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2015年11月13日
原点に立ち返ったディーヴァ―に拍手!
その日、ジュンク堂池袋本店のエスカレーターに乗っていたぼくは、
なぜか「そのこと」を知っていました。
もとより似非科学的なことは断固否定する立場ですし、
予知能力なんてものも端から信じていないのですが、
なぜかその日は、エスカレーターの先にお目当ての本が並んでいることを
知っていたのです。
果たせるかな、目指す先にはジェフリー・ディーヴァーの新作が並んでいました。
後で調べてみたらその日が発売日だったよう。
毎年恒例のこととはいえ、
我ながら「体内ディーヴァー時計」の精度の高さには感心してしまいました。
さて、「どんでん返しの魔術師」として知られ、
世界のエンターテインメント小説界に君臨するディーヴァーではありますが、
実は個人的にはここ数年、軽く食傷気味ではありました。
(当欄でたびたび紹介しておきながらすみません……)
SNSやビッグデータ、スマートグリッドやドローンなどなど、
ディーヴァーはその時々での時事的なトレンドを貪欲に物語に取り入れてきました。
ストーリー展開は相変わらず予測不能。
ツイストが効いていて、読者の予想は常に裏切られます。
物語の面白さはもちろん保証つき。
にもかかわらず食傷気味とはどういうことか。
要するに最新の時事トレンドを盛り込もうとするあまりに、
ともすると情報小説的な側面が強くなりすぎて、
犯罪小説としての魅力が薄まってしまっているように感じていたのですね。
そのことは、現場検証中の事故がもとで四肢麻痺となった
天才科学捜査官リンカーン・ライムを主人公にしたシリーズの第一作目を
思い浮かべてみればわかります。
ライムシリーズの記念すべき第一作目『ボーン・コレクター』には、
文字通り被害者の骨に執着する犯罪者が登場します。
初めて読んだ時は、犯人に理屈では測れない不気味さを感じて、
なんとも薄気味悪かったことをおぼえています。
そもそも殺人という異常な行為に手を染めた動機が
明快に分析できるんだろうかという思いもあります。
人間はそんなに単純じゃないだろ、ということですね。
犯罪小説の魅力というのは、
つまるところ犯人が魅力的であるかどうかではないでしょうか。
稀代のストーリーテラーであるディーヴァーをもってしても、
インパクトのある犯罪者となると、
『ウォッチメイカー』などごくわずかしか生み出せていないのではないか。
それくらい悪役の造型というのは難しいのです。
さて、そんなディーヴァーの新作が
『スキン・コレクター』池田真紀子・訳(文藝春秋)
タイトルから誰もが「ボーン・コレクター」を想起すると思います。
ただし、あちらが「骨」であるのに対して、こちらは「皮膚」。
あるブティックで、腹部に謎めいた文字を彫られた女性の遺体が発見されます。
文字は刺青(タトゥー)で、しかも使われていたのはインクではなく毒物でした。
どうやら今回の犯人は、皮膚に異常なほど執着するうえに、
プロも驚くような刺青の腕前を持ち、毒物にも明るい人物のようです。
リンカーン・ライムは、現場に残された紙片が、
ある書籍の一部であることを突き止めます。
驚くことにそれは、かつてライムが手がけた
「ボーン・コレクター事件」について書かれたものでした。
犯人はボーン・コレクターに心酔し、事件を模倣しているのか。
ならば事件に影響を受け、リンカーン・ライム自身をも標的にしようとしているのではないか。
次の被害者を救うために、ライムと犯人の知恵比べが始まるのでした――。
四肢の自由を奪われ、ベッドに横たわったままの天才科学捜査官という
ミステリー史上稀にみるユニークなキャラクターであるリンカーン・ライムが
この世に生まれてから20年近くがたとうとしています。(1997年。邦訳は99年)
前作『ゴースト・スナイパー』ではライムが初めて車椅子で国外に出るという
新展開をみせたものですから、てっきりその延長線上で物語がさらなる発展を
するのかと思いきや、意外や意外、新作『スキン・コレクター』でディーヴァーが選択したのは
「原点に立ち戻る」ということでした。
おかげで『ボーン・コレクター』を読んだときのような
不気味な感じをふたたび味わうことができました。
犯人像が二転三転するので、これ以上詳しくは書けませんが、
少なくとも前半部分のサイコ・スリラー的な展開はお見事だと思います。
愛読者というのはやっかいなもので、
たとえ主人公が危機的状況に陥ったとしても、
残りページのボリュームをみて、
「あ、これは助かるな」と簡単に見破ったりしてしまうのですね。
しかもわがまま。
「もっと面白く」「もっと驚かせて」と要求はエスカレートしていきます。
そんな連中を相手に、
20年近くも「どんでん返し」を仕掛け続けているのですから、
その苦労たるや大変なものだと思います。
原点に立ち返ったライムシリーズ。
さて、これはシリーズのリスタートを意味しているのでしょうか。
なんだか長くつきあっている相手の魅力にいまさらながら気がついてドキリとするような、
そんな新鮮な気分をひさびさに味わったような気がします。
投稿者 yomehon : 2015年11月13日 16:00