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2007年08月16日

圓朝忌 はて凄まじき猛暑じゃなあ

 8月11日、午後5時近く。地下鉄千代田線千駄木駅を出て、谷中の三崎坂を昇る。気温36℃で酷く蒸し暑く、三崎坂はいつもながらダラダラと長い。名題の菊見煎餅前を通り過ぎた辺りから、早くもジットリと汗ばむのが毎年の恒例です。

 坂の途中、左側にある全生庵へ。「逢魔の刻に墓参をしてはならぬ」って教えをコロッと忘れ、蝉時雨の止まない墓地へ入ると、直ぐ、三遊亭圓朝師匠の墓前に出ます。遮る緑がそこだけないためか、真向かいから夏の日差しを浴びた墓にお参りを。この日ばかりは参詣の皆さんの香華が、夕景までひきもきらないのは嬉しいこと。
 年4回、圓朝作品だけを口演する圓朝座を鈴々舎馬桜師と始めて23年。飛び飛びの時期もあり、現在は第5次圓朝座ですが、長年の念願が叶い、祥月命日の8月11日に菩提寺・全生庵で会を催させて戴くようになって6年。雨の降った記憶がないのも、圓朝師の遺徳か、はたまた天の感じる所か。 日まだ高く 墓石に染みる 蝉の声。

 墓参を済ませて本堂前に出ると、墓参の後、圓朝座の開場を待つ方の姿が既にチラホラ。座禅堂裏の小部屋に入れば、馬桜師やスタッフの女性も集まっており、直ぐに会場となる座禅堂の冷房を入れて、会場を冷やすのも例年の慣わしだ。全生庵最初の年、開演と同時に「音がうるさい」と冷房を止めたため、締め切った(開け放つと蚊の大軍に攻められて噺なんぞ聞いちゃあいらんねェ)座禅堂内は我慢会状態。お客様の大不評を呼んだのも今となれば笑い話デス。余りの暑さに予定の6時より10分早く開場。今年は例年になく浴衣姿の女性が多かったな。皆さん、畳へ直かに座って戴くのは、座禅堂だから座布団がないため。

 圓朝座は第1次が馬桜師と五街道雲助師がレギュラー。第2次・第3次は馬桜師だけがレギュラーで毎回ゲストが出演。第4次は馬桜師と金原亭馬生師がレギュラー。現在の第5次はまた馬桜師だけがレギュラーで、毎回ゲストを迎えるという形式。

 本日の番組は、馬桜師が『緑林門松竹』から「またかのお関」。休憩を挟んで、ゲストの古今亭菊之丞師が『真景累ケ淵』から「豊志賀」の2席。馬桜師の「またかのお関」は30年以前に聞いた六代目三遊亭圓生師の口演よりも原作に近く、菓子商阿波屋の息子・惣次郎の惚れる花魁・常盤木が、前回の口演で悪党“新助市”が吉原に売った手習いの師匠の娘・お時だって因縁を軸に据えた展開。

 新助市の前の女房“またかのお関”が女占者に化けて惣次郎をたぶらかし、50両の金を巻き上げる件は、悪婆を演じては天下一品だった圓生師には、そりゃまだまだ適いませぬ。とはいえ、新助市・またかのお関・小僧平吉といった悪党連中の繋がりが明らかになる事で、次回の「お関による新助市殺し」への興味をより一層引き立ててくれた口演でした。噺の舞台が根津・七軒町や上野・大門町と、「豊志賀」とソックリだったのは馬桜師も想定外。大圓朝も舞台設定は意外と安直だったみたいですね。

 蝋燭を立て、座禅堂の電気を消して口演された菊之丞師の「豊志賀」は「落語でも色気のある年増の得意な菊之丞師ならば!」と期待してェた通り、昔なら「婆ァ」と呼ばれた39歳の豊志賀の大年増っぷりが似会う! 大年増らしい色気だけでなく、18歳も下の新吉への深情けや嫉妬には「またかのお関」や『お富与三郎』も似会いそうな非凡な個性アリ!江戸前の世話な芸風は、とてもとても、御年35歳とは思えねェ。
 新吉も圓生師や雲助師のような、“妙におとなしい、気後れした若者”でなく、豊志賀に向かって色悪風に強く出る性質なのが面白うござんした。全体のテンポがやや早かったため、豊志賀の口調が長屋女房風になり、“願わくば中村福助丈”ってより、“中村小山三丈”だったのは、まァ御愛嬌デス。

 雲助師が『敵討札所霊験』で描かれた、怪談より怖い主人公の怪僧・永禅の怪異。馬桜師が本懐敵討ちまで通演した『札所霊験』の後半、連続する殺人に無常観すら漂ったピカレスクの魅力。馬生師が『業平文治』で聞かせた、圓朝物の概念を覆す軽快な面白さ。三遊亭圓橘師が『牡丹燈籠』の「栗橋宿」で綴った、お峰・伴蔵の転落の人生ドラマと、第1次以来、耳に残る優れた口演を再びと、圓朝座は、来年の圓朝忌に向けて新たな一歩を踏み出すのであります。

 ちなみに、終演後の打上げで、皆の注文を赤のボールペンで書き取ってた私の手が、インクも漏れていないの真っ赤に染まっちゃった!のは、「逢魔が刻」に墓参りをした因果でしょうか。そういえば第1次の時も、雲助師・馬桜師を含め、5人で打上げに行ったのに、2軒の店で立て続けに「箸と杯が6人分出てきた」って経験もしたなァ・・・圓朝師も毎年、打上げについて来られているのかしらん・・・・合掌。


石井徹也 (放送作家)

投稿者 落語 : 2007年08月16日 10:29