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2015年12月27日
時代の最先端を行く読書ガイド
ごくごくたまに読書についてインタビューを受けることがあります。
そんなときにきまって訊かれるのが、「年に何冊ぐらい本を読む?」という質問。
数えていないので「わかりません」と正直に答えると、
「だいだいでいいから」とか食い下がられて、内心「困ったなー」と思いながら、
「たぶんこれぐらい」と数字をあげてお茶を濁すというのがいつものパターンです。
するとこれまたきまって、「どうすればそんなに読める?」と訊かれるのですね。
これについては、自分なりにコツがあるので、
「スマホをいじらないこと。あと何冊か並行して読むことです」と答えています。
スマホの利用時間についてはいろんな調査結果が発表されていますが、
たとえば、総務省の
「平成26年情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」によれば、
モバイル機器からの1日あたりのインターネット平均利用時間は、50・5分。
これがソーシャルメディアのユーザーに限ると、70・9分になります。
この他にも、
高校生だと1日の利用時間が平均4時間(KDDI研究所)だとか、
女子高生だと平均5・5時間(デジタルアーツ)だとか、いろんな数字が出ています。
いろいろ数字はありますが、総じていえるのは、
一日のうちの結構な時間を、みなさんスマホをいじるのに費やしているわけで、
もしこの時間を読書に当てれば、かなりの冊数が読めるというのは自明のことでしょう。
ただ、これは個人のライフスタイルによるところも大です。
そもそもぼくはLINEも既読スルーが基本ですし、
Facebookも嫌いな奴から友だち申請されたときのストレスを考えると
やらないほうがマシだと思ってしまうし、
Twitterもアカウントは持っていますが、ふだんから炎上しそうなことばかり
妄想しているので、酔った勢いでうっかりつぶやいた時のリスクなんかを考えると、
失うもののほうが多すぎてやろうという気にはなりません。
こんなふうに、たいしてスマホを使いこなせていないからこそ
本が読めるのだとも言えるでしょうね。
もうひとつのコツ、並行して読むというのは、
文字どおり何冊もの本を並行して読むことです。
それぞれジャンルの違う本にするのがコツで、
そうすれば、小説を読んでちょっと飽きたら、
ノンフィクションを読んで気分を変えて……というように、読み続けることができます。
また、並行して本を読んでいると、
時間帯によって、向く本と向かない本があるのもわかってきます。
ぼくの場合は、午前中の比較的頭がスッキルしているときには、
自然科学や社会科学のような内容が固めの本を読んで、
夜遅くなるにしたがって、フィクションの割合が高くなる感じです。
夜寝るときは、コミックとか写真集とか現代詩なんかをボーっと読んでいます。
こんなふうにコツといってもたいしたものではありません。
それに年をとるにつれて感じるようになったことですけれど、
読書でなにより大切なことは、冊数をこなすことではなく、
良い本を深く読み込んで自分のものにすることではないかと思います。
そもそも万巻の書を読むには、人の一生はあまりに短すぎます。
以前、これまでどれくらいの本を読んできたんだろうと計算してみたことがあります。
日常的に本を読み始めた15歳をスタート地点として、
45歳までの30年間で、途中遊びにうつつを抜かしていたときなんかもあるので、
そういったブランクも考慮して、2日に一冊のペースで本を読んだとして計算をすると、
5475冊という答えがでました。
この数字をみなさんがどうお感じになるかわかりませんが、
ぼくは「意外と少ないんだな」とがっかりしました。
そしてこう思いました。
「たいして数を読めないのだったら、つまらない本を読むのはやめよう」と。
そうなんです。
もし読書術の奥義があるとしたら、
それは「どう読むか」ではなく、「いかに選ぶか」にあるのではないでしょうか。
前置きが長くなりました。
最近、この「いかに選ぶか」にフォーカスした素晴らしい読書ガイドが出ました。
『「読まなくてもいい本」の読書案内 知の最前線を5日間で探検する』(筑摩書房)が
それ。
著者の橘玲さんは、投資や経済についての著作も多い方で、
といっても単なるハウツー本ではなく、
人間の経済活動を歴史や文化の文脈から深く洞察した
これまで日本の作家にはなかったタイプの著作を数多く書いていらっしゃいます。
冒頭、「なぜこんなヘンなことを思いついたのか」と題して
この本のコンセプトが説明されていますが、これが面白い。
シリコンバレーのあるベンチャー企業には、こんなポスターが掲げられているそうです。
「現時点で、1億2986万4880冊の書物の存在が確認されています。
あなたは何冊読みましたか?」
橘さんは言います。
15歳から85歳まで毎日一冊読んだとしても、そのうちの0・02%にしかならない。
それを0・03%に増やしたからといって、いったいどれほどの違いがあるのか。
人生は有限なのだから、この世でいちばん貴重なのは時間だ。
だから読まなくてもいい本に労力を費やすのはそれこそ時間のムダだ、と。
ここまでは納得。
問題は「じゃあ、読むべき本は何?」ということですよね。
そう、ここからがポイントです。
実は、20世紀のなかばからの半世紀のあいだに、
「知のビックバン」とでも呼ぶべき、とてつもなく大きな変化が起きました。
これは長いあいだ続いてきたような学問の分野(たとえば哲学)を
無効にしてしまうほどの巨大な変化で、今後100年以上にわたって、
この変化が人類の「新しい常識」になるだろうというのです。
橘さんは、この「知のビックバン」が起きた分野として、
「複雑系」「進化論」「ゲーム理論」「脳科学」「功利主義」の5つの分野を挙げます。
そしてこの5つのジャンルに起きた変化をわかりやすく解説し、
それぞれのジャンルで厳選した読むべき本を列挙しています。
つまりこのブックガイドを読めば、
人類の知的フロンティアで起きている大きな変化を大づかみできるというわけ。
まさにいまの時代に相応しい素晴らしいブックガイドです。
実際、哲学や心理学などの分野には偉人とされるような人が数多くいますが、
たとえば脳科学などによって明らかになった事実をもとにすれば、
いまでは単なるトンデモ系の説を唱えていただけ、なんて人が結構います。
ビッグ・ネームの権威を前にしてもぼくたちは怯まなくていいし、
すでに「終わった人」の本を生真面目に読む必要もまったくない、ということなのです。
ここで挙げられているジャンルの本は、
ぼくの本棚でもここ数年、一大勢力を形成していましたが、
「功利主義」なんかはあまり知らなかったので、
橘さんのガイドにしたがっていまこのジャンルの本を一気に読んでいるところです。
経済格差の問題をどう考えればいいかなどの知見が得られてすごくためになる。
むちゃくちゃ面白いです。
橘さんがあげた5つのジャンルに異存はないものの、
個人的にはここに「宇宙」と「人口」の分野を加えても良いのではと思います。
宇宙科学の分野ではいま新たな事実が次々に判明していますし、
人口学も現代社会の諸問題に有効な視点をもたらしてくれますしね。
考えてみれば、わずか1600円(税別)で、
今後100年以上も使える知の見取り図を手に入れることができるなんて
すごいと思いませんか。
なんてお得な買い物でしょう。
人生の時間は限られています。
つまらない本を読むのをやめて、
このブックガイドを手に知の大海に漕ぎ出そうではありませんか。
申し訳ありませんが、ぼくは一足先に出発することにします。
ではお先に~!
投稿者 yomehon : 2015年12月27日 21:20