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2017年12月11日
リンカーン・ライム・シリーズ最新作!『スティール・キス』
先日、宮部みゆきさんの作家生活30周年について触れましたが、
ジェフリー・ディーヴァーの新作『スティール・キス』(文藝春秋)で、
池田真紀子さんの「訳者あとがき」を読んでいたら、
リンカーン・ライム・シリーズは、
1997年に第一作の『ボーン・コレクター』が刊行されて
今年で20年とあって(ただし邦訳刊行は99年)、
こちらもずいぶん長い付き合いになるのだなぁと感慨深いものがありました。
JDの作品はこのところライム・シリーズとキャサリン・ダンス・シリーズが
交互に出版されています。英語圏でないにもかかわらず、毎年のように
JDの新作が読めるのは、本好きにとってとても恵まれた環境。
翻訳者の池田さんにはいくら感謝しても足りません。
さて、ディーヴァーの代名詞といえば、あっと驚く「どんでん返し」ですが、
最新のテクノロジーやカルチャーを作品の中心テーマに持ってくるのも
特色のひとつ。
四肢麻痺の科学捜査官リンカーン・ライムと
恋人の刑事アメリア・サックスが活躍するライム・シリーズでは、
これまでビッグ・データやスマート・グリッド、ドローンなどといった
その時々での最新のトレンドが扱われてきました。
シリーズ12作目の本作では「IoT」、
いわゆる「モノのインターネット」がテーマとなります。
すべてのモノがインターネットを介してつながるIoT (Internet of Things)は、
これから新たなインフラになるのではと期待されていますが、
本作に登場するのは、この便利なシステムの盲点を突く凶悪犯です。
殺人事件の容疑者を追ってショッピングモールに足を踏み入れた
サックスの目の前で発生したエスカレーター事故。
乗降板が突如外れ、内部に落ちた男性がモーターに挟まれてしまったのです。
体を切断される壮絶な苦しみの中、
意識を失っていく男性の救出を試みたサックスは、
容疑者の追跡中断を余技なくされます。
本作でまず驚かされるのは、ライムとサックスがコンビを解消していること。
ある事件をきっかけにライムがニューヨーク市警の顧問から引退することを
決意したためで、これまで動けないライムに代わって
現場で目となり足となってきたサックスは、
ひとりで容疑者<未詳40号>を追うことになります。
一方、ライムは、エスカレーター事故で死亡した男性の妻から
民事訴訟のための協力を依頼され、事故の調査に乗り出します。
相変わらず見事なのは、サックスとライムが別々に追っていた事件が
思わぬかたちで合流し、さらにとんでもない事件の構図が姿を現すこと。
しかもそれだけでは終わらせないのが
ディーヴァーがどんでん返しの魔術師たるゆえんで、
決着したかに思われた事件は、ある仕掛けによって、
最後にオセロの石が一挙に裏返るような鮮やかな転換を見せるのです。
本作ではこの他にも、ライムとサックスの仲間のひとりが不審な動きをしていたり、
サックスのかつての恋人が現れたりと、いつにも増して脇筋が賑やか。
しかもこれらのサイドストーリーがすべて違和感なく回収され、
読者が「なるほど!」と納得できるところへ収まるのですからたいしたものです。
まるで熟練の手品師の技を目の当たりにしているかのよう。
また本作では新たに車椅子の元疫学者
ジュリエット・アーチャーがライムの助手として登場します。
シリーズ12作目にしてさらに魅力的なキャラクターが加わったことも
ファンにとっては思いがけず嬉しいプレゼントでした。
ディーヴァーは本作で、身近にある商品が凶器へと変わる恐ろしさを描きつつ、
さらにその奥にある巨悪の姿をも描こうとしています。
それは、商品に欠陥があると知りつつ、その事実を放置するメーカーの姿勢。
人を傷つけたり命を奪ったりする瑕疵があると知りながら、
ビジネスを優先してそれを放置する。そのような不誠実なメーカーの姿勢のために
どれほどの不利益を社会が被るかということもディーヴァーは描こうとしています。
ストーリーが抜群に面白いことはもちろん、
日本企業の不正が相次ぐタイミングだからこそ、ぜひ読んでいただきたい作品です。
投稿者 yomehon : 2017年12月11日 05:00