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2021年01月13日

直木賞候補作③『オルタネート』

次は、候補作の中でもっとも注目を集める
加藤シゲアキさんの『オルタネート』です。

「オルタネート」というのは、
高校生限定のマッチングアプリのこと。
現役高校生しかアカウントをつくることができないことから、
「オルタネート」をやらないほうが珍しいというくらい、
高校生の間では必須のウェブサービスとなっています。

検索して気になる人がいれば「フロウ」を送り、
相手が返してくれればつながることができる。
友だちをつくるのにも、つきあう相手をみつけるのにも
「オルタネート」が利用されています。

そんな架空のマッチングアプリを物語の軸に据え、
東京の円明学園高校を舞台に、
若者たちの人生が交錯する模様を描いた作品。

この作品で、加藤さんはひとつ高い壁に挑戦しています。
それは「群像劇」です。
つまり、さまざまな人物が交わる物語ということ。

群像劇を書くのは結構難しい。
登場人物を上手く書き分けなければなりませんし、それと同時に、
人物配置の設計図が読者に透けて見えないようにしなければなりません。
加藤さんはそうした高いハードルに果敢に挑戦しているわけです。

この作品には3人の主要人物が登場します。
料理部の部長で、「ワンポーション」という高校生の料理コンテストの
ネット番組に出演し、学校でも有名人の容(いるる)。
シングルマザーの母親との間に軋轢を抱える凪津(なづ)。
高校を中退し、バンド仲間に会うため大阪から上京した尚志(なおし)。
この3人にサブの登場人物たちがからむ構成となっています。

群像劇への挑戦は、うまくいっているところとそうでないところがあります。
チャプターごとにスポットの当たる登場人物が替わるのですが、
ピタリとフィニッシュの決まったチャプターもあれば、
それぞれの登場人物に振られた役割が透けてみえてしまうところもある。

3人は「オルタネート」との距離のとり方に差があります。
容は個人情報をさらされたトラウマがあってアカウントを持っていません。
対照的に凪津は「オルタネート」にのめり込み、
絶対的に相性の合う運命の人を見つけようとしています。
尚志は高校を中退しているため、「オルタネート」に参加する資格がなく、
何事もウェブに頼ることなくリアルでぶつかりながら生きています。

こうした「オルタネート」との距離の違いに基づいて、
作者がそれぞれの登場人物に、SNSとの向き合い方を代弁させているところが、
主に前半部分ですけど、やや図式的にみえてしまうのは否めません。

ただ、面白いのは、物語が進んでいくにつれて、
登場人物たちがこうした図式をはみ出して動き始めることです。
同時に「オルタネート」のことも物語の後景へと退いていくようにみえる。

容が高校生活最後に挑戦する「ワンポーション」の話であるとか、
尚志が文化祭に乱入してライブパフォーマンスをするところとか、
もはや「オルタネート」と関係ないところで物語が盛り上がりをみせます。

この盛り上がりをみせるところ、
生放送の「ワンポーション」にのぞむ緊張感や、
観客の熱量がどんどん増していく文化祭のステージの描写などは、
作者自身がトップアイドルだけあって見事です。

その一方で、それまで物語の軸としてあった「オルタネート」は、
リアルなイベントの盛り上がりを前に、
どんどん存在感が薄くなっていくようにみえる。
前半では、「オルタネート」なしでは高校生活が成り立たないくらいだったのが、
後半ではただのツール程度の存在になっているというか。

もしかしたらこれは、書いているうちに
当初の構想から外れていったのかもしれません。
登場人物が勝手に動き始めたのでしょうか(それだけキャラクターに命が
吹き込まれているということなので、それは悪いことではありません)。

群像劇を描くという高い目標にチャレンンジした加藤さんが、
途中から動き始めた物語をなだめすかし、
なんとか乗りこなそうとしている姿が浮かびます。
この作品は、そんな作家の挑戦のドキュメントとしても読めると思います。

投稿者 yomehon : 2021年01月13日 05:00