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2015年03月23日
「微差は大差」の勝負哲学
「この方はどういう人物なんだろう?」と前々から興味津々だった人物がいます。
森脇浩司さん。
ご存知、オリックス・バファローズの監督です。
近鉄、広島、南海、福岡ダイエーと渡り歩いた現役時代は、
内野のユーティリティープレイヤーとして活躍されました。
現役当時は「目立たないけれどチームに欠かせない名選手」といった印象でしたが、
その高い評判がファンのあいだにも聞こえてきたのは、
むしろコーチになられてからではなかったでしょうか。
福岡ダイエー、ソフトバンク、巨人で、コーチや二軍監督などを歴任され、
その人格の高潔さや球界きっての勉強家の一面が広く知られるようになったのです。
こんなエピソードがあります。
ホークスのコーチだった頃、東北楽天との試合があるたびに森脇さんは、
試合前の練習中に当時東北楽天の監督だった野村克也さんのもとに
教えを乞いに行っていたそうです。
野村さんはのちに「自分の60年の野球人生の中で、相手ベンチにいる指揮官のもとに
話を聞きにきたのは、森脇ただ一人や」とおっしゃっていたとか。
なかなか真似出来ることではありません。
長く監督を支える立場にいた森脇さんが、
オリックス・バファローズの監督に就任したのは2013年のこと。
1年目こそ5位でしたが、
昨シーズンは最後の最後まで優勝した福岡ソフトバンク・ホークスを苦しめ、
のちに「10・2」と呼ばれることになる直接対決で惜しくも延長サヨナラで敗れました。
サヨナラヒットを放ったソフトバンクの松田宣浩選手が歓喜するかたわら、
伊藤光捕手がホームベース前で泣き崩れる映像をおぼえている人も多いでしょう。
それにしても、オリックス・バファローズは、なぜここまで強くなったのか。
いまのプロ野球界でもっとも頭の中をのぞいてみたい人物の初の著書が
発売されたとあっては、読まないわけにはいきますまい。
『微差は大差 オリックスバファローズはなぜ変わったのか』(ベースボール・マガジン社)は、
低迷していたチームを森脇監督がいかに変えていったのか、
その秘密や自身の勝負哲学を余すところなく語った一冊。
一読して、予想以上にすごい方だと思いました。
なにしろその勉強家ぶりが半端ない。
ビジネスの世界ではお馴染みの「PDCAサイクル」なんて言葉がさらりと出てくるし、
心理学にも通じていて、選手が話しやすい状況を作り出すために、
相手の話すスピードやトーンにあわせて話をするとか、
あるいは、積極的にうなずいたり、相手の仕草を真似るミラーリングという行動をとることで、
相手から共感や安心感を引き出すといったようなテクニックを普通にお使いになっている。
プロ野球指導者の本はこれまで数多く読んできたけれど、
ここまで他の分野に通じている人はそうそういないのではないでしょうか。
2014年シーズンの終盤、
チームが3連敗を喫して意気消沈しているときに、
森脇監督が選手を前に話をする場面が出てきます。
このときの話をきいたあと、糸井嘉男選手が
「あんなことを言う監督は初めてだ。監督についていくぞ」と号令をかけ、
選手が一丸となったそうですが、
追い詰められた中で、こんなふうに選手の心を動かすには、
指揮官が「言葉の力」を持っていなければなりません。
森脇監督はそれだけの言葉を使える知性をお持ちなのでしょう。
(選手を前にどんな話をしたかはぜひ本でお読みください)
森脇さんによれば、
一世一代の勝負といったようなビッグゲームになればなるほど、「習慣勝負」になるそうです。
勝敗を分けるのは、その選手の持つ習慣やチームの持つ習慣。
だからこそ、「準備を怠ってはならない」と森脇さんは言います。
準備はチャンスが来たあとにするものではない。
また、準備をしておけば、必ずチャンスは来るものだと。
そうした考えから導き出されたのが、
本書のタイトルにもなっている「微差は大差」です。
一つ一つのアウトを積み重ねることで27個のアウトが手に入る。
それと同じように、小さなことをコツコツと積み上げたチームとそうでないチームでは、
シーズン終了時にとてつもなく大きさな差が開いてしまうのです。
森脇監督は選手に対して、
「一戦一戦」という言葉を意図的に使い続けたそう。
現在アメリカで挑戦を続ける川﨑宗則選手も、
ホークスでまだレギュラーに定着していなかった頃、
「能力に差はあっても、時間だけは誰にでも平等だ」と言われ、
1年365日24時間、野球が上手くなるために使うよう森脇さんに教わったそうですが、
いずれも目の前の「小さな差」をいかに生み出していくかという哲学がベースにあることがわかります。
本書には、
「何事も、一生の計は今日にあり」
という言葉が出てきますが、実に深い。
まさに、日々の小さな一歩が大切なのだと教えられます。
知的で冷静沈着なイメージのある森脇さんですが、
本書には感情あらわなエピソードも記されています。
若くして脳腫瘍で亡くなった炎のストッパー、
広島カープの津田恒美投手と森脇さんは親友でした。
選手としての実績よりも、
津田さんが病と闘った姿のほうを多くの人に知ってほしいと、
森脇さんはとりわけ多くのスペースを津田さんとの交流に割いています。
いまも亡き友を支えに戦っているという森脇さん。
球界屈指の知性の持ち主は、とことん情に篤い男でもあるのです。
いつも思うことですが、
森脇さんのような優れた指導者や選手の言葉が記された本を読むたびに、
プロ野球というのはなんとすごい人間の集まりなのだろうと思います。
今年もプロ野球が開幕します。
一流のプロフェッショナルが死力の限りを尽くす闘いを目の当たりにできるのは、もうすぐです。
投稿者 yomehon : 2015年03月23日 14:00