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2011年09月13日
石井徹也の「らくご聴いたまま」 九月上席号
お待たせいたしました!
今回は石井徹也さんによる私的落語レビュー「らくご聴いたまま」の平成二十三年九月号上席号をUPいたします。この回は喬太郎さんの高座に通いまくっています。落語”道落者”・石井徹也渾身のレポートをお楽しみください!
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◆9月1日 鈴木製作所公演『ノミコムオンナ』(新宿シアターモリエール)
作・蓬莱竜太。演出・鈴木裕美。出演・陽月華。柴一平。安田栄徳。福麻むつ美。久
保酎吉。
◆9月1日 柳家喬太郎プロデュース公演『喬太郎寄席根多独演会』(本多劇場)
喬太郎『寿限無』/喬太郎『バイオレンス・チワワ』/喬太郎『綿医者』/喬太郎
『反対俥』//~仲入り~//喬太郎『紙入れ』(『転失気』変更)/喬太郎『孫帰る』
★喬太郎師匠『寿限無』
子供仲間の「じゅ~げむ、じゅげむ、ごこ~のす~りきれっ」のリズムが可愛く愉し
い。昨日の柴田幸子さんの原型でリズムは伝わっている。
★喬太郎師匠『バイオレンス・チワワ』
成る程、犬の仕種が矢鱈と可愛い喬太郎師の演目にしては余り面白くない。
★喬太郎師匠『綿医者』
大腸ポリープ体験のマクラが可笑し過ぎて、本題のナンセンスさが霞んだ。大腸ポ
リープ話は矢張り『義眼』のマクラだな。
★喬太郎師匠『反対俥』
四席目だし、明らかに疲れ気味。寄席で聞いた時の方が元気があった。
※本当に草臥れたそうで、この日の仲入りは20分あった。
★喬太郎師匠『紙入れ』
喬太郎師の場合、かみさんのマダムっぽさは独特だが、妙に熟女好み的な生々しさが
好き嫌いの分かれるとこではあるまいか。
※この辺りでこちらも聞き疲れしてきた印象。
★喬太郎師匠『孫帰る』
最後を「良い話」っぽく締めるのは悪くないが、「寄席ネタ」としては些か湿り気が
強い。
※今回は「最近、余り演らない傾向の寄席ネタ独演会」で、最近の喬太郎師なら『幇
間腹』『初天神』『家見舞』『饅頭怖い』『ぽんこん』『夜の慣用句』『ほんとのこ
というと』辺りの方が寄席ネタのイメージは強い。
※話は違うが初日の「三題噺」で喬太郎師が演じた浅草の鰌屋の噺。鰌は好きだけ
ど、店を継ぎたくない長男が喬太郎師、鰌は好きじゃないけど店を継ぐ次男が左龍
師、
カザフスタンから来た娘が落語。鰌がさん喬師、なんて喩えられるかなァと帰り道
で思った。
◆9月2日 柳家喬太郎プロデュース公演『怪談牡丹燈籠其之壱』(本多劇場)
たけ平『こうもり』/喬太郎『本郷刀屋』/喬太郎『お露新三郎』//~仲入り~//二
楽/喬太郎『飯島討ち』
★『本郷刀屋~お露新三郎』
いわば、発端の『刀屋』から『孝助の奉公』、『お露新三郎』『香箱の夢』までを続
けて40分。展開のベース的な紹介に近い。珍しく圓生師の口調がかなり混じってい
た。お国の設定が奥方について来た事になっているのは圓朝全集のままだが年齢的に
違和感が残る。新三郎の曖昧な二枚目ぶりは感じがあるけれど、後はキャラクターが
余り立たず。お露新三郎の初な出会いも今様な人物像で、分かりやすくはあるけれ
ど、夢の場面でも艶や色気が足りない。全体像として大切なのは平左衛門と伴蔵だと
思うが、平左衛門は侍らしさ足らず、夢の場の伴蔵は志丈と変化が無い。
★『飯島討ち』(こういうタイトルを付けた『牡丹燈籠』は初めて聞いた)
圓生師が演らなかった「孝助の槍」がメイン。今夜はこの孝助に刺された平左衛門の
述懐と平左衛門が孝助に負わせた運命が主体で、仲入り前はアペリティフみたいかも
のか。主従の遣り取り、平左衛門の孝助に感じている侍心故の負い目、孝助が平左衛
門に感じている忠義と感謝、といった非近代的な思いをどう自分が受け止めるかに主
体がある。それが全面的に成功しているとは言い難いが、「古めかしい思い」だけに
終わったとは思えない。それだけにお国は分かりやすい悪婆で処理され(昨夜の『紙
入れ』のかみさんと余り変わらない)、新三郎と共通する宮野辺源次郎の曖昧さ、江
戸時代の浪人や旗本次男坊の「生きる目的の無い若者像」も明確とは言い難い。源次
郎に傷を負わす前に平左衛門が落ち入った(後から慌てて足していた)のにも驚いた
が、そういうディテールが滅茶苦茶なのは承知の上で、平左衛門と孝助の思いに同化
出来るかを試した印象である。ディテールは滅茶苦茶でも圓朝作品を自らに同化させ
られる白鳥師の存在に影響されたのだろうか。
※プログラムを見ても、サラにたけ平さんが入り、仲入り後にヒザで二楽師が入って
いるのを見ても、「『牡丹燈籠』の通し口演は建前で、“演った事のない部分”“自
分が演じて納得出来るかどうか定まっていな部分”を演じてみる三日間か」と感
じた。今夜の意図が「平左衛門と孝助の遣り取り」にあるなら、明日の昼夜の意図は
何
処にあるのだろう。
◆9月3日 柳家喬太郎プロデュース公演『怪談牡丹燈籠其之弐』(本多劇場)
鯉橋『元犬』/喬太郎『お札剥がし』//~仲入り~//紋之助/喬太郎『お峰殺し』
★喬太郎師匠『お札剥がし』
『カランコロン』から『お札剥がし』まで。噺の展開もダイジェストに近い組み替え
方。お露お米、伴蔵お峰、新三郎もあまり彫り深く演じていないし、生世話型の芝居
系人物像を避けている印象。当然、ドラマっぽくなく、といって扇橋師の艶麗もなく
物語解説的。劇場外から響く太鼓の音が予想外の効果になったのは不思議な縁。
★喬太郎師匠『お峰殺し』
安定感あり。圓生師的な芝居落語のメリハリでなはく、落語の登場人物の造型に近
い。お峰の作りは悪くないが稍芝居っぽい。ただ、圓生師のネチネチしたしつこい嫉
妬ではなく、割と形而下的な嫉妬であるから重くない。伴蔵は悪党でなく、普通の
「悪心」の持ち主で、怒って調子を上げるまでは芝居臭くない。歌舞伎生世話の影響
を受けない人情噺の模索中だろうか。
◆9月3日 柳家喬太郎プロデュース公演『怪談牡丹燈籠其之参』(本多劇場)
風車『看板のピン』/喬太郎『孝助の婚礼』/喬太郎『関口屋の強請』//~仲入り~//
はだか/喬太郎『十郎ケ峰の仇討』
★喬太郎師匠『孝助の婚礼~関口屋の強請』
婚礼は極く短めにして、孝助を旅立たせて関口屋へ。相川新五兵衛・お徳に印象的な
キャラクターは無い。山本志丈のキャラクター、腰の軽さが似合う。人と人を結び付
けた最後に志丈が生き残る演出などを聞いてみたい。源次郎の強請は型通り。伴蔵の
啖呵は『大工調べ』の棟梁的で、生世話の雰囲気とは違う作りになっている。この場
の志丈のヘラヘラぶりがしたたかで面白い。一番志丈がしたたかに映る事に違和感の
無い辺りが喬太郎師らしい。
★喬太郎師匠『十郎ケ峰の仇討』
ここだけ妙に圓朝全集のまんま。中では白翁堂勇斎の面倒臭がりのキャラクターが私
には一番面白い。孝助の母りえが義娘お国と実息子孝助の間で義理合いに苦しみ、お
国たちの逃げ道を孝助に教えて自害する辺り、観客みんなに解かれと言っても難しい
が逃げずに演じた印象である。余り無駄な間を置かず演じたので、説教臭い泣かせに
はなっていない。仇討の件は今回の口演でカットされていた相助・亀蔵が突然お国源
次郎の手助けに出てくるのが厄介なのと、お国源次郎に手傷を負わせず、いきなり顔
をズタズタに切る(圓朝の女性的な性格の発露かもしれない)のは無理を感じる。他の
仇討物にもあるが顔をズタズタにしたら人相が崩れて首実験がしにくかろう。また、
「高橋お伝処刑の報告文」などを参照しても手傷も負わせず、死に物狂いの人間二人
の顔をズタズタにしたり首を取るのは難しい。圓朝は武道の心得は無かったって事
か。
※この物語で常に客観的立場にいる良石和尚、白翁堂勇斎、山本志丈の不思議な人物
像には益々興味を惹かれる。
◆9月4日 柳家喬太郎プロデュース公演『落語ジャンクションSpecial』
(本多劇場)
白鳥・喬太郎「落語ジャンクション事始」/天どん『ひと夏の経験』/百栄『弟子の赤
飯』/白鳥『コロコロ』//~仲入り~//茜『お札貼り』/喬太郎『カマ手本忠臣蔵』
★喬太郎師匠『カマ手本忠臣蔵』
吹っ切れたようでテンションは高いが、ある意味、テンションの高い分、内匠守のカ
マぶりがいつも以上にマジに感じられてしまい、吉良の迷惑が妙に重めな気の毒な役
に感じられた。
★白鳥師匠『コロコロ』
もっとコロコロする噺なのかと思っていたが、神様の良い加減さがメインなのね。抱
きしめられたり、ブルマーになったりする妄想は、白鳥師よりも寧ろ、きく麿師に向
きそうに思うが。
★百栄師匠『弟子の赤飯』
数を演ってるうちに、高校生の口調や仕種の細部が益々圓生師に似てきた。マクラ
のう勝さん入門話も可笑しい。
★茜先生『お札貼り』
『牡丹燈籠』の落風的講釈(講釈には聞こえないが)化としては、『お初徳兵衛』に対
する『船徳』みたいなもので、これくらい視点を変えないとあかんな。若手の女性噺
家が演じるのに向いた噺だと思う。山上たつひこの『喜劇新思想体系』の「ボタン燈
籠」みたいにお露がブスじゃない辺りが女性の作らしい。
★天どんさん『ひと夏の経験』
まとまらないハチャメチャさでは一番圓丈師匠に似てるなァ。
◆9月5日 宝塚歌劇団星組・涼紫央ディナーショー『LOVE』(新橋第一ホテル
5F。ボールルーム「ローズ」)
◆9月6日 三遊亭白鳥・桃月庵白酒ふたり会『残暑Wホワイト よたび』(北沢タ
ウンホール)
白鳥・白酒「御挨拶」/白酒『松曳き』/白鳥『珍景かさねが真打(上)』//~仲入り~
//白鳥『珍景かさねが真打(下)』/白酒『不動坊火焔』
★白鳥師匠『珍景かさねが真打』
今回の主役は白鳥門下の三遊亭Q蔵の設定。小円歌師とぽっぽちゃんは同じ設定。狼
連は白酒師と歌武蔵師。上下に分けたが、前半は「圓朝物パロディ」、後半は「女寄
席芸人物語」と色合いがハッキリ分かれるのがより明確になる。ギャグも入れ替わっ
ており、爆笑ネタである事は間違いない。
★白酒師匠『松曳き』
少し全体のテンションが低い。二人の「御挨拶」の繋がりみたいなマクラを振り過ぎ
たというべきか、はたまた演り過ぎか聞き過ぎか。噺が段々短くなっている。また、
三太夫さんのキャラクターは終始見事に緻密な健忘症なのに比べると、殿様が「姉上
御死去」と聞いた辺りから健忘症が弱まって、サケまでは割とまともな殿様になって
しまうのは気になる。
★白酒師匠『不動坊火焔』
銭湯の場面に三人の悪口を入れた代わり、今回は「うまらない」「水臭い」を省い
た(『珍景かさねが真打』が長くて押したせいもあろうが)。このバランスの方が上下
としては良い。後半は「鉄さんの色が黒くて夜は見えない」というギャグを繰り返し
て笑いを増やしているが、前回無かった目白の小さん師の使っていたくすぐりを入れ
ていたが、その方が三人の性格に適った可笑しさである。幽霊役が下に降りてからサ
ゲまでテンションが下がるのは、白酒師にしては珍しく、三人プラス幽霊役の性格が
まだ曖昧なのが原因か。あと、幽霊役が上に引っ張られる際の動きが故・圓彌師や文
蔵師、枝雀師に比べて面白くないのもサゲ間際のテンション低下に繋がっている。
◆9月7日 柳家三三『島鵆沖白浪』六ヶ月連続公演五(にぎわい座)
ろべえ『落語家の夢』/三三『菊蔵殺し』//~仲入り~//三三『大文字屋の強請』
★三三師匠『菊蔵殺し』
弟吉次郎と仇の菊蔵に、偶然喜三郎とお寅が出会い、菊蔵を討ち果たして江戸へ向か
う件。ノリが侠客物だからストーリーテリングは手慣れた物だが、喜三郎のセリフは
兎も角、暗闇の中に白刃を持って立つお寅の色気が中途半端。芝居落語でなし純人情
噺でなし、こういう場面の女は口調の定まらない所がある。吉次郎の鬱陶しい善人ぶ
りは良く出ている。
★三三師匠『大文字屋の強請』
江戸で金に困ったお寅が花鳥時代の馴染み・大文字屋の番頭右兵衛を見つけ、待合い
で嘘八百を並べてたらしこみ、翌日、喜三郎に強請に行かせるが其処に梅津長門が現
れて・・という件まで。「この男が誰かは来月申し上げます」の切れ場は上出来。
白々しく嘘八百を並べて右兵衛をたらしこむ件から喜三郎に強請を命じるまで、お寅
の悪婆系のセリフは中々。圓生師の得意そうな場面でもある。喜三郎が強請に出掛け
て右兵衛に押し返される辺り、あくまでも侠客で「悪党」になりきれない様子も良く
出た(この辺りのお寅と喜三郎の関係は明らかに『お富與三郎』のもじりだね)。右兵
衛の女に弱く、金に強いキャラクターの変わりも面白い。
◆9月8日 池袋演芸場昼席
伸治『浮世床・夢』/歌春『元犬』//~仲入り~//Wモアモア/昇之進(小文治代演)/
笑遊『幽霊の辻』/鏡味味千代/茶楽『品川心中(上)』
★茶楽師匠『品川心中(上)』
サラッと愉しい出来。矢張り色気があるのは強みで、色気の中に、お初のマジで困っ
ている哀れさが、哀れなるが故に可笑しい味わいがある。
★笑遊師匠『幽霊の辻』
権太楼師型だが、よりキャラクター性の強い可笑しさになっている。茶店の婆さんは
先代今輔師の婆さんがよりドメステイックな妖怪風になった雰囲気で可笑しい。今日
は「てて追い橋」は抜きでサゲはお化け屋敷。
◆9月8日 TOKYOFM半蔵門寄席柳家喬太郎独演会『わたし、ラジオの味方で
す2』(日経ホール)
柴田幸子『寿限無』/喬太郎『死神』//~仲入り~//喬太郎・柴田幸子・廣瀬和生/喬
太郎(5分落語)『長屋の花見』~『饅頭怖い』~『井戸の茶碗』~『芝浜』/喬太郎
『寝床』
★喬太郎師匠『死神』
少し演り過ぎかなァ。噺が煮詰まっているように感じられる。ホールの会への出演に
限らず、寄席の主任でも『死神』は出るから、どうしても噺の風化が速くなる。それ
ほど演じる回数の多い必要のない噺ではあるまいか。今のさん喬師のように、様々な
ネタが2~3年前とは明らかに違ってきているなら兎も角ね。ネタ仕込みの場所が矢
張り少な過ぎるのかな。取り敢えず、仲入りならもっと気楽な中ネタが欲しい。例え
ば、近年のネタ卸しなら『故郷のフィルム』など、まだ変化の余地が色々あると思う
のだけれど。
★喬太郎師匠『寝床』
終演時間に迫られたのか20分前後の短縮版。その代わり、タップリ演じる時の重
さ、終盤のテンションの下がり方は無かった。圓生師は寄席の主任だと25分で『寝
床』をよく演っていたが、演出は兎も角、噺の長さとしては圓生師程度が喬太郎師に
は適ってるのかも。
★喬太郎師匠『5分落語リレー長屋の花見~饅頭怖い~井戸の茶碗~芝浜』
いつものハイテンションを稍オーバーにした雰囲気。『長屋の花見』の自棄、『饅頭
怖い』の軽い悪意は普段の拡大心理。『井戸の茶碗』までの三作は明らかに「つか芝
居」のノリの影響大。エリザベスとダニエル版『芝浜』はセリフの言い方が下手な新
劇の翻訳芝居みたいで薄気味悪い。三代目三木助師以降の『芝浜』が「実は薄気味悪
い噺」って事の証明かな。
※放送局にありがちなセンスの「イベント落語会」と分ってたら、遊雀師匠の主任
に行っていた。放送メディアの嘘っぽさはもういい加減にして欲しい。
◆9月9日 池袋演芸場昼席
ひでややすこ(章司代演)/遊馬(伸治代演)『南瓜屋』/松鯉(歌春代演)『山吹の戒め』
//~仲入り~//Wモアモア/小文治『酢豆腐』/笑遊『宿屋の仇討(上)』/鏡味味千代/
茶楽『線香の立切れ』
★茶楽師匠『線香の立切れ』
25分を切る尺だが、見事なまでに会話に無駄がない。扇橋師で伺えなくなって以
降、私の知る「東京のスタンダード『立切れ』」で「寄席名人」の芸。番頭に言いく
るめられる若旦那の初さ、蔵に番頭を迎える場面の若旦那の品の良さ。特に蔵中の静
寂に包まれて心穏やかな若旦那が実に良い。黒門町の文楽師のある一面は、小満ん師
以外では茶楽師と圓輔師に残っている。番頭の出過ぎない利発さと使用人らしい物
腰、それでいて漂う貫禄は東京の噺家さんでは珍しい。小久が死んだと知ってからの
狼狽に現れる気の弱さ。女将が若旦那の蔵入りを知ってからの見事な明るさ(色町の
女の配慮だなァ)が小久の死という陰と好対照を為して噺を人情噺に堕落させない。
一転、三味線を聞いた女将の「若旦那の好きな『黒髪』を弾いてますわ」の泣かな
い、抑えた調子が心を揺さぶる。江戸前だなァ。
★笑遊師匠『宿屋の仇討(上)』
侍が相撲騒ぎに困って「伊八~!」と呼んだ件までで「馬鹿馬鹿しいお噺で」とサゲ
た。笑遊師自身が「受けなくたっていいや。一所懸命演ってれば」とボヤきつつだっ
たように、本息というよりは探りながら、伊八などかなり小声だったし、明らかに試
演だろう(12月の三人会でネタ出しをされている)。妙にテンションが上がり下がり
したので受けないのも仕方ない(笑)。これも元は権太楼師かな。江戸っ子三人の調子
が権太楼師。「先代今輔師匠のお婆さんみたいだ」とボヤいた婆ァ芸者が可笑しい。
江戸っ子三人の能天気は勿論柄にある。侍はキチンとして(流石に笑いながらは演じ
ない)、武骨である。伊八が稍地味かな。いずれ本息になれば爆笑ネタになるね。
◆9月9日 第二期四季の正蔵 夏の正蔵(紀尾井小ホール)
正蔵『もぐら泥』/正蔵『王子の狐』/たこ平『親子酒』/正蔵『ぼんぼん唄』
★正蔵師匠『もぐら泥』
喜多八師匠譲りらしく、小味だが、落語国の住人らしい暢気な泥棒でお気楽に愉し
い。金を取って逃げる男にもう少しタチの悪さが欲しいな。
★正蔵師匠『王子の狐』
もぐら泥で金を取った男が主人公というのは笑った。小満ん師譲りで淡い演出だが、
「勘定は貴方から」と言われて驚いた狐が「気のいい狐で」と語られ、金を払う算段
をして首を傾げている、という如何にも小満ん師らしい描写が活きて、実に酒脱で馬
鹿馬鹿しく嬉しい。先代馬生師に、主人公が狐が呑む口元を見て「凄い歯ですね」と
怯える抜群に可笑しいくすぐりがあったが、そういうのを二つ三つ入れてメリハリを
つけたい。最後に出てくる仔狐の可愛さは出色。動物は十八番だ。
★正蔵師匠『ぼんぼん唄』
お囃子のその師匠に盆唄のメロディを探して貰い、盆唄を子供たちが唄う場面で歌
入りのハメ物として入れた。また、台本も小佐田定男氏に書いて貰った改訂版。仕立
屋夫婦の迷子に対する微妙な感情の差が難しいが、巧く笑いに転化して噺を進めた。
本来の親を探す件はもう少し短く、夫婦が子供を可愛がる場面はもう少しあってもよ
い。子供の生まれた町が子供たちの歌う盆唄から分かって以降、夫婦の直面する哀し
嬉しが涙を誘う。さのみ尺もかからず、良い人情落語の小品新生だと思う。サゲも仕
立屋と呉服屋で糸縁に変えてある。
★たこ平さん『親子酒』
かなり独特の口調(今回は上方弁ではない)だが、そのクセの強さかもう一寸で面
白さに熟成する、という雰囲気。クンネリクンネリした芸なんだけど、もっと枝雀師
の計算された演出に近づけても良いと思う。たこ平さんの個性はそれでも前に出て来
ると思いから。
◆9月10日 気軽に志ん輔(お江戸日本橋亭)
半輔『寄合酒』/才紫『夏泥』/志ん輔『化物遣い』//~仲入り~//志ん輔『明烏』
★志ん輔師匠『化物遣い』(ネタ卸し)
初演だったかなァ?「最後に一本取られたな」等、隠居の口喧しい割に、杢助に押
されると黙っちゃう辺り、人柄は出ているが、それでもまだ叱言が先立つ。何か、愛
嬌になるスキというか、杢助曰くの「無駄」をつい言ったりしたりしてしまう面が役
柄の落語らしい愛嬌として欲しい。杢助は野暮だし骨太だし、結構なもの。
★志ん輔師匠『明烏』
源兵衛が若旦那の「瘡ァかきます」のセリフが元で花魁を怒らせてしまい、振られた
挙句の自棄酒のやり過ぎで二日酔い。梅干を楊枝でつつき、茶を飲みながら仏頂面で
ボヤいてる、太助は若旦那が敵娼と泊まったと知って喜んでる、それを聞いて源兵衛
が怒りだす、って翌朝の件が馬鹿に可笑しい。そのまんま、甘納豆抜きでサゲまで行
くのが演出としてスッキリしてる。太助の「(大門で縛られるのは)ホント?」もな
く、敵娼も浦里とは言わない。他人の懐を目当てにしてた二人がとんだしっぺ返しを
食う女郎買失敗譚として成立している。惜しむらくは若旦那が初めての外出に端から
不安を表に出し過ぎる。言わば、今の木久蔵師が学問馬鹿になったみたいに、ポヤッ
としていた方が前半のトーンが一層明るくなり、源兵衛の悲劇(笑)との落差が出るの
では?
◆9月10日 新宿末広亭夜席
京丸京平/壽輔『善哉公社』/夢太朗『佐野山』//~仲入り~//遊之介『浮世床・芸~
将棋』/扇鶴/歌助(柳橋代演)『金明竹』/小圓右(米助代演)『道灌』/マキ/遊雀『宿
屋の富』
★遊雀師匠『宿屋の富』
古今亭型『宿屋の富』では現在東京一番の爆笑高座だろう。宿屋主人の「夢のような
お話で」と言いながらの気弱な笑顔を繰り返す事で前半を快調に進め、軽い調子で法
螺を吹いていた客の「なけなしの一分取られちゃったよォ」の悔しい泣きでドッと受
けさせる。中盤は二番富の男の狂騒が無闇と愉しく、「あっしはゆうべもここまで来
ると泣けて」や呆れて聞いてた男が拍手をしながら「おめでとう」と言うのがステキ
に可笑しく馬鹿ウケ。身請けかうどんかの騒ぎから一転して、客が千両に当たる騒ぎ
になるが、クドいほど「当たったかな?」の繰り返したりしないし(当たったのを理
解出来ない様子をクドく演じる『宿屋の富』は聞きダレする)、ここで「五百両や
るって言わなきゃ良かった」を直ぐ言うのがまた可笑しい。続く、宿屋の主人も一瞬
にして当たったと分かって驚くから(この辺り、仕種も非常に効果的に可笑しい)可
笑しさが下がらない。宿屋に客が戻り、主人が戻ってからもトントン進んで最後まで
飽きさせない。遊雀師ならではの「泣き爆笑」を凌駕する演者は当分いないだろう
なァ。可笑しさでは枝雀師の『高津の富』より上だろう。惜しむらくは、客が二階で
寝てるんだよね。
石井徹也 (落語”道落”者)
投稿者 落語 : 2011年09月13日 12:24