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2009年11月22日

11月24日~11月27日の邦流は、工藤公康さん

11月24日≪火≫:原点のキャッチボール
工藤公康さんは、1963年、愛知県で「巨人の星」そのものの厳しい家庭に生まれ育ちました。お父さんはとにかく厳しく、工藤さんは「殴られるより父のボールを受けた方が痛くない」という理由でキャッチボールにつきあい、野球と出会います。
中学卒業後、名門の愛工大名電高校に進学した工藤さんは、「金属バット導入以来初のノーヒットノーラン」を達成するなど数々の記録を打ち立てます。
今朝は、工藤さんの子供時代から高校時代までのエピソードを伺います。

11月25日≪水≫:西武ライオンズ入団
工藤公康さんは、高校卒業後、西武ライオンズに入団します。厳しい練習と、先輩のお茶くみなどの雑用が大変だった上、なかなか勝てず、つらい新人時代を過ごしました。そんな工藤さんの転機となったのは、アメリカ教育リーグでの経験だったそうです。厳しい競争の世界を目の当たりにした工藤さんは、練習への姿勢をあらため、1985年には最優秀防御率のタイトルを獲得するなど西武の左のエースに成長。
しかしその後、当時の悪い習慣で、夜遊びが度を過ぎてしまい、再び工藤さんに試練の日々が訪れます。

11月26日≪木≫:ダイエー~巨人時代
度を過ぎた夜遊びでボロボロの体になってしまった工藤公康さんでしたが、奥様・雅子さんとの結婚を機に態度をあらためます。結婚したその年には16勝をあげ、最高勝率のタイトルも獲得、見事復活します。
1994年にはFA宣言、福岡ダイエーホークスに移籍しますが、そこで見たものは、西武とは比べものにならない練習量の少なさ、意識の低さだったそうです。そうした中、工藤さんはバッテリーを組んでいた城島健司さんら、多くのチームメイトに影響を与えます。

11月27日≪金≫:来シーズンへの意気込み
工藤公康さんは、来シーズンは古巣・西武ライオンズで現役を続行します。かつてのチームメイト、渡辺久信監督に対しては、特別の思いがあるそうで、渡辺監督が日本一を決めた時は、「自分のことのように嬉しかった」そうです。
今朝は西武ライオンズでのぞむ来季への意気込みについて、また工藤さんが「何10年にひとりの逸材」と認める大物新人・菊池雄星投手についてのお話も伺います。

<工藤公康>
1963年愛知県生まれ。名古屋電気高等学校卒業後、1981年にドラフト6位で西武ライオンズに入団。1995年に福岡ダイエーホークス、1999年に読売ジャイアンツ、2007年に横浜ベイスターズに移籍。これまでに獲得したタイトルは日本シリーズMVP、リーグMVP、最優秀防御率、最高勝率など数多くの受賞歴をもつ。

投稿者 joqr : 2009年11月22日 16:00

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