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2011年11月21日
石井徹也の「らくご聴いたまま」 十一月上席&中席 合併号
十一月の風物詩、お酉様。みなさんはお出かけになられましたか?今年はあと一回、三の酉が26日(土)にあります。浅草鷲神社、新宿の花園神社、四谷の須賀神社・・・そのほか各地の神社で開催されています。お時間がありましたらぜひお出かけを。
今回は石井徹也さんによる私的落語レビュー「らくご聴いたまま」の十一月上席・中席合併号です。稀代の落語”道落者”・石井徹也渾身のレポートをお楽しみください!
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◆11月1日 国立演芸場上席
文雀『目黒の秋刀魚』/笑組/志ん馬『時そば』/小袁治『堪忍袋』//~仲入り~//勝丸/左橋『尻餅』/元九郎/小満ん『王子の狐』
★小満ん師匠『王子の狐』
本日は極くスタンダードな演出だけれど、狐も男も洒落た味わいは変わらず。不躾な
咳をする客の邪魔もさのみ気にならずに済んだ(国立演芸場の客席は明らかに寒い)。
★左橋師匠『尻餅』
一朝師型で亭主が可愛らしい。かみさんがもう少し可愛らしく聞こえるともっと良く
なる筈。
★小袁治師匠『堪忍袋』
持ち味かなぁ、鈴木の旦那が語る堪忍袋の講釈が、他の演者のように意見がましくな
く、聞いてももたれない。夫婦の可笑しさも良く、愉しかった。
◆11月1日 新宿末廣亭夜席
竹丸『漫談』/南なん『置泥』/マジックジェミー/米福『蜘蛛駕籠(上)』/圓『強情灸』//~仲入り~//圓満(交互出演)『元帳』/真理/夢太朗『目黒の秋刀魚』/小柳枝『粗忽長屋』/ボンボンブラザース/圓馬『寝床』
★圓馬師匠『寝床』
誰の型がベースだろう?「エッ!」と思ったくらい、ひと皮剥けた印象があった。今
までのソワソワと落ち着かない感じが高座から綺麗に消えていたのに驚く。少し古い
が、頭の言い訳の「旦那の義太夫よりユッケの方が安全だ」にも笑ったが、旦那の
キャラクターが愉しく、番頭の「皆さん、旦那の義太夫が聞けなくて残念だと」に対
して旦那が答えた「残念なのは私の方だ」には爆笑。ギャグとしてだけでなくキャラ
クターの言葉として優れている。「……家内は何処だ?」の「……」の辺りを見回す
怪訝な表情と間の良さも、予て如何なる『寝床』からも聞いた事のない面白さだっ
た。煙管を逆さまに吸い付けて火傷する旦那を見て、茂蔵が「申し訳ございません」
と言ってへりくだる仕種も良い。語りにリズムがあり終始乱れず、緩急あって旦那の
貫禄もあって面白い。まだマクラの言葉がネチっこいのと、素の表情が怖い辺りが
(だから侍が似合う)女性落語ファン向きではないけれど、この調子で平治師、遊雀師
の後を追ってくれると有り難い。
★圓満さん『元帳』
天狗連の名手だったから当然と言えば当然だが、巧くて面白いんだなァ。芸は舌を巻
くほどで、もう立派に真打である。腐らないうちに抜擢しなきゃ意味がない。
★小柳枝師匠『粗忽長屋』
快速快弁、無駄な間がなく、突っ込みがよくてリアクションが素晴らしい。『粗忽長
屋』のお手本。
◆11月2日 新宿末廣亭昼席
米丸『漫談』//~仲入り~//慎太郎『転失気』/Wモアモア/笑遊『寿司屋は愉し』(漫談)/蝠丸『尻餅』/味千代/桃太郎『春雨宿』
★蝠丸師匠『尻餅』
子方が三人ついてくる演出。餅をつく音に迫力がある。夫婦の暢気な可笑しさに一朝
師とはまた別の味わいあり。
◆11月2日 新宿末廣亭夜席
鯉和『寿限無』/圓満(交互出演)『骨皮』/真理/右團治『桃太郎』/歌助『垂乳根』
★歌助師匠『垂乳根』
細部に珍しいセリフの多い『垂乳根』。「今夜、嫁入りにしよう」と大家に言われた
八五郎が「ほんとの話なんですか?」と驚くのは愉しい。色気は無いが、ちゃんと面
白い落語を聞かせてくれるようになって来たのは嬉しい。
◆11月2日 鶴瓶・市馬二人会(なかのZERO小ホール)
たけ平『扇の的』/市馬『七段目』/鶴瓶『松鶴の癇癪』//~仲入り~//ボンボンブラザース/市馬『富久』
★鶴瓶師匠『松鶴の癇癪』
噺家師弟の設定に変え、師匠のモデルを六代目松鶴師にした改作。鶴瓶師ならではの
「私落語」としては最高傑作ではないか。半面、汎用性は殆ど無い。演じられる可能
性は六代目松鶴一門くらいだろうか。観客側も六代目松鶴師に関する知識のあるなし
で笑いの量はかなり変わる可能性が高い(そのためにマクラがある訳だし、マクラか
らの流れでスーッと噺に入った導入部は見事である)。鶴瓶師の特徴と限界の極限を
示したような、物凄く狭くて物凄く可笑しい「私落語」であり、笑って笑って心が泣
く落語だ。とはいえ、師匠のモデルを六代目松鶴師にした事が、「落語は演者が登場
人物、特に主人公に(この噺の主人公は師匠で、黒門町系なら亭主に当る。つまり主
人公の立場が逆になっている)、如何に愛情を持つかで噺の魅力が全く違ってしま
う」という事実を示す一席でもある(流暢な語り口だけでは落語は演じられないんだ
よなァ)。また、『癇癪』の根本とはかくあるべきだとも思えるセリフが幾つもあ
る。師匠が弟子を叱る「遅い事なら亀でもすんねん」の絶妙な可笑しさ。訳あって噺
家を廃業した元兄弟子が、師弟関係に悩む弟弟子に語りかける「大好きやから緊張す
んのやろ?」には唸った。その兄弟子の近況を電話で心配した後、師匠が呟く「いつ
までも素人になれへんやっちゃ」のテレを隠した絆感覚のステキさ。どのセリフも文
句なく素晴らしい(廃業した兄弟子に対する優しさを師匠が示す電話が一寸だけ長い
のは、ネタバレっぽくなって惜しい。『死神』等にも言えるが「情の抑制」がどうし
ても一つ足りないのは鶴瓶師の私落語的改作の弱みだな。オリジナル私落語だと結構
慾性が利くのだけれど)。オチで師匠が言う「お前もあいつもワシの事、分かってへ
ん。キッチリされたら、ワシのステレス(ストレス)が溜まってしまうがな」が、師弟
の絆を感じてホロリと流れた涙に、ピシリと苦笑の終止符を打ってくれるのも鮮やか
である。ホント、落語はモデルのチョイスが大切だァ。
★市馬師匠『富久』
45分。細かく変化して、黒門町型を取り入れ乍ら。従来の家元型より、目白の小さ
ん師型に久蔵が近づいてきた印象。大神宮様に祈りかける様子が暢気な芸人になって
きたのは嬉しい。火事場に駆け付けた後、湯呑み二杯の酒に酔っぱらって番頭や頭に
絡み始めるが、クドくなりすぎないうちに寝かされてしまう。その展開の程の良さ
が、昨年12月10日末廣亭夜席主任の『富久』より、久蔵の芸人らしい浮草的な雰
囲気を強めている。また、千両が貰えないと分かってからの久蔵の啖呵も短く弱く、
その後の悲嘆もひと言で済ませ、阿部川町の頭に声を掛けられるから、情はあっても
「泣かせ」に堕する野暮さは見事に無いのが嬉しい。一方、横山町の旦那は黒門町的
であり、かつ市馬師的な配慮のある人物造型で「店の人たちも、久蔵に酒の事で何か
言わないよう、お願いしますよ」のひと言が「情の人」の表現としてステキである。
現状では『淀五郎』と並ぶ、市馬師の「江戸前落語」の快作だろう。
◆11月3日 第八回全生亭(全生庵本堂)
馬吉『幇間腹』/馬桜『芝浜』//~仲入り~//だるま食堂/馬生『業平文治その五~お村殺し』
★馬生師匠『業平文治~お村殺し』
文治とお町の婚礼から、大伴蟠龍軒が押上堤で安倍某を小野庄左衛門殺しの口塞ぎに
殺害する件、更に文治が蟠龍軒の屋敷に入り込みお村ら五人を斬る場面まで。文治と
蟠龍軒の風格は良いのだが、馬生師は残酷な場面が嫌いだから、お村・お崎母娘五人
を斬る件がアッサリし過ぎていて些か拍子抜け。
◆11月3日 新宿末廣亭夜席
竹丸『漫談』/南なん『壺算』/マジックジェミー/紫『秋色桜』/圓『近日息子』//~仲入り~//米福『幇間腹』/東京ボーイズ(真理代演)/夢太朗『元帳』/小圓右(小柳枝代演)『元犬』/ボンボンブラザース/圓馬『小言幸兵衛』
★圓馬師匠『小言幸兵衛』
割と最近では珍しい圓生師型。豆腐屋は少し端折り気味で、まあ普通の出来だけれ
ど、仕立屋相手の心中話は本当に不吉な話が始まったような、陰気な雰囲気が顔を覗
かすのが面白い。『寝床』ほどではないが、会話に乱れが無く、トントン進み乍ら、
圓生師型らしく、感情を伴うから流れない。幸兵衛の突っ込みは感情(というより性
格だな)が乗って面白く、仕立屋の常に一瞬間を空けるボケのリアクションも可笑し
い(もう少しリアクションに鋭さがあると更に良くなるだろう)。最後、仕立屋の宗旨
の真言経が義太夫みたいになるのも馬鹿馬鹿しくて可笑しい。
◆11月4日 国立演芸場
こみち(交互出演)/『堀の内』/小袁治『唖の釣』/勝丸/文雀『真田小僧』/志ん馬『大工調べ(上)』//~仲入り~//笑組/左橋『壺算』/元九郎/小満ん『中村仲蔵』
★小満ん師匠『中村仲蔵』
「明和三年九月二日初日」など、考証は細かいが本題は澱み無くサラサラと運ぶ。そ
の雰囲気は名エッセイに近い。乍らも、しくじったと勘違いした仲蔵が、小さな声で
「この定九郎は今日限り。工夫はみんな見せておこう」と言う。その役者の心情一つ
を楔に打つのが利いている。「人事を尽くして天命を変える」という感じだ。
★志ん馬師匠『大工調べ(上)』
全体のテンポは良いが、声が小さくて会話や啖呵にメリハリが出ない。大家のキャラ
クターは目白型とも古今亭型とも違い、家元的で陰険ではない。
★小袁治師匠『唖の釣』
押さないけれど与太郎が可愛く愉しい。
★笑組
AKB48の話から色々とグループアイドルを上げた上で「KKKというのもあるん
ですよ、覆面アイドルで、覆面取ると白人なんだけど腹の中、真っ黒」ってギャグ、
私は大好きなんだけど、国立演芸場のお客は引いてた。矢っ張り池袋向きのギャグか
な。
◆11月4日 新宿末廣亭夜席
小南治(竹丸代演)『つる』/南なん『身投げ屋』/マジックジェミー/紫『柳沢昇進録~歌合わせ』/圓『長短』//~仲入り~//米福『だくだく』/章司(真理代演)/夢太朗『佐野山』/小柳枝『蒟蒻問答』/喜楽(ボンボンブラザース代演)/圓馬『妾馬』
★圓馬師匠『妾馬』
夢楽師型だと思う。序盤は大家さんが良い。八五郎に羽織袴を貸してやる件に店子へ
の情がさりげなく出るのが嬉しい。八五郎は序盤から門番との遣り取りまでがソワソ
ワするが、三太夫さん相手からグッと落ち着き、面白さが前に出て来る(設定は本職
のある職人で遊び人ではない)。殿様の前で胡座をかいてパァパァ言い出してからの
可笑しさ、お鶴を見つけて前に行こうとすると三太夫さんに二度、袴を掴まれて断念
する辺りの世の中の分かり方も泣かせでなく心沁みるものがある。オフクロ話も泣き
過ぎずに結構。田舎言葉の三太夫さんは実に似合う。近年でははん治師と好一対の三
太夫。羽織袴姿が似合い、侍が似合うから殿様の風格も立派だが、表情が些か硬くて
怖いのは惜しい。困惑の表情の後に笑顔を加えたい。
★南なん師匠『身投げ屋』
雲助師型。「そこ離して殺してたべ」以外は素晴らしく飄軽で雲助師より面白いの
ではないか。オチの表情、言葉も絶妙。
★小栁枝師匠『蒟蒻問答』
勿論、ショートヴァージョンだけれど、それでも「巧い」と感じる所が多々あるの
だから唸る。
◆11月5日 鈴本演芸場夜席
ぴっかり『金明竹』(骨皮抜き)/さん喬『そば清』/ホームラン/琴調『誉れの春駒』/一朝『蛙茶番』//~仲入り~//和楽社中/扇遊『子褒め』/小菊/たい平『らくだ(上)』
★たい平師匠『らくだ(上)』
凄く可笑しい。飽くまでも主人公は屑屋。妙に律儀で半次に言われた事を子供みたい
に、そのまんま大家や月番に伝える。割とイジイジした性格みたいで序盤は「或る屑
屋の悲劇」なのだが、無駄のないカットバックに優れており、屑屋の道々のボヤキを
出さないから、噺も屑屋も暗くならないのは偉い。月番が「河豚食って河豚しんだ
か!」と言うと屑屋が「私も思ったけど口に出せる状況じゃなかった」と羨み、大家
が「河豚食って河豚しんだか!」 と言うと屑屋が「河豚には駄洒落が一つしかない
のか」とボヤくのも可笑しい。八百屋との樽貰いの遣り取りをカットしたのも流れと
して秀逸。呑み出すと二杯目から屑屋は酒の味が分かり、三杯目は「もう、溢れるほ
ど注いで下さい」と湯呑みを床に置く辺りから性根が表れ始め(これも良い演出)、
「煮しめは如何ですか、くらい言えねェのか!」で立場が逆転する(煮しめを食べは
しない)のも良い。愚痴は大家相手の内容からで「スカッとした…怖がってやがっ
た」「貯めるだけ貯めて人を助ける気なんか毛頭ない。小商人を苛めやがって」と怒
る。らくだの愚痴も言うが、身分差の鬱憤の方が大きい。そこから「分かる。お前は
寂しいから悪い仲間とつるんでんだろ…今日からお前は独りじゃない。俺が兄貴だ。
飛び込んでこい!」と金八先生みたいな事を言って両腕を広げるのに繋がる可笑しさ
は素晴らしい。最初は怒って反発してみせた半次が泣き顔になり、号泣して「兄
貴ィ」と屑屋の胸に飛び込む展開には笑った笑った。半次=ショーケン、屑屋=水谷
豊の『傷だらけの天使』みたいな二人である。その馬鹿っぷりが愛しく可笑しい。
『雨の中のらくだ』みたいだが、世代的に家元『らくだ』より明らかに次の世代の落
語になっている。演じているたい平師と二人に違和感がないのである。半次は最初、
少しセリフが硬かったけれども、ドスを利かせ出してからは凄味が出て、それが「兄
貴ィ」だから余計に可笑しい。月番は良い人。大家はもっと因業ぶりを強調しても良
いかな。焼き場まで聞きたい『らくだ』である。
◆11月6日 第六次第十回圓朝座(お江戸日本橋亭)
まめ緑『酒粕~から抜け』/馬桜『文七元結』//~仲入り~//白鳥『打た所の正拳(上)』『川獺島の花嫁さん』
★白鳥師匠『打た所の正拳(上)~江古田の惨劇』
美紀が新潟へ流れる辺りまで演じるか、と思っていたけれど、為三が龍之介をマン
ホールの蓋で撲殺するまで。唱和の終わり頃の江古田という設定と「濡れたバスタオ
ルを絞ったような雨」という状況が(別に江古田は場末じゃないんだけれど)独特の
場末感を醸し出し、バロディの強烈な可笑しさと相俟って何か不思議なレトロ感、哀
れな可笑しさを醸し出す。
★『川獺島の花嫁さん』
明日のSWA芸術祭参加公演用の稽古だというが、以前聞いた時より面白かった。中
国人の楊さんとアザラシのナターシャが実は国際麻薬捜査官だ、というのは談笑師
『大工調べ』の与太郎実は大岡越前守の原典なのかな?
◆11月6日 談春独演会(池上本門寺本殿)
談春『禁酒番屋』//~仲入り~//談春『除夜の雪』
★談春師匠『禁酒番屋』
たい平師も演じられると知り合いから聞いたが、酒徳利の上に薄くカステラの耳を敷
く演出。目白の小さん師が習った七代目可楽師の演出はそうだったというが、古い速
記からかな。侍の怖さと、番屋の侍への復讐を強調した演出で、或る意味、リアルだ
けれど、稍クドくも感じる。番頭と店の者の理屈の言い合いのリアルな遣り取りが可
笑しい半面、侍は型崩れがして、折角の侍の怖さが噺の流れの中では余り引き立たな
いのが惜しい。
★談春師匠『除夜の雪』
被災地激励公演の話から、運不運の話へと繋いだマクラから、本門寺でこの演目とい
う流れは「売れる人のセンズだ」と感心。寺の静かな大晦日の雰囲気を重視してか、
テンポは些か遅く、寺の魚の焼き方なども丁寧だけれど、稍蘊蓄説明に傾くのが惜し
い。伏見屋の若女将の足跡が雪上に残っていないと分かり、怪談色が出てからの無常
な人情噺としての魅力は優れている。ただ、米朝師の突き放したドライさ、正蔵師の
キャラクターから来るぬくみに比べると落語離れするウェットさが残る。帰り道が大
晦日みたいに感じられたから、それはそれで十分見事なんだが・・・寺の鐘を小坊主
が鳴らすのでなく、自然に鳴り出すようにした方が談春師たる余韻には似合うと思
う。
◆11月7日 SWAクリエイティブツアー『古典アフター』芸術祭参加(安田生命ホール)
昇太・喬太郎「解説1」/白鳥『川獺島の花嫁さん』/喬太郎『本当は怖い松竹梅』//~仲入り~//昇太・喬太郎・白鳥「解説2」彦いち『廐大火事』/昇太『本当は怖い愛宕山』/全員・御挨拶
★昇太師匠『本当は怖い愛宕山』
随分コンパクトになって聞き易くなった。狼を一八がヨイショする件の狼のリアク
ションは相変わらず素晴らしい。
★白鳥師匠『川獺島の花嫁さん』
昨日より整っていた分、破天荒な可笑しさは減って感じられた。余り大きい容れ物に
似合わない作品なのかな。
★喬太郎師匠『本当は怖い松竹梅』
前半が長くダレる。湯島の陰間茶屋で梅と徳が再会してからの切なく馬鹿馬鹿しい可
笑しさは盛り上がるんだけど・・・松と竹が騒々しいのかな。隠居は相変わらず結構
なもので益々秋山小兵衛みたい。
★彦いち師匠『廐大火事』
コンパクトになって聞き易くなった。半面、旦那の怒るに怒れない焦れはもっと濃く
てよい。
◆11月7日 上野鈴本演芸場夜席
一力『子褒め』/たこ平『権助魚』(交互出演)/ぴっかり『垂乳根』/さん喬『長短』/ホンキートンク(ホームラン代演)/琴調『安兵衛婿入り(上)』h一朝『短命』//~仲入り~//和楽社中/菊丸(扇遊代演)『河豚鍋』/小菊/たい平『お見立て』
★たい平師匠『お見立て』
喜助がマジで喜瀬川に怒っていて、杢兵衛大尽に同情的なのが特徴。「貴女のために
行くんじゃない。演技力を試しに行くんです」には笑った。その割に墓前で『千の風
に乗って』を歌ったりするんだけどね。喜瀬川は典型的な「商売女」でサラサラいけ
しゃあしゃあとしている。杢兵衛はマジだけど、もう少し田舎者らしいキャラク
ター、リアクションが欲しい。
★一朝師匠『短命』
仲入りの出番なので何時もより少し長め丁寧ではあるが、全然いじってないのにちゃ
んと受ける。かみさんも普通の長屋のかみさんで十二分のスタンダード。
★ぴっかりさん『垂乳根』
受け方と受ける派手目の演じ方、更に自分がどう見られているかを前座時代から
知っているのは強い。
◆11月8日 国立演芸場上席
扇『金明竹』(骨皮抜き)/左吉(交互出演)/『元犬』/文雀『ぽんこん』/ストレート松浦(勝丸代演)/志ん馬『紙入れ』/小袁治『明烏』//~仲入り~//笑組/左橋『物真似紙屑屋』/小菊(元九郎代演)/小満ん『三軒長屋』
★小満ん師匠『三軒長屋』
寄席用に前半を刈り込んで後半へ。声が小さく出来はイマイチ。伊勢勘の妾のしどけ
なさ、頭の目端の利く感じ、伊勢勘の貫禄とキャラクターは其々に魅力があるけれ
ど、洒脱な騙りの可笑しさばかりというか(伊勢勘が最後に頭を呼び止める声に「し
てやられたか」の雰囲気がある、)、噺全体が粋一辺倒でありすぎ、楠先生の大仰な
武骨さがアクセントにならない辺りが、贅沢なんた゜けれど惜しまれる。
※代演でヒザに小菊師が来たが、今、小菊師の粋曲から続いて一番雰囲気が繋がるの
は小満ん師だなぁ、と再認識。
★小袁治師匠『明烏』
源兵衛太助のニンはあるが、仲入り用にはカットした演出がサッパリしすぎ。
★志ん馬師匠『紙入れ』
旦那のサゲ前、科白を言い終わったかみさんが時分の膝にスッスッと二度触れて
黙っているのが、如何にも強かな年増の感じで良かった。
◆11月9日 国立演芸場上席
左橋『七段目』/元九郎/小満ん『居残り』
★小満ん師匠『居残り佐平次』
「これから皆様を品川に御案内しようという」からマクラが始まる。洒っ気と悪心が
お対になった粋な佐平次。二階を稼ぎだしてから、「火事だ火事だ」と客の頭に杯洗
の水を振り掛けておき、自ら杯洗の水を被って「火事かと思ったら大水だった。義援
金を」と祝儀を貰ったり、「これはこれは五反田さん、大崎さん、品川さん」と座敷
に入るなり祝儀を集めるという軽妙さは他の及ばざる所。二日目の朝、目を覚まし
て、「鰻は蒸さないでカリッと焼いて貰いたいね、茶漬けで戴こうってんだから」
や、二度寝して起きて「酒は冷、肴は鮪のブツをサビィ利かして」の江戸前もたまん
ないね(湯に入らないのは転地療養から繋がるものか)。霞花魁の客、勝太郎(鶴本の
志ん生師だから盲の小せん師系統の速記が元かな)を持ち上げる際(この件にチラッと
悪心の翳りが出るのが結構)の「楊枝を前歯でポキッと折って、歯が丈夫(笑)」の愉
しさも嬉しい。最後は旦那に呼ばれて忠信利兵衛のセリフをキッパリ言った後、着
物・足袋・羽織と頂戴して「鳥も羽が無きゃあ飛べませんからお足を」とサゲる。こ
れだと冒頭の友達にする話と合わせて、「居残りは商売でなく、転地療養を兼ねた洒
落」となり、落語らしからぬ職業性や肺病の暗さや矛を打ち消す辺りがまたニクい
(笑)。当代では小里ん師と一対の『居残り』だ。
◆11月9日 林家正蔵一門会(にぎわい座)
つる子『子褒め』/正蔵『身投げ屋』/はな平『幇間腹』/正蔵『締込み』//~仲入り~//正蔵『伊予吉幽霊』
★正蔵師匠『締込み』
二回目の口演だとのこと。序盤・後半の泥棒は間を拵え過ぎずに持ち味を活かして可
笑しくなった。夫婦喧嘩も亭主の膨れっ面は愉しいが、かみさんが「憚りさまっ!」
の前からウェットになり過ぎる。夫婦の感情として心配するのは分かるが、落語の場
合は感情表現が邪魔になる事もあるから。
★正蔵師匠『身投げ屋』
「その山高帽は?銀座のトラヤ、コートは!?三越のお誂え、懐中時計は?和光」な
ど入れ事も増えて、雲助師離れの出来た可笑しさになった。サゲでドッと受けたのは
立派。
★正蔵師匠『伊予吉幽霊』
昇太師とは全く別の可笑しさになってきた。伊予吉が気の弱い、というより、融通の
利かない馬鹿な奴だけど良い奴になって、八五郎の友情や阿っ母さんが心配する訳も
分かるキャラクターになる。序盤の八五郎との幽霊正体ばらしの遣り取りは非常に可
笑しく、阿っ母さんのウェットさも適宜で笑い泣かせの噺として成立している。『妾
馬』が聞きたくなったね。
◆11月10日 『天守物語』(新国立劇場)
◆11月10日 新宿末廣亭夜席
陽・昇(健二代演)/竹丸『漫談』/南なん『徳ちゃん』/マジックジェミー/紫『忠臣二度目の清書(上)』/圓『悔やみ丁稚』//~仲入り~/米福『身投げ屋』/真理/夢大朗『素人義太夫』/小柳枝『甲府ぃ』/ボンボンブラザース/圓馬『井戸の茶碗』
★圓馬師匠『井戸の茶碗』
落ち着いていて、時事ネタのギャグも挟んだ面白い高座。侍上手だから千代田卜斎
(稍作りが若い)・高木作左衛門の潔白なキャラクターが似合い、屑屋清兵衛のざっか
けない物腰、良助の用人風の雰囲気と相俟って、落語らしく、また程好く心地よい。
この芝居の主任で平治師、遊雀師との距離を大分縮めた。
★夢大朗師匠『素人義太夫』
旦那が次第に強く怒りはじめて文句を言い出すのが可笑しい。「(旦那の義太夫だけ
は聞いてはいけない、と言った)医者も一緒に連れて来い!」と「あたしが綱大夫に
似ている?あの名人の?…そりゃ声量は私の方が」(志ん生師が戦前に演じていた
「私の声は大隅大夫に似ている」みたいなくすぐりだ)の二つのセリフには笑った。
頭の言い訳は四代目小さん師風のてんやわんや。サゲは番頭さんの悲劇だが、店の者
全員で聞かされているうち、みんな逃げてしまい一人取り残されて逃げ出すのを旦那
が見台を抱えて追いかける設定で初めて聞いた。
★米福師匠『身投げ屋』
これは金語楼師型だと思う。雲助師型より細部が複雑。その代り、身投げ屋親子の
父は盲人を装っていないし、主人公は金(50円)を親子によると走り去ってしま
う。
----以上、上席----
◆11月11日 池袋演芸場昼席
マギー隆司/ぴっかり『こうもり』/圓太郎『六銭小僧』/ホームラン/燕路『短命』/志ん馬『三方一両損』/順子・花どん/一琴『三人無筆』//~仲入り~//我大楼『権助魚』/玉の輔『宗論』/和楽社中/甚語楼『天狗裁き』
★甚語楼師匠『天狗裁き』
さん喬師型。まだ試演段階か。天狗のキャラクターがどうも人間的俗物っぽ過ぎる。
そこまでは持ち前の困りキャラと、長屋の馬鹿者総動員!といった騒ぎで愉しい。
「馬鹿嬶とはなんだ」「あれが利口か!」と言い返された八五郎が「ヒーン」と泣く
辺りが持ち味。
★一琴師匠『三人無筆』
この厄介な噺を無筆同士の邂逅の可笑しさだけで盛り上げたのは偉い。半面、八五郎
が最後に現れてからは山を越してテンションが下がるのは惜しい。
◆11月11日 新宿末廣亭夜席
美るく『六銭小僧』/扇里『ぞろぞろ』/美智/市馬『時そば』/今松『親子酒』/ペー/
小さん『短命』/金馬『ちりとてちん』//~仲入り~//世之介『堪忍袋』/笑組/小袁
治『鰻屋』/小満ん『目黒の秋刀魚』/仙三郎社中/喬太郎『抜け雀』
★喬太郎師匠『抜け雀』
少しネタが動き出した印象あり。全体にメリハリが強くなり、若い絵師については芝
居っぽい溜め、感情の起伏も増えた。中で「嬉しい馬鹿だ」のセリフが心情的に活き
る。老絵師の雰囲気も芝居的なコクを増したが、言葉つきが侍世界の人にしては些か
庶民的に過ぎまいか。
★小満ん師匠『目黒の秋刀魚』
扇辰師の「スリムなボディー、ナイーブな眼差し」の元は小満ん師だったのか。尺は
短く、稍省略型と思われるけれど、小満ん師らしいバタくさい洒落っ気と、シンプル
な構成、殿様が秋刀魚を一匹しか食べないがために執着が募るのか!と気付かせる無
理の無さと、師ならではの味わいが堪能出来た。
★金馬師匠『ちりとてちん』
竹さんに残って貰ってあるので、寅さんがより見栄を張らざるをえない状況になる、
という演出は金馬師でも初めて聞いたが巧い作りである。
◆11月12日 ラッパ屋第38回公演『ハズバンズ&ワイブズ』(紀伊國屋ホール)
★鈴木聡作らしい「程の良い解釈」で描かれた「震災後の日本が目指す幸せの形」と
「震災被害者への鎮魂」のドラマ。日本は政治家と大手企業経営者・大手金融業経営
者の品性と能力は最悪だが、ほかはまとも、という話。政治家の決めた事など守る必要
性を感じなくなる。
◆11月12日 白酒・甚語楼の会(お江戸日本橋亭)
いっぽん『桃太郎』/甚語楼『町内の若い衆』/白酒『天狗裁き』//~仲入り~//白酒『ずっこけ』/甚語楼『お見立て』
★甚語楼師匠『お見立て』
目を真ん丸にして驚いたり悲しんだりする杢兵衛大尽のキャラクターと生野暮な程の
喜瀬川への惚れ方は魅力があるけれど、まだ噺全体に力が入り過ぎていて、笑うに笑
い難い。何処かで息を抜いてくれないと。甚語楼師らしさも、杢兵衛大尽以外にはま
だ出てきていない。困りキャラが得意なんだから、喜助がもっと困らないと。喜瀬川
は…余り期待しないでおこう。
★甚語楼師匠『町内の若い衆』
「闘魂」と書いた鉢巻きを締めてドテラ姿で蟠居しているかみさんもだが、亭主と友
達が二人ともかみさんを恐れているのが矢鱈と可笑しい。特に友達の「おれは一人で
お前のかみさんと渡り合える自信がない」には笑った。名前も知れない虫が現れた
り、その虫を巨大なヤモリが捕食したり、かみさんは呪術師みたいだし、アマゾンみ
たいな家である。
★白酒師匠『天狗裁き』
以前演じた先代馬生師型の「天狗の羽を奪ってフワフワ去ってしまう」展開ではな
く、さん喬師型。昨日の甚語楼師と言葉がほぼ同じだから甚語楼師移しかもしれな
い。同じセリフを言っているのだが、トボケた遣り取りになる甚語楼師と比べて、
ま、全ての喧嘩が演技的にリアル過ぎて笑い難い。
★白酒師匠『ずっこけ』
かなり手慣れて柔らかく、白酒師風になってきた。酔っ払いのキャラクター中心に
引っ張って行く。交番を過ぎて「税金泥棒」と呟く毒づき方は白酒師独特。雲助師の
口演から気になっているがサゲの「今度は倅がずっこけた」というのは、どういう状
況なんだろう。褌からはみ出しているのか?縮み上がっているのか?褌が外れて、
「今度は褌がずっこけた」なら分かるのだけれどね。
◆11月13日 秋の文左衛門大会(なかの芸能小劇場)
ほる門『ひと目上り』/文左衛門『火事息子』//~仲入り~//百栄『弟子の赤飯』/文左衛門『芝浜』
★文左衛門師匠『火事息子』
稍、親父の小言の中で泣きが強いが、中耳炎で左耳が聞こえないとは思えない佳作。
「猫はどこです?猫は?」という母親の登場が軽妙洒脱で素晴らしい。母親の甘さ・
愚かさも不自然でない可笑しさがあり(男の子女性には分かりにくいかもしれんが)、
親父の小言と良き対照をなす。若旦那徳之助が些か臥煙の料簡に染まった印象が強く
(つまり不良っぽい)、勘当された側の哀しみ・すまなさに乏しいのは惜しい(それを
意識してか、徳之助のセリフが極く少ない)。
★文左衛門師匠『芝浜』
55分。40代の、落語に迷い始める前の家元型の『芝浜』の最も正統な後継者は文
左衛門師ではあるまいか。家元型から「拾った、なんて情けない事言わないで」など
の嫌なセリフ、「滅茶滅茶に酔っちゃえ」など感情が大袈裟で(セリフは残してある
が言い方が丸で違う)野暮な面を取り去っただけでなく、「機嫌を直して貰おうと
思ってお酒を」も取り去り、平凡な夫婦の会話にしてあるからこそ胸に染み入る。
「あたしのお酌じゃ嫌かい」も省いてある(誰が言おうと、このセリフは『芝浜』の
夫婦に無用な、無神経なセリフだと思う)。「魚屋って商売が面白くなってきた」を
かみさんの告白のキーワードにしているが、この夫婦なら、このセリフは要らない絆
がある筈だ。勝五郎の「畳と女房は新しい…」の後の「女房はおめえ一人で十分だ」
のセリフでそれが分かるし、かみさんも大金への怯えはあるが、それ以上の賢女では
なく、ただの長屋の阿っ母であるのが嬉しい。三代目三木助師の「嫁さんを貰ってか
ら改心して、まともな噺家になれた喜び」が生み出した『芝浜』に共感しながら、そ
の呪縛から離れつつある『芝浜』だろう。
◆11月13日 第251回小満んの会(お江戸日本橋亭)
ありがとう『寿限無』/小満ん『支那の野晒し』/小満ん『意地比べ』//~仲入り~//小満ん『芝浜異聞』
★小満ん師匠『支那の晒し』
お遊び要素タップリで、楊貴妃に樊會の登場は昔のまま乍ら、「黄門を破りに来た
か」でなく「骸を乞う」の言葉をマクラで振って「骸を乞うて野晒しに戻るとしよ
う」とサゲた。
★小満ん師匠『芝浜異聞』
所謂『芝浜』とは直接的な関係はない(人物名や序盤の展開など些かの本歌取りはあ
る)、江戸時代の書にある非人八助が拾った財布を守った「人のプライド」に関する
エピソードがマクラ。本題は早朝、芝の浜で拾った財布(実は置き引きが追われて捨
てた獲物)の持ち主を探して、貧しく正直な棒手振りの魚屋熊さん(親戚に不幸続き
で家内が急に増えた)が一日中、腹ペコのまま。時を費やす結果となる展開に、江戸
時代の拾得物に関するエッセイ的な地を加えた内容となっている。飽くまでも、江戸
庶民の「金銭に対する執着心の無さ」をサラリと描いた噺で、「旦那の(置き引きさ
れた)二十両なんぞ比べられません。この酒(拾った礼に振る舞われた酒)の味は千
両」とサゲる。目白の小さん師が「金を拾う『芝浜』より、金を恵む『文七元結』の
方が好きだ」と言われていたそうだが、なるほどこの噺の魚屋熊さんの了見からする
と『芝浜』という噺自体は野暮な内容なんだね(演者の演じ方は別よ。また、野暮な
内容だからこそ、多くの人に好まれるんだろう)。
★小満ん師匠『意地比べ』
返却用の金を借りた人のかみさんの付けた知恵で、却って噺がこんがらがるし、「無
尽だ、貯めた家賃だ」と、遣り取りが何かクドくなるという、作者岡鬼太郎の作家的
に嫌な所をカット。すき焼きは既に煮えているのに金の払いを巡って二人が身動き出
来なくなる、という江戸っ子同士の馬鹿な意地の張りっこに噺を絞ったので、軽い味
わいに改良された印象。「明日の昼まで、あたしがこの五十円、借りとくことにしよ
う」とサゲたのも粋である。
◆11月14日 第18回立川生志独演会「生志のにぎわい日和」(にぎわい座)
春樹『子褒め』/生志『黄金の大黒』/生志『元犬』//~仲入り~/テツ&トモ//生志『芝浜』
★生志師匠『黄金の大黒』
マクラの振り過ぎと、その後半が巨人軍内紛に呆れる話だったので本題と調子が合わ
なくなってしまったかな。本題も余り手掛けていないのか家元系の『黄金の大黒』に
してはテンポが非常に遅く、冴えないまま、尻切れ蜻蛉で終わった。
★生志師匠『元犬』
最初は前のネタを引き摺って重かったが、シロが上総屋に来た辺りから持ち直した。
隠居がかなりの「変人好み」なのは立川流風だが、シロが可愛く無邪気なので陰には
ならない。「おもとには暇を出して…いや、前から要らないと思ってたんだ」と変え
て、猫を出して新たなサゲをつけたが悪くない工夫。
★生志師匠『芝浜』
無駄を省く段階に入ってきた、というべきか。嫌なセリフが殆ど無い。三年経って店
は出したが、ほんとの町の魚屋夫婦の噺。これで浜の描写を省けると志ん生・先代馬
生型になる。魚勝は小心で多少意気がりな酒好き(酒好きは戻って酒を煽る場面で
もっと強調したい。そこは文左衛門師が勝る)。芝の浜の描写も帆掛け船は出るが仕
種主体で形容は少なめ。「夢」と言われて怯える辺りが勝らしい。かみさんは最初の
場面がちと世話過ぎるが、二度目に起こしてからの怖さを隠した分、強く出るのは分
かる。大晦日、「茶をくれ」と言われて財布を持ち出し、話が終わってからまた「茶
を」と言われて酒を出すのは良い演出だと思った。「そんな夢を見た事がある」「夢
じゃなかったんだよ」の遣り取りはなく、「拾った!」と勝がいきり立つのをかみさ
んが止めて訳を話す。かみさんが「怖かった」「ごめんなさい」と話し終わると、勝
は泣いて嬉しがるが、これはもう少し感情を落語レベルに抑えたい。かみさんはそん
な勝を見て「私も辛かった」と号泣するが、小心者夫婦同士らしくて、こちらは違和
感はない。ただ、二人とも、大晦日はセリフが時代になり過ぎる(誰でもそうだ)。
「夢た」と言い含める場面と調子が替り過ぎて、「落語」の会話でなくなってしま
う。勝が怒らないのを見て、かみさんが「怒らないの…?」と可愛らしく(伝え聞く
家元のおかみさんみたいに)言えたらいいな、ふとそう思った。酒を注いで貰う流れ
で段取りが少し多いがダレるほどではない。「どうして?」「また夢んなる」を見得
をするような言い方をしないのは当然とはいえ、こうでなきゃ江戸という都会暮らし
の魚屋の噺にはならない。佳作。
◆11月15日 池袋演芸場昼席
ぴっかり『金明竹』/一琴『のっぺらぼう』/ホームラン/燕路『だくだく』/志ん馬
『のめる』/亀太郎(順子代演)/圓太郎『試し酒』//~仲入り~//我大楼『強情灸』/
柳朝(玉の輔代演)『洒落小町』/和楽社中/甚語楼『三方一両損』
★甚語楼師匠『三方一両損』
やはり「薄情な銭」と金太のリアクションが抜群に良い。御白州になってからの金
太、吉五郎のリアクションが非常によくなり、最初はお上相手に緊張していたのが喧
嘩の一件を聞かれたと分かってぞんざいになる吉五郎、「なぜ、その折に受け取りお
かん」と訊かれて「なぜ?……」と無言になる金太(この間と表情の怒り方が物凄く
愉しい)の二人が素晴らしい。大家の「斯様な正直者が出ましたのも」をカットした
のも良い。サゲ前で敢えて金太に大食させ噎せさせたのは惜しい。あと、前半でリア
クションの前に無駄なひと言が付く場合が多いのは課題。
★圓太郎師匠『試し酒』
勿論少し短めだが重量感あり、酒飲みの愛嬌と色気あり堪能。最初に久蔵が現れる場
面の長羽織でブラッと立ったような姿の可笑しさが抜群。
★志ん馬師匠『のめる』
サゲを言う、要領の良い男の方に一寸小狡い印象を感じさせるのが独特。
◆11月15日 志ん輔三夜~第三夜(国立演芸場)
半輔『間抜け泥』/志ん輔『弥生町巷談』/吉幸『権助魚』/志ん輔『幾代餅』//~仲入り~//東京ボーイズ/志ん輔『文七元結』
★志ん輔師匠『幾代餅』
一年分の給金を貰いに親方の部屋に入って来る清蔵の明るさ、嬉しさ一杯の身体の見
た目が素晴らしい。こういう気持ちの良い人物を描けるのが志ん輔師の真骨頂。だか
ら、幾代が惚れるのだ。家元は女郎買いが嫌いだから、家元系は玄人中の玄人が何故
惚れるのかに理由が必要になるが、矢来町が玄人好きだったお陰で(笑)、説明的な会
話は不要になるんだなァ。藪井竹庵の「ちょこちょこ安い遊びをするのは愚の骨頂」
という言葉を聞いた親方の「俺の遊びは愚の骨頂か」がまた良い。
★志ん輔師匠『文七元結』
60代が楽しみになる『文七元結』。上野の主任以来の演目だがギラギラしていた物
が消えて綺麗な高座になった。間をとっても雰囲気の途切れないのが良く、燭台を立
てて聞いているような落ち着きがある。派手さはあるが五月蝿くない。嫌なセリフ、
人を追い詰めるセリフがない、そういうキャラクターなどいない。志ん朝師系の芝居
落語なのだが、ドラマでなく寓話に感じられるのが如何にも古今亭らしい(今夜の
『幾代餅』にもそれは言える)。長兵衛が吾妻橋で文七に言う「こんな綺麗な金は
ねェぞ」が一番のセリフで、金を投げつけるまで長兵衛に表立って悩ませないのも良
き演出だ。そういう了見の噺。脇では藤助が言葉つきや物腰から玄人筋なのが分かる
佳品。佐野槌の後半から吾妻橋一杯までは世話芝居の味が濃いセリフだが、近江屋
(店の名前は一度も言わなかった)から達磨横丁まではちゃんと落語のセリフ。志ん生
師系は目白系、稲荷町系と並んで「江戸っ子の了見の芸」だって事なんだな。
◆11月16日 池袋演芸場昼席
ぴっかり『悋気の独楽』/一琴『勘定板』/ホームラン/燕路『粗忽の釘』/志ん馬『天狗裁き』/順子/圓太郎『一人酒盛』//~仲入り~//我大楼『幇間腹』/三之助(玉の輔代演)『初天神(飴と団子)』/和楽社中/甚語楼『転宅』
★甚語楼師匠『転宅』
見得坊で助平で小心で馬鹿で困りキャラな愛すべき泥棒が愉しい。お菊に抓られると
「抓っちゃうわよって、抓ってるゥ(笑)」とヤニ下がり、おだてられて二枚目ぶった
り(『お見立て』の杢兵衛大尽みたいなとこがある)、お菊に財布の金を抜かれて「ま
じめにコツコツ貯めた金なんだから」と慌てる。このキャラクター設定とニンが適っ
てるのが強み。最後に騙されたと分かり、本気で怒るのがまた可笑しい。お菊は色気
はないが口達者な感じはある。煙草屋の主にもっと面白がるとこが欲しいかな。
★圓太郎師匠『一人酒盛』
稍短めだが、留さんが燗奉行みたいな性格だったりする「長短」的な対照関係は相変
わらず可笑しい。熊さんの酔い方に酒乱的傾向がある辺り、先代馬の助師系のリアリ
ティ過剰に似た欠点が少しあるのは惜しい。持ち味の可愛さを前に出したい。
★我太楼師匠『幇間腹』
初めて可笑しかった。幇間は全然柄にないのだが、これまた全然柄にない若旦那との
遣り取りが実に馬鹿馬鹿しく、権太楼師門下らしいギャグ落語として成立している。
★三之助師匠『初天神』
前半、飴を買い出すまでの親子の遣り取りが親子らしくて面白い。飴買いから何か平
坦になってしまったのは惜しい。
◆11月16日 三三独演「懐古趣味」第三夜(日本橋劇場)
三三『敵討札所霊験~中根善之進殺し』//~仲入り~///三三「おどり:せつほんかいな・奴さん」三三『敵討札所霊験~怪僧永善・七兵衛殺し・寺の手入れ』
★三三師匠『中根善之進殺し』
中根善之進の傲慢かつ高圧的な重臣馬鹿息子ぶりは素敵に似合うが、小ましが何故、
水司又市を嫌うかも分からなきゃ、又市の野暮天故の無念と憤怒、ここまではまとも
だった運命の歯車が狂う因縁も出ないまんま。
★三三師匠『怪僧永禅~七兵衛殺し~寺の手入れ』
悪い予感は当たる物で、単なる筋立て語り。冷たい悪人は得意だから、永禅=又市が
お梅=小ましを静かに口説く場面に怖さはある。但し、それだけで色気が無いから、
お梅に対する永禅の執着心の固まりのような煩悩の不気味さ(凝れば圓朝作品の描い
た人間の不可解さの中でも屈指)などは微塵も無い。最後の敵討ちまで通して聞いた
事があるけれど、お梅がために(旅の途中でお梅も手にかけながら)無益な殺生の逃
避行を続ける事になる永禅の無常もまた皆無。また、お梅があれほど嫌った又市永禅
の虜になってしまう不可解さ、そこにある筈の人間の面白さも無いなァ。第一、江戸
にいたのは僅か半年足らずで、越後高田から越中高岡で暮らした時間の長い永禅に訛
りが無くなるのは違和感が大きい。何しろ、本来なら二席から三席ある分を語り飛ば
しているのだから仕方ないとはいえ、非常に幅の狭い人物像しか描けない弱味が出て
いる。七兵衛が永禅を強請る件の調子は相変わらずの三下這出しで、落ちぶれた堅気
のコキュの調子ではなかろう。真達もあれじゃ与太郎である。真達の間抜けな強請の
件だけ抜いて、『骨違い』みたいな一席のピカレスク落語にした方が三三師には似合
うのではあるまいか。
◆11月17日 三三独演「懐古趣味」第四日(日本橋劇場)
三三『花筏』/三三『佐々木政談』//~仲入り~//三三『短命』/三三「おどり:かっぽれ・奴さん 」/三三『柳田格之進』
★三三師匠『柳田格之進』
馬石師が雲助師と山本進氏のアドバイスを参考にして作った型をそのまんま演ってい
た。演技的には圓生師系のメリハリをつけていたが、それではこの演出の意味がな
く、単に分かりやすいだけに堕落する。特に、柳田の人物がこれじゃただの堅物で萬
屋との交流で単なる堅物でなくなる、馬石師や小満ん師、さん喬師の変化が皆無。こ
れでは『柳田』を演る意味はない。また、柳田と萬屋との友情も皆目出せていないの
は酷い。湯島切り通しの坂で柳田が傘を阿弥陀にして顔を見せたのらも驚いた。定九
郎じゃあるめェし!江戸御留守居役の品格も何もあったもんじゃない。形から小満ん
師に教わり直した方が良かろう。
※演出自体にも実は無理があって納得がしにくい。娘の代わりに家の宝・来圀俊の刀
を売ったら柳田は侍でなくなってしまう。侍心を捨てた柳田に「主従の首をくれ」と
言うほどの名誉は無くなっているのではあるまいか。『井戸の茶碗』の千代田卜斎や
柳田の侍心を理解してきた志ん生師・先代馬生師・志ん朝師の思いを裏切るような感
じがするのだなァ。
★三三師匠『佐々木政談』
こういう噺の皮肉な可笑しさは巧いんだけどさ、最後でオチのために四郎吉がメソメ
ソ泣き出す、というのが野暮。
★三三師匠『花筏』
四代目小さん師の独演会は前座も使わず、前座噺からトリネタまで七席、という事も
あったそうだから、四席で『花筏』から、というのは何か収まりが悪い。極く簡単に
演じた印象。この程度の噺が実は一番似合うのかな。
★三三師匠『短命』
この噺本来の尺と演出で本日一番の出来。
◆11月17日 新宿末廣亭夜席
美智美都/市馬『時そば』/今松『近日息子』/東京ガールズ/小さん『看板のピン』/金馬『権兵衛狸』//~仲入り~//世之介『お花半七(上)』/ペー/馬の助(小袁治代演)『動物園』/小満ん『あちたりこちたり』/仙三郎社中/喬太郎『文七元結』
★喬太郎師匠『文七元結』
喬太郎師らしいテンションの高さのお蔭で、セリフの調子が殆ど落語に終始して人情
噺くさくならなかったのが何よりも印象的。佐野槌の女将が部分的に怒鳴るのもテン
ションの高さで恐いのとは一寸違う。まだ少し恐いのは課題だけどね。吾妻橋で長兵
衛が「一生懸命働いて返せ!…今のは(自分に)刺さった」は凄く可笑しい。半面、長
兵衛が「うちの娘がここにいれば“あたしの事は良いからお金を上げて”って言うん
だ」は長兵衛自身の責任回避の言い訳だし、懐から金を出し入れたりするのも言って
る事と矛盾する。吾妻橋は長兵衛の自己矛盾との戦いの場で(文七が素材化するのは
志ん生師的感覚)、この辺りは演劇的なんだけど、その矛盾が無自覚な「江戸っ子の
意気がり」でなしくずしになっちゃう辺りは落語になっている(古典芸能でなく笑芸
としての落語)。その点、「佐野槌だな」「そういう粋な事をするのは佐野槌の女将
でしょうな」「暫く行ってないが、春になったら行くか」という遣り取りをする近江
屋の旦那と番頭は粋の観賞者として一流で可笑しいが、粋の実行者の長兵衛には敵わ
ないと分かってるのがまた嬉しい。終景の達磨横丁の夫婦喧嘩も完全に漫画で『火焔
太鼓』みたいである。文七の置き忘れと知った長兵衛が「死ねーッ!川へ飛び込
め!」と怒鳴るのも落語的で、先代馬生師の長兵衛の「生かしておきたくねェ」以来
の可笑しさ。この無茶苦茶さが落語だなァ。まだ、演劇的に混乱している所もある
が、喬太郎師の所謂「古典落語」は「江戸の風に縛されないテンションの高い可笑し
さ」に燭光が見えてきたように感じられる。
★金馬師匠『権兵衛狸』
狸の「ご~んべェ~」が長閑で素晴らしい。彦六師の「ごんべい」以来の良さであ
る。
◆11月18日 池袋演芸場昼席
マギー隆司/ぴっかり『動物園』/一琴『真田小僧』/ホームラン/燕路『欠伸指南』/志ん馬『ん廻し』/順子・おじさん/圓太郎『厩火事』//~仲入り~//我大楼『肥瓶』/柳朝(玉の輔代演)『持参金』/和楽社中/甚語楼『三枚起請』
★甚語楼師匠『三枚起請』
棟梁の怒り方や喜瀬川の居直り方にリアルさが増した印象。廓噺はリアルさを増すと
噺が暗くなるから、その分、笑いが稍弱まったけれど出来自体は悪くない。喜瀬川の
居直って行く一瞬の変化など、演技になり過ぎず悪くないもん(柄に色気はないか
ら、そこは作りの必要な課題)。言えば、部屋に入って来て直ぐ棟梁に愚痴を言って
みせて「甘えたふり」を見せる辺りに(24歳の設定)玄人らしい「作り物の媚態であ
る色気」と、玄人の強かさが足りない(矢来町以外、そこは出来ないんだけどね)。棟
梁の怒りは男として分かるけど、不惑近い男盛り(39歳という設定は初耳)にして
は、了見が子供っぽくなる。もう少し男性的魅力があった上での三馬鹿トリオであり
たい。若旦那の亥之助は柄違いだけれど、発言する態度が如何にも子供っぽくて可笑
しい。清公は特に特徴のない作りなんだが、不思議と「馬鹿で助平で軽く見える」の
が良い。清公を喜瀬川も「お喋りの清公だろ」と言ったのには笑った。奥行きをつけ
ながら、もう一度明るくなる前の過程にあるという段階かな。
★圓太郎師匠『厩火事』
おかめや般若に似ていると自覚しているお崎さんが、単に可愛らしいだけでなく、一
寸変な上に「お馬鹿かな?」という年増であるとこが、可笑しさにあるリアリティを
与えているのが独特(女を演ると小朝師に似るんだなぁ)。柄があるもんで、声の太い
亭主が立派な職人に見えちゃうのは惜しい。
◆11月18日 雲助月極十番之内捌番(日本橋劇場)
市助『間抜け泥』/雲助『くしゃみ講釈』//~仲入り~//雲助『居残り佐平次』
★雲助師匠『居残り佐平次』
盲の小せん型がベースだと思うが、細部の印象は飽くまでも雲助師独特。佐平次は居
残りを商売にしている男だが、騙り・悪党の暗さは出さないのが却ってプロらしい。
口のきき方に強弱の工夫があり、それが軽妙な笑いを生み出している。こういう内容
だと世話口調になりそうな雲助師だが、ひたすら落語口調。一文無しと分かるまで妓
夫太郎を丸め込む口車の愛敬が愉しい。紅梅花魁の客・勝っつぁんの乗せられぶりも
クドくなく、廓客の自惚れ心を描いた佳品。強いて言えば小道具代りのセリフの中身
が小満ん師程洒脱ではないのがちと惜しい。半面、旦那相手の忠信利平はカッキリ世
話口調で、外に出て都々逸で「三千世界の…」と行く。店を出て初めてプロらしさを
垣間見せる。そんな雲助師なりゃこそ、花魁に三味線を教えたり、手紙の代筆を承る
七代目正蔵師型を聞きたくなるのは贅沢かしらん。
★雲助師匠『くしゃみ講釈』
雲助師では初耳の演目。全体に軽め、短めだが、主人公が乾物屋店先で演じるからく
り口上の「カタンッ」の合の手が矢鱈と可笑しい。からくりのセリフは上方版なれど
メロディーは違う。これも初耳。講釈は『難波戦記』。主人公が講釈に聞き惚れてポ
カンと口を開けている表情は枝雀師の「好きになってきた」と双璧の可笑しさ。講釈
がまた張りと重みのある結構なもので「雲助十八番」になりうる高座だった。
◆11月19日 遊三を聴く会(お江戸広小路亭)
夢七『つる』翔丸『犬の目』/遊月『長短』/遊三『井戸の茶碗』//~仲入り~//初音/遊三『ねずみ』
★遊三師匠『井戸の茶碗』
割とテンポ速く無駄無く全体尺は短め。屑屋が籠を抱えて高木を見上げる仕種は初め
て見たが「成る程」と頷ける。「立ってるか座ってるか分かりませんが、今は籠の中
で横になってらっしゃいます」にも笑った。千代田、高木のキャラクターも硬すぎず
(その辺りは圓菊師系っぽい)気楽で愉しいが、千代田が一瞬の沈黙で見せる「貧に長
けた中のプライド」は独特。圓菊師の雰囲気というより、仕種の端々にフッと志ん生
師の雰囲気が出る辺り、形を崩さない遊三師の特徴が出るのも面白い。
★遊三師匠『ねずみ』
甚五郎がねずみ屋へ入った辺りで携帯電話を音高く鳴らした女性がいてリズムが狂
い、頭から演り直し。完全に職人そのものの甚五郎でおじさんっぽく、ざっかけない
が最後で虎を見る腕組みの形、無言の表情に職人の厳しさが出る。二代目政五郎も職
人らしさに溢れたキャラクター。飯田丹下は対照的に職人らしさに乏しい。卯之吉は
余り喋らないが『子は鎹』の亀みたい。卯兵衛は普通の商人だけれど、卯之吉の生傷
を語る件は噺を引き締め少し泣く。但し、直ぐに戻るからメソメソはしない。丑蔵は
怒りもあってか稍凶暴(笑)。。在の人たち等は長閑で全体的に浪曲ネタの湿感がない
のが結構である。
◆11月19日 上野鈴本演芸場昼席
正楽/南喬『茶金』
★南喬師匠『茶金』
茶金さん本人には米朝師のような風格はないけれど、茶金さんが「これは何なんだろ
う?」と訝しく思うほど、駄茶碗が勝手に出世して行く面白さを味わえた高座。「駄
物の茶碗」という言葉が何度か出てくる以外、江戸者の油売り八五郎と茶店の親父
(キャラクターが可笑しい)、茶金の番頭、茶金さんとの遣り取りに無駄な間やクドさ
がなく、一貫して明るく愉しい。東京の噺家さんがこの演目を語ると、茶金さんの人
物が出ない分、何となく噺が回りクドく感じるものだが、それがなく、只管馬鹿馬鹿
しい江戸落語の洒脱さに満ちているのは一朝師と通じる魅力(市馬師から下の世代は
この馬鹿馬鹿しい洒脱さがまだ乏しい)。今年は巡り合わせが悪く南喬師を聞いてな
い。もっと聞きたかったなァ(現存する東京の噺家さんで『宿屋の仇討』を面白いと
感じたのは南喬師と一朝師しかいない。そういう落語職人であり寄席名人なんであ
る)。
◆11月19日 「白酒むふふふふふふ」(練馬文化センター小ホール)
扇『牛褒め』/白酒『火焔太鼓』/東京ボーイズ//~仲入り~//白酒『木乃伊取り』
★白酒師匠『火焔太鼓』
中のギャグやギャグの並びを大分変えたが、結果、前半はまだ運びの流れが悪く、笑
いのパンチ力が落ちていた。中盤、御屋敷に向かう甚兵衛とかみさんの遣り取りから
勢いが戻った。御屋敷以降の甚兵衛さんの炸裂する怪人ぶりはやはり志ん生師以後で
一番可笑しく、かみさんの愉しさも変わらない。
★白酒師匠『木乃伊取り』
清蔵の可笑しくない凶暴さは消え、野暮天が酒に呑まれて浮かれて行く可笑しさが出
てきた。見た目にマウンテンゴリラの縫いぐるみみたいだから可愛らしく見えるのも
得している。もう少し、周りの華美な様子や表情が見えて来て感心したり、恐縮した
方がより清蔵のキャラクターが出て面白味は濃くなるのではあるまいか。そう言う風
に清蔵は良くなったが、周囲はまだまだ弱い。かしくはもっとあからさまな媚態と御
愛想で清蔵を馬鹿にしながら挑発したい。何か、幾代太夫みたいである。若旦那がコ
ロッと態度を豹変させるのは従来の演出通りだけれど、若旦那だと上下関係の苦味が
噺に出てしまう。番頭か(廓通いの感想文を六冊も書いてる設定だから)、頭の登楼に
伴って現れる野幇間、または妓夫がこの場を納める方が無駄な苦味は出ないのではな
かろうかね。
◆11月20日 第294回圓橘の会(深川東京モダン館)
橘也『だくだく』/圓橘『目黒の秋刀魚』//~仲入り~//圓橘『木乃伊取り』
★圓橘師匠『目黒の秋刀魚』
先代圓楽師の型かな…全体に硬めで、侍らしさはあるが、もう少し噺全体は暢気な方
が良いと思う。
★圓橘師匠『木乃伊取り』
非常に面白い。勿論、圓生師型で、飯炊きの久蔵(今回は清蔵ではない)以外の人物
が粋に出来ている。その中で野暮な久蔵にオチを取られる、という皮肉な可笑しさが
堪能出来た。久蔵は最初の登場から奉公人らしい低姿勢で、旦那夫婦を思って若旦那
を迎えに向かう。阿母様から巾着を預かり、その情に感激して「野暮+俄正義漢」に
なる。その勢いが若旦那に「暇を出す」と言われての強い反発になるが、別に攻撃的
な訳ではではない。若旦那は久蔵が怒り出した途端、根の小心が出て慌てて謝るの
で、久蔵に対して高圧的でも差別的でもシニカルでもない(昨夜の白酒師の若旦那は
シニカルなんで野暮かつ抑圧的に見えたんだな。この噺自体がシニカルだから登場人
物までシニカルだとクドくて野暮になるのかもしれない)。久蔵が若旦那の平謝りを
見て泣いて謝るのも野暮天の強みである、そこから先は清蔵の野暮を周囲が面白がっ
てる内に、俄正義漢の緊張が解けた所へ酒が入った清蔵から、性根の酒や女に弱い面
が出てきて好き勝手を始める。その傍若無人ぶりが実に可笑しい(ある部分、『らく
だ』の屑屋に近い)。「おらたち、こんな酒は呑めねェ」「こんな歳から大人の中で
揉まれりゃあ、人が悪くなるのも仕方ねェ」の二つのセリフに久蔵の下から目線と、
野暮から見た粋の有りようが出てくるのは、圓生師にも無かった久蔵の実感で面白
い。そんな主人公を際立たせる素材として若旦那、番頭、頭、かしく花魁と揃って粋
な作りになっているのが結構。つまり、「マジは野暮」と廓に対して肯定的なのだ。
廓遊び好きで知られた四代目圓生師作らしいなァ。
★橘也さん『だくだく』
サゲを「泥棒がこんな事を言うのもなんですが、これをいつまで続けるつもりです
か?」「もうそろそろ、終わりにするつもり」と変えてあった。この方がサゲらしい
(馬鹿馬鹿しさは減るけれど)。
◆11月20日 新宿末廣亭夜
小菊(東京ガールズ代演)/美るく『犬の目』/扇里『紋三郎稲荷』/美智・美都/はん治(市馬代演)『ボヤキ酒屋』/今松『干物箱』/ぺー/小さん『長短』/一朝(金馬代演)『芝居の喧嘩』//~仲入り~//世之介『星野屋』/笑組/小袁治『女天下』/小満ん『馬のす』/仙三郎社中/喬太郎『宮戸川』
★喬太郎師匠『宮戸川』
当然、「お花半七」の件は軽めで後半主体。喬太郎師の『宮戸川』は正覚坊の亀の告
白のためにあるような演目で、今夜もそこに一番の味がある。敢えて言うなら、喬太
郎師の『宮戸川』に前半は必要なのかな?(前半単体で演るなら兎も角)。雷、雨等の
要素が前半と重なるためか、お花が雷で気絶する話はカットされていたが、そうなる
とお花が拐かされる場面で絵が一枚足りない、という物足りなさを感じる。沛然と降
る雨、雷門で雨宿りする若い女房、雷一閃して倒れる女房、そこにノッソリと現れる
三人の無頼。こう揃わないと亀の告白が引き立たないのではあるまいか。芝居掛かり
のツケは良かったが下座の入りの間が変だったのは残念。
★小満ん師匠『馬のす』
押していたから短めだが、「この噺はこれくらいの尺で、こういう内容・語り口で演
じると洒脱な上にちゃんと受ける」というお手本。
----以上、中席-----
石井徹也(落語"道落者")
投稿者 落語 : 2011年11月21日 12:06