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2017年12月07日
世界水準のエンタメ 『機龍警察 狼眼殺手』
最近、エンタメ系の小説を評価しようとする際の個人的な基準が新たにできました。
それは、「Netflixでドラマ化できるかどうか」というもの。
Netflixのオリジナルドラマをご覧になったことはありますか?
観たことのある人には同意していただけると思いますが、
はっきり言って、予算のかけ方から脚本の完成度に至るまで、
日本のドラマが太刀打ちできないような高いレベルですよね。
政治をめぐる重厚な人間ドラマに釘付けにされる『ハウス・オブ・カード』、
コロンビアの麻薬カルテルを描くギャングスター・ドラマの傑作『ナルコス』
スティーヴン・キングばりのホラー『ストレンジャー・シングス』などなど、
どれもいちどハマると日本のドラマに戻れなくなってしまうような面白さ。
このNetflixオリジナルドラマを世界水準として、
それと同じ水準で勝負できるかどうかを作品評価のものさしにするというわけです。
月村了衛さんの『機龍警察』シリーズは、
世界レベルでも楽々通用するであろう数少ない日本のエンタメ作品のひとつ。
舞台は近未来よりももっと近い至近未来。
この時代は機甲装兵という人が搭乗して操縦する
一種のパワードスーツが戦場などで使われるようになっています。
この機甲装兵の最新鋭機が「龍機兵(ドラグーン)で、警視庁の特捜部に導入されています。
龍機兵は機甲兵装と違って誰でも操縦できるわけではなく、
機体に装着された「龍骨」と搭乗者の脊髄に埋め込まれた「龍髭(ウィスカー)」とを
量子的に結合させます。つまり龍機兵は選ばれた人間しか乗れないわけです。
警視庁には3人の搭乗要員がいます。
元傭兵の姿俊之、モスクワ民警を追われた過去を持つ元刑事のユーリー・オズノフ、
IRA(アイルランド共和軍暫定派)の流れを汲むテロ集団IRFに所属していた
元テロリストのライザ・ガードナー。
3人が外部から雇われた部外者であること、
また龍機兵が機密だらけであることなどから、
特捜部の存在じたいが警視庁の中で疎まれ反発されています。
龍機兵をめぐる謎や一筋縄ではいかない特捜部メンバーの過去、
警察組織内の軋轢、スケールの大きな国際犯罪を描いてきた本シリーズは、
SF小説やハードボイルド、冒険小説や警察小説などの要素をあわせ持った
まさに世界水準の傑作といえます。
さて、シリーズ最新作の『機龍警察 狼眼殺手』(早川書房)は、
横浜・中華街で香港の多国籍企業フォン・コーポレーションの関係者ら5人が
何者かに暗殺されるところから幕を開けます。現場に残されていたカトリックの護符、
捜査の過程で浮かび上がる経済産業省とフォン・コーポレーションが進める
プロジェクト、そして「狼眼殺手」と呼ばれる正体不明の暗殺者の存在――。
今回もむちゃくちゃ面白い物語が展開されます。
経産省とフォン・コーポレーションのプロジェクトは疑獄事件の様相も呈し、
今回から新たに経済犯罪捜査のスペシャリストが登場します。
この新キャラクターは今後もシリーズで重要な役割を果たしそうな予感。
またこのプロジェクトは龍機兵の謎と深く関係することでもあるため、
特捜部長・沖津旬一郎と警察内部にいると思われる「敵」との抗争も一段とヒートアップします。
現代社会はますます複雑さを増し、
ひとりの人間が全体を見渡すことはなかなか困難になっています。
大きな物語を書くことが一段と難しい世の中になっていますが、
そんな中で、この「機龍警察」シリーズのスケールの大きさは極めて貴重です。
今年出たミステリー小説の中では、本作がナンバーワンではないでしょうか。
投稿者 yomehon : 2017年12月07日 05:00