7月12日~7月16日の邦流は、小林旭さん
今週の「邦流」のゲストは小林旭さん!
7月12日(月)「硬派でモテた少年時代 」
世田谷でお生まれになった小林旭さん。中学の頃はケンカも相当されたそうです。
硬派だった小林旭さんはあるとき不良女子高生に集団で廃屋に連れ込まれます。
その理由はケンカではなくて・・・、少年時代のお話を伺っています。
7月13日(火)「日活デビュー」
17歳で日活に入社された小林旭さん。
すぐに監督に認められたため、まわりからイジメがひどかったそうです。
そんな時、小林旭さんが取った行動とは?
日活デビューのお話です。
7月14日(水)「ライバル石原裕次郎」
当時の日活の2枚看板、小林旭さんと石原裕次郎さん。
仲が悪いという声もありましたが、実際は仲良しでよく飲むこともあったとか。
石原裕次郎さんとのお話です。
7月15日(木)「 美空ひばりさんへの思い」
昭和37年に「世紀の結婚」といわれた美空ひばりさんとの結婚。
出会いは月刊明星の対談だったんだそうです。
その後、離婚されたわけですが、離婚して13年後、ばったり会ったひばりさんに
言われた一言がいまだに引っかかっているそうです。
ひばりさんとのお話です。
7月9日(金)「歌手・小林旭」
歌手としての小林旭さん。いろいろな歌を歌われていますが、渡り鳥シリーズの当時は
毎週レコーディングしていたそうです。
ヒット曲「昔の名前で出ています」には驚きの裏話が…。
歌手としての小林旭さんのお話です。
<小林旭>
1955年第3期日活ニューフェイスに合格し入社。 翌年10月に「飢える魂」で本格スクリーンデビューを飾る。
1958年の「絶唱」「完全な遊戯」などでその類い稀な表現力を見出され、1959年に後のイメージを決定づけた「ギターを持った渡り鳥」に始まる渡り鳥シリーズ「銀座旋風児(マイトガイ)」その他多くの作品に主演し日活の稼ぎ頭となる。
日活退社後はフリーとして「仁義なき戦い」ではそのストイックなまでの演技力を披露し東宝「青春の門」では男くさい男を演じ小林旭=アクションというイメージを払拭し本物の演技ができる俳優として確固たる地位を築く。
歌手としては1957年にコロムビアレコードより「女を忘れろ」を初レコーディング。次いで「ダイナマイトが150屯」が大ヒット その後も「旭節」と名称までついた「ダンチョネ節」や「ズンドコ節」などが次々に大ヒット「さすらい」「北帰行」などの映画主題歌もヒットを飛ばし歌う映画スターから、演技と歌の両極を完成させる真のエンターテイナーに昇華。
1964年クラウンへ移籍後は「自動車ショー歌」がロングランヒット!
「ついて来るかい」「純子」そして「昔の名前で出ています」がメガヒットとなり日本カラオケ史の幕開けを告げる記念碑的歌となる。 その後も85年「熱き心に」01年「昭和恋歌」など時代時代に象徴的な歌を残す。
2007年7月には自身20年ぶりの座長公演「無法松の一生」を大阪新歌舞伎座で行い、一か月間休演なく連日満員を記録。
多くの観客にリアリストとしての演技を魅せつけ役者としてのその存在感を改めて強く焼き付けた。現在も輝きを放ち続けている「本物のスター」。
投稿者 joqr : 2010年07月11日 16:00