2006年05月08日
初心に帰る“外郎売”
僕は、学生時代にアナウンス技術を学んでいなかったにもかかわらず
文化放送に採用してもらったスーパーラッキーボーイでした。
でも、こんな青二才がプロのレベルに達するためには
発声・発音・メリハリと、高低・緩急・テンポ感・・・
あらゆる喋りの要素を一刻も早く身につけなければなりません。
これら全てを手っ取り早く鍛えられるのは
【外郎売(ういろううり)の口上】なのです。
来る日も来る日も【外郎売】。
色んな声で【外郎売】。
その日の仕事は【外郎売】の練習だけ、なんて日もありました。
ういろう。
この場合、名古屋名物の和菓子ではなく、薬の方。
発祥の地は600年以上前の中国。
神奈川県小田原市で今なお作られています。
俗に言う“仁丹”みたいなもので、ノドに効くタイプ。
江戸時代には痰切りなどの万能薬として重宝されました。
そこで【外郎売】。
いわゆる“歌舞伎十八番”の一つで
成田屋(今なら、市川團十郎・海老蔵の親子とか・・)に
代々伝わる“お家芸”の演目なのです。
これが、今月、歌舞伎座で上演中、と聞いたからには
じっとしちゃいられません!
父の敵・工藤祐経(すけつね)を追いかける曽我兄弟。
お付きの者を従えて大磯でくつろぐ工藤を討ち取ろう、と
弟・曽我五郎が【外郎売】のフリをして一人乗り込んできました。
『この薬はね、一粒飲んだだけで病が治るだけでなく
舌がまわってまわって、そりゃもう困るくらい!
よろしければ、ちょっとお聞かせしましょうか?』
てなノリで、【外郎売】はその場で早口言葉を披露する
・・・というのがお約束なのです。
言ってみれば“ガマの油売り”みたいなもの。
だから工藤も心得ていて
「おぉ、それは面白い。
じゃあ、例の“立て板に水”の喋りを聞かせてくれるか?」
とノッてきます。
ここでようやく【外郎売の口上】となるわけです。
曽我五郎を演じるのは、ご存知、市川團十郎。
度重なる白血病との闘いに打ち克って
1年ぶりに歌舞伎座に帰ってきた、という話題性もあります。
一度でいいから《本物》を観たい!
5月25日までなら、スケジュール的に今日しかない!!
【外郎売】だけ観られれば充分だ!!!
こんな時には、やっぱり一幕見(ひとまくみ)でしょ!!!!
昼の部(11時~)・夜の部(16時~)で
それぞれの演目ごとに料金が設定されています。
つまり、コース料理を単品で注文するようなもの。
例えば、1等席が15000円のところを
【外郎売】の〈一幕見〉なら800円でOKなのです。
エリアは歌舞伎座の一番後ろの4階席。
正面玄関の・・・・・・・
左側にあるこの専用入口から、ひたすら上っていきます。
ビックリしましたよ。
あまりに熱気ムンムンで。
何回も通うためには、安い料金で楽しむしかないのです。
その点は、球場の外野席と何ら変わりません。
拍手の大きさも、1階<2階<3階<4階という感じで
立ち見とはいえ、居心地は最高でした!
【外郎売の口上】を見事にやり遂げた五郎が
場の和やかさに付け込んで工藤を討つチャンスを狙っていると
兄・曽我十郎が駆けつけ
「まだ、その時ではない」とたしなめて、幕。
わずか40分弱の内容に、歌舞伎の魅力が濃縮還元されていました。
これぞ“十八番”の重みなのかも知れません。
そして・・・團十郎の、味わいある口上。
《本物》を目撃した感動が、胸を貫きました。
右も左も分からないアナウンスの世界で
必死に基礎を磨いた新人の頃ではなく
今、この時期に観たからこそ
「初心に帰れ」という意味があるような気がしてならないのです。
昔、【外郎売】の練習のし過ぎで、ノドから血が出たのには笑いました。
外郎はノドの薬のはずなのに、ね。
投稿者 斉藤一美 : 2006年05月08日 23:30