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2015年02月16日
松井秀喜さんの野球論
ラジオの仕事をしているせいか、
いつも他人の言葉が気になって仕方ありません。
インタビュー記事などで、
その人にしか言えないような
オリジナルな言葉が語られているのを目にしたりすると、
「ああ、会ってもっと話を聞いてみたい」と思ったり。
また逆に、
ありきたりな借り物の言葉が延々と費やされる
記者会見なんかを目にすると、
「どうしてもっと自分の言葉で語らないんだろう」とイライラしたり。
あるいは、
オリジナルの言葉を持っているはずなのに、
あまりその人の口から外へと発信されないというケースもあります。
なにをおいても聞いてみたいのは、そういう人の話。
以前から僕の中では、そういう人物の筆頭が松井秀喜さんでした。
巨人の中軸として
本塁打と打点の3度にわたる2冠王。
首位打者も獲っていれば、
3度にわたるリーグMVPに加え、日本シリーズMVPに輝いたこともある。
MVPでいえば、シリーズ最多タイの6打点を記録して、
名門ヤンキース9年ぶりのワールドシリーズ制覇に貢献して
シリーズMVPを受賞したのも記憶に新しいところです。
日米通算で2504試合に出場して、
打率・293、507本塁打、1649打点。
ご存知の通り、選手としては眩いほどの実績を誇ります。
でも、これほどの選手でありながら、
これまであまり松井さんオリジナルの言葉を聞く機会がなかったように思います。
いや、もちろんメディアに囲まれてインタビューに答えている場面は何度も目にしていますが、
ただ、なんというか、いつもコメントにそつがなくて、感情を露わにすることもないので、
「ほんとうはどんな考えをお持ちなんだろう」とずうーっと気になっていました。
そんな松井さんが、2012年に惜しまれつつ選手生活を終え、
その後、新聞にコラムを発表するようになりました。
『エキストラ・イニングス』(文藝春秋)は、
そんな松井さんの連載コラムをまとめた一冊。
松井さんは現役時代にも本を2冊お出しになっていますが
( 『不動心』と『信念を貫く』 )
選手生活に区切りをつけてから書かれたこちらの本のほうが、
より率直に松井さんの考えや気持ちが語られているように思います。
ああ、そうだったのか、と思ったのは、
のっけから松井さんが意見を述べることを控えていたと明かしていること。
自分に何らかの考えがあっても、いちど発してしまった言葉が、
ファンに誤解して受け取られてしまっても、訂正や補足をすることができない。
そのために選手時代は意見表明を避けてきた、というのです。
本書には、いろいろな監督や選手の人物評も出てきて興味深いのですが、
原辰徳監督のことを「注目を受け止めることが自然とできる人」と評しているのが独特だと思いました。
常にスターで第三者の目を気にしなければならない立場であるにもかかわらず、
自然体で堂々としている。
そんな原さんを見て、
「巨人で特別な地位を築く人はこうでなくてはいけないと思った」と松井さんは言います。
もちろん松井さん自身も、高校生の頃からスターだったわけで、
常に周囲のプレッシャーを感じる中で結果を出さなければならない難しさを痛感していたのでしょうね。
意見を言わない、というのもきっと松井さんなりの自己防衛策だったのかもしれません。
現役時代は優等生的なコメントを目にする機会が多かったせいか、
勝手に保守的な方だとばかり思っていたのですが、
本書を通読して認識をあらたにしたのが、
松井秀喜さんが実に柔軟な思考の持ち主であるということです。
たとえば「通訳の選び方」と題されたコラム。
松井さんは通訳を探す際に、
日本に軸足を置く人よりも、他の文化圏の要素を多く持つ人を基準にしたそうです。
日本のことは自身がよくわかっているので、
むしろ異国に飛び込んだ自分を思いもよらぬ形で導いてくれる人がいい、と考えたのだとか。
これは、なかなかの卓見ではないでしょうか。
慣れない外国暮らしに不安を覚え、
日本の文化や日本人のメンタリティをよく理解している人に
お願いしたいと考えるのが普通だと思うのですが、
松井さんはより新しい体験ができるような方向で人選をしたのです。
その結果、出会ったのが、
日本育ちでインド人の父とフィリピン人の母を持つ
ロヘリオ・カーロンさんという通訳。
クロス・カルチャーの見本のようなロヘリオさんは、
和食のレストランなどがないような遠征先では、
松井さんをベトナムやタイ、インドレストランなどに連れ出したそうです。
おかげでベトナム料理が特に好きになり、各地で通うようになった松井さんは、
食事の幅が広がったことで日常生活に刺激を感じるとともに、
アジアの人たちが集まる店で、誰も自分のことを知らないということの心地良さにも気づきます。
日本人客の多い日本料理店ばかりに通っていれば、
いつまでも他人の目を気にしなければならなかったでしょう。
このような経験を経て、
松井さんは自分から新しい世界に出ていくことの大切さを実感するのです。
もうひとつ、松井秀喜さんといえば、感情を露わにしないというイメージがありますが、
これについても、そうだったのか、と納得だったのが、
親友であるジーターの引退に触れた「デレク・ジーターの偉大さ」というコラム。
もちろんメジャー通算3465安打という成績もすごいのですが、
ジーターの本当のすごさは一緒にプレーして初めてわかった、と松井さんは言います。
引退発表の記者会見でジーターが語ったのが「野球は失敗のスポーツ」という言葉。
「だから常に変わらない姿勢を保とうとした」と。
松井さんはこの言葉に
「これこそ僕がいつも考えていたこと」と心からの共感を寄せています。
一流の3割打者でも7割は凡退しているわけで、
だからこそ、失敗に一喜一憂せずにプレーしなければ、いい成績は残せない。
しかも、常に変わらないからこそ、緩んだ試合には緊張感をもたらし、
逆に極度の緊張感で迎える大一番ではチームに安心感を与えることができるのだと。
松井さんの野球観を垣間見ることができる、興味深い一節です。
野球観を垣間見るということでいえば、
「ラグビーの美しさ」というコラムも面白い。
実家の近くにラグビー場があったり、
「スクール・ウォーズ」の影響を受けたこともあって、
プロ入り後もちょくちょく社会人や大学の試合に足を運ぶほどラグビーが好きな松井さん。
松井さんが感じるラグビーという競技の美しさは、
あれだけ激しいコンタクトがありながらも、相手に対する敬意が感じられるということ。
ルールが悪用されないことを前提に成り立っているスポーツであること、だそうです。
それは、松井さん自身が、野球で大切にしたいと思うものと重なっていると言います。
いやー、いいなぁ。
物事に動じない構えと柔軟性を兼ね備え、
しかも戦う相手を敬いフェアであることを重んじるお人柄。
野球を通じて、これほどまでに人間を磨き上げているのは素晴らしい。
松井さんは「引退という言葉は使いたくない」と言います。
プレーをしなくても、野球からの引退はないと思っている、というのがその理由。
ならば、欲張りなファンとしては、松井さんの監督姿がみたくなるというもの。
松井さんは恩師・長嶋監督、原監督のもとでそれぞれ日本一に輝いています。
本書で初めて知ったのですが、松井さんがメジャーで教えを受けた監督――
ヤンキースのトーリ、ジョー・ジラルディ、エンゼルスのマイク・ソーシア、
アスレチックスのボブ・メルビン、レイズのジョー・マドン、
所属した全チームの監督がいずれも最優秀監督賞の受賞者だったそうです。
松井さんも「なかなかないこと」とおしゃっていますが、本当にそうですね。
偶然とはいえ、なんと恵まれていることが。
いや、やっぱり偶然じゃないのかも。
野球の神様のシナリオでは、
松井さんが監督のユニフォームを着ることはもう決まっているのかもしれません。
個人的には古巣・巨人よりも、
弱小球団の監督に挑戦する松井さんがみてみたい。
本書を読んで、松井さんだったら案外、
そんな選択肢もあり得るのではと思ってしまうのは僕だけ???
投稿者 yomehon : 2015年02月16日 11:41