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2007年10月19日

高校生VS噺家IN池袋 ~下手も上手もなかりけり 行く先々の水に沿わねば~

 池袋演芸場9月26日昼の部。開演前に入ったら、既に高校生が数人、客席に座っている。それからも、男女入り混じって数人ずつパラパラと入場してくる。
 修学旅行のコースで、寄席に50人くらい、一箇所にまとまって座らされているのをみると、「いきなり、何の解説もなく高校生に寄席かい。気の毒だなァ」とつい思ってしまうが、本日はでんでバラバラに座っているし、明らかに東京、せいぜいが東京近郊の高校生である。最終的に20人くらいになったかな。後から引率らしい先生も一人、入ってきて、捨て耳で開演前に高校生が話してるのを聞くと、“課外授業”の一環らしい。制服もシャツ、ブラウスにテロッとネクタイをしていたりいなかつたりで、ファッションは完全にイマドキの渋谷原宿ウロウロ組。
 客席の入りが50~60人ってところだったから、全体の3~4割が高校生という事になる。いわば「観客席の最大派閥」である。
 そこで、出演者がどう出て、どういう反応を高校生がするか、それが本日の寄席見物の第一目的となった。ちょいと邪道だけれど、ホール落語や独演会と違って、こういう客席ウォッチングの楽しみもあるし、演者のセンスも、実はこの方がよく分かる。「初心者だ」「高校生だ」とバカにして『子褒め』や『寿限無』みたいな噺や漫談ばっかり続くと困るな、と思った。 「子供扱い」されると、子供は反撥するもの。背伸びしたい年頃なんだから。

 で、いよいよ昼の部スタート。前座さんに続いて春風亭朝也さんが『湯屋番』の序盤を刈り込んでサゲまで演じた。独特の甲高い調子で、若旦那のいわゆる「1人キ○ガイ」ぶりが面白~い。高校生も、バカ受けはしてないが反応は悪くない。幸先がヨロシイ。
 続く春風亭柳朝師匠は『荒茶の湯』で、歴史の話から入ったのはちょいと硬かったけれど、故・鬘枝雀師匠風のおかしな表情とサラサラした語り口で、加藤清正と福島正則の大野暮天ぶりを派手に演じて高校生も大笑い。年齢的にも近い強みである。
 橘家圓太郎師匠は、いわば本日始めて高校生の前に登場するオッサンだが、そこは小朝師匠譲り!マクラで全国共通の盛り上げを作るのは得意だから、寄席初心者には向いている。そのまま噺に入り『勘定板』をサゲまで。先代柳朝師匠型の「タマを弾いて使って下さい」の演出ゆえ、バカ受けはしていたけれど、女子高生から「下ネタじゃん」という、いささか「子供だと思って、バカにすんじゃねえよ」というニュアンスの呟きが聞こえた。これには「エッ、分かってんじゃん」という納得感アリ。
 ここでマギー隆司先生の手品。やや、高校生に気を使ったような喋りながら、釣竿使って客席と交流のある手品だから、リアクションはまずまず安定。私の大好きな伊藤夢葉先生なんかにも言えるけど、寄席の手品は喋りも大切だねェ。

 ここから代演が2本続く。まず春風亭勢朝師匠の代演は入船亭扇好師匠。端正な高座のタイプだから、「どうかな?」とやや心配。出し物は『そば清』。一番受けたのは、誇張された蕎麦を食べる仕科。なるほど、仕方噺できたか!半面、噺全体への高校生のリアクションはイマイチ。最後の50枚を、本性を現わした清兵衛さんが猛スピードで食べる辺り、前半の蕎麦の食べ方との「変化」が視覚的に殆どないのと、信州の山の中で大蛇に出会い、間違えて「人間だけを溶かす草」を清兵衛さんが手に入れる、というストーリー展開の説明がちと足りなかったのが原因みたい。特に山の中の「受けない件」を急ぐのは分かるけど、分からなくなるとついて行けなくなるもんね。
 次は入船亭扇遊師匠の代演で林家正雀師匠が登場。怪談噺が売り物の正雀師匠、どういうネタで来るかと思ったら『大師の杵』(内容的にいうと『大師の笛』だけど)。三遊亭圓楽師匠が「恋愛に一番興味のある10代のお客にはこれが一番」と、学校寄席で演じまくったというネタだが、正雀師匠は地噺だからって訳じゃなかろうが、噺が些か上滑りしてアタフタ気味。肝腎の娘が弘法大師の寝所に忍んで行くHっぽい件が『宮戸川』みたいに色っぽくならなかったのは惜しい。とはいえ、そのアタフタした感じがテンポになって幸いしたのか、まずは高校生をダレさせずにまとめてお仲入り。

 仲入りの間、女子高校生たちが「紙切りとか見たかったよねェ」と言ってたのも印象的でありましたね。こういう「寄席に関する知識」が高校生の口から出る辺り、前日25日から再放送してた『タイガー&ドラゴン』の影響なんかもあるのかな。
 仲入り後の食いつきは五明楼玉の輔師匠。木久扇・木久蔵同時襲名の話題から、「落語界も二代目ばっかりです。馬生師匠・志ん朝師匠みたいな凄い兄弟から、共倒れの○○・○○兄弟とか」と、「ヒヒヒ」感覚のマクラでタップリ笑わせてから『マキシム・ド・呑兵衛』へ。今時の高校生なら、カラオケから居酒屋(またはその逆)なんて、当たり前のコンパコースだもんね。玉の輔師、オリジナルの三遊亭白鳥師匠ほどとは言わないけれど、サラサラと運び、噺の展開のおかしさで笑わせる笑わせる。正直、『マキシム・ド・呑兵衛』をよく演ってる鈴々舎馬桜師匠のより軽くてマンガっぽくてオモチロイ!年齢相応というのか、最初に出てくる孫娘にしても、お祖母さんにしても、「無理して若い感覚の噺をしてる」という違和感が全くないから高校生も大受け。
 ヒザ前の登場は柳亭市馬師匠。直ぐに『夢の酒』を演り始めたから、「大丈夫?」と思った。あんまり市馬師の柄じゃないネタだと思ったし、「粋な小品」というのは落語初心者には分かりにくい。ところがこれが「恐れ入りました」という出来。若旦那と夢の女の色模様を「緋縮緬の長襦袢一つになって、蒲団にスーッと」とタップリと語り、その合間に若い嫁さんの嫉妬をうまく誇張して挟んだ!この嫁さんの嫉妬の程合いが実に結構。泣き叫んだり、やたら怖い顔して嫉妬すれば、それはそれで受けるだろうけれど、噺の後半の展開を踏まえて節度を心得た誇張の仕方で、実に見事に高校生を惹き付けたのには大感心でありますよ。そりゃ、「恋愛に興味があり、カレ・カノジョのいる世代」なら「嫉妬」の実感もある。市馬師の対観客センス大発揮で、出来は本日一番!
 ヒザは「ホームラン」の2人。最初は「ボクたちなんか見た事ないでしょ」と謙遜してたし、高校生も「誰これ?」って雰囲気だったが、「話変わりますよ」でコロコロ展開するギャグに客席は爆笑に継ぐ爆笑!「寄席の漫才」の実力発揮で受け方は本日一番。ついには「こんな面白い人いるんだ!」という声が「下ネタじゃん」の女子高校生から上がった!これは寄席ファンとして嬉うございましたね。

 主任は春風亭正朝師匠。出し物は『ちりとてちん』。
 このネタは「今日は誰か演るだろうな」と思っておりました。最近の寄席でもよく聞くネタだけれど、そりゃね。な~んたって分かりやすいし、マクラを長めに振っても、20分ちょっとで出来る噺だもん。
でも、分かりやすい噺だからこそ、実は上手下手が大きいのでありますね。
私の聞いた中では、故・桂文朝師匠の『ちりとてちん』が、後半に出てくる無愛想な男の魅力が抜群で最高! 次は柳家権太楼師匠のかな。
 とはいえ、正朝師匠も二つ目時代から得意にしていて出来は結構なもの。全体の作りが軽いのが、如何にも寄席の芸らしくて好き。でもって、前半のやたらとお世辞の良い男の「歯の浮くような世辞」が嫌らしくないのが『正朝ちりとてちん』の特徴。それでいながら、ご隠居にちょっと醒めた皮肉なおかしさがある辺りはマニア向けなんだけど、だからといって、そのマニア向けの味わいが悪く重くならないのがヨロシイ。先代小さん師匠が言われたという「この隠居はな、無愛想な男の方が本当は好きなんだぞ」という芸談にも合いますネ。後半の腐った豆腐を食べる件が受けるのは当たり前ながら、前半のお世辞沢山から、高校生も含めて着実に客席を楽しませ、段々におかしさを盛り上げて行ったのは立派なものであります。

 かくして三々五々、帰って行く表情をみると、高校生の大半が本日の寄席に満足して帰った様子。出演者全員、善戦健闘、しかもセンスも宜しかったのは嬉しい限り!
 高校生の諸君、またいつか、今度は自分の意思で、誰かを連れて来てね!

 妄言多謝


                                 石井徹也 (放送作家)

投稿者 落語 : 2007年10月19日 14:44