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2020年01月08日
第162回直木賞直前予想③ 『スワン』
次は呉勝浩さんの『スワン』 にまいりましょう。
個人的にはこの作品が昨年の国産ミステリーでナンバーワンでした。
物語はいきなりショッピングセンターのテロ事件の描写から始まります。
日曜の昼間、埼玉県のショッピングセンターで、2人の犯人が
手製の銃と日本刀で手当たり次第に人々を殺していきます。
しかも犯人はゴーグルに装着したカメラで、
その模様をSNSで中継していました。
ここまでショッキングな物語の幕開けはちょっと他に思いつきません。
それほど凄惨な場面が続きます。
ところがこれは物語のほんの序盤に過ぎないのです。
被害者の多くはショッピングセンターの展望台に集中していました。
ここで生き残った2人の女子高生がいました。
ただしその後、ある週刊誌報道をきっかけに、
ひとりは世間から同情され、
もうひとりは激しいバッシングを浴びるようになります。
このバッシングされる少女が本作の主人公です。
少女はある日、ある人物から謎めいた茶話会へと招待されます。
事件の生存者5人が集められ、自分がそこで何を目撃したか、
語ってほしいというのです。
それぞれがあの日の出来事を語り始めます。
そこには自己保身からくる嘘も紛れ込んでいます。
それぞれの人物の証言から次第に浮かび上がってくる事件の姿。
それは誰も予想できないような事件のもうひとつの顔でした。
主人公の少女ですら何かを隠しているという設定が見事です。
凄惨な事件を巡る物語ですが、
謎に引っ張られてぐいぐいと読み進めることができます。
でも謎が解けたからといって、
スッキリとした気持ちになれるわけではありません。
むしろ重い問いを突きつけられたような気分になることでしょう。
その問いとは何か。
ひとつは生き残った人間が抱えてしまう罪悪感です。
悲惨な事故や事件を生き残った人間はしばしば
「なぜ生き残ったのが私だったのか」という罪悪感を抱きます。
災害が多発する世にあって、これは優れて現代的な問いです。
もうひとつは、
「事件の本当の姿は果たして我々に見えるのか」という問い。
ひとたび事件が起きると、メディアは好き勝手に評論し、
SNSでは憶測や時にはデマが飛び交います。
でも事件の本当の姿なんて私たちには見えるのでしょうか。
かつてミステリー小説の犯人には、確たる動機がありました。
半世紀前であれば、それは貧困からくる恨みの感情というのが定番でした。
その後、快楽殺人のような動機も現れ、犯人像は多様化します。
そして現代に至って、動機はまったく見えなくなってしまいました。
犯行をひとつの動機に収斂させてしまうと、
かえってリアリティが感じられないようになってしまったのです。
なぜこんな悲惨な犯罪が起きてしまったのか。
そしてなぜ被害者は巻き込まれてしまったのか。
犯行の動機も、被害にあった理由も見えにくい時代になったのです。
本作はこのような時代に相応しいミステリーです。
これからの新しいミステリー小説のかたちを示したということでは、
高く評価できる作品ではないでしょうか。
投稿者 yomehon : 2020年01月08日 06:00