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2013年12月16日
今年いちばん面白かった国内ミステリー
おおっと!年の瀬の雑事にかまけているうちに、
週刊文春では『2013ミステリーベスト10』が発表され、
『このミステリーがすごい!2014年版』(宝島社)も発売されてしまいました。
なんだか後出しジャンケンみたいですが、
今年いちばん面白かった国内ミステリーは、
文春の1位、「このミス」の2位と被ってしまいました。
ということはどの作品だかもうおわかりですね?
そう、今年もっとも面白かった国内ミステリーは『教場』長岡弘樹(小学館)です。
ミステリーの一形式に警察小説というジャンルがあります。
細かい歴史は割愛しますが、現代の日本では大沢在昌さんや逢坂剛さん、
佐々木譲さんや今野敏さんなど、そうそうたる書き手がその名を連ねています。
なかでも横山秀夫さんの登場は画期的でした。
警察小説といえば刑事が主人公というのが相場でしたが、
横山さんは警務部のような管理部門に所属する人間を主人公に
見事なミステリーを紡いでみせたのです。
誰も目をつけていなかった裏方に横山さんが光を当てたおかげで
警察小説の幅はぐっと広がったのでした。
ところが『教場』の登場によって、
我々は警察小説にはまだ描かれていない題材が
あったのだということに気づかされたのです。
まだ描かれていない題材——それは「警察学校」。
『教場』は警察学校を舞台にした、いまだかつてない警察小説なのです。
長岡弘樹さんは短編の名手として知られています。
なかでも『傍聞き(かたえぎき)』(双葉文庫)は、
ご近所のちょっとした事件を題材に人間の心理を巧みに描いた傑作で、
この作品で日本推理作家協会賞の短編賞を受賞したほどです。
『教場』も短編の名手らしく連作短編集のかたちをとっています。
作品ごとに主人公の生徒が変わっていく構成で、
特に斬新なトリックなどが披露されるわけではありません。
この作品集をあえて乱暴にひとことで表現するなら、
「疑心暗鬼」というキーワードになるでしょうか。
警察学校というのは、
警察官になるために必要なことを学ぶ場であるのはもちろんですが、
その一方で、警察官に不適格な人間をふるいにかける選別の場でもあります。
学校と名前はついているけれど、
生徒全員を卒業させることが目的ではないということ。
この警察学校の独特の機能が、
登場人物たちのあいだに疑心暗鬼を生むのですね。
つまり「次に教官に目を付けられるのは誰か」というわけです。
閉じられた空間で生徒たちの陰湿な心理戦が展開されます。
ある時それは嫌がらせというかたちをとり、
ある時ははっきりと暴力のかたちをとります。
しかも生徒たちが年齢も経歴も志望動機もバラバラであることが、
もうひとつ物語に屈折した効果を生み出している。
同じ年齢の者が集まった中学校や高校のような
同質性の高い空間で行われるいじめなどとは一味もふた味も違う、
もっと容赦のない大人どうしのえげつない潰し合いが行われるのです。
連作短編集なので、作品ごとに視点人物(主人公)が替わっていくのですが、
病気の為に休職した職員に代わってやってきた風間公親という教官が、
物語全体にかかわる裏の主人公のようなかたちで出てきます。
この風間の謎の人物ぶりも
物語に緊迫感を与えていることを忘れてはなりません。
おそらく今後は、風間をもっと前面に出したかたちでの
続編が書かれるんじゃないでしょうか。風間の過去とかね。
絶対作者は考えていると思います。
ともあれ、人間関係がこれほどまでに息苦しく濃密に描かれた作品集は、
近年ちょっと記憶にありません。
かといってイヤ〜な読後感かといえば、そうでもないところが不思議です。
物語の主人公となった期の生徒たちが卒業していき、
新たに新入生を迎えるところでこの小説は終わるのですが、
初々しい新入生を前にした風間の心境描写には、
予想外に感動させられるところもあったりするんですよ。
それまでは糸がピンと張ったような緊張感が続いていただけに、
このラストにはちょっとしたカタルシスさえ感じてしまいます。
そういうところも含めて、一筋縄ではいかない作品。
まさに当代一の手練による曲者芸を堪能していただける一冊です。
投稿者 yomehon : 2013年12月16日 23:34