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2013年12月01日

今年いちばん面白かった冒険アクション小説はこれ!


そろそろ年末恒例のミステリー小説のランキングがあちこちで発表される季節になりました。

後出しジャンケンなどと言われないためにも、
各社のランキングに先駆けて、当ブログでも今年の収穫をご紹介しておきましょう。

今年ぼくがもっともハマった作家は、マーク・グリーニー。

国際関係・政治学の学士号を持ち、
スペイン語とドイツ語にも堪能だというこの若きアメリカ人作家は、
銃火器使用・戦場医療・近接戦闘術の高度な訓練を受けたことがある上に、
スキュバー・ダイビングの資格も持つという、知性と肉体を兼ね備えた人物です。


そんなマーク・グリーニーのデビュー作が
『暗殺者グレイマン』伏見威蕃・訳(ハヤカワ文庫)

”グレイマン(人目につかない男)”の異名をとる
凄腕の暗殺者コート・ジェントリーは、
ミステリー界にひさびさに登場した新しいヒーローです。

CIAで非合法活動に従事する特殊活動部に所属していたジェントリーは、
ある日突然解雇され、組織から命を狙われるようになります。

CIAの追跡を逃れて、
ある民間警備会社の闇の仕事を請け負うようになるジェントリーでしたが、
ナイジェリアの大臣暗殺をきっかけにモメ事が起きて事態がこじれます。
CIAだけでなく各国の特殊部隊員らによるジェントリー狩りが幕を開けるのでした。

けれどもジェントリーは世界最高クラスの暗殺者です。
狙撃手としても超一流の腕を持ち、格闘技術にも長けています。

巨大組織に対して、時には徒手空拳で立ち向かいながらも、
最終的には膨大な数の敵を倒して人質を救い出してしまう。

初めて『暗殺者グレイマン』を読んだ時は、
熾烈な戦闘シーンの連発と、
主人公のあまりの強さに唖然とさせられるとともに、
近年では珍しい正当派冒険アクション小説の登場に快哉を叫びました。

ただ、おそろしく強いとはいっても、
コート・ジェントリーは筋骨隆々たるマッチョでもなければ、
暗い陰のあるいかにもな殺し屋風情でもありません。

「人目につかない男」というだけあって、ごくごく普通の外見をした男です。
(ぼくは記憶喪失のCIA工作員ジェイソン・ボーンを演じたマット・デイモンをイメージして読みました)

映画のジェイソン・ボーンシリーズもそうでしたが、
この主人公の普通っぽさが戦闘シーンなどにリアリティを与えています。
爆風で吹き飛ばされたり揉み合いで刺されたりしながらも、
足を引きずり、血を流しながら、敵陣へと攻め入っていく。
その姿は決して不死身のスーパーマンではありません。
この小説のアクションシーンに手に汗握ってしまうのは、
生身の男がたったひとりで戦っている雰囲気を出すことに成功しているからこそ。

それから、主人公の性格の造型も面白い。

ジェントリーは殺しを生業としていますが、
カネさえもらえばどんな仕事でも請け負うというわけではありません。
そこにはジェントリー独特の正義の観念があります。
ターゲットが人道に外れた行為に手を染める極悪人である場合にのみ、
彼は殺しの依頼を請け負うのです。

もちろん正義なんて相対的なものですし、
殺人自体が人の道に外れた行為なわけですから、
「正義漢の暗殺者」なんていうのは語義矛盾なんですが、
この胸の奥底に抱えた正義の観念を捨てられないが故に、
ジェントリーはしばしば絶体絶命のピンチに陥ってしまいます。
そこが面白い。

『暗殺者グレイマン』では、
誘拐された幼い双子の姉妹を助けるために
ジェントリーは各国の殺し屋らと
死闘を繰り広げながらヨーロッパを横断するはめになりますし、
北アフリカのスーダンを舞台にした第2作『暗殺者の正義』では、
空港でとらわれの身となった女性を見捨てることができずに
ジェントリーは危険に飛び込んでいくことになります。
(もともとその女性に危険な目に遭わされそうになったにもかかわらず、です)

またメキシコを舞台にした『暗殺者の鎮魂』では、
亡くなった友人の妻子を守るために、
麻薬カルテルを敵に回して死闘を繰り広げることになってしまいます。


「弱き者を守るために巨大な敵と戦う」というのは、
古来より繰り返し物語られてきたヒーローものの王道です。

この王道を踏まえながら、
国際政治の冷徹な裏側であるとか、
最新のミリタリー分野の知識に裏打ちされたディテールであるとかが相まって、
この魅力的なシリーズは出来上がっているのです。

『暗殺者グレイマン』は昨年秋に出版されましたが、
『暗殺者の正義』は今年4月、
『暗殺者の鎮魂』は今年10月の刊行です。

どちらも年末のミステリーランキングには確実にランクインされるでしょう。

興味のある方には年末年始の長いお休みなどにぜひ3作一気読みをおススメします。
テレビなんか観るよりもよっぽど充実した時間を過ごせると思いますよ。

投稿者 yomehon : 2013年12月01日 17:04