« 横山秀夫の『64』は今年の国内ベストミステリー! | メイン | 第148回直木賞直前予想!(後編) »

2013年01月14日

第148回直木賞直前予想!(前編)


新年は仕事はじめ早々、なんとノロウイルスにやられて床に臥すという
なんともトホホなスタートとなってしまいました。

思い返せば、年末の怒濤の飲み会ラッシュと、
正月三が日の「朝昼晩三食お酒付き♪」の夢のような生活を経て
3キロも肥ってしまったために、これではいかん!とヨメが持っていた
ピラティスのDVDを観ながら、見よう見まねで両足にボールをはさんで
上げ下げしたり、腹をねじったりしたのがいけなかった。

翌朝起きると猛烈に腹が痛くなっていたのを、
腹筋を酷使したせいで筋肉痛になったのだと勘違いしたまま放置していたのです。

ところが夜になっても治まるどころか、どんどん痛みは増してきます。

こりゃだめだと夜間救急のお世話になり、
翌朝検査したところ、ノロウイルスに感染していることが判明した次第。


それにしても、あの痛みったらないですね。
床で寝返り打つだけでも腹に激痛が走るんですから。

でも、うめき声をあげ、脂汗を流しながら、
それでも床の中で本だけは手放さなかったのは、
なんといっても第148回直木賞の選考会を間近に控えていたからであります!


……すみません前置きが長くて。

そんなこんなで、まずは今回の候補作をみてみましょう。


朝井リョウ  『何者』(新潮社)


安部龍太郎  『等伯(とうはく)』(日本経済新聞社)


有川浩    『空飛ぶ広報室』(幻冬舎)


伊東潤    『国を蹴った男』(講談社)


志川節子   『春はそこまで 風待ち小路の人々』(文藝春秋)


西加奈子   『ふくわらい』(朝日新聞出版)


以上、6作品です。


さて、それではさっそく各候補作をみてまいりますが、
受賞作を予想するにあたり、
今回は次の3つの〈モノサシ〉を用いることにいたしましょう。


その1 「小説でしか表現できないことが書かれているか」

その2 「全方位型かどうか」

その3 「筆力はあるか」


その1は、説明不要かもしれません。
どんな小説にとっても大切な点であることはもちろんですが、
直木賞は我が国を代表する文学賞のひとつですから、とりわけ重視したいポイントです。

その2は、老若男女、世代も性別も問わず、
誰が読んでも面白い小説かどうかということ。
直木賞は大衆文学(古い言い方ですけど)の賞ですから、これも大事な点。


その3でいう「筆力」というのは、
「量産できる力をもっているか」ということです。
純文学などに比べて読者数が桁違いに多い直木賞作家にはとりわけ必要な資質です。
漫画家の石ノ森章太郎さんは、かつて量が質を保証するとおっしゃいました。
量をこなせる者だけが傑作を生み出すことができるのだと。
ポピュラー・カルチャーの世界ではこの言葉は真理だと思います。


というわけで、各候補作をみていきましょう。


朝井リョウさんの『何者』
就活中の学生を描いた長編小説です。

朝井さんの作品らしく、いまの大学生の生活がリアルに描き出されています。

ふ〜ん、エントリーシートにはそんなこと書き込むのか、とか、
いまはツィッターでいちいちつぶやいてみんなそれを気にしてんだ、へ〜とか、
それなりに教えられるところもありましたが、いかんせん間口が狭い小説です。
(さっきあげた〈モノサシ〉で言うと「その2」の部分が足りないということですね)


たとえば登場人物の中に、アートとか現代思想とかに興味のある学生がいて、
彼が就活中の仲間のことを「上から目線」で批判したりするんです。
自分は会社員に向いてないと思うとか自己分析したりなんかして。
んでもって、彼のそういう言動に周囲がいろんなことを思う、みたいな。

ぼくが学生の頃もこの手合いがいました。
というか、恥を忍んで告白すれば、僕自身がこういうイタい奴でした。

「俺はサラリーマンだけにはなりたくない」とかね。
言っちゃってたわけですよ。

でもちゃんと自分の頭を使って考えてみればわかることですが、
ひとくちにサラリーマンといったって、その中身は多種多様です。
製薬会社と鉄道会社とスーパーとラジオ局では、仕事の内容はまったく異なります。
(すみません大人の皆さんにとっては何をいまさらの当たり前のことですが)


現実の社会はものすごく多様性に富んでいるのに、それに気づかないまま、
「サラリーマン」などという大雑把すぎるカテゴリーでくくって、
それを批判することで自分の価値が上がったように錯覚しているという……
いや、ほんとうに幼稚で薄っぺらい人間だったなと恥ずかしく振り返ってしまうわけです。


この小説の抱えている問題点をわかりやすく表現するならば、
「そのような幼稚で薄っぺらい登場人物の自意識過剰ぶりを読まされて、
大人の読者がどれくらい耐えられるか」ということになるでしょうか。


当コラムは就活中の学生のみなさんも読んでくださっているようですし、
せっかくの機会なのでぜひお話ししておきたいことがあります。

就活が大学生にとって死活問題であることはもちろん理解しています。
(ぼく自身「就職氷河期」1期生ですし)

でも実は、社会人になってからのほうが、
学生時代とは比べ物にならないくらい大変なんです。

嫌な思いをしたり、理不尽な出来事に遭遇するなんてことはよくあることです。
給料がぐんぐん上がるなんていう時代は遠い昔のことですし、
今後労働環境はますます厳しくなるでしょう。
ましてや結婚をし子どもが生まれたりすると、もっともっと生活が大変になります。

でも学生のみなさんに想像してほしいのは、
それでもその人がその仕事をしているのは何故なんだろう?ということです。
そんなに大変な思いをしてまでその仕事を続けている理由は何だろう?と考えてみてください。

おそらくみなさんは自分のことだけでいっぱいいっぱいでしょう。
でもそれは裏を返せば、自分のことだけにしか関心が持てないということでもあります。

「サラリーマン」と呼ばれる人々の多種多様な働く姿に思いが至るようになると、
きっと世の中に対する見え方も変わってくるはずです。

この小説には、自分たちは大変だと思っている学生しか出てきません。
ぜひサブテキストとして、
『建設業者』(エクスナレッジ)とか
『僕たちはガンダムのジムである』常見陽平(ヴィレッジブックス)なんかを
あわせてお読みいただくと、この小説に欠けているものがお分かりいただけるかと思います。

朝井さんも社会人になられたようなので、
これからはもっともっと小説の幅が広がってくるのではないでしょうか。
社会の多様性が織り込まれたような物語をいつか書いてくれるような気がします。
今後に期待、というところですね。


さて、次は西加奈子さんの『ふくわらい』

マルキ・ド・サドをもじって、
鳴木戸定(なるきど・さだ)と名付けられた女性が主人公。

この作品をひと言で言えば、
「特殊な育ち方をした主人公が、自分の言葉とからだで、
もういちど世界と関係を結び直すまでのプロセスを描いた小説」
ということになるでしょうか。

まさに小説でしか表現できないようなことが書かれていて圧倒されました。
それにすでにベストセラー作家としての実績もお持ちです。
(さきほどの〈モノサシ〉で言う「その1」「その3」はクリア)

ただいかんせんものすごく読者を選ぶタイプの小説なんですよね。

あまり詳しくは書きませんが、
物語の中で「人肉食」の話が出てくるんです。

このあたりはついていけないと感じる読者も多いかもしれません。

直木賞のメジャー感からは遠いところに位置する小説といっていいでしょう。
昨年各方面で話題となった卯月妙子さんの漫画、
『人間仮免中』(イースト・プレス)なんかが面白いと思った人にはオススメかも。


さて、次は有川浩さんの『空飛ぶ広報室』にいきましょう。

航空自衛隊の広報室に配属された元戦闘機パイロットが主人公のお話。

不慮の事故で夢を断たれた元パイロットが、
配属先の広報室で、ひとくせもふたくせもある個性的な先輩たちに鍛えられ、
広報官として自立していくというお仕事小説の側面もあり……

また報道記者として挫折した経験をもつ美人テレビディレクターとの
Boy meets Girlな恋愛小説的なテイストもあり……

また読むだけで、普段我々が知ってるつもりになっている自衛隊についての
知識を得ることができるお得な情報小説の顔も持ち……
(航空自衛隊と海上自衛隊では「基地」と呼ぶのに、陸上自衛隊だけは
「駐屯地」と呼ぶのって知ってました?理由を聞けばなるほど納得なんですが)

とまぁ、ことほどさようにサービス精神旺盛な作品といっていいでしょう。


有川さんは大変なベストセラー作家ですし、
これまでにも数多くの作品を書いていらっしゃいますし、
直木賞にふさわしい要素をいくつもお持ちでいらっしゃいます。

ただひとつだけ、気になる点があります。

この小説を読んでいる最中、ぼくのあたまの中を常にぐるぐる巡っていた言葉。
それは、

「まるでテレビドラマのような小説だなー」

というもの。

登場人物のキャラクターは立っているし、ぐいぐい読ませるし、
たしかに面白いんですけど、この物語がどうしても小説作品として
書かれなければならなかった必然性みたいなものはまったく感じられませんでした。
(さきほどの〈モノサシ〉で言う「その1」がものすごく弱いということです)

なかなか3つの〈モノサシ〉がバランスよく揃う作品がありませんねー。
でも実は今回の候補作の中にただ一作だけ、そんな作品があるんです。

(次回に続きます)

                        


投稿者 yomehon : 2013年01月14日 03:34