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2018年01月08日
第158回直木賞直前予想(2) 『彼方の友へ』
次は伊吹有喜さんの『彼方の友へ』にまいりましょう。
戦時下の少女雑誌編集部を舞台に、雑誌づくりに情熱をそそぐ人々の物語です。
老人介護施設に入所している佐倉ハツのもとに、ある日美しいカードが届けられます。
そのカードは若い頃にハツが大好きだった少女雑誌の付録でした。
懐かしいものとの再会をきっかけに記憶の扉が開き、ハツは過ぎ去った日々を思い出します。
時は昭和12年。大陸にわたった父親が失踪したことで進学をあきらめ、
音楽家の家で女中として働きながら歌を学んでいたハツは、
あるきっかけから憧れの雑誌『乙女の友』の編集部で雑用係として働くことになります。
若き主筆の有賀憲一郎と、可憐なイラストで少女たちをとりこにする長谷川純司のコンビが
牽引する『乙女の友』は、当代一の人気雑誌。
「友へ、最上のものを」をモットーに掲げた志の高い雑誌づくりは、
少女たちから熱狂的に支持されていました。
右も左もわからず当初は邪魔者扱いされていたハツでしたが、
持ち前の素直さと根性とで、次第に編集部にはなくてはならない人材へと育っていきます。
ですが戦局の悪化に伴い、編集部員や書き手が召集され人手が足りなくなり、
出版に欠かせない紙も統制下に置かれ、雑誌づくりには著しく不利な環境となります。
そしてなによりも、美しいものを華美だ、贅沢だと我が物顔で糾弾する人々が世に溢れたことが、
『乙女の友』の未来に暗い影を落としていました。
そんな過酷な運命の下、ハツはどのように生き抜いたのか。
物語のラストには、ちょっとした奇跡が用意されています。
戦火を潜り抜け、70年の時を越えてハツのもとに届けられたある人物からのメッセージには、
きっと多くの読者が涙することでしょう。
糸をひくような美しいストレートをど真ん中に投げられたかのような、そんな小説です。
物語の中心にすえられているのは、「友へ、最上のものを」という情熱。
そして人の熱い思いは、時の隔たりさえも超えるのだという作者の力強いメッセージ。
読む者の魂を奮わせる、「これぞ物語の王道」と言いたくなるような力作です。
戦時下を舞台にした物語にもかかわらず、
ある種の切迫感を持って感情移入できてしまうのは、
やはり現代がますます当時の時代状況に似てきているからではないでしょうか。
その言葉は敵性語ではないかとか、そのリボンは派手だからけしからんとか、
そういった当時のくだらない揚げ足取りにそっくりなやり取りは、
現代のSNSにいくらでも見つけることができます。
この小説の中で起きていることは、まさに今、私たちが経験しつつあることでもあるのです。
ある意味、選考委員の時代認識も問われる候補作かもしれません。
読んで他人事ではないと思える選考委員であれば、
東日本大震災が発生した年に『下町ロケット』を選んだように、
この作品を暗い時代の入り口にさしかかった現代に
送り出すのにふさわしいと考えるかもしれません。
ただその一方で、選考委員からも指摘があるのではと思ったところもあります。
それは父親に関係した部分。
大陸で失踪した父親には何か秘密があるらしいということを、
作者は物語の前半でしばしば仄めかします。
しかも父親の失踪の秘密は、母親も知っているようなのです。
ジェイドなる謎の男装の麗人がハツに接触してくる場面があるのですが、
そのジェイドと母親とのやりとりなどは、いったい過去に何があったんだと
おおいに読者の興味をそそるようなものになっている。
当初、この物語を手に取った時は、
「おそらく戦時中の出版社を舞台にしたお仕事小説だろう」と予想していました。
ところが、父親の失踪をめぐる思わせぶりな記述を目にして、
「どうやら背後には主人公も知らない謎があるようだぞ」と期待が膨らみました。
ところがその後、父親のことはほとんど出てこず、
物語の最後のほうであわただしくその消息が知らされるだけ。
母親も転地療養でいなくなってしまうし、物語はもっぱら
戦火の下で懸命に雑誌をつくり続けるハツの姿にのみフォーカスが当てられます。
ならば、あの前半部分での仄めかしはいったいなんだったのか。
伏線が回収されていないというか、ひろげた風呂敷が畳まれていないというか、
そんなおさまりの悪さがちょっと残ってしまっています。
本書は雑誌の連載がもとになっているようなので、
書いているうちに方向性が変わったのかもしれませんが、
通読してみると、この点が結構気になってしまいます。
単行本化の際に手直しをしたほうが良かったのではと残念に思いました。
投稿者 yomehon : 2018年01月08日 05:00