« 第156回直木賞直前予想(3) 『室町無頼』 | メイン | 第156回直木賞直前予想(5) 『夜行』 »

2017年01月16日

第156回直木賞直前予想(4) 『また、桜の国で』

続いては、須賀しのぶさんの 『また、桜の国で』です。

須賀さんはもともとコバルト文庫でティーン向けの小説を書いていた方ですが、
近年読み応えのある歴史小説を次々発表して注目されています。

本作で舞台となるのは、第二次大戦間近のポーランド。

日本ではあまり知られていませんが、
ポーランドはナチスドイツに対して最後まで抵抗を続けた国なのです。
ナチスに占領された後も「ワルシャワ蜂起」と呼ばれる武装蜂起を起こし、
多くのポーランド国民が命を落としています。


物語の主人公は、ロシア人の父を持つ外交官・棚倉慎。

ワルシャワの日本大使館に書記生として赴任した彼は、
ナチス・ドイツの影が忍び寄る中、ポーランドの人々との間に強固な信頼関係を築き上げます。

でも現実は非情です。
やがてナチスによってワルシャワは蹂躙され、政府は亡命を余儀なくされます。
そしてポーランドは地図上から姿を消してしまうのです。

そのような絶望的な状況の中、慎は外交官として、日本人として戦い続けます。
そして「ワルシャワ蜂起」を前に、慎はある決断を下すのでした……。


この重厚な物語には、いくつものテーマが詰め込まれています。
そのひとつが「アイデンティティの問題」。

慎自身が父から受け継いだスラブ系の容姿のせいで疎外感を覚えながら育ってきたし、
ユダヤ系のポーランド人ヤンや、敵国人でありながら慎と行動をともにするレイなど、
本書には複雑なバックボーンを抱えた人物が登場します。
そこではしばしば「国家とは、民族とは何か」という問いが発せられます。

「外交とは何か」というのも本書が突きつける大きな問いですね。

作中たびたび登場する「外交とは、人を信じるところから始まる」という言葉は、
昨今の世界情勢を見渡したときにとても重く響きます。

そして知られざるポーランドの歴史もまた本書の大きなテーマでしょう。

ユダヤ人に寛容な国だったにもかかわらず、
ポーランドはあのアウシュビッツ収容所があった国として記憶されることなってしまいました。
本書で仔細に描かれるユダヤ人への仕打ちは、読んでいて震えがくるほどです。
本書を読んでいてなにより辛かったのは、
ポーランド人とユダヤ人とのあいだに亀裂が生じるのを目の当たりにすること。
自らが生き延びるために昨日までの隣人を裏切るのが当たり前の社会になる。
もちろんナチスがそう仕向けているわけですが、
差別が剥き出しになっていく様を目の当たりにするのは実に辛かった。

人道にもとる行為に手を染めたのはナチスだけではありません。
捕虜となったポーランド人将校たちがソ連によって虐殺されたカティンの森事件も
この時代に起きたのです。そうした史実も物語にしっかり織り込まれています。

巻末にあげられた参考文献の一覧をみると、
ほとんどが読んだことのない本で、
自分がいかに歴史に無知かということを痛感させられます。

そうした歴史を知ることができただけでも本書は手に取った価値がありました。

投稿者 yomehon : 2017年01月16日 00:00