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2014年10月06日

パラドックスの国イギリス


イギリスが大好きです。

幼い頃はシャーロック・ホームズの活躍に心躍らせ、
生意気な10代はブリティッシュ・ロックにかぶれ、
大人になってからも007のカッコ良さにしびれつつ、ブリットポップを聴き続け、
(そういえば今年の夏いちばん聞いたのは、The heavyとClean banditでした)
いまでは夜の愉しみにモルトウイスキーは欠かせないし、
英国ポタリーの器を手に取ってみては、
死ぬまでにいちどは湖水地方でのんびり暮らしてみたいなぁと夢見る毎日。


先日も世界が注目したスコットランドの住民投票のニュースをみながら、
あらためてイギリスって面白い国だなーと思いました。


ぼくたちは便宜上、イギリスをひとつの国のように扱っていますが、
ご存知の通り、その正式名称は、
「United Kingdom of Great Britain and Nothern Ireland」
(グレート・ブリテンおよび北アイルランド連合王国)。

グレートブリテン島にあるイングランドとウェールズ、スコットランド、
それと北アイルランドの4つのネーションが連合してひとつの国を構成しています。


長い国名ですので、略して「UK」とか「GB(グレート・ブリテン)」、
あるいはただ単に「ブリテン」などと呼ばれることもありますが、
ややこしいのは、「GB」や「ブリテン」という場合には、北アイルランドを含まないケースがあること。

それに、「ユニオン・ジャック」として知られるこの国の旗をみれば、
白地に赤十字のイングランドの旗に、青字に白の斜め十字のスコットランド旗、
それに白地に赤の斜め十字のアイルランド旗が組み合わさったもので、
なぜかここにウェールズのシンボル「赤い龍」がなかったりもします。

国名といい、国旗といい、イギリスというのは実にとらえどころのない国なのです。

それだけではありません。

ローバーやミニ、ジャガー、ベントレー、ロールスロイスといった
いかにも英国車といった名車たちにいまやただのひとつもイギリス資本が残っていないように、
「ウインブルドン現象」と呼ばれるほどに外国資本が入り込む競争主義国家でありながら、
一方で国民保健サービス(NHS)のような世界有数の手厚い社会保障制度を誇る国でもあります。

成文憲法を持たない国でありながら、
民主主義がしっかりと機能しているのも実に不思議だし、
また、王室に代表される古い伝統を大切にしながら、
パンクやニューウェーブなどの新しいムーブメントを生み出す国でもあるというところも面白い。

このように、挙げていけばキリがないくらい、イギリスは矛盾した顔を持った国なのです。


矛盾した要素を多く抱えるからこそ、
イギリスはグローバル社会のなかでしぶとく生き残ってこれたのだと教えてくれるのが、
『イギリス矛盾の力』岐部秀光(日本経済新聞出版社)です。

著者は日本経済新聞の記者としてロンドン欧州総局に勤務していた経験をお持ちの方。

著者によれば、日本の外交官のあいだで、
イギリス駐在は難易度の高い「上級者コース」とみなされているそう。

なるほど、これだけ矛盾した顔を持つ国の相手は、
相当にしたたかな人物ではないと務まらないでしょう。
杓子定規にしか物事を進められない人間ではたちまち行き詰まってしまうはずです。


けれども見方を変えれば、
矛盾した顔を持つということは、
それだけさまざまなオプションを持っているということでもあります。

時代の激しい変化に複数のスタンスでもって臨んでいく。

本書にはそんなイギリスの懐の深さがあますことなく描かれていて、
読んでいてひじょうに勉強になります。
というか、同じ島国なのに、彼我の差はこんなにも大きいのかとがっかりさせられるところ大。
あちらが大人の国なら、日本はなんと幼稚な国なのでしょう。

この本で初めて知ったのですが、
イギリスの議会が開幕する際は、実に大仰な儀式が行われるのですね。

まず議事堂として使用されているウエストミンスター宮殿に王室の近衛兵が現れ、
天井を念入りに調べます。
これは17世紀に起きた議会での国王爆殺未遂事件以来の伝統。

そしてエリザベス女王が馬車に乗ってバッキンガム宮殿を出発すると、
議会が女王に反逆する事態に備えて議員を「人質」としてバッキンガム宮殿に確保します。
人質となった議員は、女王が戻るまで宮殿で拘束されたままになるというのが習わし。

この他にもいろんなしきたりがあるんですが、
そんな21世紀の現代では時代錯誤ともとられかねない儀式の伝統がかたくなに守られる一方で、
毎週水曜日に行われる「プライム・ミニスターズ・クエスチョンズ(PMQ)」では、
首相と野党との白熱した自由な議論が行われ、テレビ中継もされる。

翻って日本の国会は、とみれば、
大臣が地元の盆踊りでうちわを配布していたことが発覚。
公選法が禁じる寄付行為に当たるのではと野党が追及するも、
追及していた野党議員も過去うちわのようなものを配っていたことが発覚・・・・・・って。

かたや成熟した大人の議論が交わされ、
かたや出来の悪いコントのようなやりとりでいたずらに時間が空費されるという
この残念きわまりないコントラスト。


日本がイギリスに学ばなければならないことはまだまだホントに多いと痛感させられます。


ところで、少子高齢化の日本を指して「課題先進国」と評する向きもありますが、
イギリスこそが現代日本の直面する数々の問題を先取りした国であるということを教えてくれるのが、
川北稔さんの『イギリス 繁栄のあとさき』(講談社学術文庫)です。

大都市への一極集中や老親の扶養問題、激変するライフスタイルなど、
イギリスは世界トップの経済大国からゆるやかに衰退していく過程で、
さまざまな課題と向き合ってきました。

著者は、イギリスの衰退の中身からこそ、日本は学ぶべきであると言います。

そうそう、イギリスは世界で初めてグローバリズムの只中に放り込まれた国でもあります。

著者はグローバル化した世界をとらえるうえでの有効な物差しのひとつである
「世界システム論」を日本に紹介した碩学。

興味のある方は、I・ウォーラーステインの大名著『近代世界システム』をぜひお読みください。

投稿者 yomehon : 2014年10月06日 13:39