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2017年07月13日
第157回 直木賞直前予想(4) 『あとは野となれ大和撫子』
続きましては、宮内悠介さんの『あとは野となれ大和撫子』(KADOKAWA)です。
ヤンキースでホームランを量産しているアーロン・ジャッジ選手をご存知でしょうか。
身長2m18cm、体重、128㎏の恵まれた体躯から放たれた打球は、
大きな放物線を描いて、スタンド上段へと吸い込まれていきます。
今年のオールスターのホームラン競争を制したのもジャッジ選手でした。
小説家にも、飛距離の大きい作家がいます。
もちろんバットを振り回すわけではありません。
小説家にとって飛距離を生み出す武器となるのは「想像力」です。
私たちが到底思いつかないような地点までボールを飛ばしてしまう想像力。
宮内悠介さんは、この想像力の生み出す放物線がひときわデカい作家なのです。
舞台となるのは、中央アジアのアラルスタンという架空の小国。
アラルスタンは、かつてアラル海があった場所につくられた国です。
海が干上がったあとですから、大地は塩で覆われています。
ここに「最初の七人」と呼ばれる科学者たちが新しい国をつくったのです。
物語は荒唐無稽です。
なにしろこのアラルスタンを率いる大統領が暗殺されて
国が大混乱に陥る中、臨時の指導者として起つのが、
後宮(ハレム)と呼ばれる教育機関に属する女の子たちなのですから。
その中には、紛争で両親を失い、後宮に拾われた日本人の女の子もいました。
物語はこのナツキを主人公に、中央アジアのパワーゲームの中で、
懸命に国を運営していこうとする少女たちの奮闘を描きます。
宗教対立やゲリラによるテロ、環境破壊、油断ならない周辺国との駆け引き……などなど、
少女たちの前には難問が山積み。
ところが彼女たちは、持ち前の明るさとたくましさで、果敢にこれらの難問と向き合うのです。
それにしても、よくこれだけ荒唐無稽な話を思いつくものだと感心させられます。
これこそが想像力による飛距離で、宮内さんは誰よりもその放物線が大きい。
今回の候補作の中でも、その発想力の豊かさは、一頭地を抜いていると思います。
でも荒唐無稽だからといって、
根も葉もないデタラメを並べているかといえばそうではありません。
巻末にあげられた膨大な参考文献をみればわかるように、
作者は土台をしっかりと事実で固めた上で、壮大なホラ話を吹いているのです。
たとえばアラル海が干上がっているのが事実であることはご存知でしょうか。
NASAによって写真が公表されていますが、かつては世界で4番目に大きな湖だったのが、
農業用水を確保するためにソ連が灌漑を進めたことで徐々に干上がっていき、
塩分濃度が上昇して、わずかながらに残った湖も、
ごく一部の地域を除いて魚が棲めない塩湖となってしまいました。
さらには気温の調節に大切な役割を果たしていた水がなくなったことで、
この地域の気候にも重大な影響が及びました。
冬はこれまで以上に寒く、夏もよりいっそう暑くなったのです。
このような自然破壊によって生み出された過酷な環境の上に、
作者はアラルスタンという架空の小国を建ててみせたわけです。
歴史的、科学的な事実の上で、
作者はまるで自由自在に遊んでいるかのようです。
これがとても楽しい。
年配の選考委員の中には、この作品を受け付けない人もいるでしょう。
いくらなんでも危機に瀕した国を率いるのが少女たちというのはないだろう、とか。
これじゃあまるでマンガやアニメじゃないか、とか。
もしそんなことを述べる選考委員がいたとしたら、
ぼくはその人の文学観こそ貧しいと言いたい。
そんな狭く凝り固まった考えだからこそ、小説が読まれなくなったのだと言いたいのです。
いまこそ物語を読む醍醐味を取り戻すべきではないでしょうか。
清々しくなるほどに荒唐無稽なホラ話に身を委ねる快楽を、
ふたたびこの手に取り戻すべきではないでしょうか。
「沙漠の小国を少女たちが守る」
そんなのあり得ない、とツッコミを受けるアイデアであることは、作者は百も承知でしょう。
でも作者は細部のリアリティを徹底的に突きつめることで、
最後の最後にそのリアリティの上に見事「大嘘」の大輪を花開かせることに成功しています。
恐るべき才能の持ち主というしかありません。
投稿者 yomehon : 2017年07月13日 07:00