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2015年01月09日

直木賞候補作を読む(2) 『あなたの本当の人生は』

「ヤバい・・・・・・これは傑作かも。心して読まねば」

読んでいる途中、思わず背筋が伸びたのが、
大島真寿美さんの『あなたの本当の人生は』(文藝春秋)です。

おそらくこの作品は、今回の選考委員会の中でも特異なポジションを占めるでしょう。

というのも、文学賞の選考では、選考委員は候補作に対して、
言葉はちょっと悪いですが、「上から目線」で相対するものだと思うのです。

「あそこはよく書けてるんじゃないか」とか「あそこはいまいち描写が足りない」とか。
先輩作家が後輩の作品について上からあれこれモノを言う。
それが文学賞の選考会のベーシックな光景ではないかと思うのです。
(もちろん同席したことなんてありませんから勝手な想像ですよ)


ところが、この『あなたの本当の人生は』には、そういう姿勢を許さないところがある。

選考委員に対して、「あなたはどうなの?」と問いを突きつけるところがあるのです。

その問いとは何か。

それは、「あなたにとって書くとはどういうことか」という問いです。


この小説は、3人の女性の物語を軸に展開します。

新人賞を得てデビューしたものの、その後伸び悩んでいる若手作家・國崎真美。

かつて「錦船」シリーズという傑作ジュニア小説で一世を風靡したけれど、
いまではまったく書くことから遠ざかってしまっている老作家・森和木ホリー。

二十数年にわたってホリーを支え続けている秘書・宇城圭子。


書けども書けどもボツ原稿ばかりの國崎真美に対し、
ある時編集者が、森和木ホリーの弟子となれ、となかば強引に話をまとめてしまいます。

敬愛するホリーのもとで住み込みの弟子となった真美は、
そこで大作家ホリーのある秘密を知ることになります。

その秘密を真美が知ったことがひとつのきっかけとなって、
3人それぞれが「自分にとって書くとはどういうことか」というテーマに直面することになります。

その問いと向き合った3人は、やがてそれぞれの人生を賭けて答えを出していくのでした――。

「あなたにとって書くとはどういうことか」

このきわめて個人的な問いを
さらに普遍的なレベルにまで拡げるとすれば、それは

「人間にとって物語とは何か」

という根源的な問いへとつながるでしょう。


おそらくすべての小説家が、この問いを胸に日々物語を紡いでいるのではないでしょうか。


そして、この作品を読んだ選考委員は、
そんなみずからの小説家としての日々を顧みずにはいられないはずです。

小説家を志した若き日のこと、
初めて作品が評価され歓びに打ち震えた日のこと、
筆が進まず「もう書けない」と絶望した夜のこと、
苦しみの果てに物語が降りてきた瞬間のこと。

なにが物語を生み出すのか。

物語はどこからやってくるのか。

物語の尻尾をつかまえるにはどうすればいいか・・・・・・。

この小説の中で語られているのは、物語を生み出す「創作」という行為の秘密です。

ぼく自身、小説家ではないので、想像でしかありませんが、
小説家が創作行為そのものについて書くというのは、恐ろしく困難ではないかと思うのです。

創作の奥義なんてものがわかっていれば、物語を生み出すのに苦労はしないわけで、
その秘密を探ろうとすれば、必然的にそれは、自らの心の奥底を晒すことになるからです。

誰にでもできることではありません。

大島さんはこの作品で、3人の登場人物の力を借りながら、
自らの中にある、物語が生まれてくる泉の場所を探り当てようとしています。

ぼくの背筋が思わず伸びてしまったのは、
そんな大島さんの真摯な姿勢に胸を打たれたからでした。


かといって、この作品が、
創作行為をめぐる哲学的な省察で埋め尽くされたようなものかといえば、さにあらず。


3人の登場人物それぞれが語り手となって、
軽快なテンポで物語が進むので、楽しく読み進めることができます。

小道具の使い方もうまい。
たとえば、小道具としてコロッケが出てくるんですが、
作者はコロッケに託して、他人を笑顔にするモノ(作品)をつくるにはどうすればいいかを語ろうとする。
実に巧みです。読んでいると猛烈にコロッケも食べたくなるし。


大島さんは直木賞初エントリーですが、かなりの実力作家です。
作曲家ヴィバルディをめぐる女性たちを描いた傑作『ピエタ』(ポプラ社)は、
本屋大賞の3位に選ばれました。

初エントリーだからといって、
選考委員が新人作家のように扱うようなレベルの作家ではありません。

でもそんな心配はたぶんいらないでしょうね。

「却下照顧」という言葉があります。
理屈を言う前に自分の足元をよく見よ、というような意味ですが、
この作品には選考委員の背筋すらも伸ばしてしまうような力があります。

直木賞の有力候補とみました。


投稿者 yomehon : 2015年01月09日 14:48