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2018年01月12日

第158回直木賞直前予想(5) 『ふたご』


最後は藤崎彩織さんの『ふたご』です。
人気バンドSAKAI NO OWARIのSaoriが初めて書いた小説が
いきなり直木賞にエントリーしたということで大きな話題になりました。

ネットの評判をみると賛否がわかれていますね。
でもアンチの評をみると、読まずに書いたと思われるものが結構あったりして
有名人はほんと大変だなと思います。

あと多いのが、Saori自身とバンドのボーカルFukaseのことを書いた小説だと断定するパターン。
ふたごとはすなわち二人のことだというわけです。
作品をどう読むかは読者の自由ではあるものの、
個人的には、作品を現実の反映だとする読み方は窮屈だなぁと思いますね。

以前、桜庭一樹さんが『私の男』で直木賞を受賞した時に、
あるドキュメンタリー番組で桜庭さんに取材が殺到している様子が紹介されていて、
その中で男性インタビュアーが、
「本に書いてあることは桜庭さんのご経験?」みたいな失礼な質問をして
(『私の男』では近親相姦の場面が出てきます)
桜庭さんが不快感をあらわにしていてほんとお気の毒だったことがあります。

もし小説に書かれていることがすべて現実だとしたら、
ミステリー作家のほとんどは殺人犯になってしまいますよね。

日本では私小説という特殊なジャンルの伝統があるせいか、
読者は小説には現実にあったことが書かれているととらえがちですが、
小説家というのは優れた想像力&創造力の持ち主であるということをお忘れなく。

小説はあくまでフィクション。
フィクションでしか語りえないものを語るために選び取られた表現方法が小説なのですから。

ですので、この『ふたご』も、
SEKAI NO OWARIと切り離して、
新人作家のデビュー作として読んでみることにいたしましょう。

ただ、とは言ってみたものの、この小説の評価はとても難しい!
というのも、この小説は第一部と第二部とに分かれているのですが、
このふたつがまったく別の小説のような出来上がり具合だからです。

おそらく第一部と第二部とを書いた時期が、けっこう離れているのではないでしょうか。

まず第一部では、14歳の夏子がひとつ先輩の月島と出会い、
彼に恋心を抱いていく過程が描かれます。

「ふたご」というタイトルにはおそらく
「自分の片割れ」みたいなニュアンスが込められているのでしょう。

片割れといえば、プラントンは愛について書かれた『饗宴』の中で、
愛し合う男女のはじまりについてアリストファネスにこんなふうに語らせています。
いわく、男女というのは、元はひとつだったのを神がふたつに割った割符なのだと。
だからこそ欠けている相方を求める、それを愛というのだと。

夏子と月島の関係もそんなイメージのもとに書かれているのではないかと思います。
ところがこのふたりの関係は、そんなロマンチックなものではなく、
ちょっと精神医療の世界でいうところの共依存っぽいんですよね。
お互いがお互いの関係に過剰に依存しているというか。
(実際、月島は精神を病むのですが……)

第一部を読み終えたときに真っ先に思ったのは、「閉じている」という感想でした。
作者はもしかしたらピュアな愛を描こうとしたのかもれませんが、
ふたりの関係が閉じているために、読んでいる間ずっと息苦しかったです。

例えば、父親に抱きかかえられながら月島が発作で叫びまくる場面があるんですが、
夏子はなぜか月島を野生の獣のように美しいと感じ、うっとりと見入ってしまう。
なかなか他者が入っていけない独特の空間ですよね。
閉じているという印象を持ったのはこういうところ。

打って変わって雰囲気が変わるのが第二部。
ここでは、ふたりがバンドを結成して、
その中で居場所を見つけるまでが描かれます。

他のメンバーも加わるし、互いにぶつかり合いながらも世に出ようと頑張るし、
この第二部では閉じた空間の中にようやく外部の空気が入ってきた感があります。
息苦しかった前半を経て、後半にきてやっと息継ぎができるようになったというか。
第二部はむしろオーソドックスな青春小説といえるでしょう。

こういう個性的な構成の作品なのですが、さて選考委員はどう評価するでしょうか。
版元の文藝春秋にとってみれば、
『火花』の成功よ、ふたたび、というところでしょうが……。


さあこれで候補作5作品をすべてご紹介しました。
この中から選ばれるのはどの作品でしょうか。
予想作の発表は次回。
次は、1月15日(月)朝に更新いたします。お楽しみに!!

投稿者 yomehon : 2018年01月12日 05:00