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2011年05月15日

石井徹也の「らくご聴いたまま」 五月上席号


五月も半ば。例年は浅草「三社祭」の開催時期ですが、今年は震災の影響もあり三社祭も中止になりました。それから大相撲も興行としての五月場所はなく、「技量検査」のための場所が開かれています。NHKの中継もありませんね。いつもとはちょっと違う皐月です。

今回は石井徹也(放送作家)による私的落語レビュー「らくご聴いたまま」の五月上席号をお送りいたします。
ゴールデンウイークのこの時期に、あえて落語芸術協会の定席興行に足繁く通っている石井さん。
そこから見えた2011年の「寄席風景」とは・・・。
落語耽溺者・石井徹也渾身のレポートをお楽しみください!


◆5月1日 池袋演芸場昼席

味千代/米福『幇間腹』/小文治『牛褒め(上)』/北見伸&スティファニー/蝠丸『お花
半七』/桃太郎『魚問答』//~仲入り~//京太ゆめ子/笑遊『片棒(上)』/遊雀『電話
の遊び』/花/平治『鈴ヶ森』

★平治師匠『鈴ヶ森』

十一代目文治を来年襲名する話をして、この噺でハネる肩の凝らない落語家らしさが
身上。子分のキャラクターの可笑しさが兎に角息苦しいほど。特に、顔に墨を塗る楽
しそうな表情がたまんないね。眉を一本棒に書いてしまうのを、被害者(かな?)の男
が訝しがるのが二度美味しい可笑しさになる。

★蝙丸師匠『お花半七』

凄っごい馬鹿馬鹿しい『お花半七』なんだけど、「今じゃ四つ違い」は特に可笑し
い。

★笑遊師匠『片棒』

「青筋ピピピピ」の無い代わり、花火が凄く下らなく愉しくなった。序盤など、いつ
もほどハチャメチャじゃないけれど、抜群に可笑しいなァ。

★遊雀師匠『電話の遊び』

 笑遊師のハイテンションを受けて、ヒザ前らしく重くなく、長くなく、聞いて愉し
く爆笑が取れる上、人物造型も的確なんだから文句のつけようが無い。

◆5月1日 池袋演芸場夜席

明楽『饅頭怖い』/双葉・圓満『狸の札』/マジックジェミー/昇々『お面接嫌い』/楽
輔『粗忽長屋』/章司/小柳枝『蒟蒻問答』/圓『天災』//~仲入り~//ひでややすこ/
松鯉『玉子の強請』/夢太朗『猿後家(上)』/ボンボンブラザース/圓馬『花見の仇
討』

★圓馬師匠『花見の仇討』

 25分と尺は比較的短いが、侍二人が御成街道では「助太刀をする」と言わない事な
ど、適当に段取りを省いた。結果、三人が侍二人に声を掛けられた際の驚きが強まる
(特に敵役の熊さん)等、余りに沢山の演者の手に掛かったため、段取りが増えすぎて
いたのを抑えた良さもある。侍が似合う、四人組が暢気など圓馬師の演目の中では良
いものだ。

★圓師匠『天災』

鸚鵡返しではちゃんと受けていたように出来は良いが、マクラで陸前高田の知人がみ
んな亡くなった話をしたため、客席がトーンダウンして前半全く受けなかったのは残
念。

★松鯉先生『玉子の強請』

 上総屋の悪辣をサラッと説明しての快弁、真に結構で、ダレかけた客席を見事に
「聞く体制」にまとめ上げたのは流石。

★夢太朗師匠『猿後家(上)』

出来は悪くないが、ヒザ前では出し物が稍重く、トリ前で少し聞き疲れした。

※この芝居の仲入り以降、昼特に席は「爆笑派」が並び、夜席は「聞かせ派」が並ぶ
という、かなり極端な番組構成になっている。平治師匠のホームページなどで知った
が、昼席は池袋演芸場の進藤さんと桃太郎師匠で顔づけをしたとのこと。昼はヒザ前
にユーティリティープレイヤー性のある遊雀師が入っている事でバランスを保ってい
るけれど(遊雀師匠のヒザ前は進藤さんの特押し決定だという。この進藤さんの炯
眼、寄席興行者として噺家さんを良く見ている点にはこの芝居中、舌を巻く事にな
る)、夜席は番組の流れが些か重くなる。一人か二人は、「爆笑派」か「ユーティリ
ティープレイヤー」「受けを狙わない番組進行優先派」が欲しい。特に夜のヒザ前。
落語協会でいえば一朝師匠、小燕枝師匠、小里ん師匠のタイプが芸術協会にいない訳
ではない(たとえば、伸治師匠や栄馬師匠、金遊師匠など)。 ここまで昼夜に極端
な違いがあるのは珍しいので気になった。

◆5月2日 池袋演芸場昼席

/味千代/米福『鰻屋』/小文治『粗忽の釘(下)』/北見伸&スティファニー/

遊之介(蝠丸代演)『置き泥』/桃太郎『勘定板』//~仲入り~//京太ゆめ子/笑遊『や
かん』/遊雀『七段目』/花/平治『青菜』

★平治師匠『青菜』

客席下手最前列で、馬鹿笑いは兎も角、噺の最中も平気で喋り続けた無神経オバサン
に邪魔されたというか、御屋敷での遣り取りから植木屋が帰宅するまでオバサンの高
声を圧倒するために話しているような調子になり、リズムの狂った印象が強い(余り
オバサンが五月蝿いので二列目の人が『青菜』の中盤で注意していた)。植木屋とカ
ミサンの遣り取りから漸く持ち直した印象だが、全体の出来はイマイチという所。友
達の大工が言う「お前のカミサンは鰯を焼かせたら名人だね。随分焼いたろう」等、
可笑しかっただけに残念。

★米福師匠『鰻屋』

小音だが動きは枝雀師匠っぽい可笑しさ。特に鰻の泳ぎを目と手で追う動きが非常に
独特で愉しい。

★桃太郎師匠『勘定板』

田舎者が尻だけでなく、下腹も押さえて便意を我慢するように進化。この姿の可笑し
さは強烈。

★遊雀師匠『七段目』

笑遊師匠のハイテンション『やかん』の後、「桃太郎師匠に“客席、普通に戻して来
い”と言われまして」とキッチリ『七段目』を演じて客席を安定させた。単にキッチ
リだけでなく、定吉の芝居好きと女形が嬉しくて仕方ない様子、若旦那が必死になっ
て刀の下げ緒をほどく動き等、独自の工夫もあって愉しい。

◆5月2日 大日本橋亭落語祭“全てはジャンケンで”(お江戸日本橋亭)

全員/遊馬『禁酒番屋』/兼好『夏泥』/一之輔『蛙茶番』/たま『青菜』/南湖『我が
子褒め』/三三『魂の入替え』//~間入り~//リレー三題噺(A班:兼好⇒たま⇒一之
輔。B班:遊馬⇒南湖⇒三三。お題は各人三題ずつ。AB班共通で9題)

★兼好師匠『夏泥』

キャラクター設定とギャグが非常に可笑しい。特に泥棒の気弱なキャラクター。「お
局好み」だなァ、と感心。

★一之輔サン『蛙茶番』

この短縮サイズだと定吉が半ちゃんを馬鹿にしている設定が生き生きとする。

★たまさん『青菜』※師匠かな?

枝雀師匠の『青菜』が上方のスタンダードになっているのを感じる。所々、六代目松
鶴師匠みたいな雰囲気が出るのは面白い。

※『青菜』の旦那は米朝師匠が雰囲気はピッタリなのを感じた。

★三三師匠『魂の入替え』

 スラーッと演って、特別なギャグ無しで聞けるのは語り口の流暢さ故か。少なくと
も私の知る『魂の入替え』では一番メリハリのある出来栄えた゜った(目白の小さん
師匠のは生で聞いていない)。一方、三題噺B班の自棄みたいな展開もちゃんと聞か
せる腕を見ると、新作も演って適当に語り口が荒れた方が今は良いと思う。人物造型
が侠客物に流れる傾向や、「良い話」に向かいたがる傾向(『マサヒロ』等にも言え
る)は感心しないけれど。

◆5月3日 池袋演芸場昼席

A太郎『表と裏』/味千代/米福『だくだく』/小文治『無筆の隠居』/北見伸&スティ
ファニー(ポロン&山上兄)/遊之介(蝠丸代演)『雛鍔』/桃太郎『唄入り金満家族』//
~仲入り~//京太ゆめ子/笑遊『くしゃみ講釈』/遊雀『熊の皮』/花/平治『佐野山』

★平治師匠『佐野山』

余り泣きすぎず、地噺から人情譚への展開として佳い出来。GWの初心客も納得してい
たのが印象的。最後の志ん生師匠のエピソードは締めた後の笑い、という後口の面で
は分かるが、これ無しで終われると尚良いという所。

★遊之介師匠『雛鍔』

稍バタバタするが職人が似合う。カミサンにあれこれ指示を出す件に段取りじみた違
和感が無い。

★笑遊師匠『くしゃみ講釈』~遊雀師匠『熊の皮』

笑遊師が初心客までを含めてハイテンションで笑倒させ(「青筋がピピピピ」や「ブ
チッ」が今日も嵌まりまくった)、遊雀師が笑わせ乍ら主任への流れを整える、とい
う展開が実に巧く行っている。持ち場としては大変だろうが遊雀師の地力と骨太な可
笑しさの向上は目覚ましい。

◆5月3日 大日本橋落語祭“全てはジャンケンで!”第二夜(お江戸日本橋亭)

 全員「順番決め」/遊馬『垂乳根』/一之輔『徳ちゃん』/三三『鼠小僧小仏峠
(上)』/南湖『谷風情相撲(上)』//~仲入り~//たま『カケ酒』/兼好『権助魚』(理
屈っぽい)/~舞台転換~//立ち噺『茶の湯』

★一之輔サン『徳ちゃん』

割と古い形の演出だが、格子先の花魁が絵ばかり、という辺りから凄く可笑しく、部
屋の落書きの「奴が来る」の血文字にも爆笑。花魁がまた凄まじい。

★三三師匠『鼠小僧小仏峠(上)』

14歳の次郎吉が街道の悪党二人をたばかってやろうとする視線にこめられた、怖いほ
ど奸智に長けた意志の表現に驚いた。三三師とは「視線」に関する出会いが多い
なァ。

★兼好師匠『権助魚』

ギャグや噺の細部が意外と理屈っぽいのに驚いた。

★遊馬師匠『垂乳根』

「ニイハオ」と「シェイシェイ」の出てくる『垂乳根』とは驚いた(お千代さんが中
国にいた事のある設定)。しかし、声も姿も立派な高座ぶりだなァ。花組芝居の水下
きよしさんみたい。

◆5月4日 池袋演芸場昼席

A太郎『ウサギとカメとアリとキリギリス』/京太ゆめ子/米福『新聞記事』/柳太郎
(小文治代演)『カレー屋』/北見伸&スティファニー(ココア)/蝠丸『本膳』/桃太郎
『カラオケ病院』//~仲入り~//味千代/笑遊『蟇の油』/小南治(遊雀代演)『鋳掛
屋』/花/平治『青菜』

★平治師匠『青菜』

一昨日、無神経オバサンに邪魔された鬱憤を晴らすような高座。植木屋の陽気さが最
初から噺の世界を明るくする。矢張り、友達大工の「おめえのカミサンは、鰯焼かせ
たら名人だな。相当焼いてるな」が馬鹿に愉しい。また、亭主の植木屋に「奥にい
ろ」と言われ、居場所が無くて困ったカミサンの行動を亭主が制して「井戸端まで行
くなァ」が夫婦の遣り取りとして妙に可愛くて良い。大工の鰯の食べ方の細かさも
「鰯を食べなれてる」雰囲気で愉しい。そのざっかけない絵に対して、奥さまが色白
で白地の縮みの浴衣姿なのも品良く結構。気になるのは「分かるかな、分からねェだ
ろうな」のギャグで三回繰り返すと効果が薄れる。一回で良いと思う。

★桃太郎師匠『カラオケ病院』

高座に声を掛ける馬鹿客に邪魔されかけたが見事に反撃退治して本題へ。「寄席出ら
れない病」「ぎっくり腰」「海老蔵の陥没骨折」「薮医者」など病気・曲共に増えて
絶好調。

★米福師匠『新聞記事』

サラッと演っていたが会話の勘所が全て嵌まっていて面白い。

★蝠丸師匠『本膳』

色々と手を入れて爆笑。手習いの師匠が山盛り飯の中に鼻を突っ込んでクシャミをす
る演出。オチも姿を消した師匠を探したら夜逃げをしていた、に変えてある。

◆5月4日 柳家三三六カ月連続公演『嶋鵆沖白浪』第一回(にぎわい座)

右太楼『欠伸指南』/三三『嶋鵆沖白浪~佐原喜三郎一』//~仲入り~//三三『嶋鵆
沖白浪~佐原喜三郎二』

★三三師匠『嶋鵆沖白浪~佐原喜三郎』

昨年の三夜連続公演の初日とほぼ同じ内容。出来もそんなに変っていない。侠客物に
は慣れてるし、昨年、この件は既に或る程度、まとまっていたから、流れはまずま
ず。細部で気になったのは、お寅が痛めつけられた喜三郎を助けようと敵方の小屋に
入る際、周囲に気を配らずに平気で戸を開けたが、中の按配の分からぬ所に入るにし
ては余りに不用心。普段、こんなに暢気に落語を演ってない師匠なのにね。兎に角、
余りにも講釈の語り口で(「ディッ」という琴柳先生譲りの掛け声も聞き飽きた)、柳
派の人情噺らしい世話の艶とは縁が遠い。寧ろ、「意気がるので却って野暮ったくな
る」という、話芸に共通する欠点が前に出てしまう。人物造型も講釈色が強く、噺に
しては真面目が勝つというか、義理人情中心の作りな分、底が浅く感じる。かといっ
て、西洋演劇的な心理描写で演じると陰気になっちゃう人物ばかり登場する。だか
ら、その辺りの按配が難しい。岡鬼太郎だっけ、「圜朝以前の人情噺はもっと暢気な
もの」という文章があったけれど、五代目の黙阿弥と高島屋の黙阿弥の違いをどう現
すか、といった課題はいまだに残る。序盤、皆次の下を訪れて本心を打ち明け、子分
にしてくれと頼む喜三郎など「塩原多助じゃあんめェし」で、生真面目なばかりで二
枚目らしい色気や艶が無さ過ぎる。また、成田の宿で喜三郎が襖を開けてお寅を助け
に現れる件など、色気とデヤッとした大きさが必要だろう。その点、前回もそうだっ
たが、この件の登場人物では倉田屋の文吉の飄然とした所が一番似合う。お寅=後の
花鳥も年齢設定を原典より上げてある以上、もっと色気がなきゃ。正直、原典の十代
前半のお寅が(吉原放火の際に16歳の設定だから)傷付いた喜三郎を背負って逃げる方
が、少女の健気と切なさが出て、『鬼の面』雀三郎師匠版みたいな魅力が生まれるの
ではあるまいか。三三師だけでなく、談春師や喬太郎師、白酒師にも言える事だが、
小朝師の20代の早熟ぶりと較べると(『文違い』の色気とか凄かったもん)、落語・人
情噺を問わず、場面・人物の色気や艶の描き方、二枚目や美女の雰囲気の出し方に
「子供かよ」と呆れるような物足りなさを感じる(喬太郎師はバレ噺では居直って色
艶が出る)。どうも、この世代に共通する弱味だね。「書生芸」なんだよな。この世
代で、実は艶のある(出せる)市馬師は続き物の人情噺は演らないだろうから、困っ
ちゃう。

◆5月5日 第六次第八回圓朝座(お江戸日本橋亭)

ちよりん『泣き塩』/馬桜『真景累ヶ淵~聖天山』//~仲入り~//小満ん『塩原多助
一代記』

★小満ん師匠『塩原多助一代録』

多助が養子になってからお花と婚礼の場に炭船が到着するまで、地噺かと思えば捨て
草鞋・山口屋の強請・四ツ目小町などの名場面を折り込んでの概要通し。特に捨て草
鞋の再利用や炭の秤売りの考案など、多助の優れた経済人性と、その根にある極めて
江戸的なエコ感覚を捉え、『塩原多助一代記』に於ける「江戸の知恵」を浮き彫りに
した独特の高座。まだまだ、多助の廓遊びや、大火事への対応感覚や街人のコミュニ
ケーションなど、世間に知られていない、婚礼以降の「江戸人・多助」のパートが小
満ん師匠の服案として眠っているというのは楽しみ。

◆5月5日 池袋演芸場昼席

平治『酢豆腐』

★平治師匠『酢豆腐』

 最後の所しか聞けず残念。

◆5月5日 池袋演芸場夜席

明楽『手紙無筆』/双葉・圓満『子褒め』/マジックジェミー/昇々『宿題屋』(正式題
名不詳)/楽輔『錦の袈裟』/章司/小柳枝『青菜』/圓『近日息子』//~仲入り~//ひ
でややすこ/小文治(松鯉昼夜替り)『虱茶屋』/夢太朗『たが屋』/ボンボンブラザー
ス/圓馬『蒟蒻問答』

★圓馬師匠『蒟蒻問答』

この三年程で主任で聞くのは三回目か。笑いは普通に取れる。六兵衛親方の偽和尚ぶ
りに風格が出てきた(偽和尚だから風格があっちゃいけないのかもしれないが)。特に
もうすを被る辺りや問答の動きが良い。沢善の問い掛けを聞いての「魚の頭と尻尾を
取って骨も取る?アジの叩きか!?」には笑った。旅僧沢善は変わらず立派。噺全体
から、欠点だった無駄な上半身の動きが殆ど見られなかったのも良かった。

※この噺、設定が固定化している点を、何処か変えられないものか。登場人物のキャ
ラクターも小三治師や先代柳朝師の自棄な権助以降、誰が演じても余り特徴が無さ過
ぎまいか。

★小柳枝師匠『青菜』

トントン演じたが、植木屋夫婦や友達の大工のキャラクターが生き生きして面白い。
旦那は品のある半面、言葉が些かざっかけなく、植木屋の言葉と余り違わないのが疑
問。

◆5月6日  池袋演芸場昼席

米福『強情灸』/小文治『湯屋番』/小泉ポロン(北見伸代演、というか)/蝠丸『時そ
ば』/桃太郎『春雨宿』//~仲入り~//京太ゆめ子/笑遊『祇園祭』/遊雀『四段目』/
花/平治『質屋蔵』

★平治師匠『質屋蔵』

米朝師匠型か。序盤、繻子の帯の件は余り締めないが、背負小間物屋の商売人らしさ
が色濃く、帯を手にする長屋のカミサンの健気さも平治師の味で出ている。半面、旦
那に叱られた定吉の中っ腹の使いから、栗饅頭買い(上方演出の丹波栗を巧く置き換
えてある)、熊さんの盗み酒、盗み沢庵(醤油、更に味噌も戴いていた、というのには
笑った)と、締めずに繋がるから、多少、陰陽の対比が展開に欲しくなる。また、三
番蔵の怪異自体は短く、矢張り物の怪異登場の分、最後でテンションが下がるのは勿
体無い。鳴り物入りの天神様登場をもっと馬鹿馬鹿しくしても良いのでは?

★遊雀師匠『四段目』

出来も良いけれど、最後の「待ちかねた」を芝居声で言ったのは二枚目声がより生き
た。

★蝠丸師匠『時そば』

二番目のそば屋は今夜が開店の設定。そばが滅茶苦茶なのにもひと理由あるし、普通
の演り方で、あの酷いそば屋に常連がいて景気が良い、って穴を拾った事にもなる。
犬の餌用を再利用した丼に酸っぱい汁、丼の底に「あたり」の字でもう一杯と畳み掛
ける。最後も、「九つで」で15文払い、成功して去るから「オヤ?」と思わせておい
て、貰ったチラシに「本日開店記念で一杯12文」のオチに繋がる。如何にも蝠丸師匠
らしい改訂。芸術協会の『時そば』は多彩になってきた。

◆5月7日  池袋演芸場昼席

小蝙『やかん舐め』/味千代/米福『蛇含草』/小文治『強情灸』/北見伸&スティファ
ニーひろみ&山上兄弟兄/蝠丸『紙屑屋』/遊雀『野晒し』//~仲入り~//京太ゆめ子
/笑遊『蛙茶番』/桃太郎『受験家族』/南玉(花代演)/平治『木曾義仲』

★平治師匠『木曾義仲』

お客さんが重かった、というよりは聞き込んでしまうタイプのお客さんだったかな。
まして、笑遊師の『蛙茶番』、桃太郎師の『受験家族』と爆笑連発の後で『木曾義
仲』を持ってきた理由は分かるが、二人の後では、テンションを更に上げないと流石
に平治師でもキツい。

★桃太郎師匠『受験家族』

 この四年間では初めて聞いた演目。マクラが小学校三年でお母さんを亡くされた話
で「珍しくウェットだなァ」と思ったが本題は見事に馬鹿馬鹿しく、聞き終わると
ウェットが全く残らないのは流石。「くもり高校」ってギャグは本当に下らなくって
可笑しい(夜の『犬猿二人会』で「久しぶりだから」と語っていた)。

★遊雀師匠『野晒し』

序盤、怪談噺的な巧さを感じるのは扇辰師匠に似ている。半面、向島に着いてからが
リズミカルでないため、イマイチ、噺が跳ねきらない。「サイサイ節」のメロディは
まともになって来たが、音曲としてはまだおっかなびっくりの上なぞりだなァ。

★米福師匠『蛇含草』

「猫の氷」の小噺を魚の氷に変えてマクラにした。相変わらずの小音だが、キャラク
ター、遣り取り、曲食いの仕種と軽く愉しく仕上げの巧さを感じる。

◆5月7日 第二回桃太郎寿助犬猿二人会(日本橋社会教育会館ホール)

吉好『熊の皮』/桃太郎『魚問答』/壽輔『トイレ様々』//~仲入り~//桃太郎『受験
家族』/壽輔『天狗裁き』

★壽輔師匠『トイレ様々』

 トイレに関するネタばかりの漫談。私は初めて聞いた。

★壽輔師匠『天狗裁き』

何故か今年に入ってから掛け違いで壽輔師を殆ど聞いて無かったので「半年ほど前か
ら始めた」というこのネタも聞き始め。壽輔師の古典演目共通で極めてオーソドック
スな演出だが、主人公が喜助だから上方の速記が元になっているかな。大家や天狗の
一寸濃いキャラクターに壽輔師らしさがある。

★桃太郎師匠『魚問答』

サンマやエイなど試しのギャグが幾つか入っていた。本題以上にマクラの痛烈さが印
象的(とても書けない内容)。

◆5月7日~8日

 7日早朝に扁桃腺炎で高熱を発してダウン。予定していた寄席二か所、会二か所に
行けずじまい。兎に角、熱による筋肉痛で全身がむ痛くて二日間寝込む。二日間も何
も見ないのは久しぶり。

◆5月10日 池袋演芸場昼席

A太郎『悋気の独楽』/味千代/米福『代脈』/小文治『酢豆腐』/北見伸休&スティ
ファニー(小泉ぽろん・ココア)/蝠丸『応挙の幽霊』/桃太郎『桃太郎』//~仲入り~
//まねき猫(京太ゆめ子代演)/笑遊『締込み』/遊雀『電話の遊び』/花/平治『らくだ
(上)』

★平治師匠『らくだ(上)』

 平治師の『らくだ』にしては、何となく序盤の運びが重いかな?という印象を最初
は受けた。その分、独特の前半の仕込み、つまり屑屋の「あそこさえ通らなきゃ」に
もう少し屑屋の心理が変わって来ても良いかな・・・と思ったが、上方風に「米屋で
も驚かして米、届けさせたろか」では平治師の噺として品が無くなるか。飲み出して
からの屑屋の変貌(屑屋の逆首骨鳴らしは可笑しい)の迫力を考えると前半はこれ以上
段取り科白を増やさない方が良いのだろうな。しかし、何時か、寄席で平治師のタッ
プリらくだを焼き場まで聞きたいな。

★桃太郎師匠『桃太郎』

初耳なのも当然、五年ぶりの口演とか。桃太郎師らしい尖り方が愉しい。「親なんて
呆気ないもんだ」は文治師匠の『不精床』を思い出す。

★遊雀師匠『電話の遊び』

 この噺は芸術協会の寄席ネタとして定着するなァ。この噺を寄席で聞けるようにな
るなんて考えも付かなかった。掘出した雲助師匠と汎用性を与えた遊雀師匠&千秋さ
んコンビはつまり幸田露伴の『五重塔』だ。小満ん師匠の『塩原多助』もだが、先入
観で「古色蒼然」と思い込み、中の宝を掴み損ねる事は世の常なんですね。反省。

※今日は小人数の客席を意識してか蝠丸師匠、笑遊師匠が聞かせる演目で来たが、爆
笑派を並べたようで、状況に合わせて「演じ派」に変えられるのは遊雀師を含めて強
み。この番組を考えた藤さんと桃太郎師は偉い。

※平治師の『らくだ』を訊いて思ったのだが、前半は兎も角、この噺、後半は多少ス
トーリーを変えてもいいのかな?と思った。談笑師匠の演じられる「屑屋の復讐」と
いうのも工夫だが、少し噺が重くなりすぎるのが弱味。たとえば「らくだ」に口を聞
かせる。A.願人坊主を拾わず、そのまんまらくだを焼いていたら、死体が立ち上
がって、「おれにものませろ!」「飲みたきゃカンカンノウを踊れ」(伸治師匠の
『らくだ』死体が口はきかないが、確か、このサゲだった)。B.死体と混じって四
人で酒を飲み始める(ベルイマンの映画みたいだが)。「魚を買ってこい」「売るの
売らねえの言ったら、カンカンノウをオレ(らくだ)が踊る」。C.落語の家にあっ
た青流刀で(談志家元のにはある)菜漬の樽に入れるとき、死体をパラパラにしてし
まう(先代馬生相は手足をバキバキ折った上、「肉を削ごうか」迄は言ってた)。途
中でコケて首を落としてしまう。首がないので探しに行くと、落としたはずみにコブ
が出来ている。「死んでとうとう本物のラクダになりやがった」。D.青流刀で死体
をパラパラにして。途中でコケて首を落としてしまう。三 人が焼き場でのんでいる
と死体がバラバラのまま、糸操りのようになって動き出す(これに何かフグの絡んだ
サゲはつかないかな。思いついたサゲは流石に世間を憚って書けない)。・・・
段々、『ターミネイター』みたいになってきたけど、死体を前に三人が平気で笑って
酒が飲める芸風の人なら「落語」として成り立つかも。六代目松鶴師匠、先代小染師
匠、先代馬生師匠系の凄くて可笑しい人ならば,ね。

◆5月10日 池袋演芸場夜席

明楽『手紙無筆(上)』/双葉・圓満『道灌』/マジックジェミー/昇々『湯屋番』/楽輔
『黄金の大黒』/章司/小柳枝『小言幸兵衛』/圓『長短』//~仲入り~//マグナム小
林(ひでややすこ代演)/松鯉『天野屋利兵衛』/夢太朗『巌流島』/ボンボンブラザー
ス/圓馬『鹿政談』

★圓馬師匠『鹿政談』

松鯉先生の実に良い出来の『天野屋』を聞いた後で奉行物はちと損。豆腐屋は奈良田
中町住まい、奉行の名が出ない等、圓師匠とも型が違う。柄にある噺だから、もっと
ユッタリ目に演じて良いと思う。口演回数が少ないのか、まだ言い間違いも多い。

★松鯉先生『天野屋利兵衛』

鮮やかなもんである。利兵衛の義侠、松野河内守の義侠。裏渡世を生きるための手段
である博徒の義侠と違い、一商人、一奉行の信義故、武士の情故のの義侠は見事に描
かれると気持が良い(どっちもフィクションだけど)。考えてみれば『三國志』の義侠
はみんな、非博徒的だもんね。利兵衛の子供にひと言も言わせないのがまた結構!

石井徹也(放送作家)

投稿者 落語 : 2011年05月15日 23:59