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2007年08月21日

寄席の小三治

 6月下席の新宿夜、8月上席の池袋昼と、柳家小三治師匠が比較的近い間に主任を取られたので、新宿へ2日、池袋へ3日ほど足を運んだ私であります。

 実を言うと、私は余り小三治師の高座が得意じゃない。『宗論』『野晒し』『初天神』『小言念仏』などは素晴らしいと思うけれど、師独特の長いマクラが苦手なんである。だいたい気の短いタチで、どう演っても時間のかかる長い噺はガマン出来るけれど、独演会や落語会で40分も1時間もマクラを聞かされるとダレちゃう。私がいまどきの世智辛い人間で、「ダラダラ長い話や、理屈が多い話は貧乏人(精神的な意味で貧乏な人)の好み」という偏見の持ち主って事もあるけれど、聞く前に気が重くなっちゃうんである。従って、「間の良いヤツはな、そこを客に褒められると、だんだん間が長くなって、間延びしてダメになるもんだから、気をつけろよ」という、先代・小さん師匠がお弟子さんに語ったというシビアな芸談にも、納得してたのでありますね。

 その点、寄席の主任はマクラを1時間演る訳には行かないから気楽に足を運べる。新宿で聞いたのは『青菜』と『船徳』。『青菜』の前半が特に印象的でありましたね。

 植木屋が鯉の洗いを食べたり、直しを飲んだりする件が、実にどうも楽しそう・嬉しそうで、そのキャラクターがヒシヒシと面白かった。「小三治師って、美味い物を食べるのがこんなに好きなのか!」と思っちゃうくらいの表情だったんであります。先代・小さん師みたいに、物を食べる仕科が巧い人は他にもいるけど、美味い物を食べるのが楽しそう・嬉しそうな人はちょっと珍しいよ。小三治師のネタでは、『初天神』の後半、親父が必死になって凧を上げる件が私は大好きだけど、それに近い感じで、子供っぽいけれど可愛らしく、人物に魅力がある。その代り、植木屋が家に戻って、金持ちの真似をする件は、植木屋のお内儀さんが怖くて、テンションが下がっちゃった。

 池袋では『転宅』『癇癪』『馬の田楽』の3席。
 このうち、『転宅』でハプニングあり。客席は小三治師マニアで一杯でありましたが、高座に上った師は、「『湯屋番』を演るつもりでいたんですが、前で『紙屑屋』が出ちゃったから、若旦那物は出来なくなりまして、何を演ろうか、本当に困ってます」と言い出して、更に「何かリクエストありますか?」と客席に訊いたのには驚いちゃった!これまで聞いた高座から、故・志ん朝師匠と並んで、小三治師は“リクエスト”なんて大嫌いってタイプの噺家さんだと思ってましたからねェ。当然、パパパッと客席からは小三治マニアのリクエストが5~6つ飛びました。

 ただ、そのリクエストを聞いてからも「まだ、決められませんね」と、マクラが続いたから、「リクエストを訊いたのは、一種のお愛想かいな?」と思ってたら、ここからの展開がまさに想定外!「最初に言った方の顔を立てましょ」と、本当にリクエストされた『転宅』に入ったのだから再びビックリ仰天ですよ!リクエスしたお客さんにとっては、「寄席で小三治にリクエストしたネタを演って貰った」と生涯の誉れみたいなもんであります。

 尤も、浅い出番で『間抜け泥』が出てたから、『湯屋番』がダメって理屈だと、ホントは『転宅』もダメな筈なんですけど。でも、この『転宅』が佳かった! これまでに聞いた師の『転宅』では最高の出来栄えだったから、また驚いた。妙に間を取りすぎたダレがなく、噺の運びがテキパキして、サラサラ演ってるのに、泥棒がいかにも間抜けで、落語らしさが溢れていて楽しい。

 『癇癪』はややマクラが長めで、噺のポイントになる暴君の可愛らしさ・おかしさが後退してたし、『馬の田楽』はマクラの内容が重く、噺の世界が暗くなっちゃったけど、『転宅』は久しぶりに小三治師の高座を満喫出来て、ホントに嬉しうございました。

 「うちの師匠には、“寄席の流れを考えろ”“出番や持ち時間の礼儀を守れ”と徹底的に躾られましたから」と、つい最近、先代・小さん師のお弟子さんに聞いたばかりなんだけど、その言葉を反芻させられるような高座ぶりでありました。やっぱ、小三治師も寄席育ちなんだなァ・・・・


                                         石井徹也 (放送作家)

投稿者 落語 : 2007年08月21日 09:43