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2014年06月13日
サッカーを愉しむ本
いよいよ4年にいちどのサッカーのお祭りが開幕しました!
世界的なビッグイベントとあって本屋さんにも関連本がずらりと並んでいますが、
そんな中から今回はより深くサッカーを愉しむためにオススメの本をご紹介いたしましょう。
まずは「世界最高のサッカー選手論」の副題がついた
『英雄への挑戦状』へスス・スアレス 小宮良之(東邦出版)を。
スアレスは、超有名選手にも容赦なく厳しい質問をぶつけることで知られ、
インタビュー中に選手から、
「君の言いたいことはわかったよ。でも少しは譲歩したほうがいい」
と諭されたり、ひどいときには、
「お前とは二度と口を聞かない!」
と完全に怒らせてしまったりすることもある名物記者。
その一方で、かつてFCバルセロナを率いたグアルディオラのように、
「彼の言葉はいつだってオリジナルなんだ」と信頼を寄せる人間も数多くいます。
本書で俎上にのせられているのは、
メッシやネイマールをはじめ、クリスティアーノ・ロナウド、シウバ、ピルロ、
ロッベン、エジル、イブラヒモビッチなど錚々たるビッグネームたち。
スアレスの評価基準は実に明快です。
彼にとっての最高のプレーヤーとは、「フットボールを創り出す選手」のこと。
敵や味方がどこにいるかを俯瞰した視点から瞬時に把握し、
巧みに最適なスペースを見つけてボールを出して行く選手。
時間や空間を芸術家のように創造的に使える選手が、スアレスが評価する選手なのです。
(そう、スペインのパスサッカーの中心を担うイニエスタのように)
「フィジカルを生かして無理矢理ドリブルで持ち込もうとするプレーは愚策」と断言するだけに、
2013年にバロンドールを4年ぶりにメッシから奪還して、
世界最高のプレーヤーに返り咲いたクリスティアーノ・ロナウドにさえ、
「彼はフットボールを創る選手としては凡庸の域を出ない」
と手厳しい批判を浴びせます。
ただ、スアレスのフェアなところは、そのように批判しておきながら、
一方で、最近のC・ロナウドのプレーにみられる小さな変化も見逃さないところです。
エゴイスティックな部分は影を潜め、味方を助けるようなプレーがみられるなど、
「一流選手が持つある種の寛容性」を持つようになってきたとのこと。
生まれ育った貧しい家を訪ね、
その成育歴を丹念に追いかける取材を重ねているからこそ、
C・ロナウドの内面に生じてた小さな変化にさえも目配りがきくのでしょう。
「人間の成長のカーブというのは、人それぞれ大きく異なる。
彼の場合は、野望とエゴと感受性の強さが最初に突っ走り、年を重ねる中で共存を学んでいる」
こんなふうに選手の内面の成長にまで踏み込んだ批評が
人々に受け容れられているということ自体、
ヨーロッパのサッカー文化の懐の深さを感じてしまいますね。
さて、開幕戦で2得点をたたき出したネイマールは、本書でどんなふうに評されているでしょうか。
スピードとフェイント、想像力のみっつをあわせもち、
スペクタクルな「ジョゴ・ボニート」(美しいプレー)をみせる選手。
いびつな自尊心やエゴイズムとは無縁の「健やかなる自己主張」を感じさせる選手。
高い技術と素晴らしい人間性をあわせもった
メッシを超えるアタッカーへと成長する可能性を、スアレスは示唆しています。
読みながら「やはり!」と納得したのは、
ネイマールが幼少時にボールを手放さない子どもだったというエピソード。
ある日、父親が息子の部屋にあるボールの数を数えたところ、
サッカーボールだけじゃなくゴムまりのようなものも含めると、
全部で58個ものボールがあったということです。
子どもの頃のネイマールは、
ボールを蹴ったり、つついたり、触ることだけが楽しみで、
他のおもちゃはまったく必要なかったとか。
1日数時間、それが毎日、何年にもわたって続くわけですから、
自然と足技も磨かれるわけです。
もっともこのような「ボールはともだち」状態は、ブラジルではごく当たり前。
ネルソン松原さんをご存知でしょうか。
1951年に日系ブラジル人二世として生まれたネルソン松原さんは、
1973年、日本初のブラジル人サッカー留学生として来日。
いまではたくさんの人に親しまれているフットサルを日本に紹介したり、
ルールブックを翻訳するなどして、ブラジルサッカーの普及に努め、
川崎製鉄のサッカー部やヴィッセル神戸の監督などを歴任し、
日本代表選手やJリーガーなど数多くのプロ選手を育成した方です。
『生きるためのサッカー ブラジル、札幌、神戸 転がるボールを追いかけて』は、
そんなネルソン松原さんの自叙伝。
これが素晴らしい本なんです!!
「フィールドの上をボールが転がる。それを追いかけてゴールを目指す。
サッカーはとてもシンプルなゲームだ。
そのボールは何でできている?牛の革だ。
フィールドには何が生えている?緑の芝だ。
だからボールを転がせ。大地をゆく牛が、草を食べるように。
パスはフィールドを這わせろ。それが自然だ。サッカーとはそういうものなんだ――」
ブラジルにいた頃、サッカーはこんなふうに表現されていたそうです。
ここではもうサッカーはたんなるスポーツというよりも、
牛や緑の芝、それに大地のように、
自分たちの身の回りにある自然と密接に結びついた何かです。
「ぼくの行く先はボールが決める。
ボールが転がり着いたところが、ぼくの生きる場所なんだ」
ネルソン松原さんの半生からは、
サッカーと生きることがわかちがたく結びついた
「ある幸福な生き方」とでも言うべきものが見えてきます。
ちなみに版元のサウダージ・ブックスは、小豆島にある小さな個人出版社。
『瀬戸内海のスケッチ 黒島伝治作品集』という素晴らしい小説集も出しています。
サッカーが日常そのものであるブラジルのことをもっと知りたければ、
日経新聞の元サンパウロ特派員・和田昌親さんが書いた
『ブラジルの流儀』(中公新書)がいいでしょう。
「なぜ大量のサッカー人材が世界に毎年出てくるのか」
「なぜ美しく勝たないといけないのか」などといったサッカーに関する話題はもちろんのこと、
「なぜ女性はお尻にシリコンを入れるのか」といった下世話な話題まで、
政治経済から文化に至るまで、あらゆる分野が網羅されています。
ブラジルにはたくさんの日系人がいて、
彼らおかげで多くのブラジル人が日本に好印象を抱いています。
ある日系人が企てた日本政府への痛快な復讐劇を描く
垣根涼介さんの 『ワイルド・ソウル』では、
ブラジルに渡ってジャングルを開墾する日本人たちの信じ難い苦労が描かれます。
彼の地で日本代表チームに送られる熱い声援の背景には、
こういう先人たちの苦労があるのだということをぼくたちは忘れてはいけません。
日本推理作家協会賞と大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞の3冠に輝いた傑作ですので、
この機会にぜひお手にとってみてください。
投稿者 yomehon : 2014年06月13日 16:00