« 直木賞候補作①『スモールワールズ』 | メイン | 直木賞候補作③『テスカトリポカ』 »

2021年07月07日

直木賞候補作②『おれたちの歌をうたえ』

2番目は呉勝浩さんの『おれたちの歌をうたえ』です。
近年の野球では2番に良いバッターをもってきますが、
本作もなかなかの強打者です。本が出たのは2月ですが、
読み終えた時に「これは直木賞の候補になるだろうな」と思った一冊です。

元刑事で、デリヘルの送迎の仕事をしている河辺のもとに、
ある日、知らない男から連絡が入ります。男は茂田というチンピラで、
河辺の親友・佐登志の死を伝えてきたのでした。

佐登志は暗号のような五行詩を遺していました。
生前の佐登志の言動から、茂田はその詩が金塊の隠し場所を示すものだと主張します。
また、遺体をあらためた河辺は、佐登志は何者かに殺されたと確信します。

茂田とともに五行詩の謎を追ううちに、
40年前に故郷で起きた、ある未解決の殺人事件が浮かび上がってきます。
当時、河辺や佐登志も含め5人の幼馴染みがいました。
かつて「栄光の五人組」と呼ばれた親友たちのその後の歩みも、
事件の謎解きの中で炙り出されていきます。
やがて新旧ふたつの殺人事件は、意外な真相とともに結びつくことになります。

この小説のテーマは、私たちにはどうすることもできない「時の流れ」です。
時の流れとともに変わってしまう人間関係、
もう二度とあの日には戻れないという寂しさ、
あの時、別の選択肢があったのではないかという後悔の念。
そうした残酷な時の流れをめぐる出来事や思いが、
昭和、平成、令和という現代史を背景に、しっかりと描かれています。

骨太な大河ミステリーであると同時に、
ほろ苦く、胸に沁みる余韻を残す大人の小説でもあります。

一方で、気になった点もあります。
主人公の故郷は長野県小県郡真田町(現在は上田市)なのですが、
子ども時代の描写で、言葉が全然方言じゃないのが気になりました。
本作はハードボイルド小説でもあるので、子ども時代の回想が標準語でも
いいのですが、ここは方言のほうが味わいが増したのではと思いました。

また幼馴染みの家にみんなで集まる場面があるのですが、おそらく
幸福な子ども時代を描こうという意図で描かれたと思われるこの場面が、
どうにも浮いているように思えました。
例えば、子どもたちが「キョージュ」と呼んで慕うこの家の主人は、
やたらテンションが高く、子どもたちを「問答無用でむぎゅっと抱いて、
最悪キスされるおそれがある」ようなところがあり、「うほん」と空咳をついては、
時代がかった口上を述べる。この「キョージュ」のキャラといい、
子どもたちのはしゃぎぶりといい、「むぎゅっ」とか「「うほん」といった
言葉のチョイスといい、ここだけ、アニメや漫画っぽいトーンになっていて、
小説の中で浮いているのです。

ダークな描写では作者の筆は冴え渡るので、もしかするとこういう
ほのぼのとした場面を描くのは慣れていないのかも、と思ってしまいました。

このように多少気になった点はあるものの、
時代と時代に翻弄される個人を描き切った手腕や、物語の重厚さは素晴らしく、
本作が直木賞の有力候補であることは間違いありません。

投稿者 yomehon : 2021年07月07日 05:00