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2014年02月10日

いま絶対に読むべき一冊!!『殺人犯はそこにいる』


いま誰彼なく会うたびに猛烈プッシュしている本があります。

出演者に打ち合わせそっちのけで本のことを熱く語ったかと思えば、
我が家に遊びに来ていたヨメの友達にも夢中で語り、
ぼくにとってのいわゆる『サードプレイス』である夜の街でも大宣伝しています。

相手が読んでくれたかどうかはすぐにわかります。
なぜならこの本を読んだ人は皆、一様に興奮しながら
(頭に血が上ってと言ったほうが正確かも)連絡してきて、
「こんなひどいことがまかり通っているとは知らなかった」と憤るからです。

それくらいこの本には大変なことが書かれている。
はっきり言って、この本を読む前と読んだ後とでは、
世界がまるっきり違って見えると言ってもいいくらいです。

もし今年一冊しか本を読めないという人がいたら、ぼくは迷わずこの本をすすめたい。
大上段に振りかぶり過ぎだと言われてしまうかもしれませんが、
この本のメッセージはそれくらい重要なのです。


まずは本のタイトルをしっかりと記憶に焼き付けていただきたい。
その本の名は

『殺人犯はそこにいる 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』清水潔(新潮社)

といいます。


関東北部のある地点を中心に半径10キロほどの円を描くと、
その小さなエリアの中で、この17年の間に
なんと5人もの幼い女の子たちが姿を消しています。

彼女たちはいずれも無惨な遺体として発見されたり、
誘拐されて行方不明のままの状態です。しかもいまだ犯人は捕まっていません。

時系列に沿って、被害にあった女の子の名前をあげると次のようになります。
(年齢はいずれも事件当時)

1979年 福島万弥ちゃん 5歳 (栃木県足利市) 遺体で発見

1984年 長谷部有美ちゃん 5歳 (栃木県足利市) 遺体で発見

1987年 大沢朋子ちゃん 8歳 (群馬県尾島町) 遺体で発見

1990年 松田真実ちゃん 4歳 (栃木県足利市) 遺体で発見

1996年 横山ゆかりちゃん 4歳 (群馬県太田市) 行方不明

事件は3年から6年のスパンで、
栃木と群馬の県境の半径10キロ圏内で発生している。
しかもいずれも幼女を狙った犯行です。

類似点は他にもあります。

・3件の誘拐現場がパチンコ店であること。

・3件の遺体発見現場が河川敷が生い茂ったアシ原の中であること。

・事件のほとんどが週末などの休日に発生していること。

・いずれの現場でも泣く子どもの姿などは目撃されていないこと。


ここまで読めば、普通はごく自然にこう思うんじゃないでしょうか。

「これ、同一犯による連続幼女誘拐殺人事件なんじゃないの?」


しかし現実はそのような判断にはならないのですから世の中は恐ろしい。

著者の清水潔さんは、
かつて新潮社の写真週刊誌『FOCUS』の記者時代に、
のちに「桶川ストーカー事件」と呼ばれる事件を追跡。
警察よりも先に、真犯人に辿り着き、
その居場所も特定したという実績を持つ敏腕記者です。

当然のことながら逮捕権など持っていない清水さんは、
警察に真犯人の情報を提供しますが、あろうことか警察はこの情報を放置。

しかも呆れたことに、
助けを求めていた被害者の私生活に問題があったかのような情報を
意図的にマスコミにリークするなど、捜査機関としてはあるまじき行為に及び、
やがて事態が明るみに出るにいたって、
社会から猛バッシィングを浴びせられることになったのはみなさんご存知の通り。

「警察は都合の悪いことは隠す」という印象を国民に強く植え付け、
いまに続く警察不信のきっかけとなったこの事件の詳細は、
清水さんの『桶川ストーカー殺人事件——遺言』(新潮文庫)で読むことができます。

清水さんはその後、日本テレビに移り、
現在は報道局記者・解説委員として活躍されているのですが、
今回の連続幼女誘拐殺人事件に着目するきっかけとなったのは、
日本テレビの報道特番の企画を考えるよう上司に命じられたことでした。

ひとつのテーマを追いかけ、1年間にわたって報道する。その結果、日本を動かす。

そんな壮大な計画を持ちかけられた清水さんが、
未解決事件を洗っていて見つけ出したのが、
既に述べた奇妙な類似点を持つ5つの事件でした。


ところが、取材に取り掛かった途端、暗礁に乗り上げることになります。

お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、
上記の5つの事件のうち、松田真実ちゃんの事件は、
すでに犯人とされる人物が逮捕されており、
無期懲役囚として刑務所に収監されていたのです。

犯人とされた人物の名は、菅谷利和さん。
事件の名前は「足利事件」と呼ばれていました。

菅谷さんが犯人とされた決定的理由は「自供」と「DNA型鑑定」です。
しかも足利事件は、我が国で初めてDNA型鑑定が証拠採用されたケースで、
当時は「科学捜査の勝利」が誇らしげに宣伝された警察にとってはメルクマールとなる事件でした。


連続すると思われた事件に、突如差し挟まれた断絶。
しかしどう考えても、5つの事件を連続したものと考えなければ、
いろいろと説明のつかないこともあります。

ならば菅谷さんを容疑者から「排除」するのが自然ではないか。
清水さんは松田真実ちゃんの事件を再検証することにしたのです。

その検証は徹底したものでした。
菅谷さんは真実ちゃんを自転車で連れ去ったとされていました。
ならば、と菅谷さんが使っていた自転車を使用して、
菅谷さんと同じ身長体重の記者が、
真実ちゃんと同じ重量の重しをのせて走り、何度も時間を計ってみる。

その結果、明らかになったのは警察のあまりにずさんな捜査でした。
(他にも警察の怠慢が明らかになる検証結果が出てきますが割愛します)


「でもDNAがあるだろ?」と思った方!!
それこそが本書の白眉なのです。


警察が誇らしげに宣伝していたDNA型鑑定。
これについてぼくたちはいったいどれほどのことを知っているでしょうか。
科学を持ち出された途端に、なにか万能のモノサシを目の前に示されたような
思考停止に陥っていないでしょうか。

本書では過去のDNA型鑑定がいかに精度の低いものだったかが暴かれます。

いやもっと端的にいえば、菅谷さんのDNA型鑑定は誤っていたのです。
警察が胸を張ってPRしていたDNA型鑑定が
こんなにも杜撰なものだったことに背筋が寒くならない人はいないでしょう。
(DNA型鑑定の旗ふり役は科学警察研究所。本書では「S女史」と表記されている、
この方の本を読めば、警察がどんなPRをしていたかを知ることができます)


結果として、日本テレビの追及によって再審への扉が開かれ、菅谷さんは無罪になりました。
(日本テレビの一連の取材活動は、ジャーナリズム史に残る素晴らしいものでした)

ようやく5つの事件が連続したものとして
捜査線上にのぼるかと思いきや、そうはなりませんでした。


なぜなら同じ鑑定で飯塚事件の被告がすでに死刑になっていたからです!!


もし連続幼女誘拐殺人事件として捜査した結果、
真犯人が逮捕されることになれば、
警察は、誤ったDNA型鑑定で、飯塚事件の被告を
死に追いやった責任を追及されることになるでしょう。

そんなことになれば、いまの警察トップは全員辞職を免れません。


ここで再び、かつての桶川ストーカー事件同様、
「決して誤りを認めようとしない警察」がその醜悪な姿を現すことになります。

本書には戦慄をおぼえる箇所がいくつもあるのですが、
そのひとつが、菅谷さんが法廷で、
取り調べにあたった元検事を取詰める場面です。

過ちを認めてほしいと問いつめる菅谷さんに対して元検事がとった態度は、
全国の小学校の道徳の授業で、「こんな醜い大人になってはいけないよ」と
教えるのに絶好の教材になるくらい、醜く、ある種の人間の卑小さが出たものです。


このくだりを読んでぼくが連想したのは、アドルフ・アイヒマンでした、

ナチスの小役人として、数十万人のユダヤ人をガス室に送ったこの男は、
戦後は偽名を使って逃亡生活を続け、最終的にはアルゼンチンで
自動車のセールスマンをしているところをイスラエルの諜報機関に捕らえられ、
裁判にかけられることになりました。

その裁判の模様は、哲学者のハンナ・アーレントによって書かれた
『イェルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告』(みすず書房)
読むことができます。

アーレントによって描き出されたアイヒマンは、平凡な小役人でした。
頭がいい、いわゆる能吏なのでしょうが、職務に忠実で、
命じられたことに基づいて仕事をこなすことに疑問を持たないタイプ。

当時、世間の人々は、アーレントがアイヒマンを
悪魔のように描かなかったことに猛反発しました。

けれどもぼくはアーレントの描き出したアイヒマンのほうが怖い。

この本の副題に「悪の陳腐さについての報告」とあるように、
悪はいつでもごく普通の顔をしているのではないでしょうか。

菅谷さんを取り調べた元検事もきっと
アイヒマンと同じように優秀な官僚だったのでしょう。
このふたりがぼくの中では重なり合って仕方ありません。

さて、警察が本腰を入れないために、
事件の真相究明は暗礁に乗り上げたかのように見えます。

しかし、この清水潔という記者の凄いところはここからです。

桶川ストーカー事件と同様、
警察が動かなければ自分が、とばかりに、
なんと!この連続幼女誘拐殺人事件の容疑者を思しき男を、
独自に突き止めてしまうのです!!

ルパン三世に似ているとされるこの男の居場所を
著者がどうやって突き止めたのかは詳らかにはされていませんが、
ともかく男の情報を警察に提供したところ、
これまた桶川ストーカー事件と同様、警察は動きませんでした。


それにしても警察はなぜこれほどまでに間違いを認めようとしないのでしょうか。

飯塚事件のことがあるにせよ(著者は飯塚事件も再取材して冤罪の可能性を示唆しています)
桶川ストーカー事件でも同じような過ちを犯しているわけで、
これはもはや組織的な病理といっても過言ではありません。


そのことで思い出したことがあります。

先日、九州新幹線や日本初のクルーズトレイン「ななつ星」のデザインで知られる
デザイナーの水戸岡鋭治さんにお目にかかる機会がありました。

その時に心に残った話があります。
水戸岡さんは、「物事の善し悪しを判断する時には、子どもたちのことを考えると、
だいたい判断を間違えない」とおっしゃいます。

たとえば、寝台列車の床材を、木にするか、
それともよく電車の床に使われるようなパネルにするかを判断するとしましょう。

企業に属する組織人の判断からすればコストの安いパネルだという結論がでます。

けれどもそう答えた人に、「では親として判断したらどうなります?」と訊くと、
「そりゃ自然の木材がいいに決まっているでしょう」という答えが返ってくるそうです。

「ということはつまり、木を使うというのが正しい答えなんですよ」と水戸岡さんはいいます。

過ちを認めようとしない警察の皆さんに、ぼくはごくごく素朴に問いかけたい。

「そんな仕事をしていて、あなたたちのお子さんに恥ずかしくないのですか?」と。

清水潔さんが突き止めた「ルパン」はいまものうのうと生きています。
けれども、本書からは「いいか、逃げきれると思うなよ」という
清水さんのただならぬ気迫が伝わってきます。

なぜ彼がこれほどまでにこの事件にこだわるのか。

その理由は「あとがき」でさりげなく明かされています。
その事実を目にした時、読者ははっと胸を衝かれるでしょう。

命のかけがえのなさを誰よりも痛感している記者が、
地を這うような取材で突き止めた真相を世に訴えています。

ぼくも微力ながら、その戦列に加わりたいと思います。

投稿者 yomehon : 2014年02月10日 10:00