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2011年08月27日

石井徹也の「らくご聴いたまま」 七月下席号

まだまだ暑い日が続きます。じめっとした暑さを回避出来るのが文明の利器、クーラー・・・ではあるのですが、このクーラーが原因で風邪をひくことも。落語会の会場でもずいぶん寒いところがあったりします。落語会や観劇をするときは「長袖」「厚着」という人もいまして、文明社会というのは不思議なもんだなと思います。落語国の住人たちはクーラーを知りませんが、四季折々、知恵を使ってうまく生活しています。見習いたいものですね。

今回は石井徹也さんによる私的落語レビュー「らくご聴いたまま」の七月下席号をお送りいたします。    落語”道落者”・石井徹也渾身のレポートをお楽しみください!

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◆7月21日 真一文字の会(内幸町ホール)

市也『牛褒め』/一之輔『蛇含草』(囃子入り)/一之輔『夢八』//~仲入り~//一之輔
『百川』

★一之輔さん『蛇含草』

餅を食う件で『粗忽長屋』『愛宕山』など囃子入りの動きを色々見せて愉しい。中に
は分かり難い仕種もあるけど。「アメリカンクラッカー」や「粗忽長屋」は一考の余
地あり。それと主人公が帰宅してからは噺として無くもがなかな。甚兵衛が手拭い製
では稍薄い。上方風のタオルか、もう少しブワッとした生地に変えたい。

★一之輔さん『夢八』

ネタ卸し。上手いネタを選んで来た。ムンクみたいな首吊り死体が可笑しい。煮しめ
を食べる件、薪ざっぽうを叩く仕種も、死体に気付いて驚く表情もコミカルで無理が
ない。叩きに小南師匠のようなリズムが欲しい。あと、伊勢音頭のメロディが少し
変。猫は三毛猫でなく黒猫の方が良いのでは。猫の怪異さは不足。

★一之輔さん『百川』

中盤まで、百兵衛のフワフワした田舎者ぶりと河岸の兄貴分の早呑み込み勘違いの対
照がかなり愉しい。声を張り上げず、スイスイ演じている印象で尺を感じさせないの
も結構。終盤、毎度の怒鳴り癖がちょいと出たのは惜しいが、兄貴分が口笛を吹いて
空惚けるのなどは可笑しい。『馬の田楽』『萬金丹』の田舎者、『粗忽の使者』が聞
きたくなった。

◆7月22日 第29回特撰落語会「喬太郎・兼好・一之輔、誰かが二席の三人会」
(深川江戸資料館小劇場)

 宮治『狸の札』/兼好『祇園祭』/喬太郎『死神』//~仲入り~//一之輔『鰻の幇
間』/兼好『お化け長屋』

★喬太郎師匠『死神』

「助かっても、また同じ事して、此処に来て、死神さんに謝るの?」「そういう奴だ
からな」・・「子供のローソク」「こんなに長いの・・」・・・自ら吹き消す。厭世
的というか、「生まれ来し子には涙をもって迎えよ」的な人生観の展開。人情噺に近
くなっている。

★一之輔さん『鰻の幇間』

 六月に聞いた時同様、ほぼ喜多八師匠のまんま。僅か一ヶ月半だから仕方ないとは
いえ、『欠伸指南』『鈴ヶ森』と同じく、オリジナリティの発露に乏しいままの噺に
ならないかと心配。

★兼好師匠『お化け長屋』

 (下)までの通し。古狸の杢兵衛が最初に話す怪談が異様な陰気(だけど巧い)なのは
兼好師匠の本質かな。最初の入居希望者は余り極端には怖がらない。二度目の怪談は
意識的に調子を上げて、混ぜっ返しがしやすく工夫してある。二人目の入居希望者は
軽くパアパアしているのがジム・デイルのビル・スナイブスンみたいで(つまり、田
舎のアンチャンみたいなんである)何度も「手短かにしろ」と両腕を一気に縮める動
きが枝雀師風で抜群に可笑しい。半面、喋っているうちに口調が殆ど田舎者になって
しまったのは変。混ぜっ返しの調子は白酒師を更に軽くした印象で嫌みなく愉しい。
後半は六代目柳橋師同様、長屋の連中が入居者を追い出そうと計画するもので、半
ちゃんが如雨露や箒を忘れて屋根に上がり擬音を口で演る辺りや、寺の鐘、仏壇の鈴
を鳴らす係、襖を無音で開ける親方の三人が調子に乗って叩きまくり、開け閉めしま
くるドタバタコメディは最高に可笑しい。更に聾婆を白塗りにして天井から吊るした
ので「たすけて~!」と言い出すなど、『不動坊』的なドタバタコメディとして(時
間が

押していたので演じ方は慌ただしかったが)非常に可笑しかった。サゲは大騒ぎを聞
き付けて現れた大家が白塗り婆を見て驚くが、大家まで出す必要はあるかな。これは

蛇足気味。陰気が地と分かるとはいえ、これまでに聞いた兼好師の噺では一番可笑し
く、愉しい。

◆7月23日 遊三を聴く会(お江戸広小路亭)

鯉丸『壽限無』/小曲『酒粕・から抜け』/マグナム小林/遊三『寝床』//~仲入り~
//遊三『唐茄子屋政談』

★遊三師匠『寝床』

黒門町型。旦那は下町の旦那という雰囲気。怒り方が割と強い辺りが黒門町の色合い
を感じる。煙管の件も久しぶりに見た。繁蔵の腰の低い軽さが可笑しい。旦那の機嫌
直りも感情の上げ下げが極端でなく、かなり強い怒りからスーッと収まる流れな。全
体的にギャグに頼らない落語になっている。

★遊三師匠『唐茄子屋政談』

受けやすい吾妻橋を敢えて全くカットした寄席サイズの通し。ベースは圓生師だろ
う。徳や貧乏長屋の住民のあちこちに圓生師の一寸した表情が顔を出す。唐茄子を買
うのを嫌がる友達の事を「じんま」と呼ぶのも懐かしい。そいつが唐茄子を重そうに
両手で抱えている形が実に可笑しい。貧しい子供が徳の弁当を見下ろす視線なども
カッチリして子供と徳の距離感が分かる。貧しい母親が弁当を両手で貪る子供の様子
に「お行儀が悪い」と泣く様子も圓生師の雰囲気がある。簡略型とはいえ、使われて
いる言葉も近年の大半の『唐茄子屋』と違い、ちゃんとした日本語なので安心する。
貧乏長屋での出来事を伯父さんに語りながら徳が泣くのは若旦那らしくて良い。徳が
唐茄子屋を売ってくれた町の男の事を「遊んでる頃なら一緒に誘うんだが」と言った
のは了見の嬉しいセリフ(これは圓生師は言ってたかな)。

◆7月23日 浅草演芸ホール夜席

小さん(扇橋代演)『元帳』/小菊/勢朝『紀州』//~仲入り~//柳朝『唖の釣』/ゆめ
じうたじ(アサダⅡ世代演)/扇遊『垂乳根』/ダーク広和(にゃん子金魚代演)/権太楼
『黄金の大黒』/和楽社中/一朝『井戸の茶碗』

★一朝師匠『井戸の茶碗』

 マクラからキッチリ30分。真にリズミカルでいながら、千代田卜齋の侍心、高木
作左衛門の明朗清廉、清兵衛の実直を描いて十二分の高座。

★権太楼師匠『黄金の大黒』

少し端折ったが、何とも長屋の連中が馬鹿馬鹿しくて堪能。

★扇遊師匠『垂乳根』

久しぶりに扇遊師らしい、軽くて綺麗な落語。お千代さんの「あ~ら我が君」に色気
と恥じらいが感じられる辺り、真に良かった。

★柳朝師匠『唖の釣』

仲入り後が一本減ったので食付きで20分。サラッと演っているが骨格が確りしてい
るので安心して聴ける。一朝師の程の良さは受け継がれている。

◆7月24日 第十一回柳噺研究会

花どん『金明竹』/雲助『狸賽』/小燕枝『夏泥』//~仲入り~//小菊/小里ん『笠
碁』

★雲助師匠『狸賽』

基本的に先代馬生師系。狸の賽が懐の中で動き回り、八五郎がくすぐったがる件から
懐を飛び出す狸の賽を捕まえる動きには独特の愛嬌とキレがあって物凄く可笑しい。

★小燕枝師匠『夏泥』

煙草入れのサゲ。米代・お菜代・腹掛け等程度で金額もそれぞれ30銭前後と少額の
たかり、という設定。土方はヌハハハキャラクターで暢気。泥棒は小心で押しに弱
い、といった具合に人物像の対照が中心の展開で小味に愉しい。

★小里ん師匠『笠碁』

先日の浅草主任に比べ、喧嘩になってからのテンションが少し高めだが、そのテン
ションが待つ側の旦那が雨模様の退屈にダレ、周囲に八つ当たりする気分に繋がる。
結果的に、二人して「よぉし」まで痩せ我慢しまくっている様子が実に可愛らしくな
る。脇役で番頭の「ヘッ?」という表情がグッと可笑し味を増しているのも結構。

◆7月24日 浅草演芸ホール夜席

小さん(扇橋代演)『町内の若い衆』/小菊/藤兵衛(正朝代演)『強情灸』//~仲入り~
//柳朝『ひと目上り』/アサダⅡ世/勢朝『漫談』/扇遊『お菊の皿』/にゃん子金魚/
小燕枝(権太楼代演)『夏泥』/和楽社中/一朝『蛙茶番』

★一朝師匠『蛙茶番』

省略型ではあるが、馬鹿半の跳ね上りぶりと定吉の面白がりは当代随一だから終始愉
しい。

★小燕枝師匠『夏泥』

昼間の「柳噺研究会」がお浚いになったのか(笑)、小燕枝師らしい、暢気でシニカル
な可笑し味は更に高まってキッチリ受けた。

★扇遊師匠『お菊の皿』

簡略型だが、若い衆のワイワイガヤガヤの愉しさ、お菊の色気と馬鹿馬鹿しさが相
俟って十分に面白い。特に若い衆の「いい女だなァ」がリアルに可笑しい。聞いた事
はないが『庖丁』の寅が似合いそうな「女好き」の実感あり。

◆7月25日 第18回談春弟子の会

春松『道灌』/はるか『饅頭怖い』/春樹『高砂や』//~仲入り~//春太『寄合酒』/
こはる『鰻の幇間』

★春樹さん『高砂や』

ごく一部のリアクションを除いて、目白の小さん師の教えをほぼ守った出来。調子に
癖も無く、立川流では珍しく素直な落語。今の時代では売れ難いタイプかもしれん
が。

★こはるさん『鰻の幇間』

 床の間の軸に「天誅」と書いてある演出は聞いた事があるが、廊下を侍が歩いてい
るという演出は初めてきいた。一八が何かを見て驚いている視線はちゃんと分かっ
た。用語やアクセントが幾つかおかしい。

◆7月25日 浅草演芸ホール夜席

柳朝『宗論』/アサダⅡ世/勢朝『大師の杵』/扇遊『子褒め』/にゃん子金魚/さん喬
(権太楼代演)『長短』/和楽社中/一朝『片棒』

★一朝師匠『片棒』

 ついつい次男の派手な祭囃子ばかりに目と耳の行く噺だが、金太郎・銀次郎・鐵三
郎の描き訳が見事だからこそ面白い。単に言葉の上だけでなく、三兄弟、明らかに肩
の線が違って性格を現している。しかし、それが意識された演技でなく、長年の口演
で自然と身に付いたものなのだろう、演技のワザとらしさを感じさせない。更に、鐵
三郎と吝兵衛親父、二人の性格が矢張り一番似ている。それが遣り取りから分かるの
がまた可笑しい。親子の相似を描く点では『初天神』と同じなんだな。

◆7月26日 SWAクリエイティウ゛ツアー(紀伊国屋サザンシアター)

昇太「御紹介」/喬太郎『任侠流山動物園』/彦いち『自殺自演』//~仲入り~//白鳥
『前進日曜日』/昇太『火打石』/全員「御挨拶」

★昇太師匠『火打石』(喬太郎師の『火打駕籠』を改訂)

喬太郎師らしい文学色は昇太師の世界も染めて切なさは残る。とは言ってもお婆ちゃ
んドライバーの可愛らしい可笑しさが一番印象的なのが昇太師らしいとこ。

★白鳥師匠『前進日曜日』(彦いち師の『全身日曜日』を大改訂)

鶴笑師の「マペット落語」を取り込んだ可笑しさに感心。ストーリーが明確だから、
聞き飽きない魅力もある。展開は喬太郎師の『体の幇間』とか、他にも似た噺を聞い
た記憶はあるんだけれど弾け方が違う。擬人化の達人だなァ。

★喬太郎師匠『任侠流山動物園』(白鳥師作)

ほぼ原作通りだが、白鳥師よりも東映任侠映画っぽいとこが特徴、というか喬太郎師
らしい。豚二の雰囲気もある意味、任侠映画世界的に一途。パンタのパン太郎は金子
信男でなく成田三樹夫系ってとこかな。この噺を聞くと「芝居的な落語」という意味
で、白鳥師と芸系が似ているのも分かる。

★彦いち師匠『自殺自演』(昇太師作)

 噺家師弟の展開に脚色した内容。終盤に出て来る師匠の手紙は『ラブ・レターズ』
の最後の手紙に似ている。聞いていて、「押忍ッ!」の神様が出てくるまでが少し辛
いのは運びにかったるい所があるためか。

◆7月27日 第三回らくご・古金亭(湯島天神参集殿一階ホール)

駒松『狸の札』/馬吉『不精床』/白酒『粗忽長屋』/馬生『唐茄子屋』//~仲入り~
//「特集 時知らず夏の冬噺」小満ん『三助の遊び』/雲助『替り目』(後半囃子入
り。大津絵「冬の夜」入り初演)

※自分が主催した会なので感想は無し。とは申すものの、小満ん師の『三助の遊び』
に続いて、『替り目』の中で志ん生師十八番の大津絵「冬の夜」を雲助師に唄って戴
き、「夏の冬噺」の特集が出来たのは私の仕合わせ。お客様の大半にも「冬の夜」は
好評で、有難く存じております。

※ここからは主催者としての発言です。

雲助師に「『替り目』に「冬の夜」を入れてみて戴けませんか?」とお願いしたのは
私です。「志ん生師匠と先代馬生師匠の演目だけを」という主旨の会で、志ん生師匠
の十八番だった大津絵「冬の夜」をどうしよう?と以前から考えておりました。当初
は「音曲専門の方をゲストにお招きして」とも考えましたが、「矢張り、古今亭・金
原亭の噺家さんに唄って戴きたい」と考え直しました。そこで、今年に入ってから、
雲助師匠に御相談をした訳ですが、当初は師匠も「ウウ~ム、それは一寸出来るか
な。恥ずかしいよね」と考え込まれていました。その日は結局、「取り敢えず、志ん
生師匠のテープをもう一度聞いてみて」と言う御返事でしたので、その後、手前の方
からは無理強いをせぬようにと心がけ、お待ちをしておりました。

開催一カ月程前に再度伺った所、「お囃子のそのさんと合わせてみてから。番組に予
告はしてないんでしょ?」とのお言葉でしたから「予告はしておりません」とお答え
しました。更に開催三日前、「栁噺研究会」の楽屋で御目に掛かった際、「当日も開
演前の夕方五時に、そのさんと合わせてみて、最終的に決めましょう」と師匠から
言って戴き、そのまま当日まで「冬の夜」を入れるかは、私にも師匠にも分らない状
態でした。

雲助師匠のお囃子入り『替り目』は今回が初演ではございませんが、雲助師匠のファ
ンの方も突然の「冬の夜」には驚かれたと思います。私としては感謝の念で一杯でご
ざいましたし、終盤の「もしもこの子が」の件からは、雲助師匠ならではの情味を感
じておりました。

こうした事実関係をお客様が御存じないのは当然とはいえ、公演後、御自身のブログ
で「“冬の夜”を入れるとは慢心ではないか」と書かれた熟年の男性がいらっしゃる
のを拝見致しました。しかし、上記致しましたように、言いだしっぺは私であり、雲
助師匠が慢心で入れられた訳ではありません。

元より、「雲助師匠の慢心」など、私には思いもよらぬ事です。寧ろ、「古今亭、金
原亭の噺家さんにこそ唄って戴きたい」という、素人である私の無理なお願いに応え
て下さったのみならず、更に公演後には「矢張り、本番と稽古は違いますね。しか
し、これからも何度か演じて、財産にしたいと思います」と、謙虚で有難いメールも
戴きました。志ん生師匠の「冬の夜」が絶妙だったのは私も存じております。しか
し、現状では何方も演じる事なく、途絶えかけた音曲になっています。

事実、音曲・俗曲の師匠方からも私は拝聴した事がございません。そんな中、素人の
無理なお願いと、御時分の悪戦苦闘を承知の上で「演ってみましょう」と引き受け、
「財産にしたいと思います」と仰って下さる雲助師匠の噺家気質、侠気、洒落っ気を
思えば、如何に書き手不明のブログとはいえ、「慢心ではないか」のひと言は看過出
来ないと考え、敢えて書かせて戴きました。

一方、雲助師匠に「冬の夜」をお願いしていた際、すぐ傍にいらして、悩んでいる雲
助師匠を目にされた春風亭一朝師匠(だったと思います)が「恥はかいちゃえばいい
のよォ」とにこやかに、温かく言葉を掛けて下さったのも忘れられません。寄席育ち
の噺家さんならではの「心構え」を「冬の夜」で改めて教えて戴いたように感じてお
ります。 平成23年7月29日 石井徹也

◆7月28日 第562回三越落語会(三越劇場)

朝呂久『権助魚』/龍玉『夏泥』/小文治『きゃいのう』/一朝『宿屋の富』//~仲入
り~//小里ん『一人酒盛』/小三治『癇癪』

★一朝師匠『宿屋の富』

古今亭型だが、ドラマチックな重さはなく、軽く可笑しいので二番富の男の件が馬鹿
に愉しい。宿屋の主人が適宜な感心をするのも、よりコミカル。

★小里ん師匠『一人酒盛』

 手に入ってきた雰囲気。熊の酔い方も終始機嫌良く、留より酒に気が行く様子が嫌
らしくなく楽しめる。酒好きには堪らない酔い方は目白の小さん師の目出度き継承と
いえよう。

★小三治師匠『癇癪』

マクラで言われた「夏の噺で」という感覚が終始保たれていた。アイスクリームや扇
風機という小道具ばかりでなく、登場人物の体感にそれがあり、実家の父親の意見に
梅雨雲が晴れた雰囲気を与え、愁嘆に陥りがちな場面をくどく感じさせない一因に
なっていたように思う。娘の静子も以前はもっと硬く陰な、人形じみたキャラクター
に感じられたが、今夜は極く普通の、自分の意志を持った女性に見えて良かった。

◆7月29日 らくご@座・紀伊国屋2011夏休み公演「白鳥・三三、両極端の会
vol.4」(紀伊国屋ホール)

白鳥・三三『両極端トーク』/三三『線香の立切れ』//~仲入り~//白鳥『珍景累ヶ
真打』/白鳥・三三「御挨拶」

★白鳥師匠『珍景累ヶ真打』

私も某御席亭に「『豊志賀』って、つまりは小円歌師匠が市也さんに惚れちゃった、
みたいな噺でしょ」と言ってはいたものの、まさか、そういう内容で本当に演じる噺
家さんが出てこようとは思わなかった。「ミミちゃんシリーズ」の改作で、音痴の噺
家・柳家ミミが音曲を習いに行った先の小円歌師に惚れられて、という『豊志賀』展
開に『野晒し』と『立切れ』をまぶした芸界怪談風作品のネタ卸し。パロディの部分
だけでなく、「女性(を含めて)色物芸人は主任が取れない」って事への疑問が入って
いる辺りは「Woman‘s落語会」の主である白鳥師らしい・・・とはいえ、何
たって、豊志賀=小円歌師匠、新吉=ミミ(三三師匠)、お久=ぽっぽさん、という
置き換えキャスティングが絶妙で大爆笑(狼連で喜多八師が登場するのにも笑った
笑った)。顔に腫れものが出来るのではなく、嫉妬から来るストレスで無茶苦茶に小
円歌師が太ってしまい、「こんな顔になって」とミミに恨みを述べるのも爆笑物だ
し、最後が「浅草演芸ホールの地下に瞑っていたストリッパーの無縁仏と女性色物芸
人さんたちの生霊が真打を取って興行を大ヒットさせる」という具合に、能天気な明
るさで終わってしまう辺り、アメリカン・ミュージカルみたいな能天気な終わり方も
白鳥師らしくて良いなァ。「鼻の圓遊師」に匹敵する改作の天才ぶりを縦横無尽に発
揮した作品といるだろう。ネタ卸しの勢いもあるが、モデルの分るパロディは物凄く
可笑しい、という着眼点も強味だ。その代わり、差し障りが余りにもあり過ぎて、滅
多な場所では再演がしにいのが残念でならない(笑)。まぁ、コソッと何処かで演る分
にはいいよね。「演目未定」でかまわないから、圓朝座で演って欲しいくらいである
(11月と来年2月の圓朝座は「白鳥版札所の霊験」上下口演の予定だという事)。
この改作の凄さは、『鰍澤』をニューロティックホラー化したい私の気持ちを勇気づ
けてくれた

★三三師匠『線香の立切れ』

いつも掛け違いで、私は三三師の『立切れ』が初聞き。聞き終わった感想は「最近の
『立切れ』の中では随分と短かったな」。元々、三三師の噺の脚の速さは定評のある
所とはいえ。最近は50分を平気で超える『立切れ』が多くて閉口する。私の聞いた
『立切れ』のベストは故・文枝師で36分だった。母親の「小久は何が弾きたかった
んでしょうね」のセリフと呼応すると、「黒髪」では小久が怨みがましい女になって
しまうのではあるまいか。三三師は「黒髪」の歌詞(恨みの唄である)を知らないの
かな?黒髪が弾かれている間、小久の母親が色町の女とも思えぬような説教がましい
セリフ(「小久の事は早く忘れて、おかみさんを」云々)を若旦那に説くのも納得しが
たい。「野暮を言わない」は色町の最低条件だろうし、「忘れちゃうよ」と分かって
いても、後を問わないのが落語の良さだろう。『文七』の「縁」同様、小理屈をつけ
ないと納得出来ない噺を持ちネタにする必要はあるんだろうか(これは三三師に限っ
た事でなく、特に大ネタの場合、自分が納得するための小理屈を噺に付ける噺家さん
が近年は馬鹿に多い。納得できないなら演らないか大改作するかしかないのだが、か
といって全体を改作する程の才能の持ち主は白鳥師くらいしかない)。黒髪が「プ
ツッ」と切れず、スーッと消える演出は幽霊的ではあるけれど、「線香の立切れ」と
いう意味とは相容れないだろう。扇橋師の「こんな逆さま見ようとは」のセリフも無
いし、小久の娘芸者ぶりにも説明が多く、人情噺としても無駄・蛇足が多過ぎる。物
事をシニカルに捉えるのが得意な三三師なら、もっとシニカルに純愛を突き放す人物
を創作・提示しても良いのではあるまいか。

◆7月30日 らくご@座・紀伊国屋2011夏休み公演「喬太郎の古典の風に吹か
れて」昼の部(紀伊国屋ホール)

小太郎『やかん』/小柳枝・喬太郎「対談」/喬太郎『粗忽長屋』/小柳枝『船徳』//
~仲入り~//喬太郎『寝床』

★小柳枝師匠『船徳』

芸術協会の『船徳』の典型。若旦那、船頭の江戸っ子がりの軽さが独特。特に舟を出
すまでのサラリとした気取り方が素敵に面白い。「竹屋のおじさ~ん」等、決め所の
声が小さかったのはメリハリを弱めて残念。葭の中に舟を突っ込んだ件で徳が櫓を放
り出して音を上げ、サゲとなるが、落語としては盛り上がった直後にサゲの来る、こ
の演出の方が矢張り良いと思う。

★喬太郎師匠『粗忽長屋』

 可笑しい所もあるが、何だかイマイチ、腑に落ちない高座である。気の短い粗忽者
のテンションが端から高過ぎるのかな・・・「ア~・・・熊、おれだ」と立ち上がる
件の声と動きなどは素敵に可笑しいんのだけれども。

★喬太郎師匠『寝床』

怒った旦那の「生まれて来なければ良かった」が一番可笑しかった。旦那の我が侭ぶ
りが奇妙に可愛いのも特徴。以前の「一寸暑苦しい印象」は抜けて旦那の一喜一憂の
緩急で可笑しさが進む。半面、長屋の連中ばかりの座敷の場面になると面白味が下が
る。もっ良い意味で無神経に、文朝師匠の『寝床』みたいに徹底して旦那のマニアッ
クぶりと傍迷惑ぶりを強調しても良いのではあるまいか。

◆7月30日 らくご@座・紀伊国屋2011夏休み「喬太郎の古典の風に吹かれ
て」夜の部(紀伊国屋ホール)

小太郎『鷺取り』/雲助・喬太郎「対談」/喬太郎『ちりとてちん』/雲助『夜鷹そば
屋』//~仲入り~//喬太郎『錦着検校』

★雲助師匠『夜鷹そば屋』

 惣吉の低い声で語る、先代馬生師譲りの「若い男の切なさ」は変わらず良いが、今
夜は婆さんの前に出る可笑しさ(より落とし噺的カリカチュアになる)が爺さんの控え
目な良さと良き対照を為して、笑いの先立ちに涙が後からさりげなくジワッと付いて
くる高座となった。今まで聴いたこの噺では一番面白味の強い出来。

★喬太郎師匠『ちりとてちん』

この噺には『粗忽長屋』の違和感がなく、旦那の少し意地悪を含んだ可愛さ、六さん
のついつい憮然としてしまう直情が愉しい。

★喬太郎師匠『錦着検校』

 角三郎の笑顔の奥に隠した鬱屈は共感出来るのだが、その鬱屈が晴れ掛かった所で
錦着が死に、救いがたい孤独感に角三郎が陥るのがどうにも帰り道の気分を暗くす
る。また、錦着が単に「死ぬため」に出てきた存在に感じられるし、死の一因となっ
た門番の処遇も気になってしまう。この演出には「馬鹿馬鹿しさの魅力」が無さ過ぎ
る(金魚金魚でサゲる喜多八師型の演出にも言えるが)。「明日の無い噺」は落語にな
り難いよ。

★小太郎さん『鷺取り』

枝雀師が爆笑編にして以降、小朝師をはじめ、東京でも演者は何人もいたが、小太郎
さんが一番私には可笑しい。声も仕種も、ニンにある天性の馬鹿馬鹿しさがこの噺と
呼応するのだ。勿論、この先、天性頼りで技術が疎かになっては困るのだけれど、前
座時代の小太郎さんが演った噺を聴いて、凄く可笑しいのに感心した時同様、「落語
向きの天性」を感じた高座だった。

※当日、会場で「本日、出演された師匠方のCDです」と言っていたので、現・小柳
枝師のCDなら買いたいと思って近づいて見たら、七代目の染谷の小柳枝師匠のCD
を売っていたのに驚く。こりゃ看板に偽りありだし、売ってる側が自分が何を売って
いるのか、分ってないのでは商売とは言えまい。

◆7月31日 東京マンスリー42ヶ月目「長講12席その7」(らくごカフェ)

菊志ん『九州吹き戻し』/三木男『浮世床・夢』/菊志ん・三木男「対談」//~仲入り
~//菊志ん『棒鱈』/菊志ん『品川心中』

★菊志ん師匠『九州吹き戻し』

江戸に戻る前夜の喜之助の夢想が軽くて芸人らしくて非常に面白い(ここまでで切っ
ても寄席のスケネタに十分なる)。基本的にこの噺の落語として可笑しい点はクリア
されている。喜之助が時を間違えて旅立ち、水主に会う件で一度怪談っぽく締めて、
船出しての各国娼妓名前違いで笑わせ、嵐に遭うという四段の切り替えが必要。『宮
戸川』の通しと似た構成の噺である。そのメリハリを作るためには、水主に会う件や
嵐の件は下座から囃子を入れて良いのではないか。また、喜之助の働き場所を土佐、
漂流して着いた先を室蘭辺りに変える整理をして、三百里吹き戻された数字に理を通
したい。

★菊志ん師匠『棒鱈』

「琉球」の代わりに「かまきり」を使ったのが馬鹿に可笑しい。侍が「絶対に儂の事
だ」と怒る様子も、酔っ払いの雰囲気も柳家系とは丸で違う、軽~いマンガになって
いて爆笑。これは売り物になるぞ!

★菊志ん師匠『品川心中』

 時間が押していたせいか、ハイスピードだったが、その分、お染・金蔵・妓夫の遣
り取りのリアクションが全て見事に嵌まり、こんなに可笑しい『品川心中』は珍し
い。志ん生師匠に聞かせたいくらいの愉しさだった。親分のうちに戻ってから、稍ス
ピードが落ち、リアクションも普通になりかかったのは惜しい。

◆7月31日 蜃気楼龍玉「圓朝に挑戦!緑林門松竹連続口演第九話 今回は特別」
(道楽亭)

龍玉『星野屋』/雲助『臆病源兵衛』//~仲入り~//龍玉『緑林門松竹~治右衛門殺
し』

★龍玉師匠『星野屋』

騙し合いの可笑しさはあるが、「色」の持つ暗さと魅力にまだ乏しい。

★龍玉師匠『治右衛門殺し』

小僧平助とまたかのお関の脇筋で稍ダレ場っぽい所だが、聴かせる力はある。とはい
え、平助は悪の太さ、お関は婀娜な色気がまだ不足。平蔵の実直な様子と、平蔵がお
関も悪人と知って妙に丁寧になる可笑しさは良い。しかし、細かい仕種や目配りが圓
生師に似てるなァ。それは=表現が類型的で、先代馬生師や雲助師のような「典型的
表現」になるまで、まだ時間が掛かるという事でもある。但し、類型としては十分に
巧い。声が時々、意味なく小さくなる癖は要注意。

★雲助師匠『臆病源兵衛』

 なんでこんなに可笑しいかといえば、表現が人情噺にありがちな類型ではなく、
ちゃんと落語の典型の表現だから。兎に角可っ笑しい!

                        
                             石井徹也 (落語”道落者”)

投稿者 落語 : 2011年08月27日 01:35