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2020年01月10日

第162回直木賞直前予想⑤ 『落日』

最後は湊かなえさんの『落日』です。

過去3回直木賞の候補になっていますし、その他の受賞歴からいっても、
今回の候補作家の中でナンバーワンの実績を誇る作家です。

駆け出しの脚本家・甲斐千尋は、
気鋭の映画監督・長谷部香から新作の相談を受けます。
千尋の生まれ故郷で起きた事件を映画化したいというのです。
それは、引きこもりの兄が妹を刺殺した後、自宅に火をつけ、
寝ていた両親も死に至らしめた事件でした。

裁判は終わり、犯人はすでに死刑が確定しています。
にもかかわらず、香はなぜこの事件を撮ろうとしているのか。
あらためて事件について調べ始める千尋。
やがてこの事件に、自らの家族が思いもよらないかたちで
関わっていることを知るのでした……。

湊さんの作品はとにかく構成が凝っています。本作もそう。
香と千尋が交互に語り手となってエピソードが語られ、
互いの目を通して事件が立体的に浮かび上がってくるという仕掛けになっています。

千尋と香。それぞれのパートで張られた伏線が、
物語の終盤にかけて見事に回収されていくあたりも、さすがだなと思います。

ただ、湊さんの作品にいつも感じることなのですが、
構成に凝るあまり、物語が人工的に感じられてしまうのです。
デビュー作『告白』では凝った構成を素直に凄いと思いましたが、
作品を読み続けるうちに、いつしか巧緻に編み上げられた
物語の向こうに透けて見える、作者の意図や狙いのほうが
目につくようになってしまったというか。

実績からいえば直木賞に最も近いようにも思えますが、
これまでの作品に比べ本作のどこが進化したのかと問われると
ちょっと説明に困ってしまうような、そんな作品です。

投稿者 yomehon : 2020年01月10日 06:00