乍ら言う「こっち(左)が耳、こっち(右)が右」
というのが無闇と愉しく、その与太郎の馬鹿な可愛さが最後まで客席を魅了し続けて
行った。

◆1月22日 東京マンスリー「古今亭菊志ん毎月連続公演」No.36~長講12
席その1~(落語カフェ)

★菊志ん師匠『居残り佐平次』

粋がって野暮になる『居残り』の多い中、リズムでトントン聞かせる、軽快で真に聞
き心地の良い居残り。居残り慣れしてるのを友達に予め告げるけれど、商売人じみた
汚れはなく、「天性、ヨイショと騙りの達人」と言った雰囲気で居残りをする姿に無
駄な陰が無いのが佳い。結果、佐平次の巻き起こす騒動全体が、優れたマンガになっ
ている点、近年では遊雀師匠の『居残り』と双璧。

◆1月14日 雲助独演会(にぎわい座)

★雲助師匠『お直し』

これまで聞いた雲助師の『お直し』中、一番落語になっていた。イザとなるとカミサ
ンの方が胆が座り、紅を付けて亭主の方を見て座った形に女郎の身過ぎ世過ぎが現
れ、無常感はあるが言葉で押さないから陰気にはならない。チラッと色気があるのも
佳い。更に亭主がついつい仏頂面で「お直しだよ」と繰り返すのも含め、三人の空間
が引き絵で描かれるから階謔の可笑しさが先立つ。戻ってきた酔っ払いが鼻白んだよ
うな声と表情で「お直しだよ」とオチを言う。瞬間、その暗さに一寸ドキッとする
が、「矢っ張り廓で間抜けなのはモテたと勝手に勘違いする客だねェ」と、帰り道、
思い返せばムフフと可笑しい。蹴転のある夜の風景に過ぎない。それだから面白い。

◆11月18日 雲助月極十番之内捌番(日本橋劇場)

★雲助師匠『くしゃみ講釈』

全体に軽め、短めだが、主人公が乾物屋店先で演じるからくり口上の「カタン」の合
の手が矢鱈と可笑しい。講釈は『難波戦記』。主人公が講釈に聞き惚れてポカンと口
を開けている表情は枝雀師の「好きになってきた」と双璧の可笑しさ。講釈がまた張
りと重みのある結構なもので「雲助十八番」に入りうる高座だった。

◆2月25日 人形町らくだ亭(日本橋劇場)

★一朝師匠『湯屋番』

序盤が稍カットされていたが、目白の小さん師匠の「全部の若旦那物落語の中で『湯
屋番』の若旦那が一番能天気」という言葉を思わせる能天気さが素敵に可笑しい。特
に番台に座ってからの夢想の跳ねっ返りぶりは他を圧しており、番台に上ろうとする
仕種から、年増との色模様、雷の音など見事にリズミカルで可愛く、仕種の華々し
い、無邪気な大馬鹿者である。

◆5月5日 第六次第八回圓朝座(お江戸日本橋亭)

★小満ん師匠『塩原多助一代録』

多助が養子になってからお花と婚礼の場に炭船が到着するまで、地噺かと思えば捨て
草鞋・山口屋の強請・四ツ目小町などの名場面を折り込んでの概要通し。特に捨て草
鞋の再利用や炭の秤売りの考案など、多助の優れた経済人性と、その根にある極めて
江戸的なエコ感覚を捉え、『塩原多助一代記』に於ける「江戸の知恵」を浮き彫りに
した独特の高座。

◆3月8日 池袋演芸場昼席主任

★鯉昇師匠『二番煎じ』

月番が牡丹肉を鍋に広げ、その上にネギをばら蒔き、味噌を鍋になすって、「瓢の酒
を・・・ヒタヒタッてくらいにかけて」と言いながら鍋を仕立てる鍋奉行ぶりと、牡
丹肉の脂肪が鍋に溶けて行くのを感じさせる妙味。見回りの侍が鍋の残りを箸でかき
集めてモリモリ食べる様子の楽しさと、寒さを凌ぐ温かい食べ物の魅力、人の食べる
事への拘りを嫌らしくなく、愉しく感じさせる独特の面白さだった。

◆3月9日 談春アナザーワールド(成城ホール)

★談春師匠『木乃伊取り』

清蔵の奇怪な擬音の酒の飲み干し方、酒好きでテレ屋の女好きなとこがステキに愉し
く、若旦那に向かって説教する重さを吹き飛ばす。それを若旦那・番頭・頭が面白
がってる雰囲気も嬉しい。オフクロは前半が先代今輔師匠のお婆さんみたいに可笑し
く、清蔵の口から語られる「息子可愛さと心配の余り、夜通し寝られぬ甘い母」の面
が共感出来る。でもその哀れに噺の軸が流されて「良い話」に堕する事なく、若旦那
は「オフクロは勿体無いが騙し良い」と感じてるのが魅力的。

◆8月5日 池袋演芸場昼席主任

★さん喬師匠『妾馬』

御屋敷についてから、見る物・聞く物全てに驚き、戸惑い、感動している八五郎の気
持ちで常に彩られた高座で、只管明るい。今回の季節感は大きな柳の木。母親の愚痴
を言う件を抜いて、圓生系的な泣かせから離れつつあり、終盤は明確に落語。「三大
夫、良き友を持ったの」「朋友、For you・・貴方に」など、さん喬師独特の
ギャグの混じり合いもバランス良い。

◆2月26日 第12回三田落語会夜席(仏教伝道会館ホール)

★一朝師匠『巌流島』

真に小気味よくトントンと運び乍ら、『井戸の茶碗』の千代田卜齋に通じる老旗本の
気概と深慮が魅力。船頭の鯔瀬と軽妙がまた愉しい。

◆9月11日 生志のにぎわい日和(にぎわい座)

★生志師匠『ねずみ』

会話の遣り取りに関して配慮の行き届いた演出。甚五郎は徹頭徹尾職人で巨匠ぶった
とこなどなく、如何にも職人気質溢れる苦労人。卯之吉は序盤、笑っているのに目が
泣いているのが哀れで、ふと涙がこみ上げて来る。ラスト、甚五郎が長めに鼠に声を
掛けると、ユックリ顔を上げた鼠が「お久しぶりです」と挨拶をしてから、改めて甚
五郎の言葉を聞き直し、サゲになるのも独特の工夫。鯉昇師、志ん橋師と並ぶ『ねず
み』の佳作。

◆9月11日 扇辰日和vol.42(なかの芸能小劇場)

★扇辰師匠『蒟蒻問答』

喉を絞った発声の、ビュッフェの人物画みたいな印象を与える択善の真面目馬鹿ぶり
が際立っておかしい。しかし択善に限らず、択善を謀るのを「喧嘩ですねェ!」と勇
み立つ八五郎の能天気さ(袈裟輪の代わりが蚊取り線香って

のは笑った)、「衣で飲むな」と諭しながら択善から馬鹿にされたと勘違いするや
「なんだァ彼奴はァ!」と絶叫する六兵衛と、みんな変な人。これだけ怪人物揃いで
可笑しい『蒟蒻問答』は珍しい。

◆9月13日 第250回小満んの会(お江戸日本橋亭)

★小満ん師匠『二十四孝』

 タップリ40分近く。八五郎の小粋ささえ感じさせる能天気さと小満ん師の端正な
見た目がアンバランスで余計に可笑しく、言葉の一つ一つが活きていて爆笑。大家さ
んは四代目小さん師を見るごとくでピッタリ。八五郎の孝行に呆れる友達、急な孝行
に警戒して身構える阿っ母さんと揃った佳作。

◆9月13日 第250回小満んの会(お江戸日本橋亭)

★小満ん師匠『お文様』

こういう計略を立てる旦那を小満ん師が演じると洒脱になるのが持ち味の強み。妾で
あるお文の健気さがまたしとやかで、矢鱈と悋気心の強いかみさんとの好対照も面白
い。定吉の利発も可愛くて、25分程にまとめられた尺も筋物として長過ぎず、洒落
た喜劇を見たような小品の印象。

【上々】                                    
             

◆2月13日 白酒・甚語楼ふたり会(お江戸日本橋亭)

★白酒師匠『幾代餅』

展開と科白、擽りはほぼ先代馬生師匠のままだが、恋煩清蔵のキャラクターの誇張の
仕方が馬鹿に可笑しい。白酒師が今年一番成功したネタではあるまいか。特に序盤の
女口調の病人ぶりと花魁に会えると判っての太い声への変化、吉原帰り後の「蝶々の
三月」の惚けぶりが堪らなく愉しい。豪気な親方、パワフルなオカミサン、立派な遊
び人の薮井竹庵とキャラクターも揃って、古今亭金原亭の爆笑十八番『幾代餅』の伝
統は目出度く受け継がれた。

◆10月11日 柳家三三『島鵆沖白浪』連続公演6(にぎわい座)

★三三師匠『花鳥召捕り』

長門宅の強請場で見せる、前回までとは全く人物像の違うお寅の「黒き心」が六ヶ月
の中で一番三三師に似合って存在感が圧倒的。色気はさのみ感じないが、玄若を脇差
しで刺し殺す件まで、雲助師の描き出す幕末ピカレスクの粋や退廃ではなく、心底か
らヒヤリとする「人の心に巣食う闇」を感じさせる。『乳房榎』の磯貝浪江と並ん
で、三三師の代表的人物像だろう。

◆3月13日 第247回小満んの会(お江戸日本橋亭)

★小満ん師匠『妾馬』

実に面白い。序盤は八五郎の母おくらの気の強さが素敵に面白い。八五郎は縞の着付
けにピッタリで、大家との遣り取り、三太夫との遣り取りのテンポの良さ、軽妙さ、
的確にざっかけない人物造型が魅力。三太夫まがた絶妙。重臣だが落語らしく堅苦し
くない佳さに圧倒される。殿様の品格と一寸ひよわな雰囲気は黒門町譲り。士分に取
り立てられた八五郎に殿様が洒落につけた名前・泡吹蟹右衛門がまた実に馬鹿馬鹿し
い。

◆2月2日 第三回正蔵・馬石・一之輔の会(六本木スプラッシュ)

★馬石師匠『二番煎じ』

演出力抜群。月番の視線で夜回りの一団が分かるのは凄い。酒盛りになって、湯飲み
が一つ、箸が一膳しかないため、それを手にした者にみんなの視線が集まるのも馬鹿
に可笑しい。そのほか、敢えて冷酒を煽る際の半ちゃんの動きが可笑しさと同時に土
瓶の燗酒の減ってゆく様子を示すなど、理に落ちない数々の伏線の張り方が素晴らし
い。「煎じ薬」を前で言わず、月番の思いつきにしたのも自然である。

◆1月21日 浅草演芸ホール下席昼主任

★小満ん師匠『按摩の炬燵』

この噺で省略され勝ちな、番頭の奥への気遣いが適切に演じられているのは印象的。
米市と番頭の関係も親友設定ではなく、お互いに気を遣っている。それでいながら番
頭に如何にも芯のあるのが大店らしい。また、米市の陽気な酔い方は矢張り噺の救い
になる。湯飲みに継ぎ足し継ぎ足しで三杯を空けた酒がジンワリ回って、普段の明る
さが一層饒舌になる按配も結構。

◆1月23日 志の輔らくごinPARCO2011(PARCO劇場)

★志の輔師匠『ガラガラ』

 町会長が次第に妖怪化して、呪いの言葉を吐き出すナンセンスさは、圓丈師⇒喬太
郎師系の新作っぽい。また、町会長がダミ声で発する呪いの土着感覚は富山的アラハ
バキの雰囲気あり。雪深い立山連峰の奥か、富山湾の深海でホタルイカやチョウチン
アンコウと同じ辺りにいそうな様子で、サンダかガイラみたいだ。

◆1月23日 よってたかって新春21世紀らくごスペシャルOneday(よみう
りホール)

★市馬師匠『竹の水仙』

甚五郎が名人クサくせず、気軽な職人態。宿の主人も口は悪いが職人っぽく、「売切
れ」と綿貫権十郎をからかう件も嫌らしくならない。細川越中守には品格あり、家
臣・綿貫権十郎は粗野・粗暴に演じられ勝ちな役だが、まともな治武田治部衛門程度
である。全体に恬淡として、名人譚の嫌らしさがないので聞き心地が素敵に良かっ
た。

◆1月27日 第287回三遊亭圓橘の会(江戸深川資料館ホール)

★圓橘師匠『富久』

久蔵は吉原でも名を知られた幇間の設定で、調子に芸人らしさが出ていて嬉しい。火
事見物に屋根に上がる長屋の連中から寒さを強調するのは気分が出るし、大きな声が
寒夜の屋根上と地びたの感じを出す。酒乱は酒に意地汚い雰囲気になるが鬱屈は余り
強くない。絡み酒というより煩い泣きクド上戸。椙の森神社は大声を発して怒るが、
富札を見つけて拝み悦ぶのも愉しい。

◆1月31日 道玄坂落語会「白酒 初春の会」(マウントレーニアホールプレ
ジャープレジャー)

★喜多八師匠『薬缶舐め』

見事に小三治師の演目から抜けて、喜多八師の噺になった。女中の真摯さと侍の馬鹿
馬鹿しいハイテンション、その遣り取りを目にして馬鹿笑いしている可内の存在が
クッキリとマンガになっていりのは素晴らしい。

◆2月28日 第15回浜松町かもめ亭「喜多八・一之輔二人会」(文化放送12F
メディアプラスホール)

★一之輔サン『明烏』

立派なトリネタになる可能性大。源兵衛太助の割を食う間抜けな小悪党ぶりは正に適
役で、しかもドサでなく、十分にすっとこどっこいだけれど何処か鯔瀬な江戸っ子を
感じさせる。遊び人の阿父っつぁんがちゃんと倅を心配しているのも良い。時次郎の
「青少年向け吉原入門で読みました」「ナイチンゲールという人はクリミヤ戦争
で・・」や怪物みたいな遣り手の登場には笑った。

◆1月4日 深川モダン寄席二日目(深川東京モダン館)

★小圓朝師匠『禁酒番屋』

この野暮な噺を演じながら、サラッとした科白の調子、体のこなしに三代目三木助師
匠を思わせる粋な雰囲気、小味な味わいが何となく漂う。油屋に化けて番屋に行く件
で侍の言った「手は汚れん。お前が注げ!」は馬鹿に可笑しかった。

◆8月13日 第四回正蔵・馬石・一之輔の会(六本木BeeHive)

★馬石師匠『船徳』

船頭たちが「親方の小言」と聞いてアタフタする表情が生き生きと間抜けで実に落語
らしいのに感心。船頭たちが親方のいる二階に上がって行く雰囲気も楽しいし場面が
出る。漕ぎ出してから、棹の扱いはリアル。徳の短気な所はお祭佐七っぽく結構形の
良いけど怒りんぼなのが可笑しい。客二人は困りキャラなのだが、妙に必死に徳を助
けるのが可笑しく、また煙草がなかなか点かない件で一方が「あたしが一拍置くか
ら」と言ったのには爆笑。

◆10月14日 新宿末廣亭昼席主任

★遊三師匠『お見立て』

喜瀬川の隣に間夫がいて、喜助に杢兵衛大尽を追い返す手間を払うのは初めて聞い
た。「注文流れの墓石」「花魁が姿が良かったですから墓もスラーッ」としたなど初
見のセリフ多数。杢兵衛大尽は東京で演じるられ中で一番の山家者。喜瀬川もリアル
過ぎず醜男ぶりを嫌っているので極端に冷淡ではないので聞き心地が気楽。杢兵衛は
如何にも大柄で武骨な醜男でいて、結構二枚目気取り。墓参りの途中、喜助に「花魁
と御大尽の中なんてものは」とおだてられ、ヤニ下がって小遣いをやるのも可笑し
い。

◆1月4日 深川モダン寄席二日目(深川東京モダン館)

★きつつきサン『黄金の大黒』

「矢張り何だね、大家さんとこの猫は兄貴の猫より肉付きがいいね」「うちの猫も
やっちまったのか!長屋から生き物、居なくなっちまうぞ」「後は人間だけ」には爆
笑。「紋が見えるから(体を斜にして)歩け」等、工夫されたギャグの可笑しさ、相変
わらず圓丈師匠を思わせるハイテンションは素晴らしい。一之輔サンと爆笑対決をさ
せてみたい。

◆1月5日 初笑いモダン館三日目(深川東京モダン館)

★きつつきサン『熊の皮』

カミサンのベラベラ喋って好き勝手にコキ使う様子からコキ使われている甚兵衛サン
の姿が浮かぶ。褌を取る為に木に登って落ち、虚に足を入れたら蜂に刺され、と虐待
される甚兵衛サンに表情一ツ変えないカミサンと殆ど佐助のように従う甚兵衛さんの
夫婦像が抜群。先生の家で「電波が途切れる挨拶」をする場面も可笑しいのなんの。

◆1月18日 落語教育委員会(なかのZERO小ホール)

★歌武蔵師匠『茶金』

「落語を演じる能力の高さ」を感じる高座。登場人物みんな気持ちが良くて、噺が落
語らしさに溢れている。茶金サンの品格は米朝師や先代馬生師匠とは径庭があるが、
油屋八五郎の良さが其れを補う。これだけキャラクターの良い、芝居になり過ぎな
い、ストレートな江戸っ子の油屋は初めて聞いた。

◆4月25日 池袋演芸場昼席

★三三師匠『湯屋番』

若旦那は結構、野心家キャラクターなのだが、常と大きく異なり、最初から妙にテン
ションが高く、ドンドン野心家ぶった馬鹿になって行き可笑しい。それを見ている銭
湯の客たちの「みんな一例に並んで見ろ」「湯冷めするといけないから、湯に入って
見よう」も客観的で愉しい。

◆2月15日 人形町市馬落語集(日本橋社会教育会館ホール)

★市馬師匠『夢金』

大きい。特に熊が船を漕ぎ出した瞬間のダイナミズムはかつて誰の『夢金』からも聞
いた事のない魅力。欲得の嫌らしさのない芸風は熊にも反映して、欲張りの嫌らしさ
はなく、或る意味、芝居っぽいのだが、商業演劇でなく歌舞伎の世話物に近い。侍が
また立派で剛胆な雰囲気だから、ピカレスクとしてもスケールが出るのは佳い。

◆5月28日 談春らくごin日本橋(日本橋三井ホール)

★談春師匠『紺屋高尾』

少し泣いた。親方の「良かったな」が一番のセリフだった。高尾の「久蔵さん・・元
気?」も惚れてうぶになった言葉で今までの談春高尾では一番。

◆4月15日 人形町市馬落語集(日本橋社会教育会館ホール)

★市馬師匠『百年目』

旦那、番頭次兵衛が柔らかく出来るだけでも凄いのだが、終盤の大旦那の科白がメソ
メソせず、『淀五郎』の團蔵同様、「人を育てた喜び」を感じさせる辺りは余人の及
ばぬ市馬師ならではの世界だろう。また、其処に「弟子をそれぞれの形に育てる名
人」だった目白の小さん師匠の姿がダブる。栴檀と南縁草の関係が、大師匠⇔市馬師
匠⇔お弟子になぞらえて見えるなんて『百年目』は他にない。

◆9月9日 池袋演芸場昼席主任

★茶楽師匠『線香の立切れ』

見事なまでに会話に無駄がない。私の知る「東京のスタンダード『立切れ』」で「寄
席名人」の芸。蔵中の静寂に包まれて心穏やかな若旦那が実に良い。番頭の出過ぎな
い利発さと使用人らしい物腰、それでいて漂う貫禄は東京の噺家さんでは珍しい。小
久が死んだと知ってからの狼狽に現れる気の弱さ。女将が若旦那の蔵入りを知ってか
らの見事な明るさ(色町の配慮だなァ)が小久の死という陰と好対照を為して噺を人情
噺に堕落させない。

◆4月1日 新宿末廣亭夜席主任

★小満ん師匠『長屋の花見』

「良い人」が次第に残忍性(笑)を帯びてくる大家の性格付けと、それに苦しめられる
長屋中の苦闘が愉しい。月番「そう言ってオフクロがあたしの手を握ってキューッ
と」大家「臨終の説明なんかするな」の遣り取りが可笑しく、大家の「法事の挨拶
じゃねぇぞ」も笑った。

◆5月13日 第248回柳家小満んの会(お江戸日本橋亭)

★小満ん師匠『しびん』

道具屋を一喝する侍の気組みの立派な事と清廉さが結構。対照的に道具屋が嘘をつき
ながら一瞬見せる小狡い目が面白い。侍の活け花姿は風趣あり。花を活けて二拝する
辺り、座敷の畳に差す午後の柔らかい日差しを感じる。

◆4月28日 新宿末廣亭夜席主任

★一朝師匠『大工調べ(上)』

次第に明らかになって来る大家の因業、相手の反応を読みきれず自分の面子に拘って
キレる棟梁、二人の間で半ば面白がり乍らオタオタする与太郎と三人三様の人物造型
が明確で、しかも傍目に滑稽だからステキに可笑しかった。

◆4月28日 新宿末廣亭夜席

★小里ん師匠『手紙無筆(上)』

兄貴分の困惑と次第に深まる弟分の疑念が交差する可笑しさ。「『手紙無筆』でひっ
くり返す」とはこういう事かと納得した。客席のリアクションの良さが出来の素晴ら
しさを物語っている。

◆4月28日 新宿末廣亭夜席

★小燕枝師匠『千早振る』

 隠居の胡散臭さは当代随一かも。知らない事を誤魔化そうとする部分と、答えよう
がなくて困っているのを八五郎に分からせまいとする可笑しさが二重構造の面白さを
生み出す。「龍田川ァ~・・・(小声で)負けるなァ~・・・(声が大きくなる)
アッ、お前な」と龍田川を相撲取りにする事を思い付く件から逃げ腰だった態度が裏
返って行く可笑しさは独特。

◆8月11日 第六次第九回圓朝座(全生庵座禅堂)

★小里ん師匠『小雀長吉』

 長吉の悪さが圓生師のように「嫌らしい子供」でなく、「子供の反発」に感じられ
る。山崎屋で権九郎が長吉に百両盗めと命令するまでの遣り取りが逆に長吉の「悪
心」が「悪党」へ流されて行く「人の無常」を漂わせる。後半の長吉からは「里心が
出るようでは泥棒も落ち目」ってのが分かる。柳系の「自然体の人情噺」の魅力を堪
能した。

◆7月22日 第29回特撰落語会「喬太郎・兼好・一之輔、誰かが二席の三人会」
(深川江戸資料館小劇場)

★兼好師匠『お化け長屋』

 二人目の入居希望者が軽くパアパアしているのがジム・デイルのビル・スナイブス
ンみたいで何度も「手短かにしろ」と両腕を一気に縮める動きが抜群に可笑しい。混
ぜっ返しの調子は白酒師を更に軽くした印象で嫌みなく愉しい。後半は六代目柳橋師
同様、長屋の連中が入居者を追い出そうと計画するもので、半ちゃんが如雨露や箒を
忘れて屋根に上がり擬音を口で演る辺りや、寺の鐘、仏壇の鈴を鳴らす掛かり、襖を
無音で開ける親方の三人が調子に乗って叩きまくり、開け閉めしまくるドタバタコメ
ディで愉しい。

◆7月15日 池袋演芸場夜席

★小里ん師匠『居残り』

盲の小せん師型の流れだが、余り詐欺師っぽくなく、洒落感覚がベース。人物像も軽
快で、居残りと居直った辺りからクスクス笑いが広がって行く。飽くまでも派手に演
じない師匠だが、如何にも明るい。

◆7月26日 SWAクリエイティヴツアー(紀伊国屋サザンシアター)

★喬太郎師匠『任侠流山動物園』(白鳥師作)

ほぼ原作通りだが、白鳥師より東映任侠映画っぽい、というか喬太郎師らしい。豚二
の雰囲気もある意味、任侠映画世界的に一途。パンタのパン太郎は金子信男でなく成
田三樹夫系ってとこかな。この噺を聞くと「芝居的な落語」という意味では白鳥師と
芸系が似ているのも分かる。

◆7月31日 東京マンスリー42ヶ月目「長講12席その7」(らくごカフェ)

★菊志ん師匠『九州吹き戻し』

江戸に戻る前夜の喜之助の夢想が軽くて芸人らしくて非常に面白い。基本的にこの噺
の「落語として可笑しい点」はクリアされている。喜之助が時を間違えて旅立ち、水
主に会う件で一度怪談っぽく締めて、船出しての各国娼妓名前違いで笑わせ、嵐に遭
うという四段の切り替えが必要。そこで、水主に会う件や嵐の件は下座から囃子を入
れて良いと思った(後に入れて口演)。

◆6月3日 第四回一之輔夢吉二人会「夢一夜」(日本橋社会教育会館ホール)

★夢吉さん『蜘蛛駕籠』

序盤から新米の半女の子っぽいカワユイキャラがまず可笑しい。茶店の亭主にすがる
のが強烈。酔っぱらいは最初、酔ったり醒めたりが気になったが途中から可笑しさが
増した。踊る男に合わせて、嫌がっていた新米の動きが段々愉快になる変化が一番の
出来でこれには笑った笑った。

◆6月8日 道楽亭寄席『桂平治独演会“練る”第七夜』(道楽亭)

★平治師匠『お化け長屋』

 「滅多に演らない噺」との事だが、そういう感じがしない。杢兵衛の語る怪談がマ
ジで怖いのが特徴。そこに二人目の家探しでらくだの兄貴分みたいなのが来て掻き回
す。「お前が殺ったろう!」と言われて泣き出した杢兵衛が二人目の男に「これで拭
け」と差し出された雑巾で顔を拭き、気付いて大切な雑巾を投げてしまい、後に「一
寸それ、拾って下さい」という繋がりのギャグは実に可笑しい。

上                       

◆1月8日 新宿末廣初席第三部

★小圓右師匠~伸治師匠『初天神』

フワフワッとした二人がフワフワッとリレーして、端折り乍らも親子の愉しさを堪能
させた。小圓右師の飴屋の「イラッシャーイは先代柳好師匠の『道具屋』を彷彿とさ
せる軽みアリ。

◆2月17日 上野鈴本演芸場昼席

★白酒師匠『親子酒』

カミサンが亭主の言う「綺麗だよ」「愛してる」を「本当ですね」と念押しするのが
可笑しい。親旦那の酔い方はまだ余り酒好きに見えないけど。倅が「ベロベロです」
と言うのは初めて聞いた。

◆2月21日 『喬太郎、鯉昇、桃太郎三人会』(練馬文化センター小ホール)

★喬太郎師匠『抜け雀』

終盤、鳥籠を前にした亭主と伜絵師の会話は人情噺のトーン。伜絵師が亭主に言う
「千両で売らなかったのか?」「だって貴方、売っちゃいけないって言ったじゃない
ですか」「バカッ!」の「バカッ!」の嬉しそうな声は人情噺的情感で忘れ難く、「さ
ん喬一門」の言葉だな、と嬉しく思った。喬太郎師の短いひと言(『按摩の炬燵』の
「寒いな」など)の情感は他に演じ手がない。

◆2月23日 池袋演芸場昼席

★一之輔さん『長屋の花見』

長屋の連中が蓆を横に並べるのを、大家が目で追う的確な視線の可笑しさ、一升瓶や
重箱の重さを的確に現す動きなど、一朝師譲りの言葉だけに頼らない可笑しさ、表現
力を示してくれた。

◆5月21日 第三回柳家甚語楼の会「リャンコも色々」(お江戸日本橋亭)

★甚語楼師匠『抜け雀』

昨年の「ふたり会」からハッキリと改訂・成長。鳥籠を理解した宿屋の主が「心の眼
が開きました」と言うのが可笑しく聞こえるのは偉い。人物造型も過不足がない。老
絵師が絵描きと知って、宿屋主が「貴方、もしかして一文無し?」と訊く思考回路の
可笑しさは相変わらず一寸したものである。

◆3月31日 池袋演芸場余一会昼の部「柳家喬太郎の会」

★喬太郎師匠『つる』

ネタ卸し。「極道篇」というか、隠居と八五郎でなく、非合法業界の兄貴分から鉄砲
玉候補の大馬鹿者のヒデが教わる展開。ヒデは街中で一般市民を捕まえて「首長鳥が
鶴になった理由」を無理矢理教える。オチは血がツーで電話がルーで「あっ、ツル
だ」。爆笑に次ぐ爆笑改作。

◆2月26日 第12回三田落語会昼席(仏教伝道会館ホール)

★圓太郎師匠『締込み』

泥棒の暢気さ、人の良さ、夫婦のおバカな惚れ合い方とキャラクターが立っていて普
通に演じながら実に可笑しい。泥棒が「あっしはまだ、物を盗って逃げた訳じゃな
い。それを“泥棒”とは、必死の思いで喧嘩を止めに出てきたのに酷い」と泣くのに
は笑った。

◆2月26日 第12回三田落語会夜席(仏教伝道会館ホール)

★さん喬師匠『萬金丹』

久々・食い詰め旅人二人の自棄な坊主ぶりは先代柳朝師匠や小三治師匠とも又違う無
茶苦茶さがある。それと、飽くまでも泥臭くない、稍メルヘンチックな落語国的田舎
者檀家連中の対照が可笑しい。

◆3月13日 生志のにぎわい日和(横浜にぎわい座芸能ホール)

★生志師匠『堀の内』

最後で実は親子三代粗忽だった、という展開は面白い工夫。銭湯に親子が手を繋いで
行く姿が、如何にも生志師匠に似合って良いなァ。堀の内に行く途中で絡む禿頭の男
が、銭湯で再登場する美味しい役になっているのは、家元の映画配役好みっぽくて実
に愉しい。

◆2月27日 第15回赤鳥寄席第9回桂平治おさらい会(目白庭園赤鳥庵)

★平治師匠『蛙茶番』

芝居の件を丁寧に演じたが、『掛取り』同様、芝居掛かりに重量感があり、赤松満祐
の亡霊が大きく、古風にそれらしい。勿論、定吉と半ちゃんの馬ッ鹿馬ッ鹿しい遣り
取りには文治師譲りの跳ねっ返りの愉しさがある。半ちゃんが「小間物屋のミィ坊」
と聞くと身を捩って女形風になるのがまた一興。

◆3月13日 第247回小満んの会(お江戸日本橋亭)

★小満ん師匠『雁風呂』

老公の風趣に時代世話の魅力があり。「隠居の身」と名乗る雰囲気が西山荘の敷居無
き造りに思い至る。光國公と淀屋のたまゆらの邂逅が正しく「燕の便り、雁の文」を
思わせるのが妙味。

◆4月7日 池袋演芸場昼席主任

★志ん輔師匠『小言幸兵衛』

幸兵衛が物凄く変な、小言屋というより「揚げ足取り大好き」な奴で、その我が儘な
妄想に豆腐屋と仕立て屋が翻弄される気の毒さが馬鹿に可笑しい。

◆11月26日 第4回柳家甚語楼の会(お江戸日本橋亭)

★甚語楼師匠『崇徳院』

近年、これだけ可笑しい『崇徳院』は珍しい。柄に無い若旦那を崩さず丁寧に演じて
恋煩いのマジぶりを出したのが良く、目を真ん丸にするとスッと落語国の住人になれ
る熊の可笑しさと良き対比を見せてくれる。若旦那の恋煩い話を聞く件から、熊さん
の可笑しさは素晴らしい。中でも「三軒長屋を貰ってもねェ…三軒分の家賃をあっし
が払うんでしょ?」には笑った笑った。目白的落語国人物像として実に優れて愉しい
『崇徳院』である。

◆11月15日 志ん輔三夜~第三夜(国立演芸場)

★志ん輔師匠『文七元結』

60代が楽しみになる『文七元結』。ギラギラしていた物が消えて綺麗な高座になっ
た。間をとっても雰囲気の途切れないのが良く、燭台を立てて聞いているような落ち
着きがある。派手さはあるが五月蝿くない。嫌なセリフ、人を追い詰めるセリフがな
い、そういうキャラクターなどいない。志ん朝師系の芝居落語なのだが、ドラマでな
く寓話に感じられるのが古今亭らしい。長兵衛が吾妻橋で文七に言う「こんな綺麗な
金はねェぞ」が一番のセリフ。

◆4月19日 池袋演芸場昼席

★雷蔵師匠『蛙茶番』

破綻なく手堅いだけでなく、サーッと聞かせているようでい乍ら、半ちゃんの跳ねっ
返りが過不足なく描かれている。芝居見物の客が半ちゃんの下半身を見て、「膝が三
つある」と言っても下品にならない辺りが特色。

◆4月10日 池袋演芸場昼席

★志ん馬師匠『厩火事』

お崎さんがオカメ面、という設定は珍しい。旦那がお崎夫婦の先行きを或る意味、面
白がっている雰囲気が感じられる。聞いていて嫌な心地がしないのは、お崎さんがオ
カメ面で亭主の新公が傍目にも一寸良い男だって事がある。

◆4月10日 池袋演芸場夜席

★菊志ん師匠『本膳』

白雪姫にくっついて来る七人の小人の中から、賑やかなのばかり集めて来たみたいな
村人連中のキャラクターがマンガ的で可笑しく、菊志ん師の「バイキンマン」みたい
な声柄と適って、派手に愉しい噺になってる辺りは古今亭らしくて良い。

◆5月27日 新宿末廣亭夜席主任

★柳家蝠丸師匠『高尾』

仲入りまで全滅の寄席で、トリで『高尾』を始めたから驚いた。それが「廓噺は最
近、少ないけれど、女郎の悪口を言っても、客席から文句は出ない」とか、文治師匠
の十八番の口説き文句やら高尾の手紙は扇子に買いてある訳じゃない、等、自在に噺
と出入りして25分、ほぼ受け続けて初心のお客さんを愉しませたのは大感心。

◆2月8日 下北沢演芸祭“春風亭昇太トリビュート”(本多劇場)

★談春師匠『猛犬チャッピー』『力士の春』『噺家の春』

どの噺も、ちゃんと噺の骨格にある馬鹿馬鹿しく、それでいて軽い揶揄・穿ちの楽し
める噺になっている。チャッピーの品は悪いが、それは談春師の精神的な若さもあ
る。初老の犬じゃないのよ。『噺家の春』は小朝師匠が昔演ってた「理想的な噺家を
育成するために子供を圓生師匠に預けたら」というマクラを思い起こさせた。

◆2月12日 新宿末廣亭夜席主任

★夢太朗師匠『お見立て』

スピーディーでリズミカルで無駄なく、しかも抜群に可笑しい傑作。喜助の言う
「(寺の宗旨は)イスラム教」、喜瀬川の言う「(墓が)在ってたまるかい」も可笑しい
が喜助が杢兵衛大尽の部屋を開けながら言う「お待ち遠様ァ」の軽妙洒脱な良さは、
思わず「そば屋かよ!」と突っ込みを入れたくなる程、廓者の薄情さを愉しく描き出
した名調子。それでいて杢兵衛が涙乍らに墓に語りかける「戒名も貰ったのけ。無縁
(仏)にならなくて良かった」等の科白は杢兵衛の心情を描いて、これまた素晴らし
い。

◆2月10日 SWAクリエイティヴ・ツアー~リニューアル&シャッフル~(本多
劇場)

★昇太師匠『鬼背詣』

母倅物としての汎用性の高さ、落語らしさは喬太郎師匠演を凌ぐ。矢鱈と軽い陰陽師
の登場、与茂吉が鬼化仕掛けた母の背中でベラベラ喋るのが母には全部聞こえてい
た、という可笑しさを軸にした母倅の遣り取りの愉しさ。マザコンッぽいとも言える
が情の深さが落語らしい奥行を形作っている。

◆2月11日 第六次第七回圓朝座(全生庵座禅堂)

★圓太郎師匠『操競女学校~お里の伝』

面白さを増している。早瀬東馬の粗忽ぶりが終始、愉しいコメディリリーフとなっ
て、敵討物の硬さを忘れさせる。岩淵伝内の愚かな恋に一生を棒に振った男が「恋は
佳いぞ」と語る切ない哀れがまた良い。お瀧婆の下世話なコメディリリーフぶりも似
合う。

◆5月30日 新宿末廣亭夜席

★遊三師匠『青菜』

最近では会心の出来。前半の仕込み部分に笑いを殆ど置かず、あくまでも我慢して、
終盤の鸚鵡返しで一気に畳み込んだ。カミサンの「お屋敷にお住みよ」のセリフ廻し
の可笑しさ。植木屋の「旦那様」のセリフと形の可笑しさは抜群。更に友達相手に植
木屋が言うセリフにいつもと違う抑揚と良い意味でのクサさがあり、それが見事なメ
リハリになって、実に可笑しかった。

◆4月20日 池袋演芸場昼席主任

★圓輔師匠『文違い』

会話が芝居っぽい突っ込み合いにならない。或る意味、淡い落語的な遣り取りだか
ら、芳次郎の色悪気取り、新宿の薄暗い昼下がりの雰囲気はあるが受けは弱くなる。
角藏の暢気さもだが、この噺、誰が演っても中年以降同士の騙し合いに聞こえるのだ
けれど、圓輔師の場合、芳次郎が一番年嵩な雰囲気で全員が若いのが分かる。中で、
喜助が如何にも妓夫らしい、素人や渡世人とは違う物腰、言葉であるのが印象的。

◆3月22日 第21回白酒ひとり(内幸町ホール)

★白酒師匠『山崎屋』

ベーシックな演出に近づけ、独自のギャグよりキャラクターの造形で愉しませてくれ
た。売掛金紛失狂言での芝居掛かりもクサくないのに、クサく演るより可笑しいのは
偉い。番頭の策士ぶりも悪辣な感じがしない工夫がある。特に「店がこんなに大きく
なったのも、みんなお前のお陰だと分かってる」と若旦那が番頭に言うのは独特だ
が、この噺の人間関係の造形としては過去の演者にない、良きアイディアである。

◆4月3日 池袋演芸場昼席主任

★志ん輔師匠『お見立』

喜瀬川がすっごく薄情で饒舌で頭が回るといった具合に、コスい花魁の見本のようで
あるのが抜群に可笑しい。喜助が間に挟まって四苦八苦するのがまた可笑しく、杢兵
衛大尽が矢鱈と田舎者で妙にマジで「甘い客」である良さも得難い。オチの科白を喜
助が薄情に言い放つのだけれど、こうまで突き放されると、却ってカラリと後味が良
い。

◆11月16日 池袋演芸場昼席主任

★甚語楼師匠『転宅』

見得坊で助平で小心で馬鹿で困りキャラな愛すべき泥棒が愉しい。お菊につねられる
と「抓っちゃうわよって、抓ってるゥ(笑)」とヤニ下がり、おだてられて二枚目ぶっ
たり、お菊に財布の金を抜かれて「まじめにコツコツ貯めた金なんだから」と慌て
る。このキャラクター設定とニンが適ってるのが強み。

◆5月13日 第248回柳家小満んの会(お江戸日本橋亭)

★小満ん師匠『紙屑屋』

実に能天気で洒落て軟派な若旦那で、その口から色々と裏知識のある洒落の出るのが
秀逸。それでいて、全然堅くないのが愉しい。

◆5月17日 池袋演芸場昼席主任

★権太楼師匠『井戸の茶碗』

甚兵衛さん的清兵衛が大活躍で爆笑。「良助、縛り上げろ!」「やです!」等、ある
意味、枝雀師と志ん生師を混ぜた可笑しなキャラクターが愉しい。

◆5月20日 池袋演芸場昼席

★歌奴師匠『胴乱幸助(上)』

柄が幸助に似合う。料理屋への途中で二人が仲直りする様子も愉しい。これから寄席
のトリネタとして楽しみ。

◆5月2日 池袋演芸場昼席

★桃太郎師匠『勘定板』

田舎者が尻だけでなく、下腹も押さえて便意を我慢するように進化(笑)。この姿の
可笑しさは強烈。

◆5月2日 大日本橋亭落語祭“全てはジャンケンで”(お江戸日本橋亭)

★三三師匠『魂の入替え』

 スラーッと演って、特別なギャグ無しで聞けるのは語り口の流暢さ故か。少なくと
も私の知る『魂の入替え』では一番メリハリのある出来栄えだった(目白の小さん師
匠のは生で聞いていない)。

◆5月3日 大日本橋落語祭“全てはジャンケンで!”第二夜(お江戸日本橋亭)

★三三師匠『鼠小僧小仏峠(上)』

14歳の次郎吉が街道の悪党二人をたばかってやろうとする視線にこめられた、怖い
ほど奸智に長けた意志の表現に驚いた。三三師とは「視線」に関する出会いが多い
なァ。

◆5月4日 池袋演芸場昼席主任

★平治師匠『青菜』

植木屋の陽気さが最初から噺の世界を明るくする。矢張り、友達大工の「おめえのカ
ミサンは、鰯焼かせたら名人だな。相当焼いてるな」が馬鹿に愉しい。また、亭主の
植木屋に「奥にいろ」と言われ、居場所が無くて困ったカミサンの行動を亭主が制し
て「井戸端まで行くなァ」が夫婦の遣り取りとして妙に可愛くて良い。そのざっかけ
なさに対して、奥さまが色白で白地の縮みの浴衣姿なのも品良く結構。

◆11月20日 第294回圓橘の会(深川東京モダン館)

★圓橘師匠『木乃伊取り』

非常に面白い。圓生師型で、飯炊きの久蔵以外の人物が粋に出来ている。その中で野
暮な久蔵がオチに取られる、という皮肉な可笑しさが堪能出来る。久蔵の「おらた
ち、こんな酒は呑めねェ」「こんな歳から大人の中で揉まれりゃあ、人が悪くなるの
も仕方ねェ」の二つのセリフに下から目線と、野暮から見た粋の有りようが出てくる
のは圓生師にも無かった実感で面白い。

◆11月5日 鈴本演芸場夜席主任

★たい平師匠『らくだ(上)』

「分かる。お前は寂しいから悪い仲間とつるんでんだろ…今日からお前は独りじゃな
い。俺が兄貴だ。飛び込んでこい!」と金八先生みたいな事を言って屑屋が両腕を広
げる可笑しさは素晴らしい。最初は怒って反発してみせた半次が泣き顔になり、号泣
して「兄貴ィ」と屑屋の胸に飛び込む展開は笑った笑った。半次=ショーケン、屑屋
=水谷豊の『傷だらけの天使』みたいな二人である。

◆5月6日  池袋演芸場昼席

★蝠丸師匠『時そば』

二番目のそば屋は今夜が開店の設定。そばが滅茶苦茶なのにもひと理由ある。犬の餌
用を再利用した丼に酸っぱい汁、丼の底に「あたり」の字でもう一杯と畳み掛ける。
最後も成功して去るから「オヤ?」と思わせておいて、貰ったチラシに「本日開店記
念で一杯12文」のオチに繋がる。如何にも蝠丸師匠らしい改訂。芸術協会の『時そ
ば』は多彩になってきた。

◆4月22日 第45回浜松町かもめ亭「映画『落語物語』公開記念」(文化放送1
2階メディアプラスホール)

★百栄師匠『弟子の赤飯』

圓生師匠ソックリな話し方をする高校二年生を落語協会の師匠が噺家としてスカウト
に行く、という設定と圓生師匠風の口調が実に馬鹿馬鹿しい。高校二年生と分かるの
が割と後半になってから、というのは喬太郎師匠の『午後の保健室』系の可笑しさ。

◆4月23日 第13回三田落語会昼席(仏教伝道会館ホール)

★さん喬師匠『浮世床・講釈本~夢』

珍しい演目で、近年聞いた記憶がない。講釈本の件はも短くアッサリ。全体に静かな
語り口だが、夢の芝居見物からお茶屋での色事は半ちゃんの気取り方や「聞いてる
か!」の指差しが効いて可笑しい。

◆4月23日 第13回三田落語会夜席(仏教伝道会館ホール)

★正朝師匠『愛宕山』

志ん朝師匠型に小朝師匠型をプラス。一八に色気は余り感じないが、欲に駆られた幇
間のリアリティがあり、それでいて間が抜けているから、谷に落ちてからが非常に可
笑しい。旦那が醒めてシニカルなのも独特。一八の言う「京都だけに、とばくちみ
(鳥羽伏見)の戦い」には笑った。

◆4月29日 「真一文字の会築地支店」(ブディストホール)

★一之輔サン『抜け雀』

登場する主要人物四人が感情を常に伴うから会話に隙間風が吹かない。ギャグは色々
と工夫され、新しくなったが、宿主が猛妻の事を大好きだと分かる「おみっちゃん」
が抜群に可笑しい。感情を伴う「擽り」として愉しく、古今亭・金原亭系統の根底に
ある「夫婦噺」にも自然とかなっている。

◆10月6日 上野鈴本演芸場夜席主任

★小三治師匠『猫の災難』

これまでに聞いた『猫の災難』に比べて全体のテンポが非常に早く、弛みの無い出来
で実に可笑しかった。チョコチョコと聞いた事の無い擽りも混じっていたが、何たっ
て最初の一杯、二杯を飲むの嬉しそうな表情際、飲み干した後のホワッと愉し気な表
情は『青菜』で植木屋が鯉の洗いを食う場面に匹敵する良さ。

◆10月7日 第9回桂平治独演会「練る」(道楽亭)

★平治師匠『蒟蒻問答』

権助と八五郎の会話から入るのは鯉昇師の影響か。二人の自棄みたいに乱暴な精神状
態は先代柳朝師や小三治師的で可っ笑しい。如意棒を手にした択善は花和尚魯智深み
たい、六兵衛親方はらくだみたいと、堅気同士に見えない(笑)怪物的な二人の問答は
ゴジラ対キングコングを見てるようなもの。唖然として見ていた。こんな凄い『蒟蒻
問答』は聞いた事がない。

◆9月23日 落語教育委員会(にぎわい座芸能ホール)

★歌武蔵師匠『天災』

八五郎が本質的に無邪気なので聞き心地が良い。長屋に戻った八五郎が隣の熊五郎相
手にペラペラと受け受けりを喋った揚げ句、途中で「あたしもここまでは分からな
かった」と言ったのには笑った笑った。

◆9月24日 上野鈴本演芸場夜席主任

★左龍師匠『茶の湯』

ダレ場や無駄なセリフを刈り込んで非常に可笑しい噺になっている。序盤の隠居と定
吉のやり取りからオムツの件などを省き、茶の飲み方もくどくない演出に変えてあ
る。隠居が茶釜を扱う様子はマクベスの魔女が鍋を掻き回すようで無気味に愉しい。
長屋の三人が茶を飲むときの体のくねらせ方は二丁目のママが身悶えしてるみたいで
こんなに可笑しいのは初めて見た。

◆8月7日 池袋演芸場昼席主任

★さん喬師匠『船徳』

若旦那が気障にシナを作る様子や竿をやたらと振り回す形が良くて馬鹿に可笑しい。
本当に変な若旦那で、厄介かつシニカルなとこもあり、疲れて静かになってからが更
に可笑しい。「人は流れのままに身を任せて」「あんたたちなんで乗ったんだ」等、
独特のギャグもあり愉しい。

◆9月10日 新宿末広亭夜席主任

★遊雀師匠『宿屋の富』

古今亭型『宿屋の富』では現在東京一番の爆笑だろう。宿屋主人の「夢のようなお話
で」と言いながらの気弱な笑顔で前半を快調に進め、中盤は二番富の男の狂騒が無闇
と愉しく、「あっしはゆうべもここまで来ると泣けて」や呆れて聞いてた男が拍手を
しながら「おめでとう」と言うのがステキに可笑しく馬鹿ウケ。

◆8月23日 浅草演芸ホール夜席

★圓輔師匠『蛇含草』

今までに聞いた圓輔師の高座でも一、二の出来(曲食いは少なくオチまで)。明快で終
始一貫、リズムが狂わなかった。先師・三代目三木助師の十八番とはいえ、近年この
噺でこうサラッと愉しいのは無い。

◆8月12日 月例三三独演(国立演芸場)

★三三師匠『萬両婿』

大家の「やべッ!」、小四郎の「しめた!」に代表されるように、こういう与太な
キャラクターの揃ったスーダララッタな演出を採る噺は似合って無理なく愉しい。三
三師の場合、「真面目な人がおやかす工夫をしてる苦渋」は微塵も無いから余計にマ
ンガで馬鹿馬鹿しい。前よりシニカルが目立たなくなったのもおやかし意識の効果
か。

◆8月9日 池袋演芸場昼席

★権太楼師匠『お化け長屋』

キャラクター優先でなく、目白型の運びで、怪談噺を狸杢から聞いた長屋の仲間が怖
がってから「で、どうなんの?」と聞いたのが素晴らしく可笑しかった。権太楼師の
「目白回帰ネタ」の佳作。

◆7月21日 真一文字の会(内幸町ホール)

★一之輔さん『夢八』

上手いネタを選んで来た。ムンクみたいな首吊り死体が可笑しい。煮しめを食べる
件、薪ざっぽうを叩く仕種も、死体に気付いて驚く表情もコミカルで無理がない。叩
きに小南師匠のようなリズムが欲しいのと伊勢音頭のメロディが少し変なのは惜し
い。

◆7月31日 東京マンスリー42ヶ月目「長講12席その7」(らくごカフェ)

★菊志ん師匠『棒鱈』

「琉球」の代わりに「かまきり」を使ったのが馬鹿に可笑しい。侍が「絶対に儂の事
だ」と怒る様子も、酔っ払いの雰囲気も柳家系とは丸で違う、軽~いマンガになって
いて爆笑。これは売り物になる。

◆7月31日 東京マンスリー42ヶ月目「長講12席その7」(らくごカフェ)

★菊志ん師匠『品川心中』

 ハイスピードだったが、その分、お染・金蔵・妓夫の遣り取りのリアクションが全
て見事に嵌まり、こんなに可笑しい『品川心中』は珍しい。志ん生師匠に聞かせたい
くらいの愉しさだった。親分のうちに戻ってから、稍スピードが落ちて、リアクショ
ンも普通になりかかったのは惜しい。

◆7月15日 池袋演芸場昼席

★小満ん師匠『夏泥』

ジーンワリと目白系らしい可笑しさ。特に、近年誰もが大声を出させて押す演出を採
る大工が、押さずにサラサラしているのが小満ん師らしい洒脱さを感じさせる。裸の
上に風呂敷を羽織って前に蝋燭一本、という演出がまた嬉しい。

◆7月20日 第105回関内柳家小満んの会(関内小ホール)

★小満ん師匠『青菜』

帰り道で酔いが回って浮かれ出してからの植木屋が嬉しい人格になる。かみさんとの
遣り取りは浮かれ調子のままテンポよくトントンと運んで可笑しく、友達の建具屋相
手になると完全にテンパッた高っ調子でパアバア言って爆笑。全然間を溜めない。動
物園の見合いの件も目白の小さん師とはまた違うマンガで愉しい。

◆7月2日 上野鈴本演芸場夜席主任

★雲助師匠『妾馬』

御屋敷から八五郎の本領発揮。御広敷で大声を上げる声と形の可笑しさ、物の見事に
「物の分からない奴」のキャラクターが高座上に横溢する。ウェットさは殆どなく、
殿様相手のパァパァした明るい馬鹿馬鹿しさは正に志ん生⇒馬生の本流。大家さんが
ちょいと首を横に振る事で八五郎の入ってくる雰囲気、空間が分かる事など、一寸し
た仕種に見る話芸としての洗練と来ると、雲助師匠世代に若手は遠く及ばないね。

◆6月11日 第28回特撰落語会『入船亭扇辰・古今亭菊之丞二人会』(江戸深川
資料館)

★扇辰師匠『線香の立切れ』

扇橋師匠型の見事な継承。色気があり、若旦那に初な硬さと甘さがある。番頭も冒頭
は結構。二度目の出は稍貫禄が下がる。小久の母は少し泣きが入るが、色街らしい色
気があるので涙が邪魔にならない。「こんな逆さま見ようとは思いませんでしたよ」
は流石に扇橋師の老巧なる母の思いに届かず。若旦那の墓前の一挙手一投足に品があ
るのが良い。凜とした哀れあり。

◆6月15日 談春アナザーワールドⅩ(成城ホール)

★談春師匠『人情八百屋』

 談志家元より良いのではないか。ロマンティシズム、センティメンタリズムが家元
より素直に出て、平助の慚愧の涙も泣きすぎかもしれないが泣かせ過ぎず、頭の江
戸っ子ぶり、その二人の遣り取りに、フッと温かいものを感じて共感出来る。子供二
人も健気で哀れである。変にドラマにしてないし、増して、今の時期だから余計分か
る所もあるスケッチなのが良い。

◆6月3日 第四回一之輔夢吉二人会「夢一夜」(日本橋社会教育会館ホール)

★夢吉さん『両泥』

新米泥の気弱なんだか、キレてんだか分からないキャラクターが抜群。先輩空き巣が
オタオタする様子が自然な受けになっていたのも良く、今まで聞いた『両泥』で一番
可笑しい。こんなに愉しい噺だったっけ。

石井徹也(落語”道落者”)


投稿者 落語 : 2012年01月05日 00:33