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2020年01月09日
第162回直木賞直前予想④ 『背中の蜘蛛』
次は誉田哲也さんの『背中の蜘蛛』 です。
『ストロベリーナイト』や『武士道シックスティーン』などの
ヒット作を生み出したベストセラー作家が初のノミネートです。
売れっ子らしく、いまを象徴する題材を取り込むのが実に上手い。
本作のテーマは「新しいテクノロジーを用いた警察捜査の是非」です。
読者が事件の全貌をなかなかつかめないように
作者が工夫しているので、
ここではあえて「あらすじ」は書きません。
その代わり、ちょっと別の話をすることにします。
(もちろん別の話といっても本作と関わることです)
最近「ビッグデータ」という言葉を目にすることが多いと思います。
スマホの利用が一般化することで、わたしたちひとりひとりの行動や
嗜好がデジタルデータとしてとれるようになりました。
ちなみにビッグデータに関してはこの世界の第一人者である
ビクター・マイヤー=ショーンベルガーの本がオススメです。
たとえば『ビッグデータの正体』(講談社)は2013年に出た本ですが、
この分野のポイントが網羅されていて素晴らしい入門書になっています。
ぜひ古書で探してみてください。
この本を読むと、ビッグデータが私たちの認識に
コペルニクス的な転回をもたらすことがよくわかります。
そのひとつが、「因果関係から相関関係へ」という変化。
人間というのは、原因や理由(すなわち因果関係)がわからないと
スッキリしないという特性を持っています。
でもビッグデータの世界では、因果関係はさほど重要ではありません。
たとえば、膨大な電子カルテのデータから、
「オレンジジュースとアスピリンの組み合わせで○○の病気が治るようだ」
と言えるのなら、それでよしとするのがビッグデータの分野です。
スモールデータの時代は、より正確を期すために
無作為抽出をするなどの作業が必要でしたが、
すべてのデータをぶちこんで分析するビッグデータの世界では、
膨大なデータがはじきだした関連性こそが「答え」です。
つまり大切なのは相関関係で因果関係は後回しなのです。
ではこの話を警察捜査に当てはめるとどうなるか。
近年アメリカでは「犯罪事前捜査」が広がりをみせています。
膨大なデータの分析から(犯罪関連だけでないあらゆるデータです)
危険と思われる人物や地区を絞り込んで監視や摘発を行うというもの。
犯罪、特に大規模なテロなどが起きてからでは遅いというわけです。
でもその一方で、こういう流れをどう思いますか?
思い当たる節がまったくないのに、
ある日、あなたに警察の監視がついたとしたら……。抗議しても、
「いえ、あなたは今後、犯罪を犯す可能性があるとデータで出ている」
などと言われてしまうのです。ちょっとしたディストピアですよね。
本作はそういう時代背景を踏まえて書かれた小説です。
ただ、ひとつ残念なのは、
せっかく新しい時代の潮流を物語に取り入れているのに、
肝心の犯人の動機を、昔ながらの因果関係で説明してしまっているところです。
大変にわかりやすく、犯人の動機が説明されてしまう。
事件の展開に得体の知れなさを感じながら読んでいたのが、
最後の最後に「あれれ?」となる感じ。
旬の題材を扱っているにもかかわらず、
この点はちょっと惜しいと思いました。
投稿者 yomehon : 2020年01月09日 06:00