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2019年01月15日
直木賞受賞作はたぶんこれ!
候補作5作をみてきました。
あらためて作品を(ページ数つきで)振り返ると、
今村翔吾さん『童の神』(361ページ)
垣根涼介さん『信長の原理』(587ページ)
真藤順丈さん『宝島』(541ページ)
深緑野分さん『ベルリンは晴れているか』(469ページ)
森見登美彦さん『熱帯』(523ページ)
いつもだったら候補の中に一作くらい連作短編集が入るのですが、
今回はすべて分厚い長編、しかも力作揃いで、なかなか読み応えがありました。
分厚いと聞いた途端、腰が引けてしまった人のために急いで付け加えておくと、
「長い=読むのが苦痛」ということはありませんのでご心配なく。
どれも物語の世界にどっぷりと浸る楽しみを味わえる素晴らしい作品です。
さて、前置きはこのくらいにして、直木賞の受賞作予想にまいりましょう。
今回はどうしたって森見登美彦さんが有力とされていますよね。
文藝春秋の威信をかけて送り出したという雰囲気も伝わってきますし、
「森見最有力」ということはぼくにだってわかります。わかるんだけど……、
あえてここで異を唱えてみたい!(ああ、また天邪鬼が顔を出してしまった)
『千一夜物語』を下敷きに新たな物語をつくってみせた文学的教養。
幻の本『熱帯』が『千一夜物語』の異本であるという卓抜なアイデア。
「物語る」という行為の根源へと読者を連れていくという途方もないたくらみ。
この小説が辿り着こうとした頂がどれだけ高いところにあるかは、
よくわかっているつもりです。
にもかかわらず、この作品に異を唱えようというのは、
ひとえに「直木賞はマスに向けた文学賞である」と考えるからに他なりません。
『熱帯』で森見さんが書こうとしたことは、とても高度なことです。
人はなぜ物語をつくるのか。アイデアはどんなところから生まれくるか。
小説のかたちをとりながら、「創造」という行為の秘密を解こうという試みが
なされているのが、この『熱帯』という作品なのです。
先のエントリーでも書きましたが、これは読者を選ぶ小説ではないか。
上級者向けという感じがします。直木賞をきっかけに手に取る人は多いと
思いますが、この物語が入れ子状態になった構造は、小説をそれなりに
読み慣れた人でないと戸惑うのではないでしょうか。
かつては本を読む行為には、ちょっと背伸びをするようなところがありました。
知的なものに憧れ、よくわからなくても手に取って、
頑張って読むという行為が成立していた時代があったのです。
でもいまはそういう時代ではありません(残念なことでありますが)。
直木賞は、普段本をあまり読まない人が読んでも、
「面白い!」と思わせるようなものであってほしい。
森見さんの作品が素晴らしいことに異論はないけれど、
直木賞として考えた場合には、間口がちょっと狭いと思うのです。
ぼくが今回、推したいのは、深緑野分さんの『ベルリンは晴れているか』です。
同じ第二次大戦を扱っても、前回の候補作に比べ格段に深みを増した
この作品は、まさに現代のような不穏な時代にこそ広く読まれるべき小説です。
しかも万人の心を動かす力を持っている。
それも、世界中の読者の心を、です。
直木賞は保守的なところがあって、
日本人が一切登場しない作品にはことのほか冷たいという印象があります。
でももしこの作品に対して、選考委員がそんな態度をとるのならば、
それは選考委員の感覚がもはや時代遅れだというほかありません。
この作品を読むと、戦争はある日突然始まるわけではなく、
長く続いたグレーゾーンの状態から、気がつくといつの間にか
引き返せない状況になっているものなのだということがよくわかります。
グレーゾーンにあることに社会が慣れ始めている今こそ
読まれてほしい作品だと思うのです。
最後に芥川賞にも触れておきましょう。
話題になっている古市憲寿さんの受賞はさすがにないのではないでしょうか。
個人的に注目している作家は、
上田岳弘さんと高山羽根子さん、それに町屋良平さん。
今回、ぼくは上田岳弘さんの受賞を予想します。
直木賞、芥川賞ともに、16日(水)夜に決まります。
投稿者 yomehon : 2019年01月15日 05:00