« 第154回直木賞 直前予想!! | メイン | 『小倉昌男 祈りと経営』 弱く小さな、でもとてつもなく強い父の物語 »

2016年01月20日

『つまをめとらば』 第154回直木賞決定!


直木賞は青山文平さんの『つまをめとらば』(文藝春秋)が受賞いたしました。
おめでとうございます!!

今回も思いっきり予想を外してしまい、また満天下に恥をさらしてしまいました。
いくら恥多き人生とはいえ、わざわざ自分で恥を増やすこともないだろうにと
我ながら呆れてしまいますが、でもこればっかりは仕方ありません。

だって、今回は本当に意外な結果だったからです。

『つまをめとらば』は候補作のなかでもわりとあっさりとした出来で、
料理で言えば、出汁の味わいで食べさせる日本料理の一皿のような作品。

メリハリのきいた味つけが舌に記憶として残る『ヨイ豊』であるとか、
収穫したての野菜のピュアな味わいにも似た『羊と鋼の森』とか、
才気あふれる若手シェフの創作料理のような『戦場のコックたち』などのように
印象に残る皿はほかにもあったのになぜ?と疑問でした。

でも、選考委員の宮城谷昌光さんが、
「年齢を重ねることによって、人の盛衰や生死をあっさりと書ける。
そこに生まれる文章の軽みや諧謔がよかった」
といった感じで受賞理由をお話になっているのを目にして納得。
あっさりしているところがむしろ熟練の腕前として評価されたのですね。

とはいえ、この『つまをめとらば』で初めて青山さんの小説を読んだ人は、
いささか拍子抜けするのではないかと心配です。
「なんか、さくっと読めちゃうなー」みたいな。

だからぼくはぜひ『鬼はもとより』から読むことをおススメします。
こちらは料理で言えば、料理人の魂の一皿。

ガツンと胸に響く一冊ですから、
まずこちらを読んでから、今回の受賞作を読むことをおススメします。

武士の矜持を描いた『鬼はもとより』が益荒男ぶりなら、
武家社会に生きる女たちを描いた『つまをめとらば』は手弱女ぶり…ってちと強引か。

でも両方を読んで初めて、青山文平さんの懐の深さがわかるはずです。


それともうひとつ大事なポイントが。

それは、青山さんが作品の舞台としているのが、
18世紀後半から19世紀前半であるということ。

華やかな元禄(1688~1703)や文化・文政(1804~1829)などに比べると
あまり注目されない時代ですが、なぜ描くのかといえば、
それは幕藩体制の矛盾があらわになり始めるのがこの時代だからに他なりません。

幕藩体制の矛盾とはなにか。

ひとことで言えば、
武家社会であるにもかかわらず、
なんのために武士は存在しているのか、
その存在意義が判然としない、ということに尽きます。

武士は本来戦闘員ですから、戦でもなければ存在意義はないわけです。
にもかかわらず国が割れるような大きな戦はなくなって久しく、
その一方で、経済が発展して町民や農民が力を持ってくる。

時代がどんどん変化しているのに、
武士は武家のしきたりのようなタテマエに縛られたまま、
その変化についていけずにいます。

閉塞感の中、
進むべき道を模索しながらあがいているのが
この時代の武士たちなのです。


青山さんが描くこのような世界は、
ぼくたちが生きる現代にも通じることはみなさんもお気づきでしょう。

ひたすら経済成長を目指すことが正しいのだろうかとか、
このまま大量にモノを消費し続けてもいいのだろうかとか、
資本主義社会にどっぷりと浸って生きているにもかかわらず、
ぼくらは心のどこかでその矛盾にも気がついています。

時代小説に馴染みのない人からよく
「どこがそんなに面白いの?」と訊かれるんですが、
そういう人には、ぼくたちのことが書かれているからこそ面白いのだと伝えたい。

なかでも特に青山作品は現代に通ずるところ大。
そう、まさにいまを生きるぼくたちの姿が描かれた物語でもあるのです。

投稿者 yomehon : 2016年01月20日 15:00