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2020年01月14日
第162回直木賞 最終予想
それでは最終予想にまいりましょう。
候補作の中から、今回は以下の2作に絞りました。
小川さんの才能はとにかく素晴らしいです。
表題作の「嘘と正典」は、アイデアといい、
歴史に対する批評眼といい、完璧な仕上がり。
本書の中では、この作品と「魔術師」が群を抜いています。
この両作は、SFのみならず、一般の文芸にまで範囲を拡げても、
昨年の短編小説の年間ベストに入ってくるくらいのレベルにあります。
ただ、この2つの短編が凄すぎて、
他の作品がやや見劣りしてしまうのは否めません。
またひとくちに短編集といっても、直木賞で評価されるのは
なぜか「連作短編集」であるという法則も頭をよぎります。
「歴史」とか「時間」とか、各作品に共通するテーマを
見つけようと思えば見つけられるのですが、
本書は連作というわけではありません。
一方、川越さんの作品は、
歴史に翻弄される個人を描いています。
先日も書きましたが、大きなテーマに果敢に挑んではいるものの、
個人の描き方にやや物足りないところがあるのは事実。
とはいえ、アイヌの主人公の目を通して
日本の近代化を描こうという試みには拍手を送りたいと思います。
日本の近代化といえばよく明治維新が成功例としてあげられます。
たしかに明治維新は世界的にみても稀な革命でした。
なにせ265年間にわたる徳川幕府の統治を終わらせ、
まったく別の体制へと180度転換させたのですから。
現代を代表する知性であるジャレド・ダイアモンドも、
未曾有の危機を突破した7つの国の事例を分析した
『危機と人類』(日本経済新聞社)の中で、明治維新を高く評価しています。
ところが同時に、ダイアモンドはこんな問いも発しているのです。
明治維新で見事に危機を乗り越えてみせた日本が、
なぜ太平洋戦争では破局を迎えてしまったのか、と。
かいつまんで言うと、ダイアモンドの分析は次のようなものでした。
明治の指導者と太平洋戦争の指導者との間には決定的な違いがあります。
それは、明治の指導者が積極的に海外を見て回り、
良いところを学び、自国の制度に取り入れる姿勢を持っていたのに対し、
太平洋戦争の指導者は世界を知らず、ただ徒らに自我を肥大化させ、
国民を破滅へと導いてしまったのだ、と言うのです。
ひじょうに説得力のある指摘だと思います。
悲しいかな、島国で暮らす私たちは、
ただでさえ内向き志向に陥りがちです。
かなり意識的に他の国から学ぶことをしなければ、
すぐに内輪だけで「日本すごい」となってしまう。
『熱源』は、私たちに欠けている視点を教えてくれます。
いまの日本社会に欠けているのは、他者への想像力でしょう。
私たちが地図で見慣れた日本列島も、
本書の舞台である樺太(サハリン)を中心にした地図でみれば、
また違う形にみえるはずです。
所変われば、物事の見え方も変わるのです。
明治維新にしてもそうです。
夏目漱石や永井荷風は、明治維新と言わず、
「瓦解」という言葉を使っていたと半藤一利さんなどは言っていますが、
その時の立ち位置によっても、物事の見え方は変わるのです。
『熱源』が描くのは、日本が中心の世界ではありません。
樺太からシベリアにかけて広がる狩猟採取民族の世界です。
彼らの目を通して見た近代文明や日本は、果たしてどんな姿をしているのか。
いま私たちに必要なのは、このようなスケールの大きい視野ではないでしょうか。
ですので、今回の直木賞は、この『熱源』が受賞作にもっとも相応しいと考えます。
ついでに芥川賞もちょっとだけ。
今回は、乗代雄介さんの「最高の任務」を推します。
どちらも、1月15日(水)の夜には受賞作が決まります。
投稿者 yomehon : 2020年01月14日 06:00