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2017年11月16日

作家の想像力の凄さ 『ヒストリア』


物語が作家の想像力から生みだされるものであるならば、
これ以上ないというくらい自由に想像力を羽ばたかせた物語を読んでみたい。
「よくこんなこと考えつくなー」となかば呆れてしまうくらいに
壮大な法螺話を読んでみたい。小説好きなら誰もがそう願うはずです。

いまもっとも自由奔放に物語を紡ぎだす作家いえば、
池上永一さんをおいて他にありません。

このほど第8回山田風太郎賞を受賞した
『ヒストリア』のストーリーはなにしろぶっ飛んでいます。

1945年の沖縄戦で、住んでいた村も家族も失った美少女・知花煉が主人公。
彼女は米軍の爆撃に遭う中で、自分のマブイ(魂)を落としてしまいます。
戦後の沖縄で商売が成功するも、裏切りにあい逃亡の身となった煉は、
移民船に潜り込みボリビアへと向かいます。

ところが楽園を想像していたボリビアでの移民の生活は過酷なものでした。
与えられた土地は未開拓で、やっと作物ができたと思ったら、
河の氾濫ですべて流されてしまいます。
しかし煉は持ち前の頭の良さと度胸で、ここでも成り上がっていきます。

ラテンアメリカ文学には、シュルレアリスムの影響を受けて生まれた
「魔術的リアリズム」と呼ばれる一群の作品がありますが(このあたりの歴史は
『ラテンアメリカ文学入門』という素晴らしい本が中公新書から出ていますからぜひお読みください)、
この『ヒストリア』もまさにそういった文学の系列に連なるような作品です。
なにしろ煉が落としたマブイは、煉の知らないところでいろいろな騒動を引き起こすのですから。

プロレスのリングに上がったかと思えば、若きチェ・ゲバラと恋に落ちゲリラ戦に参加し、
キューバ革命に立ち会ったかと思えば、キューバ危機で世界を救う働きをする煉。
そして終戦から27年後の沖縄本土復帰後、煉はふたたび故郷の地を踏むのでした。
自分が落としたマブイを取り戻すために――。

沖縄やボリビアの現代史はもちろん、その間の世界情勢なども材料としてぶち込んで、
作者の想像力でこれでもかと攪拌して美味しいジュースにしてみせたような作品です。

ファンタジーの要素もあわせもち、ぐいぐいと面白く読める作品ですが、
実は煉の人生はずっと戦争とともにあります。この小説には反戦小説としての顔もあるんです。

反戦小説といっても決してイデオロギッシュなものではありません。
左だとか右だとかといった立場には到底おさまりきらない、
もっと大きな、神話的な時間とでも呼びたくなるような壮大な時の流れの中で
戦争を見つめているようなところが、この小説にはあります。
そこがこの作品を読んでいちばん圧倒させられたところです。

それにしてもここまでスケールの大きな物語を思いつく作家の頭の中は、
いったいどうなっているのでしょうか。
スマートだけれど、こぢんまりとした作品しか書けない作家が世に溢れる中、
池上永一の突き抜けっぷりは、いっそ清々しいくらいです。

壮大な法螺話に身を委ねるうちに、
戦後史のひとつの姿が浮かび上がってくることにも気づかされる。
ここには人類の愚かな行為も、人間にしか見せることの出来ない勇気も、
すべてが書かれています。

いやはや凄い小説を読まされてしまった。
池上さんの想像力に脱帽です。

投稿者 yomehon : 2017年11月16日 21:00