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2011年11月11日
石井徹也の「らくご聴いたまま」 十月下席号
秋深しとなりはなにをする人ぞ。秋の夜長には落語が合います。寄席で、落語会で、録音で・・・しみじみと落語を味わってはいかがでしょうか。
今回は石井徹也さんによる私的落語レビュー「らくご聴いたまま」の平成二十三年十月号下席号をUPいたします。貴重な落語”道落者”・石井徹也渾身のレポートをお楽しみください!
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◆10月21日 池袋演芸場昼席
まめ平『六銭小僧』/遊一(交互出演)『元犬』/小せん『千早振る』/丈二『権助魚』/
笑組/左龍『締込み』/馬石『時そば』//~仲入り~//ろべえ『竹の子』/萬窓『垂乳
根』/しん平(正蔵代演)『御血脈』/勝丸/小燕枝(正蔵代バネ)『小言幸兵衛』
★馬石師匠『時そば』
抜群。二番目のそば屋が景気の悪い陰気な奴で、また火を起こしてる間、袖をヒラヒ
ラさせて待ってる客の様子が無茶苦茶可笑しく、不味そうなそばの食い方、表情も素
晴らしい。こんな『時そば』、聞いた事がない。
★小燕枝師匠『小言幸兵衛』
店子希望者の挙げ足を取って追い返すのが幸兵衛の健康法という独自の設定だが、ヌ
ハハハ笑いのお陰で嫌味にならない。幸兵衛の難癖に仕立屋が冷静なのも途中から
「挙げ足取り」と気付いて相手をしている雰囲気で、険悪な雰囲気にならない。「二
人で良からぬ事を始める」と言われた仕立屋の「大麻パーティーですか」には吹き出
す。
★左龍師匠『締込み』
「そこです」を節より間の取り方で作っているが、まだ受け切れないのは惜しい。か
みさんの如何にも長屋の住人らしい阿っ母ァぽさや(全く美人に見えない。『猫久』
のかみさん向き)泥棒の間抜けさ、亭主の短気はちゃんと描けている。
◆雲助月極十番之内漆番(日本橋劇場)
きょう介『鮑熨斗(上)』/雲助『干物箱』//~仲入り~//雲助『九州吹き戻し』/雲
助『新版三十石』
★雲助師匠『新版三十石』
サラッと演じて、赤澤熊蔵先生が極っく馬鹿馬鹿しい怪快作。寄席で聞く時より短い
くらいだが、馬鹿馬鹿しさが濃縮されていた印象。
★雲助師匠『九州吹き戻し』
喜之助の出立前夜の夢想は『蔵出し』より可笑しく愉しい(『干物箱』の善公の夢想
とネタ的にはかぶるけどね)。無一文で宿に泊まる辺りの暢気さは非常に結構な味わ
い。この序盤は人情噺っぽく、宿屋の主が実に好人物であるのが歴然と分かるのは
「金原亭の芸だなァ」と感心した。江戸に帰れる金が溜まったと分かり、恩人である
宿屋の旦那を疑いだす件で、喜之助の人格が少し変わるのは作自体の問題だろう。夜
明けの浜辺で会う水主や親方の迫力は素晴らしいが、嵐になってからは地の説明だけ
だから、アッサリしすぎ。何かしら工夫がいるなァ。
★雲助師匠『干物箱』
多分、鼻の圓遊師匠の速記が元だと思う。明治の開化色がふんだんに盛り込まれてお
り、それがまた雲助師に似合う。幇間医者の竹庵が若旦那に善公の声色を使う知恵を
付ける演出が序盤の妙味。善公が二階に上がってからは人力俥の騒ぎや都々逸の騒ぎ
で相方の手紙はない。若旦那のフワフワした可笑しさ(『学問ノススメ』を読んで
るってのには大笑い)、貸本屋なのに平仮名しか読めない(笑)善公の狂騒に近い能天
気ぶり、腕力のやたらある親旦那、この三人の遣り取りが実に軽妙で愉しい。『月極
十番』屈指の出来。若旦那の部屋では真鍮の薬缶で火燗が付いているが、薬缶の取手
に瑪瑙が嵌まっているのは先代馬生師匠も演じていた演出。
◆10月22日 東京マンスリーvol.45長講12ケ月その10(らくごカ
フェ)
菊志ん『山崎屋』//~仲入り~//菊志ん『芝居の喧嘩』菊志ん『胡椒の悔み』
★菊志ん師匠『胡椒の悔み』
金馬師型に手を入れたとの事。主人公も与太郎ではない。冒頭に故人の遺影選びの話
があり、これがサゲの伏線になる。主人公は選ばれた遺影が可笑しくて笑いが止まら
なくなり、兄貴分に胡椒で誤魔化すのを教えられるが、未亡人の後ろに置かれた遺影
に笑いだし、胡椒を呑むだけでなく、目と鼻にも擦り込んでしまい、涙と嚔と辛さが
止まらなくなる(稍、『嚔講釈』に近い)。結局、悔やみが言えないまま、兄貴分の家
に戻って「遺影が(素人芝居の際の)幽霊役の写真」というサゲになる。親父が死んだ
際、笑いが三日止まらなかった、という人非人ぶりを廃して、涙と嚔混じりで笑いも
大きくなる工夫は良い。半面、遺影がどれだけ可笑しいか?の答えが幽霊役は少し弱
い。唐沢俊一の本だったかにあった「豚に食い殺された間抜けの葬式」で家族が死因
を説明するのに困ったり吹き出したり、系の破天荒さが欲しい。
★菊志ん師匠『芝居の喧嘩』
良く演じている演目だがテンポよく、啖呵の緩急も良く、家元の初演当時に近いリズ
ム。『慶安太平記』や瓢右衛門師匠の滑稽浪曲ネタが聞きたくなる。『堀川』の前半
なども向くのではあるまいか。
★菊志ん師匠『山崎屋』
かなり刈り込んで30分程度。冒頭の親旦那の小言がなく、番頭と若旦那の会話から
始まる。また、御礼の鰹節の件がない。非常にトントン運んで、筋物の段取りを聞か
される鬱陶しさがない。愉しく聞きやすい『山崎屋』。若旦那と番頭(なかなか男前
の設定)の軽い遣り取りが一番。親旦那もサラッとやって、ケチを強調せず無理はな
い。頭も威勢は良いが、もう少し綺麗事にしたい。最後だけ出てくる花魁は「松の位
の太夫」という紅一点らしさに乏しいのが残念。オチは正雀師型の「松の位でありん
した」。リズムが良いので品川の圓蔵師的な快速『派手彦』が聞きたくなるね。
◆10月22日 新宿末廣亭夜席
正楽(紫文代演)/藤兵衛(小ゑん代演)『九郎蔵狐』/伯楽『猫の皿』//~仲入り~//燕路『間抜け泥』/美智(ゆめじうたじ代演)/馬石『安兵衛狐』/一朝『幇間腹』/仙三郎社中/馬桜『冥土の雪』
★馬石師匠『安兵衛狐』
短縮版だが幽霊と狐のかみさんの不思議な可笑しさは先代馬生師の『王子の狐』を思
わせる魅力がある。
★馬桜師匠『冥土の雪』
『朝友』の改作だが、回りくどくなり、朝友伝説が最後に和尚の言葉だけで説明され
るのも?マーク。なまじ、この古い伝説が残っているだけに却って分かりにくい。受
けていたのも『三十石』や『地獄巡り』の掴み込みの部分だけ。お朝が生塚の婆から
「閻魔の妾になれ」と攻められる件も『三世草』やら『明烏』やら『源氏店』やらの
ごちゃまぜなぞりだから、もっと分かりやすく描かないと、鳴り物だけ入れて賑やか
にしても効果がない。左龍師の『朝友』の方が聞きやすい。
◆10月23日第10回箱の中の文左衛門(らくごカフェ)
ホルモン『酒粕~から抜け』/文左衛門『寝床』//~仲入り~//モロ師岡『サラリーマン落語・井戸の茶碗』/文左衛門『短命』
★文左衛門師匠『寝床』
茂蔵が返事に窮して「来ますん」「聞けますん」と言い出すのが馬鹿に可笑しい。旦
那が店子たちのシュプレヒコールで機嫌が直るのは喬太郎師に近い。旦那の義太夫が
始まってから、前に置かれた芋の煮っころがしを取らせるのに「お前、二百三高地か
ら無事に帰ってきたじゃねェか」も可笑しいが、「ロシアに義太夫はねェ」くらいの
リアクションが欲しい。旦那はごく可愛く、長屋の連中も全然嫌な感じがしないのは
何とも結構。
★文左衛門師匠『短命』
先代圓楽師型で展開は前回聞いた際と同じ印象だが、隠居の「毒なんか誰も持ってな
いの!」と、熊五郎の「男三人も食い殺してカマキリだ、カマキリ夫人だ」の二つの
ギャグが無闇と愉しかった。隠居も熊五郎も前のモロ師岡氏に対抗したのか、少し動
きや口調が過剰だが、妙に可愛いから許しちゃう(笑)。
★モロ師岡氏『サラリーマン落語・井戸の茶碗』
爆笑のパロディ改作。白鳥師の改作と発想が似ている。廃品回収業者が倒産した食品
会社社長から引き取った中国産冷凍鰻を高木スーパー社長に売ると鰻に高級唐墨が付
いていて高値で売れる。その代金の見返りに冷凍蜜柑を売ると「夏に蜜柑を食べたい
と言って倅が死にかけている」という金持ちに大金で売れる。その代金の代わりに娘
をスーパーの店員に、というと「店に出すのは止そう。また売れるといけない」とサ
ゲる。「この金を高木に返さないと鰻の串で喉を突く」「この金を元社長の船場が引
き取らないと(うちの社員の)定吉を絞め殺す(『双蝶々』だよ・笑)」「娘には食品販
売の事は一通り教えてある」といったナンセンスな会話が飛び交う。惜しむらくは口
調や仕種がカッチリとしてはいないので話芸として弱いが、白鳥師が手を入れて演じ
たら大爆笑ネタになるな。役者さんや芸能人の演じる噺で初めて笑った。
◆10月24日 池袋演芸場昼席
はな平『子褒め』/遊一(交互出演)『垂乳根』/左龍『時そば』/丈二『酒粕~から抜
け』/笑組/小せん『紋三郎稲荷』/馬石『替り目』//~仲入り~//ろべえ『落語家の
夢』/萬窓『目黒の秋刀魚』/小燕枝『不精床』/勝丸/正蔵『身投げ屋』
★正蔵師匠『身投げ屋』
ネタ卸し。雲助師の重いがハッキリした声をそのまま真似て、ハスキーな調子で
ウェットながら明るさのある正蔵師が演じては無理の羅列になる。特に「殺してた
べ」なんて芝居掛かりは馬鹿馬鹿しさが失せてしまった。持ち味を活かすなら金語楼
師の『身投げ屋』の調子で演じた方が良いと思う。
★馬石師匠『替り目』
『元帳』の部分が今日は妙に重くて冴えず(女房は悪くないが亭主に憎体ぶりがあ
る)、女房がおでん屋に出掛けて、亭主とうどん屋の会話になってから、酔っ払いの
我が儘とうどん屋の困惑、両面の可笑しさが出た。
★小せん師匠『紋三郎稲荷』
サラリと軽い味わいで、扇辰師とは違う面白さ。人間的に剽軽な侍に見える。
★左龍師匠『時そば』
二番目のそば屋の奇怪さが凄く可笑しい。喪黒福蔵みたいである。
◆10月24日 第3回Wnman‘s落語会by白鳥(日本橋社会教育会館ホール)
白鳥・つくし・ぼたん「鼎談」/こみち『女泥棒』/白鳥『萩の月の由来』//~仲入り~//ぼたん『シンデレラ伝説』/つくし『野晒し』
★白鳥師匠『萩の月の由来』
白鳥師の根っこは児童文学だね。『飛ぶ教室』を落語化してくれないかな。
★こみちさん『女泥棒』
「白鳥師匠、腕を上げました」とマクラで言ったが、確かに作品でなく、演者に問題
があって、詰まらない噺になってしまった。空き巣狙いで紅白粉売りを装う、という
アイディアは面白いのだが(現代物にして化粧品会社のセールスマンにしちゃう方が
いいのかな。『シザーハンズ』に出て来たセールスレディみたいに)、親分も弟子も
「真心に立ち返って泥棒をしている」ように聞こえない。普段、寄席で普通の落語を
聞いてると感じない「いい女ぶって演じている嫌らしさ」が出てしまうのだ。白鳥師
作品と相性が悪いのかな。『都々逸親子』の母息子版を演じている時の良さが出ない
のは何故だろう?
★つくしさん『野晒し』
終盤、人情噺めいた展開になるけれど、お松が向島へ洗濯に出掛けて(桃太郎のお婆
さんかいな・笑)、釣り人を物干し竿で蹴散らす辺りは凄く可笑しい。また、つくし
さんのキンキン声がお梅婆さんに何とも似合って無理が無いし、供養された骨の二枚
目も低く良い声で悪くない。バツ2のお光も少女漫画の類型的敵役っぽくて可笑し
い。白鳥師にアラフォーやお婆さんが主人公の新作を書いて貰うか、古典系なら雷蔵
師から、婆さんが主役の『小言題目』を教わる事を勧めたくなる…という具合に、つ
くしさんに新たな可能性を感じた。
★ぼたんさん『シンデレラ伝説』
話術としては三人の中で一番達者だし、落語のドライさや、「観客の前で馬鹿にな
る」という笑芸の基本を身に付けているのを感じた。母親も子供も相手の言葉を受け
て黙っている一瞬のリアクションが凄く可笑しい。。巧くなったねェ。
◆10月25日 池袋演芸場昼席
歌る美『間抜け泥』/遊一(交互出演)『真田小僧』/小せん『欠伸指南』/笑組/丈二『看板のピン』/喬之助(左龍代演)『短命』/萬窓『伽羅の下駄』//~仲入り~//たけ平『らすとそんぐ』/馬石『堀の内』/小燕枝『ちりとてちん』/勝丸/正蔵『身投げ屋』
★正蔵師匠『身投げ屋』
鐘を二度入れて夜更けの雰囲気を出したり、『文七元結』の長兵衛みたいな貧乏人が
身投げを救いに現れたりして笑いを増やしただけでなく、終盤のベテラン身投げ屋親
子の終端のリアルさでサゲを活かしたりと、昨日のネタ卸しからは大成長。雲助師型
乍ら雲助師とは違う味わいの可笑しさを持つ小品になってきた。
◆10月25日 第38回人形町らくだ亭(日本橋劇場)
けい木『壽限無』/朝也『唖の釣』/志ん輔『化物遣い』//~仲入り~//正蔵『身投げ屋』/小満ん『九州吹き戻し』
★小満ん師匠『九州吹戻し』
後に伺った所によると、雲助師と元は同じ盲の小せん師の速記との事だったが、喜之
助の洒脱さに小満ん師ならではの味わいがあり、「一本杉」のセリフを繰り返す辺り
の可笑しさも小満ん師ならでは。船が出てから、好天の場面で「新曲浦島」を唄われ
たのも御景物である。また、喜之助が百両貯まったと聞いて江戸家の主人を疑うセリ
フをカットしたのも、キャラクターとして気持ちよい。言い間違いなども多々あった
が、雲助師より盲の小線師に近いのではあるまいか。
★正蔵師匠『身投げ屋』
池袋演芸場から更に芝居掛かりのセリフをカットして、噺全体の明るさと可笑しさを
増した。良い小品になりそう。
★志ん輔師匠『化物遣い』
杢助が去ったのを見送って、吉田の隠居が「一本取られたな」という言葉の清々しさ
に志ん輔師ならではの魅力がある。また、大入道に向かって「こいつは鍛えれば物に
なる」というのも可笑しい。良い意味での「軽さ」と「落ち着き」が増している
なァ。
★朝也さん『唖の釣』
口の利けなくなった七兵衛の吃音風の発声が鶏みたいにケコケコするのが非常に可笑
しかった。与太郎も可笑しいが、もう少し可愛らしさが欲しい。とはいえ、稲荷町の
彦六師⇒先代柳朝師⇒一朝師匠⇒柳朝師と伝わっている優れた『唖の釣』の系譜にま
た一人加わったのは確かだ。
◆10月26日 池袋演芸場昼席
まめ平『元犬』/たこ平(交互出演)『河豚鍋』/小せん『秋刀魚火事』/笑組/丈二『牛
褒め』/左龍『お花半七』/馬石『王子の狐』//~仲入り~//たけ平『扇の的』/萬窓
『蔵前駕籠』/小燕枝『長短』/ダーク広和(勝丸代演だけど忘れて来なかったらしい)
/正蔵『一文笛』
★正蔵師匠『一文笛』
余りメリハリを付けず、湿度と明暗のバランスが取れた噺に成長してきた。特に兄貴
分の脅かさない貫禄には感心。
★小燕枝師匠『長短』
見事なまでに短さんが怒らずに焦れてるのが非常に可笑しく友達らしい。長さんの意
外と早口な暢気さがまた凄い。目白系本来の佳作。
◆10月26日 立川談春独演会(有楽町・朝日ホール)
談春『死神』//~仲入り~//談春『被災地公演~人情八百屋』
★談春師匠『人情八百屋』
マクラで話した被災地公演と子供たちの話は何処かで『死神』の中の「人は死ねば、
みんな神様になる」を思い返させる内容。それがストレートに本題にも繋がり、山本
周五郎的な世界を描き出す。八百屋平助の思いと子供二人の体験した哀しみの哀れ。
やはりこの噺は家元より談春師の方が、自分を隠そうというテレが少ない分、「思
い」の魅力は遥かに大きく私には感じられる。
★談春師匠『死神』
サゲの改訂ばかりで、本題の変化に乏しいこの噺にトライした印象の高座。死神との
出会いがあって、その後の繁盛から最後の患者までは地で説明し、怒った死神に蝋燭
の空間に連れて行かれてからが「本日の狙い」という雰囲気の演出と構成。主人公が
蝋燭を点けてしまったら、死神が「まさか点けるとは思わなかった」と対処に困るの
は可笑しいが、そこから主人公は地上目指して、死神を擱首になった元死神は下へ
(何処だか言わない)と道を別ける。主人公は案内役もないまま、天地左右も分からな
い真っ暗な空間を、連れて来られた時同様、「目を開けてはいけない」と言われた言
葉を守り彷徨する。最終的に地上に出られた時は死神同然の姿になり、「死にたい」
と言っていた男に「金の儲け方を教えてやろう。俺は死神だ」というサゲになる。イ
ザナギ・イザナミの黄泉の国・輪廻・永遠回帰・タイムパラドックスなど、様々な要
素を感じさせ乍ら、まとまりきらなかった印象。死神の語る「人は死ねば、みんな神
様になるのに」をキーワードに絞り込めばまとまると思うのだが。
◆10月27日 池袋演芸場昼席
はな平『初天神』/たこ平(交互出演)『河豚鍋』/小せん『新聞記事』/丈二『漫談』/笑組/左龍『粗忽長屋』/馬石『締込み』//~仲入り~//たけ平『源平』/萬窓『権助魚』/雲助(小燕枝代演)『町内の若い衆』/勝丸/正蔵『蜆屋』
★正蔵師匠『蜆屋』
最後の芝居掛かりのセリフを、鳴り物は入れ乍ら、素に近いセリフに戻した。その方
が似合うし、情も逆に出る。
★馬石師匠『締込み』
前半は夫婦の遣り取りがリアル過ぎて笑いに乏しかったが、泥棒が床下から現れて
以降は、喧嘩を止める仕種の可笑しさもあり、面白さが倍増した。
★たけ平さん『源平』
聞いた事の無い展開の『源平』で、弁慶と牛若丸の出会いがあったりしたから最初
は『橋弁慶』の改作かと思った。他にも頼朝と義経の「御仲不和」の話があったり、
北条政子の話になったりと様々。もう一寸、時事的なギャグが多めに入っていた方が
良いと今の所は思う。
★丈二師匠『漫談』
体験談風の漫談なのだが面白い。これを一席にまとめて新作にすればいいのに。
◆10月27日 蜃気楼龍玉、圓朝に挑戦!『緑林門松竹』第12話(道楽亭)
本田久作「緑林門松竹解説」/龍玉『按摩幸治~藤七の強請』//~仲入り~//龍玉『鼠穴』
★龍玉師匠『緑林門松竹~按摩幸治・藤七の強請』
30分くらいの短い件。幸治の雰囲気以上に、上方弁の番頭藤七が独白する場面の話
し方・仕種が圓生師に凄く似ている。色好みで一寸嫌みな感じが出るのは面白い。浪
人花影との遣り取りでの晩唐が見せる慇懃無礼なニュアンスも悪くない。それでも、
余り重くならないのは金原亭系統らしい所か。幸治は部分的に人情噺ではなく、落
語っぽい口調になる辺りに面白さはあるが、悪党らしい色合いはまだ硬い。この次は
藤七と情婦のお崎が殺される件だったけ?
★龍玉師匠『鼠穴』
圓生師型『鼠穴』の難しい所で、夢の中の兄貴が人間の非情さの化身みたいにならな
いと迫力が出ない。しかも、圓生師を上回る構成と出来栄えを見せた家元型と違っ
て、兄弟二人への共感が圓生師型には乏しいのも弱みになる。性悪説的人物像を圓生
師の「芸」で見せていた噺だからである。龍玉師は今まで聞いた範囲で、性悪説で人
物を造形する噺家さんではないと私は思う。事実、再会の場面でも夢から覚めた場面
でも、兄弟二人に性悪や悲運のイメージは無い。今の演出では良化しても圓生師の物
真似に留まる危険性がある。家元型に演出を変えた方が良いと私は思う。
◆10月28日 イイノホール再オープン記念 柳家喬太郎・瀧川鯉昇二人会『古典こもり6』昼の部(イイノホール)
吉好『熊の皮』/鯉昇『鶏の目』/喬太郎『竹の水仙』//~仲入り~//喬太郎『饅頭怖い』/鯉昇『芝浜』
★喬太郎師匠『竹の水仙』
安定した出来で、夫婦と権太楼師みたいな町役人が可笑しいのに、前半が些かかっ
たるく聞こえたのは甚五郎が年寄臭いからかな。職人でなく芸術家っぽいのだ(さん
喬師っぽくもある)。『掛川宿』のいたずら甚五郎を演じれば良いのではないか?
★喬太郎師匠『饅頭怖い』
葛饅頭やナボナを食べる辺りの仕種がめっちゃ愉しそうで可笑しい。
★鯉昇師匠『鶏の目』
犬でなく鶏の目を移植出来るまでに医学が進化を遂げ(笑)、少し小さいので新聞紙を
詰める。そのため患者が、直ぐに鶏みたいに首を縦に振るようになる仕種が抜群の可
笑しさ。「三日前から卵を産むんです」がオチ。笑った笑った。
★鯉昇師匠『芝浜』
家元型がベースか。白魚のマクラから入ったが、そこが鯉昇師で魚勝が人情噺的な粋
な魚屋、意気がった魚屋にならず、落語国のざっかけない職人魚屋である。「海から
獲れた物はみんな魚屋のもんだい」は良かった。女房の嘘を信じた後も、「人間って
のはそんなに簡単には変わらないもので」が嬉しい。かみさんも長屋の女房で少し頭
が回る程度の人間になっている。大晦日も三木助型や家元型から嫌なセリフ、意気
がったセリフを全部取り、家元型の良いセリフを残して構成してあるから聞き心地が
良い。
◆10月28日 J亭月替り独演会秋シリーズ 桃月庵白酒独演会(J亭アートホー
ル)
駒松『狸の札』/朝太『粗忽の釘』/白酒『ずっこけ』//~仲入り~//白酒『井戸の茶碗』
★白酒師匠『ずっこけ』
ベースは雲助師のままだけれど、終盤に登場するかみさんが可愛くなって可笑しさが
増した。兄貴分も世話狂言的なセリフではないが二枚目になって、主人公との対比が
明確になった。継承される名作になるぞ。
★白酒師匠『井戸の茶碗』
いつもより全体の真面目度が高い印象。運びは可笑しいし、ギャグも増えているが噺
のトーンが千代田・高木のキャラクター作りのまともさから来る、意地の張り合い、
という、硬い可笑しさになっているので清々しさが増していた。陰になっているお絹
の可憐さも引き立つ。侍気質、特に千代田の老侍気質がもう少し前に出てもよいか
な。
◆10月29日 第回三田落語会昼席(仏教伝道会館ホール)
はな平『子褒め』/さん喬『そば清』/正蔵『蜆屋』//~仲入り~//正蔵『締込み』/さん喬『村正騒動』
★さん喬師匠『村正騒動』
初演。序盤、清太郎が村正の刀を抜いて魅いられるのが終盤の狂乱の殺戮に繋がる。
ラスト、お時の首を抱えて絶命する清太郎の上に降り掛かる雨から庇おうと、染園花
魁が夫婦の鶴が天に上る打ち掛けを掛けて悼むロマンティシズムなど、さん喬師が工
夫し、膨らました哀れなロマンが、原作である『大丸屋騒動』や私の書いた叩き台の
無常さを救っているのが素晴らしい。また、村正に魅入られた清太郎の狂乱も、静か
な表情と柔らかく刀を奮うバランスが流石である。また、太田その師の『露は尾花』
『三千歳』の効果、特に唄の効果も見事。最後に『三千歳』をしばし聞かせてのサゲ
も優れた演出である。
★さん喬師匠『そば清』
サラリと演っているようで勘所を押さえた軽くて愉しい高座。
★正蔵師匠『締込み』
純粋初演。夫婦喧嘩がリアル過ぎるのと、かみさんがウェット過ぎるので、柄にある
泥棒の暢気さがまだ活かされていない。
★正蔵師匠『蜆屋』
池袋演芸場の主任とほぼ同じ印象。余り芝居掛かりにしない、この演出の方が似合
う。
◆10月29日 第回三田落語会夜席(仏教伝道会館ホール)
朝呂久『手紙無筆(上)』/文左衛門『千早振る』/一朝『小言幸兵衛』/文左衛門『転宅』//~仲入り~//一朝『御趣向紙屑屋』
★一朝師匠『小言幸兵衛』
仕立屋までだが、全く間断する事なく、「お茶を淹れな」「羊羹を出せ」といった幸
兵衛の小言、豆腐屋の泣きっ喋り、「お前の倅の種を宿したんだ」「エッ!」、「間
抜けな名前だな」「いけませんか!」といった仕立屋の受け、各々の妙が組合わさっ
た、三田落語会ならではの名作高座で大爆笑。
★一朝師匠『御趣向紙屑屋』
いつもの風流都々逸選や清元、芝居だけでなく、締め太鼓を出しての噺家出囃子、笛
で長唄、しまいには平右衛門の書抜きを出すといった具合に、お囃子の太田その師匠
とコラボした御趣向に、圓生師匠、先代馬生師匠、志ん朝師匠のエピソードを混ぜた
大景物で客席を二十分に楽しませてくれた。
★文左衛門師匠『千早振る』
風邪気味か、鼻声だったが可笑しさは相変わらず。
★文左衛門師匠『転宅』
以前から佳作だけれども、こんなに面白い文左衛門師の『転宅』は初めて。泥棒がお
菊と所帯を持って子供が生まれて川の字で寝て、という夢想から閨中の夢想までの可
笑しいこと、また泥棒の可愛らしいこと。落語らしさを満喫した間抜けぶり。お菊に
色気があるので泥棒が夢中になるのも凄く実感出来るのだなァ。
◆10月30日 池袋演芸場昼席
歌る美『道灌』(前座最後の高座)/三木男(たこ平・遊一交互出演代演)『千早振る』/文雀(小せん代演)『目黒の秋刀魚』/丈二『七日八日・明礬権助・味噌豆』/笑組/左龍『棒鱈』/馬石『四段目』//~仲入り~//ろべえ『代書屋』/萬窓『紀州』/しん平(正蔵代演)『不精床』/勝丸/小燕枝(正蔵代バネ)『うどん屋』
★小燕枝師匠『うどん屋』
お冷やの件を全部カットしたが、酔っ払いが「さて、この度は、おじさん…」と言い
ながら少し泣き、そこから照れて笑いに変わる辺り、情の深い高座で堪能した。最後
にうどん屋が嬉しそうに「ヘーッ!」と言う可笑しさも格別。
★馬石師匠『四段目』
白酒師匠型。まだメリハリに乏しいが、定吉の可愛さや芝居気狂いぶりは独特の愉し
さがある。
★左龍師匠『棒鱈』
物凄く受けた分いつもより稍クサ目ではあるが可笑しい。また、頭の掻き方一つで田
舎侍のキャラクターが出るのに感心。
★笑組
AKB48のネタからKKKの話になった辺りが抜群に危なくて可笑しい。こうい
うヤバネタをもっと使えば良いのに。特に池袋では。
◆10月30日 上野鈴本演芸場夜席
一之輔(交互出演)『欠伸指南』/仙三郎社中/龍玉(交互出演)『鹿政談』/一朝『幇間腹』/にゃん子金魚/藤兵衛(喜多八代演)『強情灸』/小燕枝(雲助代演)『長短』//~仲入り~//ダーク広和/玉の輔『生徒の作文』/紫文/文左衛門『らくだ(上)』
★文左衛門師匠『らくだ(上)』
勿論、家元型。やや声が渇れていた分、半次・屑屋の凄みが増していた。半次の凄み
方の発声を変えるなど、細かい配慮があり、長屋の月番、大家、八百屋との遣り取り
も受け・突っ込みの役を変えて、会話の演出を変化させるなど、落語としての流れ、
笑いの発生のさせ方がが丁寧であるのにも感心する。視線の使い方も見事で、大家の
かみさんが遠くまで逃げたのが分かる。酒を飲みだしてからは、屑屋の愚痴がちょい
と多いのは確かだが、屑屋の酒好きが『猫の災難』同様に分かるから、酒呑みの噺か
ら芯がブレないのは結構。その結果、家元の基本にある精神分裂的ではなく、屑屋が
飽くまでも酔って無鉄砲になる雰囲気だから、理屈の煩わしさが無く、泣きの話でも
可笑しい。屑屋が半次に言う「生きながら地獄を見せてやろうか」にも笑った。この
面白さで火屋まで聞きたいなァ。
※火屋へ行かず、二人でねだ板を剥がして穴を掘り、そこでらくだを焼いちゃうとい
う無茶苦茶はどうだろう?
◆浅草演芸ホール余一会昼の部「讀賣杯争奪!激突!二ツ目バトル」(浅草演芸ホール)
きょう介『子褒め』/燕路『間抜け泥』/才賀『入門話(漫談)』/志ん輔『相撲風景』/出演順籤引き/笑組/らく次『鮫講釈』/才紫『熊の皮』/こみち『紙屑屋』//~仲入り~//花助『武助馬』/朝也『片棒』/朝太『垂乳根(上)』/和楽社中/龍志『義眼』/助六『春雨宿』&かっぽれ/一朝『天災』/結果発表⇒⇒優勝者表彰⇒⇒講評
※優勝は春風亭朝也さん。
審査員をしたので余り細かくは書かないが、朝也さんはネタの選び方もまとめ方もお
見事。ちゃんと受けていたし、人物表現に「作り物」めいた面が無いのは師匠譲り。
優勝は当然の出来だった。朝太さんは地力のある事は分るけれど、古今亭のネタより
も、目白系の噺の方が持ち味に似合うのではないだろうか。また、『垂乳根』を15
分にまとめられないのも寄席では困る。花助さんは蝠丸師⇒鯉昇師経由の譲り受けと
はいえ、地味な噺を綺麗に面白く演じられるのに感心。二枚目芸の強みもある。才紫
さんは噺のメリハリだけで噺を演じ過ぎる。そのため、分かりやすいが人物は全く出
て来ない。らく次さんとこみちさんは明らかにネタの選び間違え。あと、6人のうち
4人が飛び道具(講釈・音曲・芝居・祭り囃子)の入るネタってのも何だかなぁ。伝統
芸能の素養は大切だが、中途半端な腕で出されても寧ろ減点材料になってしまう。
★燕路師匠『間抜け泥』
アクが抜けて結構なもの。弟子にお手本を示した。
★志ん輔師匠『相撲風景』
普段演っている『相撲風景』より多くの人物が出て来て無茶苦茶に可笑しい。
★龍志師匠『義眼』
結構際どい演出なのだが、全然クドくなく、真に洒落た出来。家元のベテランお弟子
で一番巧いのは龍志師だなと再確認した。
★一朝師匠『天災』
高校一年生の団体がいても、楽々と受けてしまう凄さ。夜の小満ん師と並ぶ落語協会
若手のお手本。
◆新宿余一会夜の部「柳家小満ん独演会」(新宿末廣亭)
一九『寝床』(中抜き)/小満ん『王子の狐』//小満ん『らくだ』//~仲入り~//小團治『一分茶番』/小菊/小満ん『笠碁』
★小満ん師匠『らくだ』
目白型だと思うけれど、非常にリズムが良く、終始そのリズムが狂わなかった。サ
ラーッとしているが決め所の大声や、ストーリーの面白さと二人のキャラクターの配
分が素晴らしい。割と早くから屑屋が酔ってしまうのも目白型として正しい。四代目
小さん師の『らくだ』って、こういう感じだったのかなと思わせる、軽くて酒の怖さ
があって洒落てる『らくだ』。
★小満ん師匠『王子の狐』
男が扇屋へもお詫びに行き、狐と思われて崇められる件の入る珍しい演出。狐を化か
して化かされた、みたいな男の困惑の不思議さがシュールなのに分かりやすく、その
可笑しさが堪らない。勿論、正体を現しながら、「勘定をどうしよう?」と、思案し
て首をげてる狐の可愛さったらない。
★小満ん師匠『笠碁』
絶妙な面白さ。黒門町の文楽師が目白型の『笠碁』を演るとこうなる…という印象。
メリハリを強く前に出した演出で、碁敵二人の癇癖の強さが物凄く面白く、友情だけ
でなく、人間の弱さ故に醸し出される可愛さが相俟って表現される。過去に聞いた小
満ん師の高座の中でも屈指の出来。黒門町と目白を心身に併せ持っている小満ん師で
なきゃ出来ない、現代落語界の宝物のような高座。
石井徹也 (落語”道落者”)
投稿者 落語 : 2011年11月11日 11:48