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2014年02月23日
世界の獣人たち
昔レコードが全盛だった頃はよく「ジャケ買い」をしていました。
ジャケット買い、つまりレコードジャケットのデザインに惹かれて、
誰が歌っているのかといった内容をまったく気にすることなく購入することです。
最近読んでとても面白かった美術評論(かつ音楽評論)に
『ロックの美術館』楠見清(シンコーミュージックエンタテイメント)という本があります。
この本を読むと、レコードのジャケットデザインが、
ファッションやグラフィックや映像といった他のジャンルに
いかに大きな影響を与えてきたかということがよくわかります。
それくらいレコードジャケットのデザインというのは重要だったわけですけど、
レコードがCDになり、近年のようにCDから配信へと音楽の流通形態が変化すると、
ジャケ買いという言葉自体、すっかり死語になってしまいました。
ジャケ買いといえば、最近はもっぱら、
安いガブ飲み系のワインを買う時にジャケ買いを楽しんでいます。
ワインなのでラベル買いと言うほうが正確かもしれませんが。
ワインバーをやっている友人が教えてくれたやり方で、これが結構当たるんですね。
かわいかったりカッコ良かったり、自分なりにセンスのいいと思えるラベルのワインは
飲んでも美味しいことが多いように思います。あくまで個人調べのデータですけど。
さて、ジャケ買いするケースがあんまりないのが本の世界。
もちろん本屋さんの中を回遊していて、
まだ出会った事のない本に「呼ばれる」ということはよくあります。
ただあれは、ハンターが獲物の気配を感じるようなもので、
本全体から放たれている、いわくいいがたいオーラのようなものを
感じているのであって、表紙のデザインだけを見て
買いたくなるというわけではありません。
にもかかわらず、表紙に魅了されてジャケ買いしてしまったのが、
『WILDER MANN 欧州の獣人ー仮装する原始の名残』シャルル・フレジェ(青幻舎)です。
まずこの表紙をみて何を連想しますか?
スター・ウォーズに出てくるチューバッカ?それともガチャピンの相棒のムック?
これはブルガリアの「バブゲリ」と呼ばれる獣人です。
獣人はヨーロッパ各地で冬のあいだに行われる祝祭の儀式などに登場するキャラクター。
藁や木の枝、動物の毛皮を身にまとい、山羊や熊、悪魔などに扮するのが特徴で、
伝説によれば、もともと熊と人間の女が交わって生まれた子を表したのが始まりのようです。
このような人間と動物ふたつの世界をまたいだ存在は、「超人」的存在とみなされ崇められてきました。
北欧ではクリスマスのことを「ユール」といいますが、
そもそもこれは古代ヨーロッパのゲルマン民族のあいだで行われていた冬至の祭りのこと。
このような寒くて長い冬のあいだに翌年の豊作を願って行われる儀式のなかに、獣人が登場します。
そういえば、ヨーロッパで盛んな仮面劇も、
もともとは農閑期の冬に農民たちが演じたのがはじまりで、
その起源を辿ると、このような獣人の伝統へとつながるようです。
さて、この獣人、実はその拡がりはヨーロッパにとどまりません。
たとえばオーストリアのクランプスの仮面などをみていると、
日本の「ナマハゲ」によく似ていることに気がつきます。
いや、似ているなんてものではありません。
ナマハゲはこの本に掲載されているヨーロッパの「ワイルド・マン」と同様の存在なのです。
冒険家の高橋大輔さんが書いた
『12月25日の怪物 謎に満ちた「サンタクロース」の実像を追いかけて』(草思社)は、
サンタのルーツを求めて世界中を訪ねた知的刺激に満ちたノンフィクション。
この本によれば、クランプスやフィンランドのヨールプッキと呼ばれる山羊男や
ナマハゲといった冬至の怪物は、その恐ろしい容貌とは裏腹に、
人々に春の恵をもたらす慈悲深い豊穣の神様(来訪神)でもあるのです。
冬のお祭りは、やがてキリスト教と混じり合い、クリスマスへと変化していきます。
その過程で、幸せを運ぶ来訪神であるワイルドマンも、
プレゼントを持ってやってくるサンタクロースへと変化していくのです。
もちろんサンタのルーツはワイルドマンだけではなくて、
聖ニコラウスの伝説などもその源流のひとつなのですが、
そのあたりの詳細はぜひ本書でお確かめください。
でもヨーロッパのワイルドマンがサンタのルーツのひとつで、
ワイルドマンと同じナマハゲも
遠いところでサンタとつながっていると思うと、実に不思議ですよねー。
こういう古代からの伝説や神話が、
現代文化の意外なところにつながっているケースは他にもあります。
そのあたりは思想界の講談師・中沢新一さんの
カイエ・ソバージュと名付けられた講義録などで読むことができますので
そちらもぜひ手に取ってみてください。
投稿者 yomehon : 2014年02月23日 12:28