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2021年01月14日
直木賞候補作④『心淋し川』
次は西條奈加さんの『心(うら)淋し川』です。
直木賞候補作に必ずといっていいほど入る時代小説枠の一冊。
根津権現の近くを流れる「心淋し川」沿いに
貧しい人々が肩を寄せあうように暮らしている一角があります。
この心町を舞台にした人情モノの連作短編集です。
作品について触れる前に、ちょっと回り道して
「時代小説とはなんだろう」と考えてみましょう。
現代ではなく、過去を舞台にして書く意味ってなんでしょう。
ひとつは、現代ではリアリティが得られないことも、
江戸時代などを舞台して書くと、読者に違和感なく届くからです。
主君への忠義であるとか、刎頚の友との生涯変わらぬ友情であるとか、
想い人をどこまでも待ち続ける男女とか、時代小説だからこそ成立する
テーマというのはたくさんあります(忠臣蔵が現代で成り立つか考えてみてください)。
現代を舞台にした場合、読者はちょっとでも細部の描写に違和感をおぼえると、
それだけでリアリティが感じられなくなったりするものですが、
時代小説だと、作者は読者のツッコミをそこまで恐れることなく
(もちろん時代考証は大切ですが)
登場人物の思いや行動をストレートに描くことができます。
だからこそ、時代小説では「いまどきあり得ない」という要素が大切になると思うのです。
「いまどきあり得ない友情」とか「いまどきあり得ない夫婦の愛」とか。
どこまで純度を高めて(言い換えればどこまで過剰に)そのテーマを描けているか。
印象に残る時代小説というのは、そうした純度の高さ(過剰さ)を持っているものです。
さて、翻ってこの『心淋し川』ですが、読み終えてまず思ったのは、
「すごく抑制的に書かれているな」ということでした。
とてもよくまとまっていて、全体的におとなしめな印象です。
人生の機微を描いた大人向けの作品ではありますが、
もっといろいろ仕掛けがあってもいいのではと思いました。
中には「おっ?」と思わされた作品もあります。
たとえば「閨仏(ねやぼとけ)」という作品。
この町の中に、青物卸の旦那が妾を囲っている家があるのですが、
この家には妾がなんと4人も同居している上に、全員が醜女なのです。
この作品は、妾のひとり、「りき」を中心に描かれているのですが、
物語がどういう方向へ行くのがまったく読めず、とても面白かった。
あるいは「冬虫夏草」という作品。
貧乏長屋にどう見ても育ちのいい母と息子が越してくるのですが、
寝たきりの息子は年中、母親を罵倒し、
一方、母親はかいがいしく世話をしています。
やがてこの母子の経歴が明らかになるのですが、母の愛の強さとともに、
愛が強すぎるがゆえの恐ろしさまで描いていて、これも意表を突かれました。
こうした「ひねり」を加えた作品がもっと並んでもよかったと思うのですが。
突き抜けた感じがなく、全体的にこじんまりとまとまった印象なのが残念です。
投稿者 yomehon : 2021年01月14日 05:00