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2014年02月07日
「ゴーストライター」は悪くない!
いまから30年以上も昔の話です。
野球少年だったぼくは、当時ベースボールマガジン社から出ていた
プロ野球選手の自伝を愛読していました。
掛布雅之選手や篠塚利夫選手(後に和典に改名)らが大活躍していた時代で、
自伝には彼らの野球についての考えだけでなく、初恋のエピソードなども載っていて、
プロ野球選手に憧れる少年にとってはたまらない内容でした。
比喩ではなく本当に暗記してしまうくらい繰り返し繰り返し読んだものです。
ある日のこと。
あまりに夢中に読んでいる様子をみて興味を持ったのでしょう。
父親が「何を読んでいるんだ」と聞いてきました。
息子からすれば「よくぞ聞いてくれた!」という感じですよ。
どんなにその本が面白いかを力説しました。
すると父親は一言、
「ま、書いているのはゴーストライターだからな。実際は脚色も入っているだろうな」
まだ小学生でしたが、この一言にはカチンと来ましたね。
ひいきの選手を馬鹿にされたような気がして、
猛烈に腹を立てて父親に食って掛かったのをおぼえています。
音大の非常勤講師を務める新垣隆さんが、
佐村河内守さん作とされていた楽曲の「ゴーストライター」を
18年にわたって続けてきたことを記者会見で告白しました。
このニュースをみてぼくが思い出したのが、
いま述べた小学生の頃の父親とのやり取りです。
ぼくはなぜ、「ゴーストライター」という言葉に憤ったのでしょう?
小学生ですから、もちろん世間を知らないということもあるでしょう。
だって現役選手が本を執筆するなんて普通はあり得ないわけで、
(球団だってせっせと本を書いてる暇があったら練習しろとなるはず)
ゴーストライターが書いているという父親の指摘は正しいわけです。
でもそれだけではなかったような気がします。
「ゴーストライター」という言葉をあれだけ否定的にとらえてしまったのは、
たぶんぼくの心のなかに、
「実際は書いていないのに、自分で書いたように装うのはズルい」
という意識があったからではないでしょうか。
今回の一連の騒動をみていて思ったのは、
こと「ゴーストライター」の部分に限って言えば、
世間の反応が当時のぼくの反応とそっくりだということです。
でも実際には、ぼくたちが思っている以上に「ゴーストライター」による仕事は多いのです。
『職業、ブックライター。毎月1冊10万字書く私の方法』上阪徹(講談社)は、
一般にゴーストライターとも呼ばれる「ブックライター」の仕事の実際が書かれた大変面白い本。
上阪さんがゴーストライターではなく、
わざわざ「ブックライター」という言葉を使っていることに注意しましょう。
上阪さんの仕事は、著名な経営者やプロスポーツ選手などから依頼を受け、
10時間以上にわたって彼らから話を聞き、その内容を一冊の本にまとめること。
「なんだ要はゴーストライターじゃん」と思った方、たしかにその通りなのですが、
上阪さんがわざわざ「ブックライター」という言葉を使っているのには理由があります。
世の中には、その道の一流のプロで、語るべき内容を持っているにもかかわらず、
本を書く時間もなければ、そのスキルを持ち合わせていないという人がたくさんいます。
そんな人たちが持っている言葉を、わかりやすくまとめて読者のもとに届ける。
ブックライターの役割を簡単にまとめると、そんな感じになるでしょうか。
実際には書いていない人間が著者としてクレジットされるわけですが、
元はといえば、その人の語った言葉を素材に書かれたものなわけで、
なんの問題もありません。
著者にしてみれば本を書く労力が省け、
読者にしてみれば著者の主張をいち早く知ることができる。
ブックライターのおかげで、両者とも利益を得ることができるのです。
だって想像してみてください。
マー君が登板機会を削ってまで
本を書くのに四苦八苦していている状況を。
ブックライターの役割は、マー君が時間のある時を見計らって話を聞き、
マー君になり代わってその言葉をまとめるということなのです。
ブックライターとして生計をたてる上坂徹さんは、
月に一冊のペースで本をお出しになっていて、
5万部以上売れた本が10冊以上、
中には10万部、30万部売れた本もあるそうです。
杉並区立和田中学校の校長を務めたことで知られる
藤原和博さんの『坂の上の坂』(ポプラ社)など、
みなさんがよくご存知のベストセラーも上阪さんの仕事。
なかには上阪さんが過去インタビューした
たくさんの成功者の言葉をまとめた
『成功者3000人の言葉』(飛鳥新社)のように、
ご自身の本でベストセラーになったものもあります。
印税の一部が報酬となりますから、
本が売れれば売れるほど上阪さんの懐も潤います。
本書によれば、
ブックライター歴15年で、これまで4億円以上を稼いだのだとか。
仕事現場へはドイツ車で通い、土日は休んで家族とともに過ごし、
執筆は世田谷の高級住宅街の事務所兼自宅で行っています。
一流のブックライターの生活からは、
ゴーストライターという言葉から連想される
暗いイメージは微塵も感じられません。
上阪さんはゴーストライターという呼称をできれば使いたくないと言います。
それは、今回の騒動にもみられるように、
この言葉につきまとうイメージが良くないから。
「ブックライター」という呼称は、
若い才能にこの仕事をもっと知ってもらいたい、
そして胸を張って仕事をして欲しいという思いから、
上阪さんが新しく生み出した言葉なのです。
考えてみれば、小学生の頃、
ぼくが夢中になったプロ野球選手たちの自伝も、
名もなきブックライターの手になるものだったのですね。
いまとなってはどなたなのか確かめる術もありませんが、
あんなに本がボロボロになるまで熱中させてくれた
見知らぬブックライターの方に心から感謝したい。
「本ってこんなに楽しいものなのか!」
あの時に感じた楽しさが、いまもぼくの読書を支えてくれているのですから。
投稿者 yomehon : 2014年02月07日 13:05