2月23日~2月27日の邦流は、宇崎竜童さん
今週の「邦流」のゲストは、宇崎竜童さん!
2月23日≪月≫:宇崎竜童 音楽との出会い
1946年、昭和21年の今日、お生まれになった宇崎竜童さん。
当時は戦後の大変厳しい頃で、しかも上に7人ものご兄弟がいるという状況。
お母様も妊娠に気付いたときは、宇崎さんを生むか生まないかで
かなり悩まれたんだそうです。
その後、小学生になった宇崎さんに、ある1人のミュージシャンとの出会いが
ありました。ただ当時は、それがきっかけでミュージシャンになるとは
思ってもいなかったようなのですが・・・
今日は、宇崎竜童さんと音楽との出会いをお伺いしています
2月24日≪火≫:宇崎竜童 阿木耀子さんとの出会い
中学・高校とブラスバンド部でトランペットを吹いていた宇崎竜童さん。
宇崎さんは、エスカレーター式に入学した明治大学でも、軽音楽部に
入部することになるのですが、宇崎さんはここである1人の女性と
運命的な出会いをすることになります。
今日は、宇崎竜童さんの運命の出会いについてお伺いしています
2月25日≪水≫:レコードデビューはコレでいいのダ!
大学を卒業した宇崎竜童さん。
元々、音楽で食べていくつもりは毛頭なく、ある会社の営業マンとして社会人デ
ビューを果たします。
その後、芸能プロダクションで働くことになった宇崎竜童さんに、
レコード会社からレコードを出さないかという夢のような声が掛かります。
「レコードをだす奴等はプレスリーや吉田拓郎のようなカッコいいやつらだけ・
・・」と
デビューを半ば諦めかけていたその時、ある1枚のレコードを見つけ、「これで
いいんだ」と、
デビューを決心されたんだそうです。
今日は、宇崎竜童さんのレコードデビューのお話をお伺いしています
2月26日≪木≫:つなぎの良いところ、悪いところ!
ダウン・タウン・ブギウギ・バンドとしてレコードデビューを果たした
宇崎竜童さん。しかし現実はそれほど甘くなく、当時着ていた一張羅の
タキシードがボロボロになるほどの下積み生活をされていたそうです。
そんなある日、メンバーからたまたま貰った「つなぎ」を着て三浦海岸のコンサ
ートに出た宇崎さんの前に、
あるファンからのバンドの運命を決定づける一言があったんだそうです。
今日は宇崎竜童さんにダウン・タウン・ブギウギ・バンドの成功と、
その成功の裏に隠された葛藤についてお伺いしています
2月27日≪金≫:宇崎竜童プレイバック
ダウン・タウン・ブギウギ・バンドでのブレイク後、宇崎竜童さんは、
作曲家として、他の歌手の方々に楽曲を提供され、こちらも大ヒットを連発する
ようになりました。
なかでも宇崎さんにとって想い出深い作品といえば、皆様ご存知、
山口百恵さんの「プレイバック Part2」なんだそうですが、
実はこれ、たった一晩で作られた作品だったそうです。
今日は、宇崎竜童さんの作曲家としてのご活躍について伺っています
<宇崎竜童>
京都府生まれ。1973年にダウン・タウン・ブギウギ・バンドを結成しデビュー。『港のヨーコ、ヨコハマ、ヨコスカ』『スモーキン・ブギ』など数々のヒット曲を生み出すとともに、作曲家として、山口百恵さん等の多数のアーティストへ楽曲を提供。映画音楽では『駅ーSTATION』(東宝1982年)『社葬』(東映1989年)などで日本アカデミー賞優秀音楽賞受賞。近年では、担当した劇場音楽にて、第13回、読売演劇大賞の優秀スタッフ賞を受賞。他アーティストへの楽曲提供やプロデュース、自身のライブ活動の他、映画・舞台音楽の制作、俳優等、幅広く活動中。
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投稿者 joqr : 2009年02月22日 16:00