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2014年05月15日
グローバリズム時代のエンタメ小説
小説というジャンルは、時代の変化とともに、
これまでさまざまなかたちの新しい小説を生み出してきました。
互いの素性もわからないような
見ず知らずの他人同士が集まる近代的な都市ができると、
小説は新たに探偵小説というジャンルを生み出し、
その近代的な都市が行き詰まって、さまざまな矛盾が表面化するようになると、
こんどは社会派小説と言うジャンルが誕生しました。
いまという時代をどのように定義するかについては、
人それぞれいろんな考えがあるでしょうが、
「現代はグローバリズムの時代である」とひとまず定義してみても、
あながち的外れではないのではないでしょうか。
いくつもの国にまたがる水平分業でのモノづくりが当たり前となり、
先進国と新興国の労働者が競い合うことが日常となった現代社会では、
犯罪やテロもやすやすと国境を越えるようになります。
かつてミリタリーマンガの傑作『パイナップルARMY』が、
まだ冷戦構造も崩壊していない80年代に、
テロリスト同士が手を結んだ国際的なネットワークが出来上がる近未来を
悪夢として描いたことがありましたが、
いまやそのようなビジョンは現実のものとなってしまいました。
そんなグローバリズムが当たり前のようになった現代に、
新しく生まれる小説とはいったいどのようなものでしょうか。
月村了衛さんの『機龍警察』シリーズこそ、
ぼくは現代社会のグローバリズム的側面を
もっとも鋭く描いたエンターテイメントのひとつではないかと思います。
ご存知ない方のために説明しておくと、
『機龍警察』シリーズというのは、
機甲兵装(いわゆるパワード・スーツ)が、
警察や軍の装備として実用化された近未来を舞台とした一連の作品のこと。
大量破壊兵器が衰退し、
近接型の戦闘兵器が主流となるなか、
警視庁は、『龍機兵(ドラグーン)』と呼ばれる新型兵器を導入した
警視庁特捜部なる組織を発足させ、
龍機兵の搭乗要員として3人の傭兵と契約しました。
傭兵は、世界の紛争地を渡り歩いてきた姿俊之、
元IRAのテロリスト、ライザ・ラードナー、
モスクワ警察を追われ、アンダーグラウンドな世界を転々としてきたユーリ・オズノフの3人。
『機龍警察』シリーズは、
この3人の傭兵が抱えたそれぞれの過去と、
身内意識の強い警察が傭兵と契約したことで生まれる組織内の軋轢をテーマにした作品です。
そのシリーズ最新刊が『機龍警察 未亡旅団』(早川書房) 。
本作では、チェチェン共和国から日本に潜入した
女性だけのテロリスト集団「黒い未亡人」との戦いが描かれます。
未成年のメンバーを使った自爆テロも辞さない「黒い未亡人」に翻弄される日本政府。
失敗をおそれる上層部にスケープゴートにされ、退路を断たれた特捜部は、
子供を搭乗員にした機甲兵装を相手にするという
かつてない困難なミッションを強いられます。
日本を標的にした「黒い未亡人」の狙いは何か。
物語は、チェチェン紛争に起きたある出来事へと収斂していきます。
それは、日本の政界全体を揺るがす悪夢へとつながる隠された過去でした――。
この作品がすぐれて現代的だというのにはいくつかの理由があります。
連邦からの独立を目指すチェチェン共和国とロシアとが衝突したチェチェン紛争は、
いままさにウクライナを舞台に起きている事態をただちに想起させます。
本作品では「黒い未亡人」の未成年メンバーであるカティアの視点を通して、
武力によって蹂躙されるごく普通の人々の悲劇がこれでもかというくらいに描かれますが、
これはチェチェンのみならず、世界各地の紛争地でいまも起きていることでしょう。
愛する者を理不尽なかたちで奪われた人間が
どのようにテロリズムへと傾いていくかというプロセスを作者は丁寧に描いています。
圧倒的な暴力にさらされた人間の内面に生じる傷が、
さらなる暴力へと人々を駆り立てるという負の連鎖は、
残念ながらいまや世界のあちこちで日常的にみられる光景となってしまいました。
このシリーズ最新刊のいちばんの読みどころは、
心に深い傷を負ったカティアを、
特捜部で捜査班主任を務める由紀谷志郎警部補が取り調べるところでしょう。
日本人には想像もつかないような地獄をみてきた少女の心を由紀谷は開くことができるのか。
「暴力の桁が違う。それが世界だ」
由紀谷の取り調べを受けて、カティアが心の中でつぶやく言葉です。
しかし桁が違うとはいっても、由紀谷もまたある種の地獄をみてきた人物です。
自らの半生を明かしながら、由紀谷がカティアと魂の対話を試みる取り調べシーンは、
本作の中でもっとも説得力がなければならない場面で、
ここは読む人によって感想のわかれるところでしょう。
ぼくは作者はその困難な試みに成功していると思いました。
かつてトーマス・フリードマンが『フラット化する世界』で描いたように、
グローバリズムは当初、世界の平準化としてとらえられていました。
しかし現実には世界はいまも、
圧倒的な力の非対称性(格差と言い換えてもいいでしょう)に覆われています。
本書は、そのような非対称的な世界が生み出す悲劇と、
そこから小さな一歩を踏み出すための希望を描いた
すぐれたエンターテイメント小説に仕上がっています。
チェチェン紛争については、
すぐれたジャーナリストであるがゆえに命を落としたアンナ・ポリストコフスカヤの
『チェチェン やめられない戦争』(NHK出版)をぜひお読みください。
子ども兵については、
同じ小説では高野和明さんの『ジェノサイド』も取り上げていますが、
詳しくは米倉史隆さんの『子ども兵を知っていますか?』(現代書館)を。
また警察が傭兵を雇う未来が、そんなに荒唐無稽な発想でもないことを知るには、
P・W・シンガーの『戦争請負会社』が参考になります。
機甲兵装だってまったくの空想の産物とはいえません。
それを知るには、同じP・W・シンガーの『ロボット兵士の戦争』を。
繰り返される自爆テロを生み出すのは、
民族や宗教、貧困などではない、という驚くべき指摘とともに、
「ユース・バルジ」という概念を教えてくれるのが、
『自爆する若者たち 人口学が警告する驚愕の未来』グナル・ハインゾーン(新潮選書) 。
また自爆テロの登場で、
世界がいかに変わったかを知るには、
『自動車爆弾の歴史』マイク・デイヴィス(河出書房新社)をお読みください。
投稿者 yomehon : 2014年05月15日 20:25