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2013年03月17日
「ホットコーナー」からみる現代野球
当初は盛り上がりに欠けるという声もあった
第3回ワールド・ベースボール・クラシックも、
2次ラウンドの台湾戦以降、すっかり風向きが変わりましたね。
両チームが死力を尽くし、
延長までもつれこむ展開となった激闘は
多くのファンの心を掴みました。
例外なくぼくもそのひとりで、
4月から始まる新しい番組の準備で
年明けから暴風雨のような忙しさに巻き込まれているにもかかわらず、
WBCだけはどんなに仕事が立て込んでいても思わず観るようになりました。
さて、WBCといえば、
綺羅星のごとき名前が並んだ代表選手たちが注目されがちですが、
ちょっと視点を変えると、いつもとは違った角度からWBCを楽しむことができます。
きょうはそんなWBC観戦にも役立つ一冊をご紹介しましょう。
「侍ジャパン」は、
我が国を代表する超一流の選手たちが集まったチームですから、
彼らの一挙手一投足からぼくらが目が離せないのは当然のことです。
でも、次の試合では、
そんなふうに選手たちのプレーを追いかけている視線を、
ぜひ三塁ベース方向にも向けてみてください。
そこには、小柄でずんぐりむっくりとした体型の
コーチが立っていることに気がつくはずです。
侍ジャパンの三塁ベースコーチを務める高代延博さんです。
彼の名は往年のプロ野球ファンにとってはきっと懐かし名前でしょう。
奈良の名門智弁学園高校から法政大学に進み、
大学では江川卓さんの一期上で主将を務め、
170センチに満たない身長ながら主軸としてチームを引っ張り
春と秋のリーグ戦で優勝、その後の神宮大会でも優勝を飾り、
社会人の東芝を経て、日本ハムに入団。
その年にいきなりショートのレギュラーに定着し、
新人としては史上初のゴールデングラブ賞を獲得。
二年目には早くもベストナインに選ばれるなど、
地味ながら玄人受けするプレーで一世を風靡した選手です。
(いまのWBC代表選手の中では井端選手が雰囲気的には近いかもしれません)
そんな高代さんがなぜ三塁ベースコーチに立っているのか。
実は高代さんは、あの名将・野村克也氏をして、
「日本一の三塁ベースコーチ」と言わしめたお方なのです。
「スモールベースボール」が叫ばれる現代野球において、
三塁ベースコーチの存在はますます重要性を増しています。
そんな三塁ベースコーチにスポットをあてたのが、
『三塁ベースコーチ、攻める。監督を代行する10番目の選手』(河出書房新社)。
三塁ベースコーチというのは、
味方の長打で三塁ベースに向かって来るランナーに対して、
止まるのか、それとも本塁に突っ込むのかを指示する重要な役目を担っていますが、
セーフになればランナーの手柄、その一方で本塁でアウトになろうものなら
「壊れた信号機」と批判されるという、なんとも損な役回りです。
それだけではありません。
三塁ベースコーチは走者に指示を出すだけではなく、
ブロックサインを出して攻撃の演出もすれば、
相手投手のクセを盗むこともします。
現代野球において、
三塁ベースコーチが勝負の鍵を握るポジションとされる所以です。
三塁ベースコーチの判断がいかに勝負の行方を左右するか。
たとえばプロ野球ファンの記憶に新しいところでいえば、
1987年(昭和62年)の日本シリーズ、西武・巨人戦があげられます。
この時の第6戦で、西武の三塁ベースコーチだった伊原春樹さんは、
外野を守っていた巨人のクロマティ選手の緩慢な動作の隙をついて
走者を本塁に突っ込ませ、シリーズの流れを決定づけました。
ご記憶の方も多いことでしょう。
高代さんによれば、
三塁ベースコーチの仕事は、試合前から始まっているといいます。
相手チームのシートノックを見て、
外野手や内野手のそれぞれの肩の強さや守備の能力などをチェックし、
さらには打球の行方をある程度読むために、グラウンドの人工芝の芝目が
内向きか外向きかということまで確認しておくという、実に細かい準備をしているのです。
さて、そんな名コーチの高代さんも、
その判断に疑問符がつけられたことがありました。
第2回WBC第2ラウンド敗者復活戦のキューバとの試合。
日本はここで負けたら準決勝進出がなくなるという背水の陣でした。
0対0で迎えた4回表、日本の攻撃は1死1塁で先制のチャンス。
ランナーは青木宣親選手、バッターボックスには4番の稲葉篤紀選手。
ここで稲葉選手はライトオーバーの長打を放ちます。
俊足の青木選手が、二塁、三塁を蹴って本塁へ向かおうとしたその時、
高代コーチが大きく手を挙げて「止まれ」の指示を出したのです。
幸いにもこの後、キューバ側のエラーがあり日本は先制できましたが、
この時の高代コーチの判断は物議を醸しました。
なぜこの時、高代コーチは「止まれ」の指示を出したのか。
ぜひここは本を読んで確認していただきたいのですが、
高代さんのインタビューを読むと、なるほどと思わされるはずです。
もっと言えば、テレビで試合を観ているような我々ファンが
まったく気がつかないような細かい情報をもとに、
現場のコーチは状況を判断しているのです。
この本には高代さんだけではなく、高木守道さん、上田利治さん、
鶴岡一人さん、三原脩さん、仰木彬さん、辻発彦さん、森脇浩司さんなど、
錚々たる名前が出てきます。
彼らの口から語られる(またはかつて語られた)三塁ベースコーチの秘密とは?
この本を読めば、あなたはまたひとつ、
野球の新しい楽しみ方を手に入れることができるでしょう。
投稿者 yomehon : 2013年03月17日 01:17